判例コラム

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第378号 子供用の椅子の形状について著作物性を否定した最高裁判決について  

―TRIPP TRAPP Ⅲ事件最高裁判決の検討―
~最高裁第二小法廷令和8年4月24日判決※1


文献番号 2026WLJCC016
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之


Ⅰ 序
 本稿が扱うのは、子供用の椅子の形状について著作物性を否定し、もって著作権侵害を否定した原判決の判断を維持した最二小判令和8年4月24日[TRIPP TRAPP Ⅲ]である。


Ⅱ 事実
 家具デザイナーである訴外Aは、製品名を「TRIPP TRAPP」と称する子供用椅子(以下「原告製品」という。)※2をデザインし、原告オプスヴィック社に対し、原告製品にかかる著作権を譲渡した。
 原告ストッケ社は、当初はAから、後に原告オプスヴィック社から前記著作権の独占的利用権を取得し、原告製品を製造販売等している。原告製品は、昭和47年にノルウェーにおいて発売され、日本においては、昭和49年頃から現在に至るまで輸入販売されている。原告製品の世界累計販売台数は1400万台に上る。



【原告製品】


 他方、被告は、製品を「Choice Kids」(被告製品1)、「Choice Baby」(被告製品2)とする椅子を製造販売等している。



【被告製品1】


【被告製品2】


 原告らは、被告に対して、被告による被告各製品の製造販売等の行為が、第一に、原告らの商品等表示として周知または著名なものと同一の商品等表示を使用する不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号・2号)に該当するとし、第二に、予備的に、原告製品について、原告オプスヴィック社が有する著作権と原告ストッケ社が有するその独占的利用権の侵害行為に該当するなどと主張して※3、被告各製品の製造販売等の差止めと廃棄※4や損害賠償等を請求して本訴に及んだ。
 第一審判決は、不正競争防止法上の請求については、商品等表示の特定の仕方が不明確であるとして、請求を棄却した※5。著作権侵害を理由とする請求については、「美術工芸品以外の実用目的の美術量産品であっても、実用目的に係る機能と分離して、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えている場合には、美術の範囲に属するものを創作的に表現したものとして、著作物に該当する」との一般論※6を示しつつ、本件への当てはめについては、原告製品の表現の特徴である直線的構成美は椅子の機能とマージしており、仮にこれに著作物性を認めるとしても、複雑かつ曲線的形状を数多く含む被告各製品に接する者が原告製品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは明らかであると論じて、講学上の類似性の要件※7の充足を否定し、もって請求を棄却した※8
 控訴審の知財高判も、原判決の判断を維持している。不正競争防止法に基づく請求につき、原告製品全体の形態について、被告各製品の販売時においては周知の商品等表示となっていたと認めつつ、被告製品は、側木の内側に形成された溝に沿って座面板と足置板の両方をはめ込んで固定するという原告製品の特徴の一つを備えていないことに加えて、曲線的な要素と安定性を特徴としている点で、直線的な形態が際立ち、洗練されたシンプルでシャープな印象と異なっていることを理由に、商品等表示の類似性の要件の充足を否定した。そのうえで、著作権侵害を理由とする請求については、「原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られる」との一般論を示しつつ※9、本件への当てはめについては、原告製品の顕著な特徴は、いずれも高さの調整が可能な子供用椅子としての実用的な機能を実現するために選択されたものであり、それらの特徴により全体として実現されているのも椅子としての機能であるから、原告製品の椅子としての機能から分離することが困難であることを理由に、椅子としての実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象とすることができるような部分を有するとはいえず、また、原告製品はその製造・販売状況に照らすと、専ら美的鑑賞目的で制作されたものと認めることもできないことを理由に、著作物性を否定した※10


Ⅲ 判旨
 上告審では、著作権侵害の成否のみが争点とされ、本件椅子の著作物性が否定された結果、上告が棄却された。尾島明裁判官による補足意見が付されている。


1.法廷意見
 「3 所論は、本件椅子のように、量産されて日常生活の中で実用に供されることが予定されている物品(以下『量産実用品』という。)であっても、その形状等(形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合をいう。以下同じ。)が創作的な表現であれば、美術の範囲に属するものとして著作物に当たるというべきであり、本件椅子は、その特徴的な形状が創作的な表現であることからすると、著作物に当たるにもかかわらず、これを否定した原審の判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
 4(1) 著作権法2条1項1号は、『著作物』を『思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』と定義している。もっとも、量産実用品については、その形状等が思想又は感情を創作的に表現したものであるということができれば、直ちに美術の範囲に属するものとして著作物に当たるとの解釈を採ることは相当ではない。
 すなわち、我が国には、産業の発達に寄与することを目的として、視覚を通じて美感を起こさせる量産実用品の形状等を保護する意匠法があり、量産実用品の形状等について、意匠登録出願をして所定の審査を経て設定の登録がされることで意匠権が発生する。意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有し、意匠権の存続期間は原則として意匠登録出願の日から25年とするなどとされている(1条から3条まで、6条、16条、20条、21条、23条等)。これに対し、著作権法では、登録等の手続を経ることなく著作権が発生し、業として行われる行為以外にもその効力が及び、その存続期間は原則として著作物の創作の時から著作者の死後70年を経過するまでの間とし、著作者は著作権に加えて著作者人格権も享有するなどとされている(第2章第3節第1款から第3款まで、第4節等)。以上のような我が国の意匠法及び著作権法における権利の発生要件、内容及び存続期間等に鑑みれば、上記解釈を採り、量産実用品の形状等について、意匠法に加えて著作権法により保護されることを広く認めた場合には、あえて費用等を投じて意匠登録を受けなくとも、同法によって、より長期間、広範に保護が受けられることとなる可能性があり、意匠法の存在意義を損なうおそれがある。また、量産実用品の形状等について広く著作権法の保護が及ぶとすると、著作者人格権により権利関係が複雑化して量産実用品の利用が妨げられたり、意匠権の存続期間満了後も長期間にわたって量産実用品の形状等を自由に利用することができなくなったりすることにもなりかねず、産業の発達に寄与するという意匠法の上記目的が阻害されるおそれもある。
 (2) もっとも、量産実用品の形状等は、通常、実用目的に必要な機能(以下、単に『機能』という。)との関係で一定の制約を受けて決定されるものであり、機能に由来する構成と別個にこれを把握することができないものであるけれども、その中には、例えば、表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるものがある。このようなものは、量産実用品に『美術の著作物』(著作権法10条1項4号)が単純に付加されたものということができ、当該付加部分に同法の保護が及ぶことは当然である。
 また、量産実用品の中には、例えば、全体として彫刻等とも看取できるもののように、その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるものがある。このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、『美術の著作物』が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから、著作権法の保護を及ぼすのが相当である。上記のような形状等は、機能との関係で一定の制約を受けるのが通常である量産実用品の形状等としては例外的なものであるということができるのであって、これに著作権法の保護を及ぼしても、上記でみたような弊害が生ずるおそれは小さい。
 以上によれば、量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たるというべきである。
 (3) これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件椅子は、量産実用品であって、上告人らは、大要、約66度の略L字型を成して床面から立ち上がっている2本の脚を有し、当該2本の脚の間に座面板及び足置板が床面と平行に固定されるようになっている点において創作性が認められるから、本件椅子が著作物に当たると主張する。しかしながら、上記の点は、子供用の椅子としての機能に由来する構成である脚、座面板及び足置板の配置による形状が美感を起こさせるものであることを基礎付ける事情にすぎない。そして、本件椅子の全体又は部分における形状等は、子供用の椅子としての機能に由来する構成としてしかこれを把握することができず、当該構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものではない。よって、本件椅子は、著作物に当たるとはいえない。」


2.尾島明裁判官の補足意見
 「1 法廷意見は、量産実用品を対象にして、その形状等について意匠登録をすることができるものが別途美術の範囲に属する著作物にも当たるか否かについて、『量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たる』と判断した。
 量産品や実用品であっても、例えば、量産品である版画は著作権法10条1項4号により明文で美術の著作物とされているし、茶道具、食器などの実用品にも美術の著作物とされるものがあり得ることから、量産実用品であることをもって直ちに著作物性が否定されることにはならない。美術工芸品は、著作権法2条2項により美術の著作物とされており、一品ずつ制作される実用品でもある工芸品が典型的なものであるが、その定義を確定するよすがとなる規定は法令中に見当たらず、量産実用品でこれに当たるものがないとまではいい切れない。このように美術工芸品に該当するか否かの外延は必ずしも明確ではないものの、本件椅子が美術工芸品でないことは明らかなので、その該当性の要件を本件で検討する必要はない。
 2 法廷意見は、また、我が国の知的財産法制が、どのようなものを対象にして、どのようにその権利を保護することを立法上選択したかという観点から、量産実用品について、著作権法と意匠法それぞれの保護対象物、保護の目的、保護のための要件・手続、権利の内容とその存続期間等を考慮して、それらの適用範囲を画する基準を示したものである。
 知的財産法の分野においては、国際的な最低限度の保護水準を設定し、あるいは各国制度のハーモナイゼーションを目指す取組が相当以前から行われ、各種条約が締結されてもいるところである。本件に関係するのは、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下、単に『ベルヌ条約』という。)であるが、同条約は、応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、同盟国の法令の定めるところによる(ただし、応用美術の著作物の保護期間は、製作の時から25年よりも短くてはならない。)としており(2条(7)、7条(4))、それらの事項について我が国がその知的財産に関わる立法政策により定め得ることが前提とされている。そこにいう応用美術の概念には曖昧なところもあるが、量産実用品である本件椅子についての我が国の保護の在り方がベルヌ条約上どのように扱われるかを検討するには、応用美術についての規律との関係をみるべきこととなるところ、本件椅子がベルヌ条約にいう応用美術に該当するといえることに問題はなかろう。
 上告人らは、米国や欧州諸国における応用美術に関する法令や裁判実務等を根拠に、本件椅子は著作物として保護されるべきであると主張するが、上記のとおり、ベルヌ条約上応用美術と意匠の関係に係る制度設計は各同盟国に任されているのであって、我が国の法律を解釈するのに、他の諸国の制度を参考にすることは知的財産法が有する上記のグローバルな特性から有益なことが多いかもしれないが、これをするには、各国の歴史や社会状況、実際の法令の仕組み、判例の趣旨などを踏まえて深く考察することが求められるといえよう。本件に関する制度にしても、例えば、米国では応用美術を含む実用品のデザインは、当該物品の実用面と別個に識別することができ、かつ、独立して存在し得る絵画、図形又は彫刻の特徴を有する場合にのみ、その限度において絵画、図形又は彫刻の著作物として扱われるという明文の規定が合衆国著作権法中に存在するので(101条)、その規定の解釈論として実用品からの分離可能性と独立存在可能性をいう判例法が形成されており、また、その前提となる米国の著作権の制度自体、財産的側面に重きを置き、著作者人格権が一般的なものとして同法中に明確な形で認められていないし、権利行使には著作権の著作権局への登録を要するなど、我が国の法制とは相当な違いがあるといえる。また、欧州にあっては、伝統的にデザインとブランドの強い競争力を持つという社会状況を背景に、実用品のデザインについて、著作権法と意匠法による重畳的な保護がEU法等によって行われ、意匠権発生の実体的要件の有無に関して公的審査を経ずに権利を付与する国もあるなどの違いがあるので、多くの欧州諸国で本件椅子が著作物として認められているからといって、法制の異なる我が国で同様の保護が要請されることにはならない。我が国は、著作権法と意匠法がその保護対象や保護要件等を別個に定めており、著作権法中には応用美術に関する規定が存在しないことを前提に、法廷意見がいうように、同法と意匠法の適用範囲を法の趣旨や利害得失を勘案しながら合理的に画していくことが必要であるといえる。
 3 原判決は、『原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られる』としている。一方、法廷意見は、『量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合』とし、『美的鑑賞』という語を用いていない。その趣旨は、本件で問題になっているのは、美術の著作物該当性であり、また意匠の定義の中に『視覚を通じて美感を起こさせるもの』という要素があることから(意匠法2条1項)、何らかの『美』の存在が措定されるものではあるが、『美的鑑賞』の語からはあたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねず、また、そもそも美的な芸術としての鑑賞に値するか否かを裁判所が判断するのは不適当と思われるからである。
 法廷意見のいう『量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合』という要件も、抽象度が高いものであるが、法廷意見が本件椅子についてその当てはめの判断を行っているように、その要件の具体的適用については、今後様々な事例の積み重ねに期待することとなろう。」


Ⅳ 評釈
1.序

 本判決は、いわゆる応用美術、すなわち実用品に応用された美術の著作物性に関して判断を示した初めての最高裁判決である※11
 実用品として供されている造形物が、いかなる要件の下で著作権法上保護される著作物となり得るのかということは、従前からいわゆる応用美術の保護の問題として争われてきた。実用品の取扱いに関しては、現行著作権法の立法過程においてすでに議論がなされていたが、結局は、「美術工芸品」が保護されることを同法2条2項に明定する以外、特段の措置が講じられないこととなった※12。その結果、現行著作権法においては、同項において美術の著作物に「美術工芸品」が含まれると定められたが、「美術工芸品」が一品制作のものに限られるのか否か、あるいは「美術工芸品」以外の応用美術が美術の著作物に含まれるのか否かということにつき明文がないために、解釈上の争いが生ずることになった。
 かつての下級審の裁判例は、立体的な造形物に関して高度の創作性を要求する傾向があり、学説はこうした傾向を「段階理論」と呼んで批判していたが、その後、知財高判平成26年8月28日[激安ファストファッション]※13が分離可能性説と目される判断基準を提示したことを契機に、裁判所が用いる抽象論に変化が見られ、段階理論は過去のものとなったのではないかという見方もなされていた。ところが、最近では、文言としては分離可能性説を採用しながらも、従前の段階理論下の裁判例の時代においても著作物性が肯定されていたのではないかと推察される事案について著作物性を否定する判決が登場しており、裁判例における判断が安定しているとはいい難い状況にあった。
 とりわけ、本件で争われた原告製品にかかる椅子の形状については、本件を含めて過去に3件の事件が判決にまで至っており、第一事件では、東京地判平成22年11月18日[TRIPP TRAPP Ⅰ]※14が著作物性を否定(別途、不正競争防止法2条1項1号該当性を理由とする請求を認容)、第二事件では、原審の東京地判平成26年4月17日[TRIPP TRAPP Ⅱ]※15が著作物性を否定したが(不正競争防止法2条1項1号・2号該当性を理由とする請求を、類似性、著名性を否定することにより棄却)、控訴審の知財高判平成27年4月14日[同]※16は、突出的に、著作物性を最も緩やかに認める美の一体性理論を採用して著作物性を肯定(別途、類似性を否定することにより、結論としては請求を棄却し、不正競争防止法2条1項1号・2号に基づく請求についても、類似性を否定することにより請求を棄却)、そして、第三事件である本件では、すでに見たように、原審、控訴審ともに著作物性を否定(不正競争防止法2条1項1号・2号の請求も棄却)と、知財高裁のレベルを含めて判断が分かれていた。
 そのような中、最高裁が上告を受理し、「量産実用品」の「形状等」の著作物性の判断基準について、いわゆる観念的分離可能性に与したと解される一般論を示すとともに、具体的な当てはめとして、本件椅子の形状等の著作物性を否定したことの意義は極めて大きい。本判決の一般論の下では、実用品についても他の美術の著作物と区別することなく著作物性を判断する旨を説く美の一体性理論を採用することは許されないこととなった反面、美的鑑賞性の名の下に、観念的分離可能性を超えた高度のハードルを過度に高くするという近時の下級審の裁判例の一部に観察された傾向に関しては、見直しを迫られることになると思われる。
 そこで、以下では、従前の裁判例と学説を俯瞰したのち、それらの文脈の中で本判決を位置付けることで、その意義と射程を吟味することとしたい。


2.裁判例※17
(1)序

 応用美術の取扱いに関する裁判例の傾向は、分離可能性説を採用した前掲知財高判[激安ファストファッション]と、美の一体性理論を提唱した前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]という近接した時期に下された二つの判決を一つの境として、その前後で、とりわけ抽象論の傾向に変化がある。そこで以下では、従前の裁判例、これら二つの判決、その後の裁判例の三つに分けて裁判例の状況を俯瞰する。


(2)従前の裁判例(激安ファストファッション知財高判・TRIPP TRAPP Ⅱ知財高判が下されるまで)※18
①抽象論

 かつての裁判例の説示を分析すると※19、美術工芸的価値が備わっていることを理由に「美術工芸品」として著作物性を認める判決(長崎地佐世保支決昭和48年2月7日[博多人形赤とんぼ]※20)もあったが、それは例外の部類に属し、一般的には、端的に「純粋美術と同視」し得るか否かということが吟味されていた(東京地判昭和56年4月20日[アメリカティーシャツ]※21、大阪高判平成16年9月29日[グルニエダイン JX]※22、大阪高判平成17年7月28日[チョコエッグ]※23、仙台地判平成19年10月2日[福の神仙臺四郎]※24、東京地判平成20年7月4日[プチホルダー]※25、東京地判平成20年12月26日[黒烏龍茶]※26、前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ]、知財高判平成24年2月22日[スペースチューブ]※27、知財高判平成25年12月17日[シャトー勝沼]※28。同旨、神戸地姫路支判昭和54年7月9日[仏壇彫刻]※29、仙台高判平成14年7月9日[ファービー]※30、「美術工芸品」と同視し得るか否かと説くものに、知財高判平成24年3月22日[三徳包丁]※31※32
 もっとも、「純粋美術と同視し得る」範囲に関しては、著作物の表現の創作に実用性、機能性に対する配慮に基づく制約がかかっていると看取し得るのかという観点に着目する裁判例もあったが(前掲東京地判[アメリカティーシャツ]、東京高判平成4年9月30日[装飾窓格子]※33、前掲知財高判[三徳包丁]。東京高判平成3年12月17日[木目化粧紙]※34、東京地判平成4年1月24日[装飾窓格子]※35も参照)、多くの判決は、「美的鑑賞の対象」たり得るか否かという基準を語っていた(前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]、京都地判平成元年6月15日[佐賀錦袋帯]※36、京都地判平成元年10月19日[ニーチェア]※37、大阪高判平成2年2月14日[同]※38、山形地判平成13年9月26日[ファービー]※39、東京地判平成15年7月11日[レターセット]※40、前掲大阪高判[グルニエダイン JX]、大阪地判平成16年11月25日[チョコエッグ]※41、前掲大阪高判[同]、前掲仙台地判[福の神仙臺四郎]、前掲東京地判[黒烏龍茶]、前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅱ])。両者を相反するものと扱うことなく、実用性による制約を受けていると看取し得ることをもって美的鑑賞の対象とならないとされることもあった(前掲仙台高判[ファービー]、大阪地判平成12年6月6日[装飾街路灯]※42(大阪高判平成13年1月23日[同]※43もこれを維持))。


②類型的考察:三類型の抽出
a 序

 以上のように説示自体は多義的なものである以上、個々の判決の具体的な著作物性の成否の判断を検討することが肝要となる。裁判例の結論に従って著作物性の分岐点を探ると※44、以下の三つの類型※45を抽出することができる。


b 第一類型:平面的なイラスト・図案
 第一に、平面的なイラスト、図案が商品や広告に用いられる場合については、通常の著作物と概ね同様の創作性の基準が著作物の成否の分岐点となっており、特に厳しい要件が課されているわけではないように見受けられる。
 例えば、ティーシャツの図柄(前掲東京地判[アメリカティーシャツ])、便箋、封筒、カレンダー等の絵柄(前掲東京地判[レターセット])、広告用の図案(東京地判平成10年11月16日[リトルくらぶ]※46、傍論ながら、大阪地判昭和60年3月29日[商業広告]※47、そもそも争点とされていないが、東京地判平成17年7月20日[マトリョーシカ]※48)について著作物性が肯定されている。



【商業広告】


 他方で、袋帯の図柄(前掲京都地判[佐賀錦袋帯])※49、木目化粧紙(前掲東京高判[木目化粧紙])、ペットボトルのパッケージ(前掲東京地判[黒烏龍茶])、広告看板用の図柄(前掲知財高判[シャトー勝沼])について著作物性を否定する裁判例がある。




c 第二類型:立体的な彫像・ぬいぐるみ・フィギュア
 第二に、立体的な彫像、ぬいぐるみ、フィギュア等が量産される場合に関しては、例えば、粘土による原型を素焼きし彩色した人形(前掲長崎地佐世保支決[博多人形赤とんぼ])、キューピーのイラストの著作者自身が彫ったキューピーの彫像(東京高判平成13年5月30日[キューピーⅠ]※50、東京高判平成13年5月30日[キューピーⅡ]※51)、一体一体手作りされるオリジナル人形(東京地判平成14年1月31日[トントゥぬいぐるみ]※52)に関しては、その複製物が大量生産されるからといって、著作物の複製であることが否定されるものではない(前掲長崎地佐世保支決[博多人形赤とんぼ]、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]、傍論ながら、前掲東京地判[トントゥぬいぐるみ])。




  しかし、これらの、当該作品あるいは少なくともその原型が一品制作により創作されたと認定されているわけではない創作物に関しては、裁判例は、通常の著作物に比して高めの創作性※53、あるいは美的鑑賞性という通常の著作物には課されない要件が求められてきた。たとえば、ツチノコのフィギュアについて、実際の動物を忠実に再現したものではなく、同事件で別途、著作物性が否定された動物フィギュアに比べ、制作者の個性が強く表出されているとしつつも、従前の想像図から制作され、想像される一般的なイメージの域を超えるものではないことを理由に、著作物性が否定されている(妖怪フィギュアにつき、原審と異なり、著作物性を肯定しつつ、傍論ながら、前掲大阪高判[チョコエッグ]がある。)。そのほか、電子ペット玩具(前掲山形地判[ファービー])、小物入れ付きプードルのぬいぐるみ(原型があるとは認定されていないが、前掲東京地判[プチホルダー])についても、著作物性を否定する判決がある。これらのフィギュアやぬいぐるみ等の表現の創作に際しては、実用品としての機能により制約が、非実用品に比して質的に異なるとまでは評価し難いように思料されるにもかかわらず※54、著作物性が否定されている点で、高度のハードルが課されていたと評し得る。


【チョコエッグ】※55



d 第三類型:機能的な実用品
 第三に、実用品の立体的な形状であって、機能を実現するための制約の中で表現されていると目されるデザインに関しては、原則として著作物性が否定されている。
 特に、量産されることを前提にした椅子のデザインが問題となった事件で、最高裁は、いわゆる三行半判決ながら、著作物性を否定した原判決を維持する判決を下している(前掲京都地判[ニーチェア]、前掲大阪高判[同]、最一小判平成3年3月28日[同])。本件で問題となったTRIPP TRAPPの椅子に関しても、前述したように、この時期にすでに著作物性を否定する先例が存在する(別途、不正競争防止法2条1項1号に基づく請求を認容しているが、前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ]※56)。このほか、鍋の持ち手(前掲知財高判[三徳包丁])、装飾窓格子(その原図ないし設計図に関するが、前掲東京地判[装飾窓格子]、前掲東京高判[同])、スモーキングスタンド(その設計図に関するが、東京地判平成9年4月25日[スモーキングスタンド]※57)、漁業用の網の結び目(名古屋高判平成9年12月25日[漁網用の結節]※58)、磁気テープの磁性体の配列パターン(東京地判平成12年3月31日[磁気テープ]※59)、装飾街路灯のデザイン(デザイン図に描かれたデザインについて、前掲大阪地判[装飾街路灯]、前掲大阪高判[同])、グッドデザイン賞を受賞した一般住宅(大阪地判平成15年10月30日[グルニエダイン JX]※60、前掲大阪高判[同])、ログハウス調木造住宅(東京地判平成26年10月17日[フランクフェイス]※61)、カスタマイズドール(東京地判平成24年11月29日[カスタマイズドール]※62※63についても、著作物性が否定されている。


【ニーチェア】※64


【TRIPP TRAPP Ⅰ】





 他方で、プラスチック彫刻として大量に複製することを予定した仏壇彫刻の木彫りの原型について著作物性を否定しなかった裁判例があるが(前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻])、これは例外的に実用性と(さしたる)関わりなく創作された表現※65であり、単独でも著作物となるものが付加された例と位置付けることができよう※66


【仏壇彫刻】


(3)激安ファストファッション知財高裁判決・TRIPP TRAPP Ⅱ知財高裁判決
①以前の裁判例に対する学説の批判

 ここまで俯瞰したようなかつての裁判例の傾向に対しては、応用美術に関して別扱いであるとして高度の創作性を要求すること(=いわゆる「段階理論」※67)に対する疑問が提起され、実用的機能を離れた創作性が発揮されていれば著作物性を認める分離可能性説が提唱され、次第に有力となり始めていた※68
 もっとも、この分離可能性説は、前記三分類との関係でいえば、一般の著作物と異ならない技術的制約の中で創作される第一類型、第二類型の著作物については一般の著作物並みの取扱いを提唱するが※69、他方、第三類型の工業製品のデザインに関しては、通例、技術的制約の中で創作されるものであるために、分離が不可能であることを理由にほぼ定型的に著作物性を否定する点では従前の裁判例と変わるところはない。ゆえに、分離可能性説は、第二類型に限っては従前の裁判例の変更を支持するが、第一類型、第三類型についてはそのままでよいとする見解と評することができる※70
 学説の中には、このような帰結に飽き足らず、第三類型を含めて、工業製品だからといって定型的に著作物性を否定する必要はなく、一般の著作物並みに著作物性を認めるべきである旨を説く美の一体性理論も存在した※71


②激安ファストファッション知財高裁判決:分離可能性説
 このような状況下において、裁判例でも、分離可能性説を採用する判決として、前掲知財高判[激安ファストファッション]※72が登場した。同判決は、ファッションショーにおける衣装等のコーディネートや化粧、髪型のスタイリングにつき著作物性を否定するに当たり、一般論として、「実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、上記(筆者注:著作権法のこと。以下同じ。)2条1項1号に含まれることが明らかな『思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物』と客観的に同一なものとみることができるのであるから、当該部分を上記2条1項1号の美術の著作物として保護すべきである」と説いた。美的鑑賞性という概念を用いつつ、それを分離可能性によって判断するという論理構成を示したのである※73
 前述したように、従前の裁判例でも、この種の論法を用いるものがあったが、本判決はさらに、「純粋美術と同視する」という文言ではなく、「純粋」を「(純粋)」と括弧に閉じ込めたうえ、「同視する」という言葉も用いなかったため、学説上の分離可能性説と同旨を説いているのではないかということが取り沙汰されるに至った※74


【激安ファストファッション】※75


③TRIPP TRAPP Ⅱ知財高裁判決:美の一体性理論
 次いで登場したのが、裁判例として、本件椅子と同一の椅子について、美の一体性理論と同旨を説き、大いに論争を喚起することになった、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]※76である。同判決は、一般論として、「応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである」と説く※77。そして、具体的な当てはめに関しても、幼児用椅子の形状について、やはり著作物性を否定した原判決(前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅱ])を取り消し、傍論ながらその著作物性を認めた。
 この事件の原告製品は、従前の裁判例であれば、前記第三類型に属するものとして著作物性が否定されると目されるべきものである。実際、この事件と同様の量産されることを前提にした椅子のデザインに関しては、かつて著作物性を否定する判決があり、いわゆる三行半判決ながら最高裁も原判決を維持していたこと(前掲京都地判[ニーチェア]、前掲大阪高判[同]、前掲最判[同])や、この事件の椅子に関しても同様に著作物性を否定する先例が存在したこと(前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ])は前述したとおりである。この事件の原判決もこれらの裁判例を踏襲するものであった。それにもかかわらず(しかも、結局は類似性を否定したので、傍論となるにもかかわらず)あえて著作物性を肯定した本件控訴審判決は、応用美術の取扱いに関して従前の裁判例と異なる新たな解釈を提示したものといえる(なお、不正競争防止法2条1項1号・2号に基づく請求も類似性を否定することにより棄却している。)。


【TRIPP TRAPP Ⅱ】


(4)その後の裁判例※78
①抽象論※79
a 一般的傾向

 その後の裁判例では、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]が示した美の一体性理論については、裁判長を同じくする裁判体の判決が2件続いたに止まる(知財高判平成28年11月30日[スティック型加湿器]※80、知財高判平成28年12月21日[ゴルフシャフト]※81)。
 むしろ、裁判例の多くは、前掲知財高判[激安ファストファッション]が用いた説示と同種のもの(ただし、「(純粋)」との文言を挿入する点は踏襲されていない。)を用いており(大阪地判平成27年9月24日[ピクトグラム]※82、東京地判平成28年1月14日[スティック型加湿器]※83、東京地判平成28年4月27日[トレーニング箸]※84、大阪地判平成29年1月19日[Chamois]※85、大阪地判平成30年10月18日[傘立て]※86、東京地判令和元年6月18日[BAO BAO]※87、大阪地判令和3年6月24日[時計原画]※88、知財高判令和3年6月29日[姿勢保持具]※89、東京地判令和3年4月28日[タコの滑り台]※90、知財高判令和3年12月8日[同]※91、大阪高判令和5年4月27日[布団の絵柄]※92、東京地判令和5年9月29日[リゾートガール]※93、大阪地判令和6年7月2日[保存容器]※94、東京地判令和6年3月28日[タオル]※95、知財高判令和7年7月28日[シャープペンシル]※96)、やや異なる説示を用いる場合にも、分離可能性説と親和的に理解し得るものが採用されることが少なくない(東京地判平成28年4月21日[ゴルフシャフト]※97、知財高判平成28年10月13日[トレーニング箸]※98、東京地判平成29年12月22日[半田フィーダ]※99、知財高判平成30年6月7日[同]※100、東京地判令和5年3月15日[天空図屏風]※101、知財高判令和5年12月25日[同]※102)。
 もっとも、一般論を明らかにしないものもあり(大阪地判平成31年4月18日[眠り猫]※103)、また、分離可能性説に分類した裁判例も、分離可能性に加えて、美的鑑賞性に言及することが多く、その場合、分離可能か否かという判断を美的鑑賞性に直結させるのか(純粋の分離可能性説)※104、それともそれに加えて分離可能性基準とは異なる独自の基準で美的鑑賞性を吟味する段階を設けるのか(分離可能性+美的鑑賞性説)※105ということは、その説示や当てはめを見ても判然とし難いことが多い。
 また、分離可能性(+美的鑑賞性)とは別の法律構成として、前掲知財高判[激安ファストファッション]以前に回帰するかのように、分離可能性説に言及することなく、「美術工芸品」に匹敵する高い創作性を有していることを理由に美的鑑賞性を肯定することで著作物と認めた判決もある(類似性を否定したので傍論であるが、東京地判令和2年1月29日[照明用シェード]※106)。そもそも、前掲知財高判[激安ファストファッション]自体、「著作権法2条2項は、単なる例示規定であると解すべきであり、そして、一品制作の美術工芸品と量産される美術工芸品との間に客観的に見た場合の差異は存しないのであるから、著作権法2条1項1号の定義規定からすれば、量産される美術工芸品であっても、全体が美的鑑賞目的のために制作されるものであれば、美術の著作物として保護されると解すべき」であると説いており、「美術工芸品」に該当する場合には、「分離可能性」というハードルを通すことなく、著作物性を認める余地を残していたと評し得る※107。同種の手法に言及する裁判例はほかにもあり、そこでは「美術工芸品」に該当するためには「一品制作」であることを要するとか(前掲知財高判[タコの滑り台]、前掲知財高判[シャープペンシル])、「主として鑑賞を目的とする工芸品」であれば「美術工芸品」に該当する(前掲東京地判[タコの滑り台])と説かれていた。


b 本件第一審判決・控訴審判決の抽象論の特徴
 ここで、本件第一審判決と控訴審判決が採用した説示を、こうした裁判例の抽象論の文脈の中に位置付けておこう。
 まず、本件第一審判決は、分離可能性説に加えて、講学上の要件である類似性に関する濾過テスト※108を活用し、原告製品の特徴が機能と密接不可分にマージしていることを斟酌して、仮に著作物に該当するとしても、デッド・コピーでない被告製品からその本質的特徴を感得することはできないと判示していることが特徴的である。濾過テストは、著作物性を否定するという結論を示すことなく、侵害を否定する論理であるが、近時の裁判例では、著作物性と類似性を分ける二段階テストよりは、濾過テストを用いるものが圧倒的に多いことに鑑みると※109、それを応用美術の場面に応用したに止まり、特に他意はないと見るべきではないかと思われる。
 また、本件控訴審判決は、「原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られると解するのが相当である」と論じることで、「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」には、分離可能性ハードルを吟味することは不要であるとも読める説示となっている。前述したように、近時の裁判例で「美術工芸品」を別扱いとする文言を用いるものが散見されることに鑑みると、あるいはこの「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」とは、「美術工芸品」のことを指していると理解する向きもあるかもしれない。
 もっとも、本件控訴審判決は続けて「著作権法2条2項は、『美術の著作物』には『美術工芸品』を含むものとする旨規定しており、同項の美術工芸品は実用的な機能と切り離して独立の美的鑑賞の対象とすることができるようなものが想定されていると考えられるのであって、同項の規定は、それが例示規定であると解した場合でも、いわゆる応用美術に著作物性を認める場合の要件について前記のように解する一つの根拠となるというべきである。」と述べており、「美術工芸品」とは、「実用的な機能と切り離して独立の美的鑑賞の対象とすることができるようなもの」であると理解していることを明言している。そうすると、同判決は、著作権法2条2項の「美術工芸品」は分離可能性要件の充足が認められる例であると考えていることになるから、「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」も、分離可能性とは別個の著作物性肯定ルートが存在する旨を説いているのではなく、単にそのように制作された場合には当然に分離可能性が認められるということを述べていると解するほうが、全体の文脈に適合的であるように思われる(さもないと、「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」の部分のみが独立した著作物性肯定の要件を定義していることになるが、その根拠が判文中のどこにも示されていないことになり、不自然である。)。


c ゴナU最判の理解
 ちなみに、分離可能性説を採用する裁判例の大半が、そして美の一体性理論を採用する裁判例ですら※110、美的鑑賞性に言及している背景には、最一小判平成12年9月7日[ゴナU]※111が、書体が著作物となり得るためには、「美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない」と説いていたことの影響があることが指摘されている※112。実際、前掲知財高判[激安ファストファッション]も、同最判を引用しつつ、同旨を説いていた※113
 相反するのではないかという疑問が持たれるかもしれない。同最判は、前述したように、文字の著作物性という、応用美術一般とは文脈を異にする事案に対する判決ではあるが、たしかに、前記説示は、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」における「美術」の意味について判示していると捉えることが(具体の事案を超えて応用美術全般にまでは、先例拘束性を有するという厳密な意味※114での判例の射程が及ぶものではないと解されるとしても※115)、判文の文言上、素直な読み方といえることは否めないからである※116


【ゴナU】


 しかし、前掲最判[ゴナU]の当該事案に対する「美的特性」に関する具体的な当てはめは、「文字本来の機能である美しさ、読みやすさを持ち、奇をてらわない素直な書体とする」という実用目的にかかる機能を考慮して創作され、その結果、既存のゴシック体(それ自体、実用的な書体であることはいうまでもない)のデザインから大きく外れていないということのみを理由として、「美的特性」を否定するというものである。この当てはめの仕方は、本稿にいう分離可能性説と変わるところはない。つまり、同最判にいうところの「美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている」という要件は、機能の制約を離れて創作された場合に満たされると読むことも十二分に可能であり、そのような読み方を採用する場合には、同最判は分離可能性説と整合的なものと理解することができるのである※117


②類型的考察
a 序

 抽象論はともあれ、裁判例の傾向を把握するために肝要なことは、抽象的な文言よりは、具体的な結論である※118。そこで、従前の裁判例の分析から抽出した三類型を用いて、前掲知財高判[激安ファストファッション]と前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]後、裁判例の傾向に変化があったのかを検証してみたい。


b 第一類型:平面的なイラスト・図案
 まず、第一類型の平面的な図柄に関しては、従前の裁判例と同様、一般の著作物と変わるところのない判断がなされてきたと評し得る※119(この時期の著作物性の肯定例として、前掲大阪地判[ピクトグラム]、前掲大阪地判[眠り猫](Tシャツ)、前掲東京地判[リゾートガール](Tシャツ)、前掲東京地判[天空図屏風]、前掲知財高判[同](和紙の一種である「染描紙」について、地裁と高裁はともに黙示の許諾を認めて侵害を否定したので、傍論)※120)。ゴルフシャフトの模様にかかるデザインの原画について著作物性を否定した裁判例があるが(前掲東京地判[ゴルフシャフト]、前掲知財高判[同])、原画こそ平面であるとはいうものの、立体的な実用品であるゴルフシャフトに施されるという前提で描かれており、第三類型の要素があることに加えて、単純な図柄であり※121、美の一体性理論を採る知財高裁の清水節裁判長の裁判体でも著作物性が否定されているので、裁判例の趨勢に抗うものとまでは評価できない事件であった。




 他方、評価が分かれ得る可能性のある裁判例が、衣服に施された刺繍のデザインについて著作物性を否定した前掲大阪地判[Chamois]※122である。簡潔な判文からは必ずしも明らかではないが※123、その説示を事案に着目して分析すると、この事件で問題となった刺繍は、素材と技法の技術的特性に応じてその創作に制約がかかるものであるということを指摘できる。従前の裁判例でも、第一類型については、分離可能性説と同様、一般の著作物並みの基準で著作物性が判断されていたことはすでに指摘したとおりであるが、そのような時期にあっても、第一類型についてこの種の制約がある場合には著作物性が否定されていた(袋帯の図柄につき、前掲京都地判[佐賀錦袋帯])。平面的な図柄であっても、実用品の素材と技法に由来する制約下で創作されていると看取される場合には、実用品の特性から分離可能な創作性が発揮されていないということで、著作物性が否定されるということなのであろう。その意味でその当否はともあれ※124、前掲大阪地判[Chamois]は、前掲京都地判[佐賀錦袋帯]と同様、第一類型というよりは第二類型に分類したほうが裁判例の整理としては据わりがよいのかもしれない。


【Chamois】


 しかし、そうした限界線上に近い事例であったとはいい難い事案であったにもかかわらず、第一類型に属する平面的な図柄で著作物性を否定した衝撃的な判決が、前掲大阪高判[布団の絵柄]である。布団の絵柄に用いるものとはいえ、布団は染め物である点で、刺繍(前掲大阪地判[Chamois])や、織物(前掲京都地判[佐賀錦袋帯])とは異なり、表現に制約がかかるとは考えにくく※125、実際、フォトショップというアプリケーションソフトを用いてパソコン上で制作されており、客観的に観察する限り、花をモチーフとした通常の水彩画と区別がつかない図柄について著作物性が否定されている(例えば、下記に掲げた花柄模様部分の拡大図を参照)※126。これまでの裁判例で著作物性に最も厳しい判断を示した判決といえよう※127。抽象論としては用いられた分離可能性説の真価が発揮されることのなかった事例といえる。


【布団の絵柄】


c 第二類型:立体的な彫像・ぬいぐるみ・フィギュア
 従前の裁判例では、特にこの第二類型において、通常の著作物とは異なる高度のハードルが課されていた。したがって、仮に分離可能性説の採用により裁判例が転換するのだとすれば、そのような変化が観察されるのはこの第二類型ということになる(加えて、第三類型まで変化させるには、美の一体性理論を採用するほかない。)。
 そのため、第二類型に関する裁判例が待たれていたところ、公園に設置される滑り台であってタコの形状を模したものにつき、著作物性を否定する判決として、前掲東京地判[タコの滑り台]、前掲知財高判[同]が登場した。この第二類型で著作物性を否定していた従前の裁判例と比較すると、創作の程度において前掲山形地判[ファービー]よりは著作物性を否定しやすく、前掲東京地判[プチホルダー]に比すると同程度と思われるものであり、結局、段階理論と変わらない結論となっており、分離可能性説を採用した意味がないと評すべき事例であった※128


【タコの滑り台】


d 第三類型:機能的な実用品
 第三類型については、従前の裁判例と同様、否定例が続いている(前掲東京地判[スティック型加湿器]、前掲知財高判[同](清水節裁判長担当事件)、前掲東京地判[トレーニング箸](上部キャラクター部分を除いた部分についての著作物性の有無が争点となった。)、前掲知財高判[同]、前掲東京地判[半田フィーダ]、前掲知財高判[同]、前掲大阪地判[傘立て]、前掲東京地判[BAO BAO]、前掲大阪地判[時計原画]、前掲知財高判[姿勢保持具]、東京地判令和3年10月29日[バニーガールコスチューム]※129、前掲大阪地判[保存容器]、前掲東京地判[タオル]、前掲知財高判[シャープペンシル])。





 なお、第三類型に属する工業製品の形態について、傍論ながら例外的に著作物性を認めたものがあるが、照明用シェードの機能にとっては不必要な装飾的な形状を有しており、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]と同様、元来、美術の著作物たり得るものがそのまま照明用シェードに転用されていると評価し得る事件であった(前掲東京地判[照明用シェード])。


【照明用シェード】


e 小括・本件の特徴
 以上の分析をまとめると、具体の事案に対する結論との関係でいえば、前掲知財高判[激安ファストファッション]、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]後も、第一類型は一般の著作物並みに著作物性肯定、第三類型は著作物性否定という傾向に変化はなく、残る第二類型については裁判例の数が少なく不透明であるものの、否定例(前掲東京地判[タコの滑り台]、前掲知財高判[同])が一件登場したという状況にある。結局、裁判例の具体的な結論に変更があったとはいい難く、かえって従前の裁判例でも見られなかったほどの高度のハードルを課す裁判例(前掲大阪高判[布団の絵柄])すら現れているという状況にある。
 そのような中、本件の子供用椅子の形状は第三類型に属しており、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]、前掲東京地判[照明用シェード]のようにそれ自体が美術の著作物として観念し得るような造詣が実用品に転用されているという事案ではないから、美の一体性理論をとる前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]を除けば、著作物性が否定されるべきものであったといえる。そして、現に従前の裁判例である前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ]においても、本件一審判決と控訴審判決においても著作物性が否定されたのは、裁判例の趨勢に従った判断であったということができる。


3.学説※130
(1)序

 前掲知財高判[激安ファストファッション]、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]が下される前から、従前の裁判例を批判して、分離可能性説、さらには美の一体性理論が登場したことはすでに述べたとおりであるが※131、その後の学説の状況を整理すれば次のようになる。


(2)分離可能性説
 「実用的な側面により(通常の著作物とは質的に異なって)表現の自由が技術的に制約されている」か否かで判断すべきとする説※132であり、前述のとおり、実用的機能における創作性の発揮を、著作物性の要件としての創作性としてカウントしない考え方ともいい得る※133。その理由は、新規性、非容易創作性の要件を課し、保護期間を短く限るとともに、登録がない場合には保護なしとすることで競争や利用の自由を確保することとした意匠制度の趣旨が損なわれることのないように、実用的な側面により(通常の著作物とは質的に異なって)表現の自由度が技術的に制約されている場合に著作物性を否定すべきであるというところに求められている※134


(3)美的鑑賞性説
 美的鑑賞性説は、「鑑賞」の意義においてさらに考え方が分かれる。
 一つ目の考え方は、高度なレベルの創作性や芸術性を求めているわけではなく、一般人の美的鑑賞の対象となり得る程度に他の同種のデザインと区別可能な特徴を有するかどうかを問題にする説※135である。この見解の具体的な適用は、論者が表明する実践的な意図に鑑みれば、従前の段階理論的な裁判例よりは緩和することになると思われ、その意味で相対的にいえば、傾向としては分離可能性説と類似した帰結がもたらされるのではないかと思われる。
 他方、「観賞」(「美しいものや綺麗なものを見て楽しむという程度の意味」とする※136。)と「鑑賞」を区別すべきである旨を提唱し、美術「鑑賞」(「意味を理解して味わうこと」とする※137。)の対象となる美的特性の有無で判断すべきとする説※138も存在する。この見解の下では、従前の裁判例並みかどうかはともかく※139、分離可能性説よりも著作物として認められる範囲は狭くなるようである※140


(4)美術工芸品・絵画・版画彫刻等同視説
 そのほか、必ずしも美的鑑賞性説に分類し得るものではないが、分離可能性説とは異なる基準で美術の著作物該当性を論じるものとして、著作権法2条2項が「美術工芸品」を美術の著作物に含めている趣旨を忖度し、その類推によって美術の範囲を画すというアプローチを採用するものもある※141。同様に、「美術工芸品」に加えて、著作権法が美術の著作物の例示として掲げている「絵画、版画、彫刻」と同等ないし準じるものと評価できるかという類のアプローチを採用するものがある※142,※143


(5)美の一体性理論(非区別説)
 分離可能性説、美的鑑賞性説とは異なり、応用美術について特別な要件を設けない説※144である。


4.検討※145
 応用美術の著作物性に関する論点を探究するに際しては、著作権法2条1項1号が創作的表現であれば無限定に何でも著作物となるとするのではなく、別途、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」という要件(以下「文化の要件」という。)を課しているその趣旨を探究する必要がある※146
 まず、前述したように、登録意匠制度との調整の必要性が肝要となる。
 意匠制度は、非容易創作性に加えて新規性を保護の要件としている。意匠権によって禁止し得る行為も、業として意匠にかかる物品を生産したり、使用したり、譲渡等の取引に置く場合に限定している。また、保護期間も、出願後25年と短くなっている。しかるに、創作性がありさえすれば新規性を要求することなく保護を認め、業としてなされるものでなくとも、そして物品等に化体されなくとも、広汎に他者の行為を規制することができ、保護期間も著作者の死後70年が原則と長期にわたる著作権法によって、意匠登録の対象となり得る物品の形態が保護されてしまうとすれば、意匠法が課した種々の前記限定が意味をなさないことになりかねない※147
 あわせて、登録意匠制度は、出願、審査、登録を経て初めて保護を付与するという仕組みを採用しているところ、著作権制度はそのような手続を経ることなく権利を発生させるから、やはり意匠登録の対象となるものが著作権によって保護されてしまうとすれば、あえて登録意匠制度が用意した前記仕組みを利用しようとする者が過度に減少することになりかねない。
 次に、商品形態のデッド・コピー規制との関係も見逃してはならない。不正競争防止法2条1項3号のデッド・コピー規制による保護は、出願、登録を不要とする点では著作権法と変わらない。また、商品形態としての保護の要件も他者の商品形態と異なるものであれば十分と解されており、著作権法とさしたる違いはない。ただし、禁止行為は商品の販売等に限定されており、保護期間も商品の販売開始後3年間と短い。
 そうすると、同じく出願、登録を要することなく、保護の要件も大きな違いがないにもかかわらず、禁止し得る行為は広汎にわたり、なかんずく保護期間は極めて長期に及ぶ著作権の保護が商品形態に及ぶとなると、不正競争防止法におけるデッド・コピー規制の各種要件は意味を失い、それどころかそもそもその必要性が疑われることになろう。逆にいえば、1993年に導入されたデッド・コピー規制は、著作権の保護では不足があることを前提に立法されているのである。
 しかし、このように意匠制度やデッド・コピー規制との調整が必要であるからといって、意匠制度やデッド・コピー規制の対象になり得るものについては、著作物性を一切認めないという割切りは極端に過ぎ、かえって著作権法の趣旨を害することになろう。たとえば、アニメのキャラクター・グッズを考えた場合、平面的なものであれ立体的なものであれ、物品に表現される限りはありとあらゆるキャラクター・グッズが意匠登録の対象となり得るとともに、商品の形態としてデッド・コピー規制の保護の対象にもなり得る。さらにいえば、ポスターも意匠登録ができるから、すべての平面的な著作物はポスターを経由することで意匠登録の保護を得ることは可能である。そうすると、意匠登録されたり、デッド・コピー規制で保護の対象となったりし得るという一事をもって著作物から外れるという解釈をとってしまうと、著作物として保護されるものがどれほど残るのかわからなくなる。このような結論が、創作者を保護し文化の発展を図る著作権法の趣旨に悖ることは明らかであろう。
 したがって、単純な排斥論は採用し得ず、どのように調整するのかということが課題となる。結局、意匠制度やデッド・コピー規制が保護の期間を短く限定しているなど、何故著作権法とは異なる規律を設けているのかという趣旨に着目し、その趣旨を実現し得る調整策を考えていくことになる。
 そして、意匠制度やデッド・コピー規制の趣旨が損なわれることのないようにするためには、有体物※148の実用的な側面により、表現の自由度が技術的に制約されている場合に限って、著作物性を否定すれば足りるといえよう。表現の自由度が技術的に制約されているからこそ、新規性要件等を導入することで登録要件を高め、保護範囲や保護期間を限定する必要が生じる※149、また、登録がない場合に保護するとしても、新規性等の要件を吟味するために用意した登録制度を前提として、出願、登録のインセンティヴを過度に損なうことのないよう、保護の範囲をデッド・コピーに限ったり、保護の期間を短く刈り込んだりする必要も生じる。逆に、表現に制約がないのであれば、競争者には他の選択肢が十分に残されているのであるから、あえて登録要件を高めたり、保護範囲や保護期間を限定したりする必要はなく、また要件を高める必要性がない以上、要件を高めたがために設けられている登録制度の運用に慮って、保護範囲や保護期間を限定する必要もない※150
 分離可能性説は、このような発想によって導かれた見解である。表現の創作の自由度が物品※151の機能により制約されているのであれば、その規律は意匠制度やデッド・コピー規制に委ねるべく、著作権法の保護対象から落とすために、文化の要件を活用する※152。他方で、そのような機能の制約とは無関係に自由に創作された表現であれば、著作権の保護を及ぼしてもさしたる弊害はないから、文化の要件を活用して著作物性を否定することはしない。
 さて、この分離可能性の中身であるが、米国ではphysical separability(物理的分離可能性)等、分離可能性の基準がいくつか唱えられているところ※153、その中で、conceptual separability(観念的分離可能性)と呼ばれているものが、筆者が提唱する趣旨に即した基準であるように思われる。それというのも、筆者が分離可能性説を採用するきっかけが、米国の第二巡回区控訴裁判所のBrandir International, Inc. v. Cascade Pacific Lumber Co., 834 F.2d 1142 (2d Cir. 1987)に接したことにあるからである。この判決は、自動車用ラックのデザインについて、実用的な制約の下で創作されていて、形状と機能を観念的にも分離することができないことを理由に著作物性を否定している。
 問題のラックを下記に掲げた(図中の自転車を除いたものが問題のラックとなる。)。現代美術と位置付けて美術館にも飾られているラックであるが、観念的分離可能性説の下ではその種の事情は著作物性に影響を与えない※154。自転車用ラックであるために、その大きさも曲線の形も、かなりの制約の下で創作されていということが看取される以上、実用的な機能と形状を観念的に分離できないと判断するのである。


【Brandir International, Inc. v. Cascade Pacific Lumber Co.】


 これが、仮にドラえもんの絵が付加されているとか、ドラえもんの形状をしているなどの実用的な機能とは無関係の形状が付加されていたのだとすれば、そこは機能と分離できるので著作物と認めることができるが(前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻])、そのような要素はこのラックにはなく、ゆえに、著作物性が否定されることになる※155
 このように分離可能性を判断する際には、絵画や彫刻等、通常の著作物であっても、キャンバスや素材等に起因する技術的制約が存在することに注意しなければならない。そうした技術的制約は、著作権法は織り込み済みのはずであるから、その種の制約が存在するからといって、著作物性を制限的に解する必要はなく、ゆえに分離可能性のふるいにかける必要もない。したがって、平面的なデザインはもとより、ぬいぐるみや人形についても、彫刻と質的に異なった制約がかかっていないとすれば、それを理由に著作物性を否定する必要はない。
 具体的には、イラストや絵画(第一類型)、ぬいぐるみやフィギュア、彫刻(第二類型)等に関しては、空間や平面に自由に表現できる場合には、その表現に対する技術的制約は通常の著作物と変わるところはなく、「美術」であると評価して著作権法の保護を及ぼすべきである。ゆえに、第二類型のぬいぐるみやフィギュア等に関して、通常の著作物には課されない高度の創作性、芸術性を課しているように思われるかつての裁判例の趨勢には反対することになる。
 他方、第三類型の通常の工業製品の形状に関しては、一般に実用面の制約の中で創作されており、著作物性が否定されると考えるべきである。ゆえに、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]にも反対することになる。
 かつての裁判例では、ともすれば「純粋美術」という言葉が一人歩きし、特に第二類型の事案において通常の著作物に比して厳格な取扱いがなされる土壌となっていたように思われる。しかし、本稿の理解の下では、分離可能であるか否かということが文化の要件中の「美術」に該当するか否かの分岐点なのであって、分離可能であれば、それ以外に+αの追加要素を要求することなく、文化の要件を通過するものと解されることになる。何をもって美術と解するかは尺度が不明確であるところ、他の法制度との調整の必要もなく、裁判官をして奨励すべき美術と奨励すべきでない美術を選り分けさせることは危険である。ゆえに、分離可能性説のように、裁判官の主観的な嗜好が入りにくい客観的な基準で「美術」であるか否かを判別させるようにすることが望まれる。


5.本判決の意義
(1)序

 以上の検討を踏まえて、本判決の意義を特定してみよう。


(2)観念的分離可能性説を採用したこと
 本判決の最大の意義は、著作権法2条1項1号後段の美術の範囲に該当するための要件論として、分離可能性説、中でも観念的分離可能性説を採用することが最高裁の立場であることが明らかにされたところにある。そのように理解し得る理由は、以下の三つである。
 第一の理由は、本判決の判文中の文言にある。
 「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たるというべきである。」
 分離可能性説を採用する従来の裁判例や学説では、「分離」という言葉が用いられていた。例えば、同説が裁判実務において文言上、定着するきっかけとなった、前掲知財高判[激安ファストファッション]は、「実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるもの」との説示を用いていたことは前述したとおりである。
 これに対して本判決は、「分離」ではなく、「観念上、機能に由来する構成とは別個に」という文言を用いている。これは、おそらく従来の裁判例では、「分離」という文言の下、機能に少しでも関わる部分があればそれを除外して残った部分で著作物該当性を判断する物理的分離可能性のような手法が採られることがあり※156、また、分離可能性説の本源地であるアメリカ合衆国では、本判決が志向していると解される観念的分離可能性とは異なる基準が連邦最高裁で採用されていることに鑑み、もはや手垢がついた概念となってしまった「分離」という言葉を用いることを避けたのではないかと推察される。
 他方、本判決は、分離可能性説の中の一選択肢として「観念的分離可能性説」という概念が提唱されているところ※157、あえて、明示的に「観念上」という言葉を用いている。しかも、そこで説かれている内容は、表現が機能に制約されることなく自由に創作されたものであると看取し得るか否かをメルクマールとする観念的分離可能性説と変わるところはない。「由来」という言葉遣いも、例えば選択肢が極めて限定されており、アイディアと表現がマージしている場合に創作的表現であることを否定するマージ理論が適用されない場合であっても、なお機能による制約下で創作された表現であると目される場合には美術の範囲該当性を否定する観念的分離可能性説※158にむしろふさわしい用語であるように思われる。
 第二の理由は、前述の一般論を本件の原告製品に対して具体的に当てはめた、その仕方である。
 判文中、関連する説示は以下のとおりである。
 「本件椅子は、量産実用品であって、上告人らは、大要、約66度の略L字型を成して床面から立ち上がっている2本の脚を有し、当該2本の脚の間に座面板及び足置板が床面と平行に固定されるようになっている点において創作性が認められるから、本件椅子が著作物に当たると主張する。しかしながら、上記の点は、子供用の椅子としての機能に由来する構成である脚、座面板及び足置板の配置による形状が美感を起こさせるものであることを基礎付ける事情にすぎない。そして、本件椅子の全体又は部分における形状等は、子供用の椅子としての機能に由来する構成としてしかこれを把握することができず、当該構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものではない。よって、本件椅子は、著作物に当たるとはいえない。」
 ここでは、脚、座面板、足置板等の各部が実用品の機能(=子供用の椅子としての機能)に関わっているという一事をもって、それらの部分を除外して残余のみで著作物たり得るかなどという物理的な分離可能性を吟味するのではなく、本件椅子の全体または部分における形状等(=表現)に機能に由来する構成ではないものを観念的に看取し得るのかということを検討している。その手法は、前述した自転車用ラックに関する観念的分離可能性説の適用の仕方と選ぶところはないといえる。
 第三の理由は、本判決は著作権法と意匠法による保護の調整の必要性を根拠としており、著作権法2条1項1号後段の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲」(筆者はこれを総称して「文化の範囲」と呼んでいる。)の要件の一分野である美術の範囲の解釈として、前記一般論を持ち出していることである。
 法が、文化の範囲に創作的表現が属することを著作物として保護されるための要件とした趣旨は、著作権法の守備範囲を、効率性の世界である技術の世界に比して、相対的に広汎な行為が相対的に長期間規制される著作権の保護に馴染む多様性の世界である文化の世界に収めるためであると考えられる※159。観念的分離可能性説は、このように著作権制度の保護に馴染まないものをはじくことを目的とする文化の範囲の要件の趣旨を、具体的な振分けの基準に具現した基準であるということができる。なぜならば、前述したように、創作された表現が物品の機能により制約されているのであれば(本判決の言葉を借りれば、「形状等が観念上、機能に由来する構成とは別個に、創作的な表現として把握することができ」ないものである場合)、その分、後続者の創作や利用の自由は限られているのであるから、規制されるべき行為がより狭く、保護の期間がより短い意匠制度による保護に馴染むといえるが、他方で、そのような制約がないのであれば(本判決の言葉を借りるのであれば、「形状等が観念上、機能に由来する構成とは別個に、創作的な表現として把握することができるものである」場合)、規制されるべき行為がより広く、保護の期間が長期にわたる著作権法の保護を及ぼすことの弊害は他の著作物並みとなるから、あえて文化の範囲の要件を活用して保護を否定する理由がなくなるからである(それを超える衡量は、アイディアと表現の区別や、創作性等、他の一般の著作物に課される要件のところで具現すれば足りる。)。
 著作権法の制度と意匠法の調整という観点と、本判決が提唱する「観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合」に美術の範囲に該当してよいとする著作物性の判断基準との論理的な関係は、判文上、詳らかでないところがあるが、以上のように補足することができよう。
 以上のように、本判決は、講学上の分類論としては、観念的分離可能性説を採用したものと解される。もっとも、本判決が用いた文言は「分離可能性」ではなく「観念上、機能に由来する構成とは別個に」というものであるから、おそらく、今後の裁判実務では、「分離可能性」なる言葉は用いられることがなくなり、こちらの文言にとって代わられることになろう。ただ、本判決が採用した見解の名称としてほかにうまい言葉を筆者は思い付くことができず、またいずれにせよ本判決の説く内容は、観念的分離可能性説と異なるところはないので、本稿では、本判決は「観念的分離可能性説」を採用したと表記することにしたい。


(3)観念的分離可能性を肯定し得る例として二つの類型を掲げたこと
 第一の特徴に付随する本判決の第二の特徴は、本判決は前記一般論の当てはめの仕方として、二つの例を示していることである。具体的には以下の説示である。

 装飾等付加類型
 「表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるものがある。このようなものは、量産実用品に『美術の著作物』(著作権法10条1項4号)が単純に付加されたものということができ、当該付加部分に同法の保護が及ぶことは当然である。」

 別個把握可能類型
 「また、量産実用品の中には、例えば、全体として彫刻等とも看取できるもののように、その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるものがある。このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、『美術の著作物』が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから、著作権法の保護を及ぼすのが相当である。上記のような形状等は、機能との関係で一定の制約を受けるのが通常である量産実用品の形状等としては例外的なものであるということができるのであって、これに著作権法の保護を及ぼしても、上記でみたような弊害が生ずるおそれは小さい。」

 このうち、前者の「装飾等付加類型」(筆者が便宜上与えた呼称である。)は、実用品とは独立して、機能の制約を受けることなく自由に創作されたものが、実用品に付加された場合が典型例である。また、当初から実用品に付加されることを念頭に創作されたとしても、その表現が実用品の機能の制約を受けることなく創作されたと看取し得る場合もこの類型に該当する。
 従前の裁判例でいえば、前掲大阪高判[布団の絵柄]の花柄部分がこの類型に該当するといえよう※160。前述したように、花柄の部分の表現は、実用品の機能とは全く無関係に、通常の水彩画と選ぶところなく、自由に創作されていると看取し得るからである※161
 前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]の仏壇彫刻も、予め仏壇の枠内に収まるように多少、窮屈に彫り込まれており、完全に自由とまではいえず、その意味で純粋な意味での装飾等付加類型ではないものの(その意味で次の別個把握可能類型の要素もある。)、その程度の制約、つまり一定の大きさの中に全体を収めるという程度の制約は、通常の美術の作品にまま課せられる制約であって、実用品固有の制約とまではいい難い。そしてその枠内では、件の彫刻は、実用品の機能とは無関係に自由に創作されているといえよう。
 後者の「別個把握可能類型」(これも筆者が便宜上与えた呼称である。)は、実用品の機能に関連しながら創作されてはいるものの、その表現が機能による制約を受けることなく創作されていると看取し得る場合をいう。判文が指摘するようにこれはかなり例外的な事例であるといえようが、それでも例がないわけではなく、例えば従前の裁判例では、前掲東京地判[照明用シェード]のシェードの形状がこれに該当するといえよう※162。当該事件のシェードの形状は、シェードであることを感得させないほど自由に創作されており、純粋な美術品の置物と選ぶところがない形状をしているからである。
 さて、この二類型の意味であるが、装飾等付加類型も、別個把握可能類型も、いずれも最終的な結論である、「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合」には、著作権法2条1項1号後段の美術の範囲に属するという抽象論を導き出すための過程で持ち出されているものである。したがって、最終的な判断基準となるのは、あくまでも「観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである」か否かということである。仏壇彫刻の例に見たように、装飾等付加類型と別個把握可能類型は相互に排斥的なものではなく(そのことは、後者に関し、「このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、『美術の著作物』が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから」と説く判文にも現れている。)、逆に、仮に両類型に当たらないような創作物が現れたとしても、その「形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである」場合には、意匠権との調整を理由として、前述したように、著作権法2条1項1号後段要件により著作権の保護をへこませる必要はないのであるから、やはり美術の該当性を肯定すべきなのである。
 ゆえに、今後の実務は、装飾等付加類型における「表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるもの」であるとか、別個把握可能類型における「その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるもの」という文言に現れたいくつかの修辞句(例えば、「表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されている」とか、「機能と関連せず」、「彫刻等」などの文言)に過度に囚われるべきではない。むしろ、これら二類型はあくまでも例示として理解し、「形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである」か否かという最終的な判断基準への当てはめをなすべきであると考える※163


(4)美的鑑賞性等の付加的な要件を課さなかったこと
 本判決の一般論は、観念的分離可能性を充足すれば、それ以外に、美的鑑賞性等の付加的な要件を課すことなく、美術の範囲該当性を肯定する一般論となっている。
 法廷意見はその点に関し何も言及するところがないが、尾島補足意見は、それが意図的なものであったと語っている。とりわけ以下の説示が重要である。
 「『美的鑑賞』の語からはあたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねず、また、そもそも美的な芸術としての鑑賞に値するか否かを裁判所が判断するのは不適当と思われるからである。」
 前述したように、分離可能性説を文言上、採用する従前の裁判例では、前掲最判[ゴナU]の説示の影響の下、美的鑑賞性にも言及することが多く、その場合、分離可能性を充足すれば、直ちに美的鑑賞性を充足したことになり、美術の範囲に属することになるのか(純粋の分離可能性説)、それとも、分離可能性を充足したとしても、なお美的鑑賞性を満たさないとして美術の範囲該当性が否定されることがあり得るのか(分離可能性+美的鑑賞性説)ということは、判文上も判然としないことがほとんどであった。他方、学説では、純粋の分離可能性説が唱えられている一方で、追加的に美的鑑賞性を要求する見解や、そもそも分離可能性説を採用することなく、美的鑑賞性一本で勝負する見解も存在した。こうした美的鑑賞性を要件の一部あるいは全部に取り込む見解に対しては、予測可能性に乏しく、司法判断に馴染み難いことが指摘されていた※164。尾島補足意見は、そうした反対説を支持するものであり、本判決が前掲最判[ゴナU]を引用しなかったことも相まって、今後の裁判例では、美的鑑賞性の文言は美術の範囲を画する要件論としては姿を消すことになると予想される。


(5)その他
 本判決の観念的分離可能性にかかる抽象論は、あくまでも、実用品の形状等から判断し得る基準として提示されており、また、原告製品に関するその当てはめでも、本件の椅子の形状から観察し得る事情を斟酌して結論を導いている。その際、創作者のデザイン創作時における創作目的や、創作後の利用態様等は一切斟酌していないことも本判決の特徴といえる。
 前述したように、一部に反対説もあるが、創作者の主観を基準とする場合には、外部からは判然とせず、予測可能性を害することになり、また、創作後の利用態様を斟酌することは、著作物性の判断が時的に安定せず、予測可能性に加えて法的安定性の面でも弊害が大きい※165。本判決はこれらの事情の斟酌を少なくとも肯定はしておらず、形状等の観察に焦点を当てるその一般論と、本件への具体的な当てはめに鑑みれば、むしろ考慮を否定する考え方のほうに親和的である。今後の裁判実務が本判決の趣旨を忖度して、観察対象を形状等に絞ることを期待したい。


6.本判決の射程
(1)序

 以上の本判決の意義に対する検討を踏まえて、本判決の射程※166を論じることにしよう。


(2)裁判実務への影響
 本判決の射程で特に問題となるのが、従前の裁判例の傾向にどの程度の変化を迫るものなのかということであろう。この点については、以下のように分析している。
 第一に、本判決が具体的に美術の範囲該当性を否定した原告製品にかかる子供用椅子は、本稿が説く第三類型(機能的な実用品)に該当するので、第三類型に関して、原則、著作物性を否定するという裁判例の趨勢は、本判決によって確認されたと理解することができる。本件椅子について著作物性を肯定した前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]は、もはや判例法理としては採用し得なくなった。
 ただし、従来、第三類型に属しながらも、例外的に著作物性が認められていた前掲東京地判[照明用シェード]や、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]に関しては、前述したように、前者は本判決の掲げる例示中の別個把握可能類型として、後者は同じく例示中の装飾等付加類型として、本判決の射程が及ぶとまでいえないとしても(二つの例示はあくまでも傍論である。)、本判決の法理の下でも、美術の範囲該当性が肯定されることになるのではないかと考えられる。
 第二類型(立体的な彫像・ぬいぐるみ・フィギュア)に関しては、事案を異にする以上、本判決の射程の外にある。しかし、本判決が例示として掲げる別個把握可能類型に鑑みると、例えば著作物性を否定した、前掲山形地判[ファービー]、前掲仙台高判[同]についていえば、機能に由来する構成は存在するものの(発話に連動して可動する目と口の構成は機能による制約を受けていると解される)、それは部分的に限られたものに止まっており、全体の形状はなお機能に由来する構成とは別個に創作された表現を把握することができるものであると解される※167。同様の理は、前掲東京地判[プチホルダー]にも妥当する。前掲東京地判[タコの滑り台]、前掲知財高判[同]についても、たしかにタコの足の部分は滑り台として活用されているが、それは足の部分に限定されているうえ、滑り台とは無関係にタコの造詣物を制作したうえで、その一部を削って滑り台としたとしても同様の形状になり得るのであるから機能による制約は大きなものとはいい難く、また全体の形状に関しては機能に由来する構成とは別個にタコの彫像にかかる表現を看取し得るものとなっているといえるように思われる。ゆえに本判決の法理の下では、美術の範囲該当性は否定され得ないのではなかろうか※168
 第一類型(平面的なイラスト・図案)も、本判決の射程の外ではあるが、本判決の一般論を適用すると、少なくとも、第一類型に関しては、本判決の説く法理により、美術の範囲該当性が否定されることはないだろう。この類型で著作物性を否定した判決として、前掲大阪高判[布団の絵柄]があるが、本判決が掲げる装飾等付加類型に属すると思料される事案であり、本判決の基準によると、美術の範囲該当性が否定されることはないと解される。もちろん、判例法理として、本判決とは別個独立なものとして残されている前掲最判[ゴナU]が扱った書体に代表されるように、平面的な図柄等であっても、何らかの制約により表現の選択肢が限定されることはあるが、事案を異にする以上、本判決の射程が及ぶものではなく、アイディアと表現の区別等、それぞれの状況に即した法理により対処されるべきものである※169
 したがって、一部の裁判例にいまだに見られた段階理論的色彩は、本判決の登場によって払拭されることになるのではないかと予想される。


(3)その他の問題
①「量産実用品」の意義

 本判決の一般論は、その適用対象を「量産実用品」と特定している。したがって、本判決の射程は、「量産実用品」の形状等の著作物性が問題となる事案に及ぶに止まると解さざるを得ない。
 しかし、本判決の一般論の根拠は、前述したように、意匠権との保護の調整に求められているところ、意匠法では、たしかに、意匠法3条1項の工業上利用可能性の要件の解釈として、工業上利用されるというためには、量産されるものであることを要するなどと説かれていた。その根拠として有意なものが示されることは少ないが、量産されるものでなければ、産業に貢献する度合いが低く※170、加えて、フリーライドの規模が大きなものとはならないので、あえて審査制度、登録制度のコストをかけてまで保護を与える必要はないとでも説明するのであろう。しかし、複製技術が発展している現在、量産不可能な意匠を想定することは困難である。量産とは手工業によるものでも足りるとされていることもあって、工業上の利用可能性の要件にはさしたる意義は認められないものとなっている※171
 そして、仮に一品制作された物品のデザインであっても、量産可能であれば意匠登録が許容されるのであって、その場合は、意匠制度との調整の必要性は否定され得ない。ゆえに、本判決にいう「量産実用品」は、現に量産されているか否かではなく、量産可能な実用品のことを指すと理解すべきであろう。このような解釈の下でも、例えば自然物であって再現困難なものは量産可能とはいい難いが、そのようなものはそもそも人が創作をコントロールしていないことを意味するから著作物には該当しないので、美術の範囲の問題とするまでもなく、著作権の保護が否定される※172。そうすると、「量産性」がないことがネックとなって、意匠登録が許されず、ゆえに意匠法の保護と著作権法の保護の調整を根拠とする本判決の趣旨がそのままでは妥当しないかもしれない事例というのは、あまりお目にかかれるものではないのかもしれない※173
 この点に関連して、尾島補足意見は「美術工芸品」を本件の射程の外に置いているように読めることが問題となる。美術工芸品の意味次第というところはあるが、量産不可能な美術工芸品がほとんどないのだとすれば、本判決の射程の限定にはさしたる意義はないということになろうか。
 建築物については、かつては、物品性を欠くことを理由に意匠登録の対象にはならないと解されていた※174。筆者ほかの少数説はそのような理解に反対していたが※175、いずれにせよ2019年意匠法改正により、建築物が意匠として保護されることが明文化(意匠法2条1項)された現在、意匠権との調整の必要性があるという状況に関して、他の実用品と変わるところはなくなった。事案を異にするので本判決の射程の外といわざるを得ないが※176、論理的には、本判決にいう「量産実用品」は建築物まで包含し得ると解すべきなのではなかろうか。
 なお、メタヴァースにおける「実用品」のデザインに関しては、有体物の世界と状況を違えるところがあり、2019年意匠法改正による画像デザインの保護も、有体物の物品とは様相を異にしているから※177、本判決の射程が直ちに及ぶものではないと解される※178


②「機能」の意義
 本判決は、実用品にかかる「機能」に由来する構成とは別個に創作的表現を把握できることを美術の範囲該当性の要件としているが、ここにいう「機能」が何を意味するのかということについては詳らかにしていない。
 この点に関し、従前の裁判例では、「利用者に興味や関心を与えたり、親しみやすさを感じさせたりして、遊びたいという気持ちを生じさせ得る」という性質のような、一般の著作物にも観察し得るような性質までをも「機能」に読み込んでいるのではないかと思われる裁判例も存在した(前掲東京地判[タコの滑り台])※179。しかし、文化の世界に一般的に存在するような機能であれば、そのような機能を著作権や著作者人格権によって制約することは著作権法が予定しているのであるから、実用品の保護が問題となる場合に限ってそれを理由に「文化の範囲」を縮減し、著作権等の保護を否定する理由はない。
 そうすると、文化の世界一般に属する機能と、そうではない機能を区別するメルクマールが必要となるが、前述したところの、著作権法が主として規律する文化の世界は多様性の世界であり、意匠法や特許法が主として規律する技術の世界は効率性の世界であると観念するアプローチをここでも応用し、当該機能が多様性の世界に属するか、効率性の世界に属するかということをメルクマールとするべきではないかと考える。後者の効率性の世界に属する機能であれば、その機能が発展していく方向性も限られており、ゆえにその機能に由来する構成の選択肢も相対的に限られているから、規制される行為が広汎であり、保護が長期に及ぶ著作権法の保護を与える場合には、後続の創作者や利用者の自由が過度に阻害されることになる。他方、前者の多様性の世界に属する機能であれば、その機能が発展していく方向も多様であり、それに由来する構成の選択肢も相対的に豊富であるから、著作権法の保護を及ぼしても、後続者の自由を過度に制約するとまではいい難い。もちろん、両者は完全に峻別されるものではなく、スペクトラムの問題となるが、それでも境界線上にあるものはいざ知らず、これは文化の世界、これは効率性の世界と優に分類し得る場合が多いのではないかと推察される。
 例えば、前掲東京地判[タコの滑り台]を題材とすれば、興味や関心、親しみやすさを与えることは、一般の著作物にも観察される多様性の世界に属しており、観念的分離可能性で問題とすべき機能には該当しないと解される。他方で、本件椅子で問題となった子供用椅子の脚、座面板及び足置板やそれらの配置による形状等は、そもそも人を安定的に座らせるという特定された目標を持った椅子の構成を実現するために選択肢が限定される形状であって、その中で子供用椅子として安定性を強化し、高さ調節を可能とし、おそらく製造工程の簡略化、部材の削減化等のコスト削減を追求する中で創作されたデザインであって、ゆえに、多様性の世界に属さない機能に由来する構成とは別個のものを把握することは困難であるといえる。



(掲載日 2026年7月14日)

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  • ※1 裁時1886号1頁、WestlawJapan文献番号2026WLJPCA04249001。
  • ※2 本件の椅子にかかるデザインに関する各国の裁判例や知的財産権の取得状況については、小池眞一[判批]知財ぷりずむ285号(2026年)2~4頁の俯瞰を参照。
  • ※3 そのほか、原告らは、第三にとし、さらに予備的に、取引における自由競争の範囲を逸脱する行為であり、原告らの営業上の利益を侵害する不法行為(民法709条)に該当するとも主張していたが、この不法行為を理由とする請求は、第一審判決(東京地判令和5年9月28日判タ1526号231頁、WestlawJapan文献番号2023WLJPCA09289004)、控訴審判決(知財高判令和6年9月25日特許ニュース16281号1頁、WestlawJapan文献番号2024WLJPCA09259004)ではともに棄却され、最高裁では、不正競争防止法上の請求と同様、審理の対象となっていない。商品の形状に関して不正競争防止法2条1項1号・2号の不正競争行為該当性に基づく請求や、著作権侵害を理由とする請求が、要件を充足しないことを理由に棄却される場合に、それにもかかわらず、一般不法行為に基づく請求を認容するためには、原告の主張の程度では、最一小判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁、WestlawJapan文献番号2011WLJPCA12089001[スーパーニュース]、最一小判平成23年12月8日公刊物未搭載、平21(受)604等[ニュースプラス1](いずれについても、参照、丁文杰[判批]知的財産法政策学研究42号(2013年)395~445頁)が説く、個別の知的財産法が規律の対象とする利用による利益とは「異なる法的に保護された利益」を認めるには不足があることは明らかである。ゆえに、以下では、この点に関する紹介・検討は省略する。なお、この論点に関する筆者の見解に関しては、参照、田村善之「知的財産権と不法行為」同編『新世代知的財産法政策学の創成』(2008年・有斐閣)3~50頁、同「知的財産法からみた民法709条-プロセス志向の解釈論の探求」NBL936号(2010年)54~64頁、同「民法の一般不法行為法による著作権法の補完の可能性について」同『ライブ講義知的財産法』(2012年・弘文堂)494~531頁、近時の裁判例に関しては、参照、鮑妙堃[判批]知的財産法政策学研究68号(2023年)285~309頁、同[判批]コピライト765号(2025年)48~59頁、何柯熠[判批]ジュリスト1622号(2026年)118~121頁、同[判批]知的財産法政策学研究72号掲載予定を参照。
  • ※4 差止めと廃棄請求に関しては、不正競争防止法が根拠条文とされており、さらに、原告オプスヴィック社のみが予備的に著作権侵害を理由としている。たしかに、原告ストッケ社は、著作権の独占的利用権者にとどまるので、一般的理解に従えば、差止等を請求することはできない。債権者代位を理由とする請求もなされていないが、これも通説的理解に従う限り、債務者(=著作権者)が債権者(=独占的利用権者)に対して侵害排除義務を負っている必要がある(以上につき、参照、村井麻衣子「特許権の独占的通常実施権者による差止請求の可否-新たな独占的ライセンス制度構築に向けて」パテント65巻9号(2012年)46〜55頁、侵害排除義務不要説に与しつつ、田村善之『著作権法概説〔第2版〕』(2001年・有斐閣)484~485頁)。
  • ※5 詳細な分析として、参照、山本真祐子=田村善之ほか「不正競争防止法2条1項1号・2号によるファッションデザイン保護(4)」有斐閣Onlineロージャーナル2024年5月37~41頁。
  • ※6 該当部分の説示は、以下のとおりである。
    「著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであり(著作権法2条1項1号)、美術の著作物には、美術工芸品が含まれる(同条2項)。そして、美術工芸品以外の実用目的の美術量産品であっても、実用目的に係る機能と分離して、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えている場合には、美術の範囲に属するものを創作的に表現したものとして、著作物に該当すると解するのが相当である。」
  • ※7 参照、田村善之「著作権の保護範囲」同編『知財とパブリック・ドメイン第2巻:著作権法篇』(2023年・勁草書房)151~190頁。
  • ※8 該当部分の説示は、以下のとおりである。
    「原告製品は、前記説示に係る特徴①ないし⑥を全て組み合わせることによって、身体に接触する背板部分並びにこれに対応する座面板及び足置板の後部波状部分を除き、側木、脚木、横木、座面板、足置板及び背板という椅子を構成すべき最小限の要素を直線的に配置し、究極的にシンプルでシャープな印象を与える直線的構成美を空間上に形成したところに、表現としての特徴があるものと認めることができる。
    他方、被告各製品は、前記において説示したとおり、座面板及び足置板を固定するために原告製品よりも複数の部材を利用する点において、原告製品のような究極的にシンプルな印象を与えるものではなく、かつ、曲線的形状を数多く含む点において、原告製品のような直線的でシャープな印象を与えるものではなく、原告製品が表現する直線的構成美を明らかに欠くものといえる。
    そうすると、原告製品と被告各製品は、その形態が表現するところにおいて明らかに異なるものといえる。そして、原告製品の上記直線的構成美は、究極的にシンプルであるがゆえに椅子の機能と密接不可分に関連し、当該機能といわばマージするといえるものの、仮に、これに著作物性を認める立場を採用した場合であっても、基本的にはデッドコピーの製品でない限り、製品に接する者が原告製品の細部に宿る上記直線的構成美を直接感得することはできず、まして、複雑かつ曲線的形状を数多く含む被告各製品に接する者が、原告製品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは明らかである。
    したがって、被告各製品の製造販売等は、明らかに原告製品を複製又は翻案するものではなく、原告らの主張を前提としても著作権侵害を構成するものとはいえない。」
  • ※9 該当部分の説示は、以下のとおりである。
    「いわゆる応用美術の著作物及び意匠に係る法令の適用範囲や保護の条件は、ベルヌ条約(昭和50年条約第4号)上、同盟国の法令の定めるところによるとされており(同条約2条(7))、原告製品のような実用品の形状等に係る創作を我が国内においてどのように保護すべきかは、我が国の著作権法と意匠法のそれぞれの目的、性質、各権利内容等に照らし、著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図るという見地から検討する必要がある。
    しかるところ、原告らが主張するように、作成者の何らかの個性が発揮されていれば、量産される実用品の形状等についても、著作物性を認めるべきであるとの考え方を採用したときは、これらの実用品の形状等について、審査及び登録等の手続を経ることなく著作物の創作と同時に著作権が成立することとなり、著作権に含まれる各種の権利や著作者人格権に配慮する必要から、著作権者の許諾が必要となる場面等が増加し、権利関係が複雑になって混乱が生じることとなり、著作権の存続期間が長期であることとも相まって『公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する』という著作権法の目的から外れることになるおそれがある。立法措置を経ることなく、現行の著作権法上の著作権の制限規定の解釈によって、問題の解決を図ることは困難といわざるを得ない。他方、著作権法2条1項1号によれば、『著作物』ということができるためには『文芸、学術、美術又は音楽の範囲』に属する必要があるところ、実用品は、それが美的な要素を含む場合であっても、その主たる目的は、専ら実用に供することであって、鑑賞ではない。実用品については、その機能を実現するための形状等の表現につき様々な創作・工夫をする余地があるとしても、それが視覚を通じて美感を起こさせるものである限り、その創作的表現は、著作権法により保護しなくても、意匠法によって保護することが可能であり、かつ、通常はそれで足りるはずである。これらの点を考慮すると、原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られると解するのが相当である。著作権法2条2項は、『美術の著作物』には『美術工芸品』を含むものとする旨規定しており、同項の美術工芸品は実用的な機能と切り離して独立の美的鑑賞の対象とすることができるようなものが想定されていると考えられるのであって、同項の規定は、それが例示規定であると解した場合でも、いわゆる応用美術に著作物性を認める場合の要件について前記のように解する一つの根拠となるというべきである。」
  • ※10 該当部分の説示は、以下のとおりである。
    「原告製品については、特徴①から特徴③まで及び側木と脚木をそれぞれ一直線とするデザインという本件顕著な特徴があり、これにより原告製品の直線的な形態が際立ち、洗練されたシンプルでシャープな印象を与えるものとなっていると認められることは、前記のとおりである。しかし、本件顕著な特徴は、2本脚の間に座面板及び足置板がある点(特徴①)、側木と脚木とが略L字型の形状を構成する点(特徴②)、側木の内側に形成された溝に沿って座面板等をはめ込み固定する点(特徴③)からなるものであって、そのいずれにおいても高さの調整が可能な子供用椅子としての実用的な機能そのものを実現するために可能な複数の選択肢の中から選択された特徴である。また、これらの特徴により全体として実現されているのも椅子としての機能である。したがって、本件顕著な特徴は、原告製品の椅子としての機能から分離することが困難なものである。すなわち、本件顕著な特徴を備えた原告製品は、椅子の創作的表現として美感を起こさせるものではあっても、椅子としての実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象とすることができるような部分を有するということはできない。また、原告製品は、その製造・販売状況に照らすと、専ら美的鑑賞目的で制作されたものと認めることもできない。それのみならず、仮に、原告製品の本件顕著な特徴について、独立の美的鑑賞の対象となり得るような創作性があると考えたとしても、前記のとおり、被告各製品は、本件顕著な特徴を備えていないから、原告製品の形態が表現する、直線的な形態が際立ち、洗練されたシンプルでシャープな印象とは異なるものとなっているのであって、被告各製品から原告製品の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできない。」
  • ※11 本件と同様、量産されることを前提にした椅子のデザインが問題となった事件で、著作物性を否定した原判決を維持した最高裁判決として、最一小判平成3年3月28日[ニーチェア](公刊物未搭載、平2(オ)706)があるが、結論として、原判決の判断を相当であると述べるのみのいわゆる三行半判決であり、規範となるような判断は示していなかった。
  • ※12 詳細につき、参照、劉曉倩「実用品に付されるデザインの美術著作物該当性(1)」知的財産法政策学研究6号(2005年)200~215頁、林娜「応用美術の著作権による法的保護に関する中日比較」AIPPI62巻3号(2017年)244~247頁、作花文雄『詳解 著作権法〔第6版〕』(2022年・ぎょうせい)123~125頁。
  • ※13 判時2238号91頁、WestlawJapan文献番号2014WLJPCA08289004。
  • ※14 WestlawJapan文献番号2010WLJPCA11189004。
  • ※15 WestlawJapan文献番号2014WLJPCA04179001。
  • ※16 判時2267号91頁、WestlawJapan文献番号2015WLJPCA04149002。
  • ※17 この項目の叙述は、田村善之[判批]知的財産法政策学研究66号(2022年)22~38頁、同「応用美術の著作物性」『切り拓く知財法の未来』(三村量一古稀・2024年・日本評論社)496~507頁の叙述をもとにしている。
  • ※18 包括的な研究として、上野達弘「応用美術の著作権保護-『段階理論』を超えて-」パテント67巻4号(別冊11号)(2014年)99~105頁、橋谷俊[判批]知的財産法政策学研究47号(2015年)385~400頁、田村善之[判批]ビジネス法務15巻10号(2015年)45~46頁・11号96~99頁、林/前掲注12・248~256頁、田村善之「意匠登録がない商品デザインの保護の可能性~著作権法・不正競争防止法の交錯~」コピライト676号(2017年)5~12頁、同/前掲注17[判批]22~38頁、李遠杰[判批]知的財産法政策学研究69号(2024年)208~225・231~252頁、山本真祐子『ファッションデザインの知財保護』(2026年・東京大学出版会)20~25頁。
  • ※19 詳細につき参照、三山峻司「応用美術の著作物の保護」牧野利秋ほか編『知的財産訴訟実務大系Ⅲ 著作権法、その他、全体問題』(2014年・青林書院)54~64頁。
  • ※20 無体集5巻1号18頁、WestlawJapan文献番号1973WLJPCA02070003。
  • ※21 無体集13巻1号432頁、WestlawJapan文献番号1981WLJPCA04200004。
  • ※22 WestlawJapan文献番号2004WLJPCA09299006。澤田悠紀[判批]田村善之ほか編『著作権判例百選〔第7版〕』(2025年・有斐閣)28~29頁。
  • ※23 判時1928号116頁、WestlawJapan文献番号2005WLJPCA07280006。
  • ※24 判時2029号153頁、WestlawJapan文献番号2007WLJPCA10026001。
  • ※25 WestlawJapan文献番号2008WLJPCA07049004。
  • ※26 判時2032号11頁、WestlawJapan文献番号2008WLJPCA12269001。
  • ※27 判時2149号119頁、WestlawJapan文献番号2012WLJPCA02229005。
  • ※28 WestlawJapan文献番号2013WLJPCA12179002。
  • ※29 無体集11巻2号371頁、WestlawJapan文献番号1979WLJPCA07090003。
  • ※30 判時1813号145頁、WestlawJapan文献番号2002WLJPCA07090006。
  • ※31 WestlawJapan文献番号2012WLJPCA03229004。
  • ※32 純粋美術としての性質をも有するか否かという一見緩やかな基準を説く判決もあるが(京都地判平成元年6月15日[佐賀錦袋帯](判時1327号123頁、WestlawJapan文献番号1989WLJPCA06150004)、東京高判平成3年12月17日[木目化粧紙](知財集23巻3号808頁、WestlawJapan文献番号1991WLJPCA12170006)、東京高判平成4年9月30日[装飾窓格子](WestlawJapan文献番号1992WLJPCA09306013)、大阪地判平成12年6月6日[装飾街路灯](WestlawJapan文献番号2000WLJPCA06060007)、大阪高判平成13年1月23日[同](WestlawJapan文献番号2001WLJPCA01239002)、山形地判平成13年9月26日[ファービー](判時1763号212頁、WestlawJapan文献番号2001WLJPCA09260001))、具体的には著作物性を否定する判決にすぎない。
  • ※33 前掲注32。
  • ※34 前掲注32。
  • ※35 WestlawJapan文献番号1992WLJPCA01246011。
  • ※36 前掲注32。田村善之[判批]ジュリスト1033号(1993年)110~113頁。
  • ※37 平元(ワ)1232。
  • ※38 平元(ネ)2249。
  • ※39 前掲注32。
  • ※40 WestlawJapan文献番号2003WLJPCA07119001。
  • ※41 判時1901号106頁、WestlawJapan文献番号2004WLJPCA11250010。
  • ※42 前掲注32。
  • ※43 前掲注32。
  • ※44 このような判例研究の手法の意義につき、田村善之「判例評釈の手法-『判民型』判例評釈の意義とその効用-」法曹時報74巻5号(2022年)982~990頁、田村善之=山本真祐子『ベーシック法学研究』(近刊・弘文堂)。
  • ※45 この三分類は、田村/前掲注18ビジネス法務15巻10号45~46頁・11号96~99頁が用いたものであるが、すでにそれに先行して、一般人に実用品のデザインとして認識される限り原則として著作物性が否定される場合(本稿の第三類型に該当)、商業広告や絵画、イラスト等の典型的著作物が付与されたものと評価されて著作物性が肯定される場合(本稿の第一類型に該当)、それ自体として美的鑑賞の対象となり得ると評価されるか(仏壇彫刻)、鑑賞がその目的といえるために(彩色された人形、フィギュア)、著作物性が肯定される場合(本稿の第二類型に該当)に分けていた、金子敏哉「出版における美術的作品の利用」上野達弘=西口元編著『出版をめぐる法的課題』(2015年・日本評論社)166~167頁の分析と、ほぼ軌を一にしている。詳しくは、橋谷/前掲注18・385~400頁、林/前掲注12・248~256頁、田村/前掲注18コピライト676号(2017年)5~12頁、田村/前掲注17[判批]22~38頁、李/前掲注18・208~225頁、山本/前掲注18・20~25頁。同様の分析を示すものとして、井上由里子「3Dプリンタに関する著作権問題-設計図と応用美術の著作権裁判例を手がかりに-」DESIGN PROTECT105号(2015年)14~16頁、金子敏哉「日本著作権法における応用美術-区別説(類型的除外説)の立場から-」著作権研究43号(2017年)81~83頁も参照。
  • ※46 WestlawJapan文献番号1998WLJPCA11166005。
  • ※47 無体集17巻1号132頁、WestlawJapan文献番号1985WLJPCA03290002。
  • ※48 WestlawJapan文献番号2005WLJPCA07209006。
  • ※49 もっとも、前掲京都地判[佐賀錦袋帯]が著作物性を否定したことに対しては、疑問が残る。同事件においては著作物性を認めるべきであったとするものとして、河野愛「デザインの法的保護」エコノミア40巻4号(1990年)15~16頁。
  • ※50 判時1797号131頁、WestlawJapan文献番号2001WLJPCA05300027。
  • ※51 判時1797号111頁、WestlawJapan文献番号2001WLJPCA05300026。
  • ※52 判時1818号165頁、WestlawJapan文献番号2002WLJPCA01310014。
  • ※53 次に紹介する第三類型の裁判例を含めて、明言するものとして、前掲東京高判[木目化粧紙]、前掲大阪高判[装飾街路灯]、前掲大阪高判[チョコエッグ]、第一類型に属し、傍論ながら、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]。
  • ※54 たしかに、とりわけ前掲大阪高判[チョコエッグ]や前掲東京地判[プチホルダー]の創作物にあっては、大量生産に適するように、表現を簡易にしたり、大雑把にしたりしている観はあるが、この種の簡略化は、この時期の裁判例でも著作物性を肯定されていた、前掲長崎地佐世保支決[博多人形赤とんぼ]や前掲東京地判[トントゥぬいぐるみ]の創作物にも看取し得るものであり、同じく著作物性が肯定されていた第一類型のイラストでも、表現を簡易なものとするデフォルメが用いられていると目されるものはある(前掲東京地判[レターセット]、前掲大阪地判[商業広告]等)。なお、プチホルダーに関しては、フォルダー部分の形状が明らかに実用品(フォルダー)としての機能による制約の下で創作されているが、それ以外の部分、例えば頭部や手足等は、機能による制約が乏しいといえよう。
  • ※55 上野/前掲注18・103頁。
  • ※56 参照、岡邦俊[判批]JCAジャーナル58巻1号(2011年)64~67頁、鈴木香織[判批]著作権研究39号(2012年)264~281頁。
  • ※57 判時1605号136頁、WestlawJapan文献番号1997WLJPCA04250002。
  • ※58 判タ981号263頁、WestlawJapan文献番号1997WLJPCA12250009。
  • ※59 判時1715号71頁、WestlawJapan文献番号2000WLJPCA03310002。
  • ※60 判時1861号110頁、WestlawJapan文献番号2003WLJPCA10300006。
  • ※61 WestlawJapan文献番号2014WLJPCA10179001。
  • ※62 WestlawJapan文献番号2012WLJPCA11299015。
  • ※63 カスタマイズドールという製品の性質上、著しく表現に制約がかかっていると目されるので、第二類型ではなく第三類型に分類した。
  • ※64 前掲京都地判[ニーチェア]別紙。
  • ※65 仏壇の部材をなす関係上、外周の形状や厚みの点で多少の制約があるとはいえ、それ以外の点では実用性とは無関係に自由に創作されたものと看取することができよう。
  • ※66 つまり、この事案は、著作物であることに疑いがない漫画のキャラクターが実用品に描かれた例と選ぶところがない事例であると位置付けることができる。
  • ※67 従前の裁判例を「段階理論」であると評価するものとして、自身は段階理論に批判的な見地から、上野/前掲注18・105頁。
  • ※68 奥邨弘司「米国における応用美術の著作権保護」知財年報2009(2009年)255頁、劉曉倩「応用美術の著作物該当性-日本の裁判例の検討を中心として」知財年報2009(2009年)279頁、田村善之「未保護の知的創作物という発想の陥穽について」著作権研究36号(2010年)25頁。
  • ※69 第一類型は、平面的であるがため、実用品の機能による制約を受けることなく、その表現の選択肢は絵画と同様に開かれている。実用品の目的を達成するために表現の選択肢が狭くなることはあり得るが、それは一般の著作物にも看取し得ることが多い制約であり、アイディア・表現の二分論や創作性という一般の著作物性に関する要件で十分に対応可能であろう。
    第二類型についても、立体的になったとはいえ、何かの機能を実現するために表現の選択肢が限られているということはなく、ゆえにその表現には彫刻等と同様の選択の余地がある。
  • ※70 田村/前掲注18ビジネス法務15巻11号101頁。
  • ※71 駒田泰土「応用美術の著作権保護について-美の一体性の理論に示唆を受けて」知財年報2009(2009年)226~228頁、美術の要件における調整の可能性につき、なお留保しつつ、上野/前掲注18・114~115頁。
  • ※72 参照、橋谷/前掲注18・385~400頁、奥邨弘司[判批]判時2259号(2015年)150~155頁、同[判批]田村ほか編/前掲注22・14~15頁。
  • ※73 該当部分の前後を含めた説示は、以下のとおりである。
    「実用に供され、あるいは産業上利用されることが予定されている美的創作物(いわゆる応用美術)が美術の著作物に該当するかどうかについては、著作権法上、美術工芸品が美術の著作物に含まれることは明らかである(著作権法2条2項)ものの、美術工芸品等の鑑賞を目的とするもの以外の応用美術に関しては、著作権法上、明文の規定が存在せず、著作物として保護されるか否かが著作権法の文言上明らかではない。
    この点は専ら解釈に委ねられるものと解されるところ、応用美術に関するこれまでの多数の下級審裁判例の存在とタイプフェイスに関する最高裁の判例(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)によれば、まず、上記著作権法2条2項は、単なる例示規定であると解すべきであり、そして、一品制作の美術工芸品と量産される美術工芸品との間に客観的に見た場合の差異は存しないのであるから、著作権法2条1項1号の定義規定からすれば、量産される美術工芸品であっても、全体が美的鑑賞目的のために制作されるものであれば、美術の著作物として保護されると解すべきである。また、著作権法2条1項1号の上記定義規定からすれば、実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、上記2条1項1号に含まれることが明らかな『思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物』と客観的に同一なものとみることができるのであるから、当該部分を上記2条1項1号の美術の著作物として保護すべきであると解すべきである。
    他方、実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては、上記2条1項1号に含まれる「思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物」と客観的に同一なものとみることはできないのであるから、これは同号における著作物として保護されないと解すべきである。」
  • ※74 奥邨/前掲注72判時14~15頁。実際、同事件の担当裁判長は、従前の裁判例のような高度な基準は採用しない旨を明言している(設樂隆一「応用美術についての一考察-知財高裁ファッションショー事件を契機として」中山信弘編『知的財産・コンピュータと法』(野村豊弘古稀・2016年・商事法務)287~288頁)。
  • ※75 渡部友一郎[判批]コピライト632号(2013年)33頁。
  • ※76 参照、田村/前掲注18ビジネス法務15巻10号43~46頁・11号96~102頁、中川隆太郎[判批]コピライト653号(2015年)30~45頁、井上由里子[判批]ジュリスト1492号(2016年)266~267頁、清水節[判解]コピライト663号(2016年)2~21頁、奥邨弘司[判批]小泉直樹ほか編『著作権判例百選〔第5版〕』(2016年・有斐閣)56~57頁、中川隆太郎[判批]田村ほか編/前掲注22・16~17頁。
  • ※77 該当部分の前後を含めた説示は、以下のとおりである。
    「著作権法と意匠法とは、趣旨、目的を異にするものであり(著作権法1条、意匠法1条)、いずれか一方のみが排他的又は優先的に適用され、他方の適用を不可能又は劣後とするという関係は、明文上認められず、そのように解し得る合理的根拠も見出し難い。
    加えて、著作権が、その創作時に発生して、何らの手続等を要しないのに対し(著作権法51条1項)、意匠権は、設定の登録により発生し(意匠法20条1項)、権利の取得にはより困難を伴うものではあるが、反面、意匠権は、他人が当該意匠に依拠することなく独自に同一又は類似の意匠を実施した場合であっても、その権利侵害を追及し得るという点において、著作権よりも強い保護を与えられているとみることができる。これらの点に鑑みると、一定範囲の物品に限定して両法の重複適用を認めることによって、意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティヴが一律に失われるといった弊害が生じることも、考え難い。
    以上によれば、応用美術につき、意匠法によって保護され得ることを根拠として、著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は、見出し難いというべきである。
    かえって、応用美術につき、著作物としての認定を格別厳格にすれば、他の表現物であれば個性の発揮という観点から著作物性を肯定し得るものにつき、著作権法によって保護されないという事態を招くおそれもあり得るものと考えられる。
    ⅱ また、応用美術は、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とするものであるから、当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要があるので、その表現については、同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならない。応用美術の表現については、このような制約が課されることから、作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され、したがって、応用美術は、通常、創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が、上記制約を課されない他の表現物に比して狭く、また、著作物性を認められても、その著作権保護の範囲は、比較的狭いものにとどまることが想定される。
    以上に鑑みると、応用美術につき、他の表現物と同様に、表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば、創作性があるものとして著作物性を認めても、一般社会における利用、流通に関し、実用目的又は産業上の利用目的の実現を妨げるほどの制約が生じる事態を招くことまでは、考え難い。」
  • ※78 包括的な研究として、田村/前掲注17[判批]22~38頁(この時点で未公刊であった、山本真祐子講師(当時)作成の資料を活用したもの)、李/前掲注18・208~225・231~252頁、丁哲「応用美術の著作物性」立命館法学419号(2025年)445~467頁、山本/前掲注18・27~34頁。
  • ※79 この時期の裁判例の抽象論を分析するものとして、白鳥綱重「『応用美術』と著作物性判断の潮流-ACEの三角関係の行方-」横浜法学28巻3号(2020年)251~258頁がある。
  • ※80 判時2338号96頁、WestlawJapan文献番号2016WLJPCA11309013。参照、清水節「応用美術に関する裁判例について」外川英明ほか編『知的財産法のモルゲンロート』(土肥一史古稀・2017年・中央経済社)615~621頁。
  • ※81 判時2340号88頁、WestlawJapan文献番号2016WLJPCA12219004。参照、清水/前掲注80・621~627頁。
  • ※82 判時2348号62頁、WestlawJapan文献番号2015WLJPCA09249004。青木大也[判批]Law & Technology73号(2016年)65~74頁、渕麻依子[判批]著作権研究43号(2016年)199~219頁。
  • ※83 判時2307号111頁、WestlawJapan文献番号2016WLJPCA01149006。
  • ※84 WestlawJapan文献番号2016WLJPCA04279004。
  • ※85 WestlawJapan文献番号2017WLJPCA01199003。中川隆太郎[判批]著作権研究45号(2018年)191~236頁。
  • ※86 WestlawJapan文献番号2018WLJPCA10189002。
  • ※87 WestlawJapan文献番号2019WLJPCA06189002。
  • ※88 判時2517号76頁、WestlawJapan文献番号2021WLJPCA06249005。
  • ※89 WestlawJapan文献番号2021WLJPCA06299008。本山雅弘[判批]Law & Technology100号(2023年)86~95頁。
  • ※90 判時2514号110頁、WestlawJapan文献番号2021WLJPCA04289004。山田亮[判批]知的財産法政策学研究63号(2022年)323~402頁。
  • ※91 WestlawJapan文献番号2021WLJPCA12089001。田村/前掲注17[判批]9~66頁。なお、同「タコの形状を模した滑り台の著作物性を否定した知財高裁判決(令和3年12月8日知財高裁判決)について」WLJ判例コラム第273号(文献番号2022WLJCC025)2022年も参照。
  • ※92 判時2602号86頁、WestlawJapan文献番号2023WLJPCA04279004。本山雅弘[判批]新・判例解説Watch33号(2023年)289~292頁、阿部光利[判批]パテント77巻10号(2024年)104~115頁、李/前掲注18・201~252頁。
  • ※93 WestlawJapan文献番号2023WLJPCA09299004。
  • ※94 WestlawJapan文献番号2024WLJPCA07029002。
  • ※95 判時2604号68頁、WestlawJapan文献番号2024WLJPCA03289004。
  • ※96 WestlawJapan文献番号2025WLJPCA07289002。
  • ※97 WestlawJapan文献番号2016WLJPCA04219006。
  • ※98 WestlawJapan文献番号2016WLJPCA10139001。
  • ※99 WestlawJapan文献番号2017WLJPCA12229001。
  • ※100 WestlawJapan文献番号2018WLJPCA06079002。
  • ※101 WestlawJapan文献番号2023WLJPCA03156023。
  • ※102 WestlawJapan文献番号2023WLJPCA12259005。参照、李遠杰[判批]知的財産法政策学研究70号(2025年)393~490頁。
  • ※103 WestlawJapan文献番号2019WLJPCA04189005。
  • ※104 必ずしも明確ではないが、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]、前掲大阪地判[ピクトグラム]、前掲東京地判[スティック型加湿器]、前掲東京地判[ゴルフシャフト]、前掲東京地判[トレーニング箸]、前掲知財高判[同]、前掲大阪地判[Chamois]、前掲東京地判[半田フィーダ]、前掲大阪地判[傘立て]、前掲東京地判[BAO BAO]、前掲大阪地判[時計原画]、前掲知財高判[姿勢保持具]、前掲東京地判[タコの滑り台]は、この趣旨であろうか。
  • ※105 前掲知財高判[タコの滑り台]は、天蓋部分の説示をみる限り、この趣旨であると解される。必ずしも明確ではないが、前掲東京地判[ゴルフシャフト]、前掲知財高判[半田フィーダ]は、この趣旨であろうか。もっとも、同一の裁判長が担当した別事件では前注に分類した説示をなしたものもある。
  • ※106 WestlawJapan文献番号2020WLJPCA01299009。
  • ※107 参照、山田/前掲注90・394頁、山本/前掲注18・26頁。
  • ※108 Learned Hand裁判官の手になるNichols v. Universal Pictures Corporation, 45 F.2d 119(2d Cir. 1930)(ロバート・ゴーマン=ジェーン・ギンズバーグ編(内藤篤訳)『米国著作権法詳解(下)』(2003年・信山社)472~477頁)が提唱したabstraction testの日本版であり、「濾過テスト」という名称は筆者の手になること(田村善之『著作権法概説〔初版〕』(1998年・有斐閣)46頁)、最一小判平成13年6月28日[江差追分](民集55巻4号837頁、WestlawJapan文献番号2001WLJPCA06280001。参照、田村善之[判批]法学協会雑誌119巻7号(2002年)214~229頁))が採用したことにより裁判実務に定着したこと等とともに、詳細は、田村/前掲注7・160~168頁を参照。
  • ※109 丁文杰[判批]知的財産法政策学研究50号(2018年)410~419頁の分析を参照。
  • ※110 前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]は明言していなかったが、前掲知財高判[スティック型加湿器]、前掲知財高判[ゴルフシャフト]は、いずれも「美術の著作物」である以上、「美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えなければならない」旨を説く(前掲知財高判[ゴルフシャフト]はまぎれもない文言を用いており、前掲知財高判[スティック型加湿器]も注意深く読めば、論理的に必須の要件としていると読める。)。
  • ※111 民集54巻7号2481頁、WestlawJapan文献番号2000WLJPCA09070002。
  • ※112 清水/前掲注76・13~14頁.中川/前掲注85・199~200頁も参照。
  • ※113 前掲注73を参照。同事件の裁判長である、設樂/前掲注74・285頁も、ゴナU最判のこの説示が応用美術一般にとって参考となると述べている。学説でも、大渕哲也「知的財産権法体系の二元構造における応用美術の保護(中)」法曹時報69巻10号(2017年)2809~2811頁は、同最判を「最重要判例」と位置付け、後述する美的鑑賞性説の根拠の一つとしている。
  • ※114 後に最高裁が当該解釈を変更する判断を判例法理として下す場合には、大法廷の開催を要するもの(裁判所法10条3号)という意味を指す(参照、田村善之[判批]知的財産法政策学研究52号(2018年)246頁。同様の用法として、飯村敏明「商標の類否に関する判例と拘束力-最判昭和43年2月27日判決を中心にして」Law & Technology52号(2011年)51頁)。
  • ※115 田村/前掲注18コピライト14頁、本山/前掲注89・90頁。清水/前掲注76・14頁も参照。
  • ※116 参照、大渕/前掲注113・2810頁。実際、髙部眞規子[判解]『最高裁判所判例解説 民事篇(平成12年度)』(2003年・法曹会)848頁は、ゴナU最判が応用美術の議論に影響し得ることを示唆していた。
  • ※117 関根澄子[判批]『知的財産権訴訟の煌めき』(髙部眞規子退官・2021年・金融財政事情研究会)605~606頁、本山雅弘「応用美術の美的機能と著作権法による保護―分離可能性基準と『2つの応用美術問題』をめぐって」コピライト740号(2022年)8~9頁、同/前掲注89・89~90頁。
  • ※118 参照、田村/前掲注44・982~987頁。
  • ※119 「グラフィックデザイン」について、前掲知財高判[激安ファストファッション]、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]の前後を通じて、裁判例では、他の通常の著作物と異なる創作性の判断がなされているわけではないと分析するものとして、末宗達行「応用美術の論点とグラフィックデザインとの関係に関する一考察」早稲田法学96巻1号(2020年)26~32・37頁。
  • ※120 もっとも、本件では、美術の範囲の問題よりも、むしろ、どの程度、制作者が制作過程で生じるにじみや染みをコントロールできていたのかということのほうが問題である(田村善之「生成AIをめぐる著作権法の課題」知的財産法政策学研究70号(2025年)14~15頁)。著作物性を肯定した判断は、あくまでも傍論であることも銘記する必要がある。
  • ※121 丁/前掲注78・488頁。
  • ※122 中川/前掲注85・191~236頁。
  • ※123 中川/前掲注85・219~221頁の批判的な検討を参照。
  • ※124 刺繍というものも一つの美の表現手段なのであって、後述するように、キャンバス等、素材の制約自体は分離可能性にいう機能にカウントすべきでないことに鑑みると、この事件の刺繍について著作物性を否定した判断は疑問というべきではあろう(「【海老澤美幸×山本真祐子】ファッショデザインにおける「パクリ」とは何か?これまでの裁判例から考える」(https://fashiontechnews.zozo.com/features/features007/ebisawa_yamamoto_1?page=1)の分析も参照)。
  • ※125 最終的に布団に用いられるに当たっては、多数の花柄が組み合わされ、連続して印刷が可能なようにおそらくある一線で柄が同じ点上に収束するように工夫されていると思われるが、この機能は個々の絵柄の創作的な表現を全くといってよいほど制約しない(本山/前掲注92・292頁、阿部/前掲注92・110~111頁、丁/前掲注78・488頁))。
  • ※126 周囲にダマスク模様、アラベスク模様が配されており、裁判所は、その種の事情を著作物性を否定する方向に斟酌しているが、こうした論法の下では、いったん著作物と評価されたもの(=個々の花の絵)が周囲に他のものを配されることにより著作物性を失うことを容認する理屈となっている。
    このように、創作後の用いられ方によって著作物性の成否が変化する論法の問題点に関しては、後掲注143を参照。
  • ※127 李/前掲注18・243頁。
  • ※128 参照、田村/前掲注17[判批]49~58頁。
  • ※129 WestlawJapan文献番号2021WLJPCA10299004。
  • ※130 この項目の叙述は、田村/前掲注17[判批]38~41頁、同/前掲注17三村古稀507~510頁の叙述(この時点で未公刊であった、山本真祐子講師(当時)作成の資料を活用したもの)をもとにしている。詳しくは、山田/前掲注90・368~385頁、丁/前掲注78・467~481頁、山本/前掲注18・34~38頁を参照。
  • ※131 前述Ⅳ 2.(3)①「以前の裁判例に対する学説の批判」を参照。
  • ※132 奥邨/前掲注68・255頁、劉/前掲注68・279頁、田村/前掲注68・25頁、設樂/前掲注74・288~289頁、丁/前掲注78・481~487頁、國分隆文「最近の著作権裁判例について」コピライト767号(2025年)19~21頁、松井佑樹「CAデザインの知的財産法による保護」君嶋祐子ほか編『サイバネティック・アバター(CA)と法』(2025年・弘文堂)177~179頁、山本/前掲注18・38~43頁。このほか、大須賀滋「応用美術について」知財ぷりずむ207号(2019年)39頁があるが、過去の事件に対するその具体的な当てはめに関しては、ファービー否定(29頁)、動物フィギュア否定(37頁)、さらに、仏壇彫刻まで否定(37頁)としており、他の分離可能性説論者とは趣を異にする。
    なお、学説では次に述べる(緩やかな意味での)鑑賞性と分離可能性を類型的に分けて併用するもの(高林龍『標準著作権法〔第5版〕』(2025年・有斐閣)44~53頁。五味飛鳥「応用美術の法的保護について-主として意匠法との交錯に関して」知財年報2009(2009年)268~269頁も参照)、重畳的に適用するもの(横山久芳「著作権法における応用美術の保護のあり方」小泉直樹ほか編『はばたき-21世紀の知的財産法』(中山信弘古稀・2015年・弘文堂)585~586頁)、「物的機能」と「美的機能」という分類を用いて、「美的機能」があるからといって直ちに著作権の保護を及ぼすことは適当ではなく、両者が取引価値に与える影響を衡量して決すべきであるとする見解として、本山/前掲注117・15~21頁。がある。
  • ※133 田村/前掲注18コピライト17頁。
  • ※134 田村/前掲注18ビジネス法務15巻11号100~101頁。もっとも、こうした分離可能性説の趣旨を要件論に落とし込むに際しては、一般のアイディアと表現の区別の問題として論じるのか、それとも著作権法2条1項1号後段の「美術」該当性の問題として位置付けるのかという点については、立場の相違が見られる(参照、山田/前掲注90・376~377頁)。この点は後に検討したい。
  • ※135 横山久芳「応用美術と著作権法」論究ジュリスト34号(2020年)53~55頁(同/前掲注132・570~571頁も参照)、吉田和彦「応用美術と著作権について(日本法の観点から)」著作権研究43号(2017年)120頁、中川/前掲注85・219・226~228頁(仮に美の一体性理論を採用しないとすればという留保付きであり、またその具体的な当てはめとして、ファッション・デザインについて緩やかに著作物性を認める方向を打ち出している点に特徴がある。)。
    このほか、「美術の」著作物該当性判断に際しては、一般人を基準に「絵画」「彫刻」等、著作権法が「美術の著作物」として想定している類型(「美術工芸品」も含む。)に該当するか否かという類型的判断を主とすべきであるとする、白鳥/前掲注79・275~277頁(それによる判断が困難な場合に補完的に鑑賞対象性の判断を行うことは否定しないが、その判断が感性に関わるものであって客観的な判断が困難であることに鑑みれば、むしろ素材の効用や機能からの分離についても併せて検討するが、それはむしろ「表現」の要件の問題とする。)、文芸、学術、美術または音楽の範囲の要件について、著作権法による保護が妥当すべき文化的所産であるとの「共通の理解」(あるいは「社会的なコンセンサス」)があるカテゴリの創作物(例えば、絵画・彫刻・版画等のいわゆる純粋美術)と、これと同視できる創作物に限られると解すべきであるとする、金子/前掲注45著作権研究92~93頁も、大別すればこのカテゴリに入れることが許されよう。
  • ※136 大渕/前掲注113・2827頁。
  • ※137 大渕哲也「知的財産権法体系の二元構造における応用美術の保護(下)」法曹時報69巻11号(2017年)3257頁。同/前掲注113・2833頁も参照。
  • ※138 大渕/前掲注137・3255~3262頁。この見解に対しては、そもそも、そこにいう「意味を理解して味わう」ものであるか否かの判断は主観に依存し、司法判断に馴染むものとはいい難く(山本/前掲注18・40頁)、予測可能性に乏しいと思われること(山田/前掲注90・379~382頁、丁/前掲注78・487頁)に加えて、その論理に関しても、「鑑賞」(=「意味を理解して味わう」ものとされる。)であれば「人格発露物」であり、著作権の保護に馴染むが、「観賞」(「美しいものや綺麗なものを見て楽しむという程度の意味」とされる。)であればそうではない(大渕/前掲注113・2830~2831頁、同/前掲注137・3257頁)とされるのであるが、なぜ「美しいものや綺麗なものを見て楽しむという程度の意味」で接することになるものであると、そこに人格が発露されていることにならないのかということの論拠は不明である(山田/前掲注90・381頁、丁/前掲注78・487頁。本山/前掲注117・23頁、山本/前掲注18・40頁の評価も参照)。
    さらにいえば、そもそも「鑑賞」がメルクマールとなるとする見解の論拠も、政府委員が国会答弁で「鑑賞する」ものが美術の著作物に該当すると述べたこと(大渕哲也「知的財産権法体系の二元構造における応用美術の保護(上)」法曹時報69巻9号(2017年)2492・2493頁)、現行著作権法の立案担当者の手になる、加戸守行『著作権法逐条講義〔6訂新版〕』(2013年・著作権情報センター)68頁が「鑑賞美術」としていること(大渕/前掲注113・2833頁)に論拠が求められているが、そこにいう「鑑賞」が「意味を理解して味わう」の意であるとの理解は、答弁者や立案担当者の言辞から導き出されたものではなく、国語辞書に依拠するに止まる(大渕/前掲注113・2833~2834頁)。
    この大渕/前掲の主張は、大村敦志「『債権譲渡の研究』を読む」NBL536号(1994年)46~47頁の分類に従えば、実証的立法者意思説に分類し得るものである(大村/前掲が著された文脈、とりわけ池田=道垣内論争については、石川博康「法解釈学と法史学」田中亘編『法学の方法』(2026年・有斐閣)30~42頁、簡便には、大村敦志『新・民法総論 たそがれ時の民法学』(2026年・岩波書店)212頁を参照)。しかし、いうまでもなく立案担当者と立法者は異なり、また、立法者意思というものも、改正をしないという不作為の立法を観念し得ることに鑑みると、改正時の国会の意図ですらない(参照、ロナルド・ドゥウォーキン(小林公訳)『法の帝国』(1995年・未来社)168・486~487・490~491頁)。したがって、三権分立を根拠に実証的立法者意思説を採用することは困難であり、立法者意思なるものの確定は、法の構造から可能な限り矛盾なき解釈を導き出すという手法、すなわち、大村/前掲のいう統一的法律意思説に頼るほかない(法の「integrity」を探究するという解釈手法につき、ドゥウォーキン/前掲[特に93~99・353~363頁]、その評価として、内田貴「探訪『法の帝国』-Ronald Dworkin, LAW’S EMPIRE と法解釈学(1)」法学協会雑誌105巻3号(1988年)233~235・246~253頁、尾﨑一郎「トートロジーとしての法(学)?-法のインテグリティと多元分散型統御」新世代法政策学研究3号(2009年)194~213頁、田村=山本/前掲注44)。立案者の具体的認識は、それが法の構造に反映されている可能性があるがゆえに、間接的に法解釈に資することがあるに止まると解すべきである(なお、その後に発表された、大渕哲也「著作権間接侵害の基本的枠組み(中編)」著作権研究39号(2014年)330~333頁では、同じ立案担当者(加戸守行)の認識に依拠する解釈手法が批判され、立法者の合理的意思の探究を是としつつ、この理が説かれており、こちらのほうにはもとより首肯できるものの、逆にいえば、方法論的一貫性が全くないとまではいわないが(両者の状況の違いを区別することは不可能ではない。)、いずれにおいても非妥協的な筆致で書かれ過ぎており、ご都合主義の誹りを免れるためには、もう少し説明が必要であろう。)。
    そして、「鑑賞」をメルクマールとすることも、「鑑賞」の意味が「意味を理解して味わう」ことのいずれも法の構造に反映されているものではなく、とりわけ後者は、国語辞典以外に論拠がない。そして、同じく「鑑賞」性をメルクマールとする論者の中でも、大渕/前掲注113・2829頁も指摘しているように、横山/前掲注132・570頁は、大渕/前掲注113の分類でいえば「鑑賞」ではなく「観賞」に分類し得る「見て楽しむ」という程度の意味として用いており、吉田/前掲注135・120頁も「見て楽しむ」「見て心地よい」という程度で足りるとする。国語的にもこうした理解を採用する余地はあるようにも思われ、まして、法解釈論である以上、こうした理解を退けるためには、国語辞典を超えた論拠が求められるというべきでなかろうか(大渕/前掲注113・2833~2834頁は、「法律等は国語で書かれている以上、国語的意味に基づくのは当然といえる」とするが、その当否自体が問題となることに加えて、そもそもここでの「鑑賞」は法律の条文の文言ではない。なお、辞書との関係を問うのではないが、大渕/前掲注137・3239頁は、「美的」、「美術」の意味について、美学的概念に依拠しない理由として、「後段要件たる文化範囲性=美術範囲性が問題となるが、これも法的概念であって、美学的概念ではない」と説いており、こちらのほうにはもとより首肯できるものの、そうだとすれば、法的概念を説いている横山/前掲注132や吉田/前掲注135に対する反論も、国語辞典を引くだけでは論旨不十分といわざるを得ないのではなかろうか。)。
  • ※139 大渕/前掲注138法曹時報69巻9号2469頁 は、条文にない高度の創作性要件を課す見解は採用し得ない旨を説いている。
  • ※140 参照、大渕/前掲注113・3258頁は、前掲大阪高判[チョコエッグ]と、前掲東京地判[プチホルダー]における著作物性否定との結論に賛成のようである。
  • ※141 平嶋竜太「デザイン保護法制における棲み分けについての一考察」『多様化する知的財産権訴訟の未来へ』(清水節古稀・2023年・日本加除出版)932~934頁は、「純粋美術」と「実用品のデザイン」の違いを、「公衆に公開(流通)して財産的価値が認識される際の媒体との関係性」に求めつつ、前者は「媒体よりも表現自体による価値が媒体の価値を圧倒的に凌駕するもの」であるのに対し、後者は「あくまで媒体の有する機能や実用性に第一次的な価値が見いだされ、デザイン情報は副次的な位置づけとされる」ものと捉えたうえで、著作権法2条2項は「美術工芸品」という特徴的な有体物に体現された状態が形成されたデザイン情報について、「実用性との接続」の程度が相当程度あるものと評価されるとしても著作権法の保護領域に含まれ得るものとして立法されたものであるとの理解に基づき、その趣旨を類推して、「デザイン情報が体現された実用品の性質・利用形態・流通態様等の観点から美術工芸品と同質の水準のものと評価しうる場合に著作権法の保護領域に包含する」可能性を説く。
  • ※142 例えば、白鳥/前掲注79・275~277頁は、「美術の」著作物該当性判断に際しては、一般人を基準に「絵画」「彫刻」等、著作権法が「美術の著作物」として想定している類型(「美術工芸品」も含む。)に該当するか否かという類型的判断を主とすべきであるとする。木村剛大「1つと3つの椅子を巡る判決-トリップトラップⅢ知財高裁判決による非区別説の終焉と残された課題-」コピライト767号(2025年)35~36頁も、絵画、版画、彫刻、美術工芸品に該当しない表現物であっても、これらに準じて、著作物としての効果を発生させても著作物に接する者の予測可能性を害しない社会的実態があるかどうかで判断する旨を説き、この社会的実態の有無を判断する際に、表現物の展示状況、作者と表現物の結び付きの強さ、限定製作か否かなどといった、表現物の外観ではない外部事情を考慮すべきと述べる。
    文芸、学術、美術または音楽の範囲の要件について、著作権法による保護が妥当すべき文化的所産であるとの「共通の理解」(あるいは「社会的なコンセンサス」)があるカテゴリの創作物(例えば、絵画・彫刻・版画等のいわゆる純粋美術)と、これと同視できる創作物に限られると解すべきであるとする、金子/前掲注45著作権研究92~93頁も、大別すればこのカテゴリに入れることが許されよう。
    もっとも、このうち、白鳥/前掲注79・276~277頁は、「表現」性の問題として論じるべきであるとしながらも、類型的な判断が困難な場合には補完的に鑑賞対象性の判断を行うことは否定しないが、その判断が感性に関わるものであって客観的な判断が困難であることに鑑みれば、むしろ分離可能性説的に素材の効用や機能からの分離についても併せて検討するが、それはむしろ「表現」の要件の問題とする。また、このうち、金子/前掲注45・著作権研究93頁も、応用美術の著作物性を「裁判規範」として判断する場合には、「共通の理解」ではなく、純粋美術と同視し得るか否かということを分離可能性説で決めるとする(その理由は詳らかではないところが残るが、裁判所の判断能力の限界を考え、「共通の理解」のプロキシーを探究するという趣旨であろうか。)。
  • ※143 もっとも、これらの見解の一部(平嶋/前掲注141、木村/前掲注142)が、展示状況や流通状況等、創作後の状況を決め手とすることは、以下のように、疑問というべきである。
    第一は、通時的な問題である。これらの見解のような、創作後の用いられ方によって著作物性の成否が変化する論法は、法的な安定性の点で大いに問題がある(リアルの世界とヴァーチャルの世界における「実用品」にかかるデザインに関するが、田村善之「メタヴァースにおける『実用品』の利用をめぐる各種知的財産法の交錯」情報通信政策研究7巻1号(2023年)114~115頁)。この見解の下では、いったん通常の著作物として描かれたために著作物と判断されたものが、後に実用品のデザインに転用された場合、それを理由に著作物性が否定されてしまうのでは、いったん成立した著作権の周辺に築かれた法律関係が危うくなり、関係者の予測可能性を奪うことになろう。逆に、いったん実用品のデザインとして創作されたために、この論法の下でも著作物性が否定されたものが、後に美術品として展示された場合、それを理由に著作物と判断されてしまうのでは、著作権がないと考えた第三者の予測可能性を害することになる。
    第二は、共時的問題である。同じ著作物が、同時に、あるところでは美術品として展示され、あるところでは実用品として流通している場合に、いずれを基準とするのかということが問題となる。展示されているものを見かけたためにこの見解の下でも著作権があると理解して著作権者と取引に入った第三者や、その逆に、実用品として流通しているためにこの見解の下では著作権がないと信じて無断利用を開始した第三者がいた場合に、これらの第三者が与り知れない事情により著作物性の判断が左右されるのだとすれば、第一の問題で述べたのと同様に第三者の予測可能性が奪われることになる。
    したがって、これらの見解に仮に与するとしても、実用品に用いるのか否かということは、通時的・共時的な影響を払拭するために、(おそらくこれらの見解の主観的な意図には反するが)創作の時点で確定している必要がある(裁判例では、イラストの創作後に当該イラストを付したTシャツを販売したとしても、そのことは著作物性を否定する理由にはならない旨を説いた判決として、前掲大阪地判[眠り猫]がある。)。しかし、仮にそのようなアプローチを採用したとしても、なお、それをいかにして判断するのかという問題が残る。創作者の主観に頼るのは判別が困難であって、後に創作の結果物を受け取った外部の者から窺い知れない場合のほうが多く、結局、実用品として販売されているから著作権がないと考えた第三者に対して、実は創作過程では非実用品のデザインとして創作したのだから著作物なのですよという主張を権利者に許すことになり、やはり第三者の予測可能性を著しく害することになる。したがって、著作物性の判断基準は、例えば表現が機能による制約下で創作されたと看取し得るか否か(=観念的分離可能性説の基準)など、著作物の表現自体から外形的に判別し得るものでなければならない。
  • ※144 駒田/前掲注71・226~228頁、麻生典「意匠法の存在意義-著作権法との関係を中心に」麻生典=クリストフ・ラーデマッハ編『デザイン保護法制の現状と課題 法学と創作の視点から』(2016年・日本評論社)14~16頁、美術の要件における調整の可能性につき、なお留保しつつ、上野/前掲注18・114~115頁。
  • ※145 この項目の叙述は、田村/前掲注17[判批]41~48頁、同/前掲注17三村古稀510~515頁をもとにしている。本判決の意義を検討する前に、筆者の考え方を述べることにしたのは、本判決の判断は、これらの文献で公にした筆者の考え方を踏まえたものではないかと推察され、ゆえに、筆者の考え方を紹介したうえで、本判決の意義を検討したほうが、本判決の意義を把握することがより容易になると考えたからである。
  • ※146 以下につき、田村/前掲注18コピライト20~23頁、同/前掲注18ビジネス法務15巻11号100~102頁。
  • ※147 学説の中には、意匠登録がなされ意匠権による保護が現に与えられているものに重ねて著作権による保護が及ぶことだけを法は問題視すると解し、したがって、意匠法の登録要件を満たさないものについて著作権法の保護を与えることは、意匠法の趣旨に反することはあり得ないとの理解を前提としているように読める見解がある(本山雅弘/半田正夫=松田政行編『著作権法コンメンタール1〔第2版〕』(2015年・勁草書房)352頁(例えば、新規性、非容易創作性を欠くために意匠登録が認められないものについて著作権の保護を及ぼすことは問題がないとする。))。しかし、意匠法が所定の要件を定めているということは、当然のことながら、要件を満たさないものについては意匠法の観点からは保護に値しないと法が判断していることを意味するから、そのようなものについて著作権により保護を与えることにより意匠法の趣旨が損なわれることがないかということを吟味する必要がある(参照、大渕/前掲注113・3219~3220頁)。
  • ※148 なお、2019年改正により画像も意匠登録が可能となったが、いわゆる「操作画像」、「表示画像」という機能に関わる画像に限定されているとともに、「物品」に代わるものとして「用途」の特定(すなわち機能の特定)が要求されている(いわゆるコンテンツ画像は保護の対象とならないとされていることとともに、参照、田村善之「画像デザインの保護に関する2019年意匠法改正の概要と課題」日本工業所有権法学会年報43号(2020年)187~192頁、同/前掲注143・1A-102~108頁)。しかし、画像の分野はむしろ従来、著作権法が規律している領域であったところ、その一部に意匠制度が進出することとなったため、依拠がなければ侵害とならないことを前提とする著作権の世界を過度に攪乱することのないよう、これらの要件が設けられている(田村/前掲188頁)。ゆえに、意匠制度に配慮して、著作権制度のほうが引っ込む必要はない。他方、同年改正で意匠登録により保護し得ることが明文化された「建築物」については、「物品」と同様の配慮が必要となる。ゆえに本文でいう「物品」には意匠法の「建築物」も含まれる(奥邨弘司「応用美術の著作物性~分離可能性説の深化に向けた一考察~」Law & Technology96号(2022年)4頁も参照)。
  • ※149 五味飛鳥「応用美術の法的保護について-主として意匠法との交錯に関して」知財年報2009(2009年)268頁も参照。
  • ※150 田村/前掲注68・25頁、劉/前掲注68・279頁。
    これに対して、大渕/前掲注113・3248頁は、意匠法が実用的な側面により表現の自由度が技術的に制約されていることを登録要件としていないとして、筆者の見解に反対するが、筆者が説く趣旨は、意匠法の登録要件である物品性に具現されている(田村/前掲注148・179~181頁)。もちろん、物品性の要件は技術的な制約に乏しいものが意匠登録されることを完全に遮断するものではないが、保護範囲が狭く、保護期間が限定されている制度の外延が、より広い保護範囲、より長い保護期間に馴染むものに及んだとしても、保護範囲を狭く、保護期間を限定する趣旨が大きく損なわれるわけではない。もちろん、侵害の成立に依拠が不要という点は意匠権のほうが保護が強く、ゆえに意匠登録の領域を広くすることに何ら問題がないというわけではないが、要件を運用する際の判断の効率性を勘案して人々が理解しやすい要件に変容させつつ(その種の変容のありかたに関する一般論につき、参照、同「知的財産法学の課題~旅の途中~」同『知財の理論』(2019年・有斐閣)470~471頁、田村=山本/前掲注44)、緩やかに保護の対象とすることに相応の合理性があるということができる。逆に、大渕/前掲注113が、意匠権の保護範囲や保護期間が著作権のそれよりも狭く短いことを何に求めるのかということが問われよう。
  • ※151 分離可能性説の下で斟酌すべき実用性は、「無体物である表現の本質的な機能である情報伝達に由来するもの」ではなく、「表現が化体した有体物に由来するものであり、表現にとっては外来的な実用性」であるとする奥邨/前掲注148・9頁の示唆的な提言も参照。
  • ※152 そのような考慮はアイディアと表現の区別によって実現し得ると思われるかもしれない。例えば、奥邨/前掲注72判時23頁は、分離可能性説はアイディアと表現の区別の一適用場面であって、本来はアイディアと表現の区別で処理できるが、判断を誤って実用性から分離できない表現を保護してしまうリスクを回避するために用いるものであるという位置付けを与えている(ただし、同/前掲注148・9~10頁では改説され、著作権法2条1項1号後段の問題とされている。)。このような考え方の下では、分離可能性説は、応用美術の問題をアイディアと表現の区別や創作性の運用に解消する美の一体性理論とどこが違うのかという批判を受けることになろう(本山/前掲注89・91~92頁の評価も参照)。
    しかし、筆者の分離可能性説は、通常の著作物であればアイディアではなく表現の創作といい得るような創作であっても、技術的な制約を意識して創作がなされていると看取し得るものに関しては、意匠法等の規律の対象とすべく、定型的に著作権法2条1項1号後段の「美術」該当性を否定するという考え方であり、アイディアと表現の区別を解消し得るとするものではない。つまり、一般のアイディアと表現の区別の法理の下では、アイディアと表現がマージする場合、換言すれば、そのアイディアを表現するにはそのような表現にならざるを得ないというレベルにまで表現の自由度が狭まって初めて著作物性が否定されるものである(ゆえに多くの場合、アイディアと表現の区別は著作物性の問題というよりは、類似性の範囲を限定する場面で問題となることにつき、田村善之「著作権法の体系書の構成について」前掲注132中山古稀519~520頁)。これに対し、筆者が説く分離可能性説は、技術的な制約を意識して表現の創作の自由に制約がかかっているのであれば、(それがマージとまではとても評価できないとしても)「美術」の著作物には該当しないと考える見解なのである。その意味で、分離可能性説と銘打っているわけではないが、「表現媒体である物品の制約を受けることなく、思想・感情を表現したものが純粋美術であり、それと同等の評価を受け得る応用美術については著作物性がある」とする、中山信弘「応用美術と著作権」論究ジュリスト18号(2016年)104頁の説示に賛同する(同/前掲は、高橋淳/金井重彦=小倉秀夫編著『著作権法コンメンタール』(2013年・レクシスネクシスジャパン)190頁を参照している。)。タコの滑り台事件を題材に、「美的機能」を分離可能性の対象とせず、著作物性を肯定すべきとする筆者の見解(田村/前掲注17[判批]49~58頁)に対しては、本山/前掲注89・91~92頁は美の一体性理論と変わらないのではないかと批判するが、以上のように解する結果、本山/前掲注89のいうところの「美的機能」の側面に乏しいTRIPP TRAPPのような実用品に関しては、タコの滑り台と異なり、定型的に著作物性を否定する点で、筆者の分離可能性説は美の一体性理論とはなお厳然とした隔たりがある。
    ちなみに、誤解があるようなので(大渕/前掲注113・3205頁)、確認しておくと、筆者の見解は、著作権法2条1項1号後段の「美術」の要件が設けられている趣旨に鑑みれば、技術的な制約下で創作がなされていると判断される場合には「美術」といえないとするものであって、その場合には同号後段の文化の要件が否定されると考えるものである(同号前段の創作性ではなく後段の文化の要件の解釈問題として論じていることにつき、田村/前掲注18ビジネス法務15巻11号100~101頁、同/前掲注18コピライト20頁を参照されたい。)。
  • ※153 奥邨/前掲注68・247~254頁、同「アメリカ法-著作権法による応用美術の保護と限界-」著作権研究43号(2017年)69~74頁[控訴審判決の紹介]。
  • ※154 この種の事情は、社会的なコンセンサスにより美的鑑賞性を判断する見解等の下ではあるいは著作物性を肯定する方向に斟酌し得るのかもしれない。
  • ※155 なお、この観念的分離可能性の理論は、現在は、米国連邦最高裁の採用するところではなくなっている。Star Athletica, L.L.C. v. Varsity Brands, Inc., 580 U.S.(2017)につき、参照、田村/前掲注18コピライト22~23頁、中川隆太郎「チアリーディングユニフォームのデザインは著作物か?-米国最高裁判決の衝撃」https://ryutaronakagawa.tumblr.com/post/158723300558/cheerleading-copyright、奥邨弘司[判批]IPジャーナル3号(2017年)73~78頁、関真也[判批]AIPPI67巻9号(2017年)838~862頁、中川/前掲注85・216~218頁。
  • ※156 例えば、前掲東京地判[タコの滑り台]、前掲知財高判[同]は、タコの足を模した部分に関する以下の説示に代表されるように、ある部分が機能の実現に必要な構成であるがゆえをもって直ちに当該部分を著作物性判断の考察対象から外し、残余の部分だけで著作物に該当し得るのかという判断に移行している。本来は、機能に関わるところであるとしても、なおその表現が機能に制約されたものであるのかということが吟味されるべきであったのであり、少なくともこの点に関する限りは、観念的分離可能性説というよりは、物理的分離可能性に近い説示となっている(関真也[判批]著作権研究48号(2023年)257頁、早川尚志「近時裁判例にみるプロダクトデザイン保護の比較検討-意匠法と著作権法における創作性判断をめぐって-」AIPPI71巻4号(2026)265~266頁の分析も参照)(もっとも、判文は、除外された部分を含む全体の形状に関しても別途、著作物性を判断しているので、完全な物理的分離可能性説とまではいい難いが。)。
    原判決(前掲東京地判[タコの滑り台]におけるタコの足を模した部分に関する説示。
    「本件原告滑り台には、タコの頭部を模した部分から4本のスライダーが延びており、これらはいずれもタコの足を模したものであって、その形状は、直線状か曲線状かの相違はあるものの、いずれについても、なだらかな斜度をなしつつ、地面に向かって延びているほか、滑らかな板状のすべり面を有し、かつ、その左右には手すり様の構造物が付されていると認められる。
    この点、滑り台は、高い箇所から低い箇所に滑り降りる用途の遊具であるから、スライダーは滑り台にとって不可欠な構成要素であることは明らかであるところ、タコの足を模した部分は、いずれもスライダーとして利用者に用いられる部分であるから、滑り台としての機能を果たすに当たって欠くことのできない構成部分といえる。
    そうすると、本件原告滑り台のうち、タコの足を模した部分は、遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるというべきであるから、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。」
    控訴審(前掲知財高判[同])が原判決の説示を一部引用しつつ、差し替えた説示。
    「そうすると、本件原告滑り台のうち、タコの足を模した部分は、座って滑走する遊具としての利用のために必要な構成であるといえるから、同部分は、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものとは認められない。」
  • ※157 田村/前掲注17[判批]46頁。
  • ※158 前述Ⅳ 4.「検討」を参照。
  • ※159 以上のように、著作権法が規律しようとする世界を文化の世界=多様性の世界として、特許等が規律しようとする技術の世界=効率性の世界と区別する発想は、中山信弘『マルチメディアと著作権』(1996年・岩波書店)40~45頁に負う。田村善之=清水紀子『特許法講義』(2024年・弘文堂)52~54頁も参照。先駆的には、ポール・ゴールドスタイン(大島義則ほか訳)『著作権はどこへいく?活版印刷からクラウドへ』(2024年・勁草書房)223~224頁。
  • ※160 小池/前掲注2・15頁も、前掲大阪高判[布団の絵柄]に対する直接の言及はないが、この装飾等付加類型は、本稿にいう第一類型(平面的なイラスト・図柄)に該当するのではないかと分析している。
  • ※161 続模様とするための制約に関する前掲注125も参照。
  • ※162 小池/前掲注2・18頁。
  • ※163 柏蒼空[判批]知的財産法政策学研究掲載予定。
  • ※164 前掲注138を参照。
  • ※165 前掲注143を参照。
  • ※166 本稿がある解釈に最高裁判決の「射程」が及ぶという場合には、その解釈が最高裁の判例法理となる、つまり先例拘束性を有するという意味で論じており、ゆえに、後に最高裁が当該解釈を変更する判断を判例法理として下す場合には、大法廷の開催を要するもの(裁判所法10条3号)という意味で用いている(同様の用法として、飯村/前掲注114・51頁)。
  • ※167 あとは、被疑侵害物件と類似しているところが、機能による制約にかかる目と口に止まっているのか否かという類似性の問題が残る。
  • ※168 もっとも、これはあくまでも美術の範囲に属するというだけで、著作物性が満たされるためには、別途、創作的表現の要件の充足が必要であるが、筆者はこれも充足し得ると解している。
  • ※169 もっとも、前掲最判[ゴナU]の説く法理が、観念的分離可能性説と親和的であると分析し得ることに現れているように、本判決の射程から離れたところで展開された法理が、結果的に本判決の説く法理と同様なものとなるということはあり得る。
  • ※170 加藤恒久『意匠法要説』(1981年・ぎょうせい)171頁。
  • ※171 以上につき、田村善之『知的財産法〔第5版〕』(2010年・有斐閣)365頁。杉光一成『意匠法講義』(2023年・発明推進協会)62~66頁の評価も参照。
  • ※172 田村/前掲注4・398頁、同/前掲注120・31~32頁。傍論ながら、交配による品種改良と特殊な管理飼育方法によって長尾鶏を飼育して、美しい尾の長い鳥を得たとしても、著作物には当たらないと判断した裁判例として、高知地判昭和59年10月29日[長尾鶏](判タ559号291頁、WestlawJapan文献番号1984WLJPCA10290003)。
  • ※173 さらにいえば、本判決は尾島補足意見ともども一顧だにしていないが、前述したように、観念的分離可能性による調整は、意匠制度だけではなく、不正競争防止法2条1項3号のデッド・コピー規制との間でも必要とされるべきところ、同号に該当するためには、「商品」の形態であれば足り、それが量産可能であることは必要とされてはいない。ゆえに、本判決の射程を離れるが、理論的には、観念的分離可能性は量産されない実用品との間でも要求すべきであるということになる。
  • ※174 高田忠『意匠』(1969年・有斐閣)35頁。
  • ※175 加藤/前掲注170・77頁、田村/前掲注171・366頁。
  • ※176 小池/前掲注2・12頁。
  • ※177 田村/前掲注143・1A-102~108頁。
  • ※178 筆者の見解に関しては、田村/前掲注143・1A-108~116頁を参照。
  • ※179 該当箇所の説示は以下のとおりである。
    「本件原告滑り台のようにタコを模した外観を有することは、滑り台として不可欠の要素であるとまでは認められないが、そのような外観は、子どもたちなどの本件原告滑り台の利用者に興味や関心を与えたり、親しみやすさを感じさせたりして、遊びたいという気持ちを生じさせ得る、遊具のデザインとしての性質を有することは否定できず、遊具としての利用と関連性があるといえる。・・・・・・
    そうすると、本件原告滑り台の外観は、遊具のデザインとしての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。」




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