便利なオンライン契約
人気オプションを集めたオンライン・ショップ専用商品満載 ECサイトはこちら
文献番号 2026WLJCC016
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之
Ⅰ 序
本稿が扱うのは、子供用の椅子の形状について著作物性を否定し、もって著作権侵害を否定した原判決の判断を維持した最二小判令和8年4月24日[TRIPP TRAPP Ⅲ]である。
Ⅱ 事実
家具デザイナーである訴外Aは、製品名を「TRIPP TRAPP」と称する子供用椅子(以下「原告製品」という。)※2をデザインし、原告オプスヴィック社に対し、原告製品にかかる著作権を譲渡した。
原告ストッケ社は、当初はAから、後に原告オプスヴィック社から前記著作権の独占的利用権を取得し、原告製品を製造販売等している。原告製品は、昭和47年にノルウェーにおいて発売され、日本においては、昭和49年頃から現在に至るまで輸入販売されている。原告製品の世界累計販売台数は1400万台に上る。
【原告製品】

他方、被告は、製品を「Choice Kids」(被告製品1)、「Choice Baby」(被告製品2)とする椅子を製造販売等している。
【被告製品1】

【被告製品2】

原告らは、被告に対して、被告による被告各製品の製造販売等の行為が、第一に、原告らの商品等表示として周知または著名なものと同一の商品等表示を使用する不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号・2号)に該当するとし、第二に、予備的に、原告製品について、原告オプスヴィック社が有する著作権と原告ストッケ社が有するその独占的利用権の侵害行為に該当するなどと主張して※3、被告各製品の製造販売等の差止めと廃棄※4や損害賠償等を請求して本訴に及んだ。
第一審判決は、不正競争防止法上の請求については、商品等表示の特定の仕方が不明確であるとして、請求を棄却した※5。著作権侵害を理由とする請求については、「美術工芸品以外の実用目的の美術量産品であっても、実用目的に係る機能と分離して、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えている場合には、美術の範囲に属するものを創作的に表現したものとして、著作物に該当する」との一般論※6を示しつつ、本件への当てはめについては、原告製品の表現の特徴である直線的構成美は椅子の機能とマージしており、仮にこれに著作物性を認めるとしても、複雑かつ曲線的形状を数多く含む被告各製品に接する者が原告製品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは明らかであると論じて、講学上の類似性の要件※7の充足を否定し、もって請求を棄却した※8。
控訴審の知財高判も、原判決の判断を維持している。不正競争防止法に基づく請求につき、原告製品全体の形態について、被告各製品の販売時においては周知の商品等表示となっていたと認めつつ、被告製品は、側木の内側に形成された溝に沿って座面板と足置板の両方をはめ込んで固定するという原告製品の特徴の一つを備えていないことに加えて、曲線的な要素と安定性を特徴としている点で、直線的な形態が際立ち、洗練されたシンプルでシャープな印象と異なっていることを理由に、商品等表示の類似性の要件の充足を否定した。そのうえで、著作権侵害を理由とする請求については、「原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られる」との一般論を示しつつ※9、本件への当てはめについては、原告製品の顕著な特徴は、いずれも高さの調整が可能な子供用椅子としての実用的な機能を実現するために選択されたものであり、それらの特徴により全体として実現されているのも椅子としての機能であるから、原告製品の椅子としての機能から分離することが困難であることを理由に、椅子としての実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象とすることができるような部分を有するとはいえず、また、原告製品はその製造・販売状況に照らすと、専ら美的鑑賞目的で制作されたものと認めることもできないことを理由に、著作物性を否定した※10。
Ⅲ 判旨
上告審では、著作権侵害の成否のみが争点とされ、本件椅子の著作物性が否定された結果、上告が棄却された。尾島明裁判官による補足意見が付されている。
1.法廷意見
「3 所論は、本件椅子のように、量産されて日常生活の中で実用に供されることが予定されている物品(以下『量産実用品』という。)であっても、その形状等(形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合をいう。以下同じ。)が創作的な表現であれば、美術の範囲に属するものとして著作物に当たるというべきであり、本件椅子は、その特徴的な形状が創作的な表現であることからすると、著作物に当たるにもかかわらず、これを否定した原審の判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
4(1) 著作権法2条1項1号は、『著作物』を『思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』と定義している。もっとも、量産実用品については、その形状等が思想又は感情を創作的に表現したものであるということができれば、直ちに美術の範囲に属するものとして著作物に当たるとの解釈を採ることは相当ではない。
すなわち、我が国には、産業の発達に寄与することを目的として、視覚を通じて美感を起こさせる量産実用品の形状等を保護する意匠法があり、量産実用品の形状等について、意匠登録出願をして所定の審査を経て設定の登録がされることで意匠権が発生する。意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有し、意匠権の存続期間は原則として意匠登録出願の日から25年とするなどとされている(1条から3条まで、6条、16条、20条、21条、23条等)。これに対し、著作権法では、登録等の手続を経ることなく著作権が発生し、業として行われる行為以外にもその効力が及び、その存続期間は原則として著作物の創作の時から著作者の死後70年を経過するまでの間とし、著作者は著作権に加えて著作者人格権も享有するなどとされている(第2章第3節第1款から第3款まで、第4節等)。以上のような我が国の意匠法及び著作権法における権利の発生要件、内容及び存続期間等に鑑みれば、上記解釈を採り、量産実用品の形状等について、意匠法に加えて著作権法により保護されることを広く認めた場合には、あえて費用等を投じて意匠登録を受けなくとも、同法によって、より長期間、広範に保護が受けられることとなる可能性があり、意匠法の存在意義を損なうおそれがある。また、量産実用品の形状等について広く著作権法の保護が及ぶとすると、著作者人格権により権利関係が複雑化して量産実用品の利用が妨げられたり、意匠権の存続期間満了後も長期間にわたって量産実用品の形状等を自由に利用することができなくなったりすることにもなりかねず、産業の発達に寄与するという意匠法の上記目的が阻害されるおそれもある。
(2) もっとも、量産実用品の形状等は、通常、実用目的に必要な機能(以下、単に『機能』という。)との関係で一定の制約を受けて決定されるものであり、機能に由来する構成と別個にこれを把握することができないものであるけれども、その中には、例えば、表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるものがある。このようなものは、量産実用品に『美術の著作物』(著作権法10条1項4号)が単純に付加されたものということができ、当該付加部分に同法の保護が及ぶことは当然である。
また、量産実用品の中には、例えば、全体として彫刻等とも看取できるもののように、その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるものがある。このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、『美術の著作物』が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから、著作権法の保護を及ぼすのが相当である。上記のような形状等は、機能との関係で一定の制約を受けるのが通常である量産実用品の形状等としては例外的なものであるということができるのであって、これに著作権法の保護を及ぼしても、上記でみたような弊害が生ずるおそれは小さい。
以上によれば、量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たるというべきである。
(3) これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件椅子は、量産実用品であって、上告人らは、大要、約66度の略L字型を成して床面から立ち上がっている2本の脚を有し、当該2本の脚の間に座面板及び足置板が床面と平行に固定されるようになっている点において創作性が認められるから、本件椅子が著作物に当たると主張する。しかしながら、上記の点は、子供用の椅子としての機能に由来する構成である脚、座面板及び足置板の配置による形状が美感を起こさせるものであることを基礎付ける事情にすぎない。そして、本件椅子の全体又は部分における形状等は、子供用の椅子としての機能に由来する構成としてしかこれを把握することができず、当該構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものではない。よって、本件椅子は、著作物に当たるとはいえない。」
2.尾島明裁判官の補足意見
「1 法廷意見は、量産実用品を対象にして、その形状等について意匠登録をすることができるものが別途美術の範囲に属する著作物にも当たるか否かについて、『量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たる』と判断した。
量産品や実用品であっても、例えば、量産品である版画は著作権法10条1項4号により明文で美術の著作物とされているし、茶道具、食器などの実用品にも美術の著作物とされるものがあり得ることから、量産実用品であることをもって直ちに著作物性が否定されることにはならない。美術工芸品は、著作権法2条2項により美術の著作物とされており、一品ずつ制作される実用品でもある工芸品が典型的なものであるが、その定義を確定するよすがとなる規定は法令中に見当たらず、量産実用品でこれに当たるものがないとまではいい切れない。このように美術工芸品に該当するか否かの外延は必ずしも明確ではないものの、本件椅子が美術工芸品でないことは明らかなので、その該当性の要件を本件で検討する必要はない。
2 法廷意見は、また、我が国の知的財産法制が、どのようなものを対象にして、どのようにその権利を保護することを立法上選択したかという観点から、量産実用品について、著作権法と意匠法それぞれの保護対象物、保護の目的、保護のための要件・手続、権利の内容とその存続期間等を考慮して、それらの適用範囲を画する基準を示したものである。
知的財産法の分野においては、国際的な最低限度の保護水準を設定し、あるいは各国制度のハーモナイゼーションを目指す取組が相当以前から行われ、各種条約が締結されてもいるところである。本件に関係するのは、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下、単に『ベルヌ条約』という。)であるが、同条約は、応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、同盟国の法令の定めるところによる(ただし、応用美術の著作物の保護期間は、製作の時から25年よりも短くてはならない。)としており(2条(7)、7条(4))、それらの事項について我が国がその知的財産に関わる立法政策により定め得ることが前提とされている。そこにいう応用美術の概念には曖昧なところもあるが、量産実用品である本件椅子についての我が国の保護の在り方がベルヌ条約上どのように扱われるかを検討するには、応用美術についての規律との関係をみるべきこととなるところ、本件椅子がベルヌ条約にいう応用美術に該当するといえることに問題はなかろう。
上告人らは、米国や欧州諸国における応用美術に関する法令や裁判実務等を根拠に、本件椅子は著作物として保護されるべきであると主張するが、上記のとおり、ベルヌ条約上応用美術と意匠の関係に係る制度設計は各同盟国に任されているのであって、我が国の法律を解釈するのに、他の諸国の制度を参考にすることは知的財産法が有する上記のグローバルな特性から有益なことが多いかもしれないが、これをするには、各国の歴史や社会状況、実際の法令の仕組み、判例の趣旨などを踏まえて深く考察することが求められるといえよう。本件に関する制度にしても、例えば、米国では応用美術を含む実用品のデザインは、当該物品の実用面と別個に識別することができ、かつ、独立して存在し得る絵画、図形又は彫刻の特徴を有する場合にのみ、その限度において絵画、図形又は彫刻の著作物として扱われるという明文の規定が合衆国著作権法中に存在するので(101条)、その規定の解釈論として実用品からの分離可能性と独立存在可能性をいう判例法が形成されており、また、その前提となる米国の著作権の制度自体、財産的側面に重きを置き、著作者人格権が一般的なものとして同法中に明確な形で認められていないし、権利行使には著作権の著作権局への登録を要するなど、我が国の法制とは相当な違いがあるといえる。また、欧州にあっては、伝統的にデザインとブランドの強い競争力を持つという社会状況を背景に、実用品のデザインについて、著作権法と意匠法による重畳的な保護がEU法等によって行われ、意匠権発生の実体的要件の有無に関して公的審査を経ずに権利を付与する国もあるなどの違いがあるので、多くの欧州諸国で本件椅子が著作物として認められているからといって、法制の異なる我が国で同様の保護が要請されることにはならない。我が国は、著作権法と意匠法がその保護対象や保護要件等を別個に定めており、著作権法中には応用美術に関する規定が存在しないことを前提に、法廷意見がいうように、同法と意匠法の適用範囲を法の趣旨や利害得失を勘案しながら合理的に画していくことが必要であるといえる。
3 原判決は、『原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られる』としている。一方、法廷意見は、『量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合』とし、『美的鑑賞』という語を用いていない。その趣旨は、本件で問題になっているのは、美術の著作物該当性であり、また意匠の定義の中に『視覚を通じて美感を起こさせるもの』という要素があることから(意匠法2条1項)、何らかの『美』の存在が措定されるものではあるが、『美的鑑賞』の語からはあたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねず、また、そもそも美的な芸術としての鑑賞に値するか否かを裁判所が判断するのは不適当と思われるからである。
法廷意見のいう『量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合』という要件も、抽象度が高いものであるが、法廷意見が本件椅子についてその当てはめの判断を行っているように、その要件の具体的適用については、今後様々な事例の積み重ねに期待することとなろう。」
Ⅳ 評釈
1.序
本判決は、いわゆる応用美術、すなわち実用品に応用された美術の著作物性に関して判断を示した初めての最高裁判決である※11。
実用品として供されている造形物が、いかなる要件の下で著作権法上保護される著作物となり得るのかということは、従前からいわゆる応用美術の保護の問題として争われてきた。実用品の取扱いに関しては、現行著作権法の立法過程においてすでに議論がなされていたが、結局は、「美術工芸品」が保護されることを同法2条2項に明定する以外、特段の措置が講じられないこととなった※12。その結果、現行著作権法においては、同項において美術の著作物に「美術工芸品」が含まれると定められたが、「美術工芸品」が一品制作のものに限られるのか否か、あるいは「美術工芸品」以外の応用美術が美術の著作物に含まれるのか否かということにつき明文がないために、解釈上の争いが生ずることになった。
かつての下級審の裁判例は、立体的な造形物に関して高度の創作性を要求する傾向があり、学説はこうした傾向を「段階理論」と呼んで批判していたが、その後、知財高判平成26年8月28日[激安ファストファッション]※13が分離可能性説と目される判断基準を提示したことを契機に、裁判所が用いる抽象論に変化が見られ、段階理論は過去のものとなったのではないかという見方もなされていた。ところが、最近では、文言としては分離可能性説を採用しながらも、従前の段階理論下の裁判例の時代においても著作物性が肯定されていたのではないかと推察される事案について著作物性を否定する判決が登場しており、裁判例における判断が安定しているとはいい難い状況にあった。
とりわけ、本件で争われた原告製品にかかる椅子の形状については、本件を含めて過去に3件の事件が判決にまで至っており、第一事件では、東京地判平成22年11月18日[TRIPP TRAPP Ⅰ]※14が著作物性を否定(別途、不正競争防止法2条1項1号該当性を理由とする請求を認容)、第二事件では、原審の東京地判平成26年4月17日[TRIPP TRAPP Ⅱ]※15が著作物性を否定したが(不正競争防止法2条1項1号・2号該当性を理由とする請求を、類似性、著名性を否定することにより棄却)、控訴審の知財高判平成27年4月14日[同]※16は、突出的に、著作物性を最も緩やかに認める美の一体性理論を採用して著作物性を肯定(別途、類似性を否定することにより、結論としては請求を棄却し、不正競争防止法2条1項1号・2号に基づく請求についても、類似性を否定することにより請求を棄却)、そして、第三事件である本件では、すでに見たように、原審、控訴審ともに著作物性を否定(不正競争防止法2条1項1号・2号の請求も棄却)と、知財高裁のレベルを含めて判断が分かれていた。
そのような中、最高裁が上告を受理し、「量産実用品」の「形状等」の著作物性の判断基準について、いわゆる観念的分離可能性に与したと解される一般論を示すとともに、具体的な当てはめとして、本件椅子の形状等の著作物性を否定したことの意義は極めて大きい。本判決の一般論の下では、実用品についても他の美術の著作物と区別することなく著作物性を判断する旨を説く美の一体性理論を採用することは許されないこととなった反面、美的鑑賞性の名の下に、観念的分離可能性を超えた高度のハードルを過度に高くするという近時の下級審の裁判例の一部に観察された傾向に関しては、見直しを迫られることになると思われる。
そこで、以下では、従前の裁判例と学説を俯瞰したのち、それらの文脈の中で本判決を位置付けることで、その意義と射程を吟味することとしたい。
2.裁判例※17
(1)序
応用美術の取扱いに関する裁判例の傾向は、分離可能性説を採用した前掲知財高判[激安ファストファッション]と、美の一体性理論を提唱した前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]という近接した時期に下された二つの判決を一つの境として、その前後で、とりわけ抽象論の傾向に変化がある。そこで以下では、従前の裁判例、これら二つの判決、その後の裁判例の三つに分けて裁判例の状況を俯瞰する。
(2)従前の裁判例(激安ファストファッション知財高判・TRIPP TRAPP Ⅱ知財高判が下されるまで)※18
①抽象論
かつての裁判例の説示を分析すると※19、美術工芸的価値が備わっていることを理由に「美術工芸品」として著作物性を認める判決(長崎地佐世保支決昭和48年2月7日[博多人形赤とんぼ]※20)もあったが、それは例外の部類に属し、一般的には、端的に「純粋美術と同視」し得るか否かということが吟味されていた(東京地判昭和56年4月20日[アメリカティーシャツ]※21、大阪高判平成16年9月29日[グルニエダイン JX]※22、大阪高判平成17年7月28日[チョコエッグ]※23、仙台地判平成19年10月2日[福の神仙臺四郎]※24、東京地判平成20年7月4日[プチホルダー]※25、東京地判平成20年12月26日[黒烏龍茶]※26、前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ]、知財高判平成24年2月22日[スペースチューブ]※27、知財高判平成25年12月17日[シャトー勝沼]※28。同旨、神戸地姫路支判昭和54年7月9日[仏壇彫刻]※29、仙台高判平成14年7月9日[ファービー]※30、「美術工芸品」と同視し得るか否かと説くものに、知財高判平成24年3月22日[三徳包丁]※31)※32。
もっとも、「純粋美術と同視し得る」範囲に関しては、著作物の表現の創作に実用性、機能性に対する配慮に基づく制約がかかっていると看取し得るのかという観点に着目する裁判例もあったが(前掲東京地判[アメリカティーシャツ]、東京高判平成4年9月30日[装飾窓格子]※33、前掲知財高判[三徳包丁]。東京高判平成3年12月17日[木目化粧紙]※34、東京地判平成4年1月24日[装飾窓格子]※35も参照)、多くの判決は、「美的鑑賞の対象」たり得るか否かという基準を語っていた(前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]、京都地判平成元年6月15日[佐賀錦袋帯]※36、京都地判平成元年10月19日[ニーチェア]※37、大阪高判平成2年2月14日[同]※38、山形地判平成13年9月26日[ファービー]※39、東京地判平成15年7月11日[レターセット]※40、前掲大阪高判[グルニエダイン JX]、大阪地判平成16年11月25日[チョコエッグ]※41、前掲大阪高判[同]、前掲仙台地判[福の神仙臺四郎]、前掲東京地判[黒烏龍茶]、前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅱ])。両者を相反するものと扱うことなく、実用性による制約を受けていると看取し得ることをもって美的鑑賞の対象とならないとされることもあった(前掲仙台高判[ファービー]、大阪地判平成12年6月6日[装飾街路灯]※42(大阪高判平成13年1月23日[同]※43もこれを維持))。
②類型的考察:三類型の抽出
a 序
以上のように説示自体は多義的なものである以上、個々の判決の具体的な著作物性の成否の判断を検討することが肝要となる。裁判例の結論に従って著作物性の分岐点を探ると※44、以下の三つの類型※45を抽出することができる。
b 第一類型:平面的なイラスト・図案
第一に、平面的なイラスト、図案が商品や広告に用いられる場合については、通常の著作物と概ね同様の創作性の基準が著作物の成否の分岐点となっており、特に厳しい要件が課されているわけではないように見受けられる。
例えば、ティーシャツの図柄(前掲東京地判[アメリカティーシャツ])、便箋、封筒、カレンダー等の絵柄(前掲東京地判[レターセット])、広告用の図案(東京地判平成10年11月16日[リトルくらぶ]※46、傍論ながら、大阪地判昭和60年3月29日[商業広告]※47、そもそも争点とされていないが、東京地判平成17年7月20日[マトリョーシカ]※48)について著作物性が肯定されている。

【商業広告】

他方で、袋帯の図柄(前掲京都地判[佐賀錦袋帯])※49、木目化粧紙(前掲東京高判[木目化粧紙])、ペットボトルのパッケージ(前掲東京地判[黒烏龍茶])、広告看板用の図柄(前掲知財高判[シャトー勝沼])について著作物性を否定する裁判例がある。


c 第二類型:立体的な彫像・ぬいぐるみ・フィギュア
第二に、立体的な彫像、ぬいぐるみ、フィギュア等が量産される場合に関しては、例えば、粘土による原型を素焼きし彩色した人形(前掲長崎地佐世保支決[博多人形赤とんぼ])、キューピーのイラストの著作者自身が彫ったキューピーの彫像(東京高判平成13年5月30日[キューピーⅠ]※50、東京高判平成13年5月30日[キューピーⅡ]※51)、一体一体手作りされるオリジナル人形(東京地判平成14年1月31日[トントゥぬいぐるみ]※52)に関しては、その複製物が大量生産されるからといって、著作物の複製であることが否定されるものではない(前掲長崎地佐世保支決[博多人形赤とんぼ]、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]、傍論ながら、前掲東京地判[トントゥぬいぐるみ])。

【チョコエッグ】※55


d 第三類型:機能的な実用品
第三に、実用品の立体的な形状であって、機能を実現するための制約の中で表現されていると目されるデザインに関しては、原則として著作物性が否定されている。
特に、量産されることを前提にした椅子のデザインが問題となった事件で、最高裁は、いわゆる三行半判決ながら、著作物性を否定した原判決を維持する判決を下している(前掲京都地判[ニーチェア]、前掲大阪高判[同]、最一小判平成3年3月28日[同])。本件で問題となったTRIPP TRAPPの椅子に関しても、前述したように、この時期にすでに著作物性を否定する先例が存在する(別途、不正競争防止法2条1項1号に基づく請求を認容しているが、前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ]※56)。このほか、鍋の持ち手(前掲知財高判[三徳包丁])、装飾窓格子(その原図ないし設計図に関するが、前掲東京地判[装飾窓格子]、前掲東京高判[同])、スモーキングスタンド(その設計図に関するが、東京地判平成9年4月25日[スモーキングスタンド]※57)、漁業用の網の結び目(名古屋高判平成9年12月25日[漁網用の結節]※58)、磁気テープの磁性体の配列パターン(東京地判平成12年3月31日[磁気テープ]※59)、装飾街路灯のデザイン(デザイン図に描かれたデザインについて、前掲大阪地判[装飾街路灯]、前掲大阪高判[同])、グッドデザイン賞を受賞した一般住宅(大阪地判平成15年10月30日[グルニエダイン JX]※60、前掲大阪高判[同])、ログハウス調木造住宅(東京地判平成26年10月17日[フランクフェイス]※61)、カスタマイズドール(東京地判平成24年11月29日[カスタマイズドール]※62)※63についても、著作物性が否定されている。
【ニーチェア】※64

【TRIPP TRAPP Ⅰ】


他方で、プラスチック彫刻として大量に複製することを予定した仏壇彫刻の木彫りの原型について著作物性を否定しなかった裁判例があるが(前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻])、これは例外的に実用性と(さしたる)関わりなく創作された表現※65であり、単独でも著作物となるものが付加された例と位置付けることができよう※66。
【仏壇彫刻】
(3)激安ファストファッション知財高裁判決・TRIPP TRAPP Ⅱ知財高裁判決
①以前の裁判例に対する学説の批判
ここまで俯瞰したようなかつての裁判例の傾向に対しては、応用美術に関して別扱いであるとして高度の創作性を要求すること(=いわゆる「段階理論」※67)に対する疑問が提起され、実用的機能を離れた創作性が発揮されていれば著作物性を認める分離可能性説が提唱され、次第に有力となり始めていた※68。
もっとも、この分離可能性説は、前記三分類との関係でいえば、一般の著作物と異ならない技術的制約の中で創作される第一類型、第二類型の著作物については一般の著作物並みの取扱いを提唱するが※69、他方、第三類型の工業製品のデザインに関しては、通例、技術的制約の中で創作されるものであるために、分離が不可能であることを理由にほぼ定型的に著作物性を否定する点では従前の裁判例と変わるところはない。ゆえに、分離可能性説は、第二類型に限っては従前の裁判例の変更を支持するが、第一類型、第三類型についてはそのままでよいとする見解と評することができる※70。
学説の中には、このような帰結に飽き足らず、第三類型を含めて、工業製品だからといって定型的に著作物性を否定する必要はなく、一般の著作物並みに著作物性を認めるべきである旨を説く美の一体性理論も存在した※71。
②激安ファストファッション知財高裁判決:分離可能性説
このような状況下において、裁判例でも、分離可能性説を採用する判決として、前掲知財高判[激安ファストファッション]※72が登場した。同判決は、ファッションショーにおける衣装等のコーディネートや化粧、髪型のスタイリングにつき著作物性を否定するに当たり、一般論として、「実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、上記(筆者注:著作権法のこと。以下同じ。)2条1項1号に含まれることが明らかな『思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物』と客観的に同一なものとみることができるのであるから、当該部分を上記2条1項1号の美術の著作物として保護すべきである」と説いた。美的鑑賞性という概念を用いつつ、それを分離可能性によって判断するという論理構成を示したのである※73。
前述したように、従前の裁判例でも、この種の論法を用いるものがあったが、本判決はさらに、「純粋美術と同視する」という文言ではなく、「純粋」を「(純粋)」と括弧に閉じ込めたうえ、「同視する」という言葉も用いなかったため、学説上の分離可能性説と同旨を説いているのではないかということが取り沙汰されるに至った※74。
【激安ファストファッション】※75

③TRIPP TRAPP Ⅱ知財高裁判決:美の一体性理論
次いで登場したのが、裁判例として、本件椅子と同一の椅子について、美の一体性理論と同旨を説き、大いに論争を喚起することになった、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]※76である。同判決は、一般論として、「応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである」と説く※77。そして、具体的な当てはめに関しても、幼児用椅子の形状について、やはり著作物性を否定した原判決(前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅱ])を取り消し、傍論ながらその著作物性を認めた。
この事件の原告製品は、従前の裁判例であれば、前記第三類型に属するものとして著作物性が否定されると目されるべきものである。実際、この事件と同様の量産されることを前提にした椅子のデザインに関しては、かつて著作物性を否定する判決があり、いわゆる三行半判決ながら最高裁も原判決を維持していたこと(前掲京都地判[ニーチェア]、前掲大阪高判[同]、前掲最判[同])や、この事件の椅子に関しても同様に著作物性を否定する先例が存在したこと(前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ])は前述したとおりである。この事件の原判決もこれらの裁判例を踏襲するものであった。それにもかかわらず(しかも、結局は類似性を否定したので、傍論となるにもかかわらず)あえて著作物性を肯定した本件控訴審判決は、応用美術の取扱いに関して従前の裁判例と異なる新たな解釈を提示したものといえる(なお、不正競争防止法2条1項1号・2号に基づく請求も類似性を否定することにより棄却している。)。
【TRIPP TRAPP Ⅱ】

(4)その後の裁判例※78
①抽象論※79
a 一般的傾向
その後の裁判例では、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]が示した美の一体性理論については、裁判長を同じくする裁判体の判決が2件続いたに止まる(知財高判平成28年11月30日[スティック型加湿器]※80、知財高判平成28年12月21日[ゴルフシャフト]※81)。
むしろ、裁判例の多くは、前掲知財高判[激安ファストファッション]が用いた説示と同種のもの(ただし、「(純粋)」との文言を挿入する点は踏襲されていない。)を用いており(大阪地判平成27年9月24日[ピクトグラム]※82、東京地判平成28年1月14日[スティック型加湿器]※83、東京地判平成28年4月27日[トレーニング箸]※84、大阪地判平成29年1月19日[Chamois]※85、大阪地判平成30年10月18日[傘立て]※86、東京地判令和元年6月18日[BAO BAO]※87、大阪地判令和3年6月24日[時計原画]※88、知財高判令和3年6月29日[姿勢保持具]※89、東京地判令和3年4月28日[タコの滑り台]※90、知財高判令和3年12月8日[同]※91、大阪高判令和5年4月27日[布団の絵柄]※92、東京地判令和5年9月29日[リゾートガール]※93、大阪地判令和6年7月2日[保存容器]※94、東京地判令和6年3月28日[タオル]※95、知財高判令和7年7月28日[シャープペンシル]※96)、やや異なる説示を用いる場合にも、分離可能性説と親和的に理解し得るものが採用されることが少なくない(東京地判平成28年4月21日[ゴルフシャフト]※97、知財高判平成28年10月13日[トレーニング箸]※98、東京地判平成29年12月22日[半田フィーダ]※99、知財高判平成30年6月7日[同]※100、東京地判令和5年3月15日[天空図屏風]※101、知財高判令和5年12月25日[同]※102)。
もっとも、一般論を明らかにしないものもあり(大阪地判平成31年4月18日[眠り猫]※103)、また、分離可能性説に分類した裁判例も、分離可能性に加えて、美的鑑賞性に言及することが多く、その場合、分離可能か否かという判断を美的鑑賞性に直結させるのか(純粋の分離可能性説)※104、それともそれに加えて分離可能性基準とは異なる独自の基準で美的鑑賞性を吟味する段階を設けるのか(分離可能性+美的鑑賞性説)※105ということは、その説示や当てはめを見ても判然とし難いことが多い。
また、分離可能性(+美的鑑賞性)とは別の法律構成として、前掲知財高判[激安ファストファッション]以前に回帰するかのように、分離可能性説に言及することなく、「美術工芸品」に匹敵する高い創作性を有していることを理由に美的鑑賞性を肯定することで著作物と認めた判決もある(類似性を否定したので傍論であるが、東京地判令和2年1月29日[照明用シェード]※106)。そもそも、前掲知財高判[激安ファストファッション]自体、「著作権法2条2項は、単なる例示規定であると解すべきであり、そして、一品制作の美術工芸品と量産される美術工芸品との間に客観的に見た場合の差異は存しないのであるから、著作権法2条1項1号の定義規定からすれば、量産される美術工芸品であっても、全体が美的鑑賞目的のために制作されるものであれば、美術の著作物として保護されると解すべき」であると説いており、「美術工芸品」に該当する場合には、「分離可能性」というハードルを通すことなく、著作物性を認める余地を残していたと評し得る※107。同種の手法に言及する裁判例はほかにもあり、そこでは「美術工芸品」に該当するためには「一品制作」であることを要するとか(前掲知財高判[タコの滑り台]、前掲知財高判[シャープペンシル])、「主として鑑賞を目的とする工芸品」であれば「美術工芸品」に該当する(前掲東京地判[タコの滑り台])と説かれていた。
b 本件第一審判決・控訴審判決の抽象論の特徴
ここで、本件第一審判決と控訴審判決が採用した説示を、こうした裁判例の抽象論の文脈の中に位置付けておこう。
まず、本件第一審判決は、分離可能性説に加えて、講学上の要件である類似性に関する濾過テスト※108を活用し、原告製品の特徴が機能と密接不可分にマージしていることを斟酌して、仮に著作物に該当するとしても、デッド・コピーでない被告製品からその本質的特徴を感得することはできないと判示していることが特徴的である。濾過テストは、著作物性を否定するという結論を示すことなく、侵害を否定する論理であるが、近時の裁判例では、著作物性と類似性を分ける二段階テストよりは、濾過テストを用いるものが圧倒的に多いことに鑑みると※109、それを応用美術の場面に応用したに止まり、特に他意はないと見るべきではないかと思われる。
また、本件控訴審判決は、「原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られると解するのが相当である」と論じることで、「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」には、分離可能性ハードルを吟味することは不要であるとも読める説示となっている。前述したように、近時の裁判例で「美術工芸品」を別扱いとする文言を用いるものが散見されることに鑑みると、あるいはこの「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」とは、「美術工芸品」のことを指していると理解する向きもあるかもしれない。
もっとも、本件控訴審判決は続けて「著作権法2条2項は、『美術の著作物』には『美術工芸品』を含むものとする旨規定しており、同項の美術工芸品は実用的な機能と切り離して独立の美的鑑賞の対象とすることができるようなものが想定されていると考えられるのであって、同項の規定は、それが例示規定であると解した場合でも、いわゆる応用美術に著作物性を認める場合の要件について前記のように解する一つの根拠となるというべきである。」と述べており、「美術工芸品」とは、「実用的な機能と切り離して独立の美的鑑賞の対象とすることができるようなもの」であると理解していることを明言している。そうすると、同判決は、著作権法2条2項の「美術工芸品」は分離可能性要件の充足が認められる例であると考えていることになるから、「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」も、分離可能性とは別個の著作物性肯定ルートが存在する旨を説いているのではなく、単にそのように制作された場合には当然に分離可能性が認められるということを述べていると解するほうが、全体の文脈に適合的であるように思われる(さもないと、「専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合」の部分のみが独立した著作物性肯定の要件を定義していることになるが、その根拠が判文中のどこにも示されていないことになり、不自然である。)。
c ゴナU最判の理解
ちなみに、分離可能性説を採用する裁判例の大半が、そして美の一体性理論を採用する裁判例ですら※110、美的鑑賞性に言及している背景には、最一小判平成12年9月7日[ゴナU]※111が、書体が著作物となり得るためには、「美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない」と説いていたことの影響があることが指摘されている※112。実際、前掲知財高判[激安ファストファッション]も、同最判を引用しつつ、同旨を説いていた※113。
相反するのではないかという疑問が持たれるかもしれない。同最判は、前述したように、文字の著作物性という、応用美術一般とは文脈を異にする事案に対する判決ではあるが、たしかに、前記説示は、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」における「美術」の意味について判示していると捉えることが(具体の事案を超えて応用美術全般にまでは、先例拘束性を有するという厳密な意味※114での判例の射程が及ぶものではないと解されるとしても※115)、判文の文言上、素直な読み方といえることは否めないからである※116。
【ゴナU】

しかし、前掲最判[ゴナU]の当該事案に対する「美的特性」に関する具体的な当てはめは、「文字本来の機能である美しさ、読みやすさを持ち、奇をてらわない素直な書体とする」という実用目的にかかる機能を考慮して創作され、その結果、既存のゴシック体(それ自体、実用的な書体であることはいうまでもない)のデザインから大きく外れていないということのみを理由として、「美的特性」を否定するというものである。この当てはめの仕方は、本稿にいう分離可能性説と変わるところはない。つまり、同最判にいうところの「美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている」という要件は、機能の制約を離れて創作された場合に満たされると読むことも十二分に可能であり、そのような読み方を採用する場合には、同最判は分離可能性説と整合的なものと理解することができるのである※117。
②類型的考察
a 序
抽象論はともあれ、裁判例の傾向を把握するために肝要なことは、抽象的な文言よりは、具体的な結論である※118。そこで、従前の裁判例の分析から抽出した三類型を用いて、前掲知財高判[激安ファストファッション]と前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]後、裁判例の傾向に変化があったのかを検証してみたい。
b 第一類型:平面的なイラスト・図案
まず、第一類型の平面的な図柄に関しては、従前の裁判例と同様、一般の著作物と変わるところのない判断がなされてきたと評し得る※119(この時期の著作物性の肯定例として、前掲大阪地判[ピクトグラム]、前掲大阪地判[眠り猫](Tシャツ)、前掲東京地判[リゾートガール](Tシャツ)、前掲東京地判[天空図屏風]、前掲知財高判[同](和紙の一種である「染描紙」について、地裁と高裁はともに黙示の許諾を認めて侵害を否定したので、傍論)※120)。ゴルフシャフトの模様にかかるデザインの原画について著作物性を否定した裁判例があるが(前掲東京地判[ゴルフシャフト]、前掲知財高判[同])、原画こそ平面であるとはいうものの、立体的な実用品であるゴルフシャフトに施されるという前提で描かれており、第三類型の要素があることに加えて、単純な図柄であり※121、美の一体性理論を採る知財高裁の清水節裁判長の裁判体でも著作物性が否定されているので、裁判例の趨勢に抗うものとまでは評価できない事件であった。


他方、評価が分かれ得る可能性のある裁判例が、衣服に施された刺繍のデザインについて著作物性を否定した前掲大阪地判[Chamois]※122である。簡潔な判文からは必ずしも明らかではないが※123、その説示を事案に着目して分析すると、この事件で問題となった刺繍は、素材と技法の技術的特性に応じてその創作に制約がかかるものであるということを指摘できる。従前の裁判例でも、第一類型については、分離可能性説と同様、一般の著作物並みの基準で著作物性が判断されていたことはすでに指摘したとおりであるが、そのような時期にあっても、第一類型についてこの種の制約がある場合には著作物性が否定されていた(袋帯の図柄につき、前掲京都地判[佐賀錦袋帯])。平面的な図柄であっても、実用品の素材と技法に由来する制約下で創作されていると看取される場合には、実用品の特性から分離可能な創作性が発揮されていないということで、著作物性が否定されるということなのであろう。その意味でその当否はともあれ※124、前掲大阪地判[Chamois]は、前掲京都地判[佐賀錦袋帯]と同様、第一類型というよりは第二類型に分類したほうが裁判例の整理としては据わりがよいのかもしれない。
【Chamois】

しかし、そうした限界線上に近い事例であったとはいい難い事案であったにもかかわらず、第一類型に属する平面的な図柄で著作物性を否定した衝撃的な判決が、前掲大阪高判[布団の絵柄]である。布団の絵柄に用いるものとはいえ、布団は染め物である点で、刺繍(前掲大阪地判[Chamois])や、織物(前掲京都地判[佐賀錦袋帯])とは異なり、表現に制約がかかるとは考えにくく※125、実際、フォトショップというアプリケーションソフトを用いてパソコン上で制作されており、客観的に観察する限り、花をモチーフとした通常の水彩画と区別がつかない図柄について著作物性が否定されている(例えば、下記に掲げた花柄模様部分の拡大図を参照)※126。これまでの裁判例で著作物性に最も厳しい判断を示した判決といえよう※127。抽象論としては用いられた分離可能性説の真価が発揮されることのなかった事例といえる。
【布団の絵柄】

c 第二類型:立体的な彫像・ぬいぐるみ・フィギュア
従前の裁判例では、特にこの第二類型において、通常の著作物とは異なる高度のハードルが課されていた。したがって、仮に分離可能性説の採用により裁判例が転換するのだとすれば、そのような変化が観察されるのはこの第二類型ということになる(加えて、第三類型まで変化させるには、美の一体性理論を採用するほかない。)。
そのため、第二類型に関する裁判例が待たれていたところ、公園に設置される滑り台であってタコの形状を模したものにつき、著作物性を否定する判決として、前掲東京地判[タコの滑り台]、前掲知財高判[同]が登場した。この第二類型で著作物性を否定していた従前の裁判例と比較すると、創作の程度において前掲山形地判[ファービー]よりは著作物性を否定しやすく、前掲東京地判[プチホルダー]に比すると同程度と思われるものであり、結局、段階理論と変わらない結論となっており、分離可能性説を採用した意味がないと評すべき事例であった※128。
【タコの滑り台】

d 第三類型:機能的な実用品
第三類型については、従前の裁判例と同様、否定例が続いている(前掲東京地判[スティック型加湿器]、前掲知財高判[同](清水節裁判長担当事件)、前掲東京地判[トレーニング箸](上部キャラクター部分を除いた部分についての著作物性の有無が争点となった。)、前掲知財高判[同]、前掲東京地判[半田フィーダ]、前掲知財高判[同]、前掲大阪地判[傘立て]、前掲東京地判[BAO BAO]、前掲大阪地判[時計原画]、前掲知財高判[姿勢保持具]、東京地判令和3年10月29日[バニーガールコスチューム]※129、前掲大阪地判[保存容器]、前掲東京地判[タオル]、前掲知財高判[シャープペンシル])。



なお、第三類型に属する工業製品の形態について、傍論ながら例外的に著作物性を認めたものがあるが、照明用シェードの機能にとっては不必要な装飾的な形状を有しており、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]と同様、元来、美術の著作物たり得るものがそのまま照明用シェードに転用されていると評価し得る事件であった(前掲東京地判[照明用シェード])。
【照明用シェード】

e 小括・本件の特徴
以上の分析をまとめると、具体の事案に対する結論との関係でいえば、前掲知財高判[激安ファストファッション]、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]後も、第一類型は一般の著作物並みに著作物性肯定、第三類型は著作物性否定という傾向に変化はなく、残る第二類型については裁判例の数が少なく不透明であるものの、否定例(前掲東京地判[タコの滑り台]、前掲知財高判[同])が一件登場したという状況にある。結局、裁判例の具体的な結論に変更があったとはいい難く、かえって従前の裁判例でも見られなかったほどの高度のハードルを課す裁判例(前掲大阪高判[布団の絵柄])すら現れているという状況にある。
そのような中、本件の子供用椅子の形状は第三類型に属しており、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]、前掲東京地判[照明用シェード]のようにそれ自体が美術の著作物として観念し得るような造詣が実用品に転用されているという事案ではないから、美の一体性理論をとる前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]を除けば、著作物性が否定されるべきものであったといえる。そして、現に従前の裁判例である前掲東京地判[TRIPP TRAPP Ⅰ]においても、本件一審判決と控訴審判決においても著作物性が否定されたのは、裁判例の趨勢に従った判断であったということができる。
3.学説※130
(1)序
前掲知財高判[激安ファストファッション]、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]が下される前から、従前の裁判例を批判して、分離可能性説、さらには美の一体性理論が登場したことはすでに述べたとおりであるが※131、その後の学説の状況を整理すれば次のようになる。
(2)分離可能性説
「実用的な側面により(通常の著作物とは質的に異なって)表現の自由が技術的に制約されている」か否かで判断すべきとする説※132であり、前述のとおり、実用的機能における創作性の発揮を、著作物性の要件としての創作性としてカウントしない考え方ともいい得る※133。その理由は、新規性、非容易創作性の要件を課し、保護期間を短く限るとともに、登録がない場合には保護なしとすることで競争や利用の自由を確保することとした意匠制度の趣旨が損なわれることのないように、実用的な側面により(通常の著作物とは質的に異なって)表現の自由度が技術的に制約されている場合に著作物性を否定すべきであるというところに求められている※134。
(3)美的鑑賞性説
美的鑑賞性説は、「鑑賞」の意義においてさらに考え方が分かれる。
一つ目の考え方は、高度なレベルの創作性や芸術性を求めているわけではなく、一般人の美的鑑賞の対象となり得る程度に他の同種のデザインと区別可能な特徴を有するかどうかを問題にする説※135である。この見解の具体的な適用は、論者が表明する実践的な意図に鑑みれば、従前の段階理論的な裁判例よりは緩和することになると思われ、その意味で相対的にいえば、傾向としては分離可能性説と類似した帰結がもたらされるのではないかと思われる。
他方、「観賞」(「美しいものや綺麗なものを見て楽しむという程度の意味」とする※136。)と「鑑賞」を区別すべきである旨を提唱し、美術「鑑賞」(「意味を理解して味わうこと」とする※137。)の対象となる美的特性の有無で判断すべきとする説※138も存在する。この見解の下では、従前の裁判例並みかどうかはともかく※139、分離可能性説よりも著作物として認められる範囲は狭くなるようである※140。
(4)美術工芸品・絵画・版画彫刻等同視説
そのほか、必ずしも美的鑑賞性説に分類し得るものではないが、分離可能性説とは異なる基準で美術の著作物該当性を論じるものとして、著作権法2条2項が「美術工芸品」を美術の著作物に含めている趣旨を忖度し、その類推によって美術の範囲を画すというアプローチを採用するものもある※141。同様に、「美術工芸品」に加えて、著作権法が美術の著作物の例示として掲げている「絵画、版画、彫刻」と同等ないし準じるものと評価できるかという類のアプローチを採用するものがある※142,※143。
(5)美の一体性理論(非区別説)
分離可能性説、美的鑑賞性説とは異なり、応用美術について特別な要件を設けない説※144である。
4.検討※145
応用美術の著作物性に関する論点を探究するに際しては、著作権法2条1項1号が創作的表現であれば無限定に何でも著作物となるとするのではなく、別途、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」という要件(以下「文化の要件」という。)を課しているその趣旨を探究する必要がある※146。
まず、前述したように、登録意匠制度との調整の必要性が肝要となる。
意匠制度は、非容易創作性に加えて新規性を保護の要件としている。意匠権によって禁止し得る行為も、業として意匠にかかる物品を生産したり、使用したり、譲渡等の取引に置く場合に限定している。また、保護期間も、出願後25年と短くなっている。しかるに、創作性がありさえすれば新規性を要求することなく保護を認め、業としてなされるものでなくとも、そして物品等に化体されなくとも、広汎に他者の行為を規制することができ、保護期間も著作者の死後70年が原則と長期にわたる著作権法によって、意匠登録の対象となり得る物品の形態が保護されてしまうとすれば、意匠法が課した種々の前記限定が意味をなさないことになりかねない※147。
あわせて、登録意匠制度は、出願、審査、登録を経て初めて保護を付与するという仕組みを採用しているところ、著作権制度はそのような手続を経ることなく権利を発生させるから、やはり意匠登録の対象となるものが著作権によって保護されてしまうとすれば、あえて登録意匠制度が用意した前記仕組みを利用しようとする者が過度に減少することになりかねない。
次に、商品形態のデッド・コピー規制との関係も見逃してはならない。不正競争防止法2条1項3号のデッド・コピー規制による保護は、出願、登録を不要とする点では著作権法と変わらない。また、商品形態としての保護の要件も他者の商品形態と異なるものであれば十分と解されており、著作権法とさしたる違いはない。ただし、禁止行為は商品の販売等に限定されており、保護期間も商品の販売開始後3年間と短い。
そうすると、同じく出願、登録を要することなく、保護の要件も大きな違いがないにもかかわらず、禁止し得る行為は広汎にわたり、なかんずく保護期間は極めて長期に及ぶ著作権の保護が商品形態に及ぶとなると、不正競争防止法におけるデッド・コピー規制の各種要件は意味を失い、それどころかそもそもその必要性が疑われることになろう。逆にいえば、1993年に導入されたデッド・コピー規制は、著作権の保護では不足があることを前提に立法されているのである。
しかし、このように意匠制度やデッド・コピー規制との調整が必要であるからといって、意匠制度やデッド・コピー規制の対象になり得るものについては、著作物性を一切認めないという割切りは極端に過ぎ、かえって著作権法の趣旨を害することになろう。たとえば、アニメのキャラクター・グッズを考えた場合、平面的なものであれ立体的なものであれ、物品に表現される限りはありとあらゆるキャラクター・グッズが意匠登録の対象となり得るとともに、商品の形態としてデッド・コピー規制の保護の対象にもなり得る。さらにいえば、ポスターも意匠登録ができるから、すべての平面的な著作物はポスターを経由することで意匠登録の保護を得ることは可能である。そうすると、意匠登録されたり、デッド・コピー規制で保護の対象となったりし得るという一事をもって著作物から外れるという解釈をとってしまうと、著作物として保護されるものがどれほど残るのかわからなくなる。このような結論が、創作者を保護し文化の発展を図る著作権法の趣旨に悖ることは明らかであろう。
したがって、単純な排斥論は採用し得ず、どのように調整するのかということが課題となる。結局、意匠制度やデッド・コピー規制が保護の期間を短く限定しているなど、何故著作権法とは異なる規律を設けているのかという趣旨に着目し、その趣旨を実現し得る調整策を考えていくことになる。
そして、意匠制度やデッド・コピー規制の趣旨が損なわれることのないようにするためには、有体物※148の実用的な側面により、表現の自由度が技術的に制約されている場合に限って、著作物性を否定すれば足りるといえよう。表現の自由度が技術的に制約されているからこそ、新規性要件等を導入することで登録要件を高め、保護範囲や保護期間を限定する必要が生じる※149、また、登録がない場合に保護するとしても、新規性等の要件を吟味するために用意した登録制度を前提として、出願、登録のインセンティヴを過度に損なうことのないよう、保護の範囲をデッド・コピーに限ったり、保護の期間を短く刈り込んだりする必要も生じる。逆に、表現に制約がないのであれば、競争者には他の選択肢が十分に残されているのであるから、あえて登録要件を高めたり、保護範囲や保護期間を限定したりする必要はなく、また要件を高める必要性がない以上、要件を高めたがために設けられている登録制度の運用に慮って、保護範囲や保護期間を限定する必要もない※150。
分離可能性説は、このような発想によって導かれた見解である。表現の創作の自由度が物品※151の機能により制約されているのであれば、その規律は意匠制度やデッド・コピー規制に委ねるべく、著作権法の保護対象から落とすために、文化の要件を活用する※152。他方で、そのような機能の制約とは無関係に自由に創作された表現であれば、著作権の保護を及ぼしてもさしたる弊害はないから、文化の要件を活用して著作物性を否定することはしない。
さて、この分離可能性の中身であるが、米国ではphysical separability(物理的分離可能性)等、分離可能性の基準がいくつか唱えられているところ※153、その中で、conceptual separability(観念的分離可能性)と呼ばれているものが、筆者が提唱する趣旨に即した基準であるように思われる。それというのも、筆者が分離可能性説を採用するきっかけが、米国の第二巡回区控訴裁判所のBrandir International, Inc. v. Cascade Pacific Lumber Co., 834 F.2d 1142 (2d Cir. 1987)に接したことにあるからである。この判決は、自動車用ラックのデザインについて、実用的な制約の下で創作されていて、形状と機能を観念的にも分離することができないことを理由に著作物性を否定している。
問題のラックを下記に掲げた(図中の自転車を除いたものが問題のラックとなる。)。現代美術と位置付けて美術館にも飾られているラックであるが、観念的分離可能性説の下ではその種の事情は著作物性に影響を与えない※154。自転車用ラックであるために、その大きさも曲線の形も、かなりの制約の下で創作されていということが看取される以上、実用的な機能と形状を観念的に分離できないと判断するのである。
【Brandir International, Inc. v. Cascade Pacific Lumber Co.】

これが、仮にドラえもんの絵が付加されているとか、ドラえもんの形状をしているなどの実用的な機能とは無関係の形状が付加されていたのだとすれば、そこは機能と分離できるので著作物と認めることができるが(前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻])、そのような要素はこのラックにはなく、ゆえに、著作物性が否定されることになる※155。
このように分離可能性を判断する際には、絵画や彫刻等、通常の著作物であっても、キャンバスや素材等に起因する技術的制約が存在することに注意しなければならない。そうした技術的制約は、著作権法は織り込み済みのはずであるから、その種の制約が存在するからといって、著作物性を制限的に解する必要はなく、ゆえに分離可能性のふるいにかける必要もない。したがって、平面的なデザインはもとより、ぬいぐるみや人形についても、彫刻と質的に異なった制約がかかっていないとすれば、それを理由に著作物性を否定する必要はない。
具体的には、イラストや絵画(第一類型)、ぬいぐるみやフィギュア、彫刻(第二類型)等に関しては、空間や平面に自由に表現できる場合には、その表現に対する技術的制約は通常の著作物と変わるところはなく、「美術」であると評価して著作権法の保護を及ぼすべきである。ゆえに、第二類型のぬいぐるみやフィギュア等に関して、通常の著作物には課されない高度の創作性、芸術性を課しているように思われるかつての裁判例の趨勢には反対することになる。
他方、第三類型の通常の工業製品の形状に関しては、一般に実用面の制約の中で創作されており、著作物性が否定されると考えるべきである。ゆえに、前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]にも反対することになる。
かつての裁判例では、ともすれば「純粋美術」という言葉が一人歩きし、特に第二類型の事案において通常の著作物に比して厳格な取扱いがなされる土壌となっていたように思われる。しかし、本稿の理解の下では、分離可能であるか否かということが文化の要件中の「美術」に該当するか否かの分岐点なのであって、分離可能であれば、それ以外に+αの追加要素を要求することなく、文化の要件を通過するものと解されることになる。何をもって美術と解するかは尺度が不明確であるところ、他の法制度との調整の必要もなく、裁判官をして奨励すべき美術と奨励すべきでない美術を選り分けさせることは危険である。ゆえに、分離可能性説のように、裁判官の主観的な嗜好が入りにくい客観的な基準で「美術」であるか否かを判別させるようにすることが望まれる。
5.本判決の意義
(1)序
以上の検討を踏まえて、本判決の意義を特定してみよう。
(2)観念的分離可能性説を採用したこと
本判決の最大の意義は、著作権法2条1項1号後段の美術の範囲に該当するための要件論として、分離可能性説、中でも観念的分離可能性説を採用することが最高裁の立場であることが明らかにされたところにある。そのように理解し得る理由は、以下の三つである。
第一の理由は、本判決の判文中の文言にある。
「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たるというべきである。」
分離可能性説を採用する従来の裁判例や学説では、「分離」という言葉が用いられていた。例えば、同説が裁判実務において文言上、定着するきっかけとなった、前掲知財高判[激安ファストファッション]は、「実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるもの」との説示を用いていたことは前述したとおりである。
これに対して本判決は、「分離」ではなく、「観念上、機能に由来する構成とは別個に」という文言を用いている。これは、おそらく従来の裁判例では、「分離」という文言の下、機能に少しでも関わる部分があればそれを除外して残った部分で著作物該当性を判断する物理的分離可能性のような手法が採られることがあり※156、また、分離可能性説の本源地であるアメリカ合衆国では、本判決が志向していると解される観念的分離可能性とは異なる基準が連邦最高裁で採用されていることに鑑み、もはや手垢がついた概念となってしまった「分離」という言葉を用いることを避けたのではないかと推察される。
他方、本判決は、分離可能性説の中の一選択肢として「観念的分離可能性説」という概念が提唱されているところ※157、あえて、明示的に「観念上」という言葉を用いている。しかも、そこで説かれている内容は、表現が機能に制約されることなく自由に創作されたものであると看取し得るか否かをメルクマールとする観念的分離可能性説と変わるところはない。「由来」という言葉遣いも、例えば選択肢が極めて限定されており、アイディアと表現がマージしている場合に創作的表現であることを否定するマージ理論が適用されない場合であっても、なお機能による制約下で創作された表現であると目される場合には美術の範囲該当性を否定する観念的分離可能性説※158にむしろふさわしい用語であるように思われる。
第二の理由は、前述の一般論を本件の原告製品に対して具体的に当てはめた、その仕方である。
判文中、関連する説示は以下のとおりである。
「本件椅子は、量産実用品であって、上告人らは、大要、約66度の略L字型を成して床面から立ち上がっている2本の脚を有し、当該2本の脚の間に座面板及び足置板が床面と平行に固定されるようになっている点において創作性が認められるから、本件椅子が著作物に当たると主張する。しかしながら、上記の点は、子供用の椅子としての機能に由来する構成である脚、座面板及び足置板の配置による形状が美感を起こさせるものであることを基礎付ける事情にすぎない。そして、本件椅子の全体又は部分における形状等は、子供用の椅子としての機能に由来する構成としてしかこれを把握することができず、当該構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものではない。よって、本件椅子は、著作物に当たるとはいえない。」
ここでは、脚、座面板、足置板等の各部が実用品の機能(=子供用の椅子としての機能)に関わっているという一事をもって、それらの部分を除外して残余のみで著作物たり得るかなどという物理的な分離可能性を吟味するのではなく、本件椅子の全体または部分における形状等(=表現)に機能に由来する構成ではないものを観念的に看取し得るのかということを検討している。その手法は、前述した自転車用ラックに関する観念的分離可能性説の適用の仕方と選ぶところはないといえる。
第三の理由は、本判決は著作権法と意匠法による保護の調整の必要性を根拠としており、著作権法2条1項1号後段の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲」(筆者はこれを総称して「文化の範囲」と呼んでいる。)の要件の一分野である美術の範囲の解釈として、前記一般論を持ち出していることである。
法が、文化の範囲に創作的表現が属することを著作物として保護されるための要件とした趣旨は、著作権法の守備範囲を、効率性の世界である技術の世界に比して、相対的に広汎な行為が相対的に長期間規制される著作権の保護に馴染む多様性の世界である文化の世界に収めるためであると考えられる※159。観念的分離可能性説は、このように著作権制度の保護に馴染まないものをはじくことを目的とする文化の範囲の要件の趣旨を、具体的な振分けの基準に具現した基準であるということができる。なぜならば、前述したように、創作された表現が物品の機能により制約されているのであれば(本判決の言葉を借りれば、「形状等が観念上、機能に由来する構成とは別個に、創作的な表現として把握することができ」ないものである場合)、その分、後続者の創作や利用の自由は限られているのであるから、規制されるべき行為がより狭く、保護の期間がより短い意匠制度による保護に馴染むといえるが、他方で、そのような制約がないのであれば(本判決の言葉を借りるのであれば、「形状等が観念上、機能に由来する構成とは別個に、創作的な表現として把握することができるものである」場合)、規制されるべき行為がより広く、保護の期間が長期にわたる著作権法の保護を及ぼすことの弊害は他の著作物並みとなるから、あえて文化の範囲の要件を活用して保護を否定する理由がなくなるからである(それを超える衡量は、アイディアと表現の区別や、創作性等、他の一般の著作物に課される要件のところで具現すれば足りる。)。
著作権法の制度と意匠法の調整という観点と、本判決が提唱する「観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合」に美術の範囲に該当してよいとする著作物性の判断基準との論理的な関係は、判文上、詳らかでないところがあるが、以上のように補足することができよう。
以上のように、本判決は、講学上の分類論としては、観念的分離可能性説を採用したものと解される。もっとも、本判決が用いた文言は「分離可能性」ではなく「観念上、機能に由来する構成とは別個に」というものであるから、おそらく、今後の裁判実務では、「分離可能性」なる言葉は用いられることがなくなり、こちらの文言にとって代わられることになろう。ただ、本判決が採用した見解の名称としてほかにうまい言葉を筆者は思い付くことができず、またいずれにせよ本判決の説く内容は、観念的分離可能性説と異なるところはないので、本稿では、本判決は「観念的分離可能性説」を採用したと表記することにしたい。
(3)観念的分離可能性を肯定し得る例として二つの類型を掲げたこと
第一の特徴に付随する本判決の第二の特徴は、本判決は前記一般論の当てはめの仕方として、二つの例を示していることである。具体的には以下の説示である。
装飾等付加類型
「表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるものがある。このようなものは、量産実用品に『美術の著作物』(著作権法10条1項4号)が単純に付加されたものということができ、当該付加部分に同法の保護が及ぶことは当然である。」
別個把握可能類型
「また、量産実用品の中には、例えば、全体として彫刻等とも看取できるもののように、その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるものがある。このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、『美術の著作物』が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから、著作権法の保護を及ぼすのが相当である。上記のような形状等は、機能との関係で一定の制約を受けるのが通常である量産実用品の形状等としては例外的なものであるということができるのであって、これに著作権法の保護を及ぼしても、上記でみたような弊害が生ずるおそれは小さい。」
このうち、前者の「装飾等付加類型」(筆者が便宜上与えた呼称である。)は、実用品とは独立して、機能の制約を受けることなく自由に創作されたものが、実用品に付加された場合が典型例である。また、当初から実用品に付加されることを念頭に創作されたとしても、その表現が実用品の機能の制約を受けることなく創作されたと看取し得る場合もこの類型に該当する。
従前の裁判例でいえば、前掲大阪高判[布団の絵柄]の花柄部分がこの類型に該当するといえよう※160。前述したように、花柄の部分の表現は、実用品の機能とは全く無関係に、通常の水彩画と選ぶところなく、自由に創作されていると看取し得るからである※161。
前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]の仏壇彫刻も、予め仏壇の枠内に収まるように多少、窮屈に彫り込まれており、完全に自由とまではいえず、その意味で純粋な意味での装飾等付加類型ではないものの(その意味で次の別個把握可能類型の要素もある。)、その程度の制約、つまり一定の大きさの中に全体を収めるという程度の制約は、通常の美術の作品にまま課せられる制約であって、実用品固有の制約とまではいい難い。そしてその枠内では、件の彫刻は、実用品の機能とは無関係に自由に創作されているといえよう。
後者の「別個把握可能類型」(これも筆者が便宜上与えた呼称である。)は、実用品の機能に関連しながら創作されてはいるものの、その表現が機能による制約を受けることなく創作されていると看取し得る場合をいう。判文が指摘するようにこれはかなり例外的な事例であるといえようが、それでも例がないわけではなく、例えば従前の裁判例では、前掲東京地判[照明用シェード]のシェードの形状がこれに該当するといえよう※162。当該事件のシェードの形状は、シェードであることを感得させないほど自由に創作されており、純粋な美術品の置物と選ぶところがない形状をしているからである。
さて、この二類型の意味であるが、装飾等付加類型も、別個把握可能類型も、いずれも最終的な結論である、「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合」には、著作権法2条1項1号後段の美術の範囲に属するという抽象論を導き出すための過程で持ち出されているものである。したがって、最終的な判断基準となるのは、あくまでも「観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである」か否かということである。仏壇彫刻の例に見たように、装飾等付加類型と別個把握可能類型は相互に排斥的なものではなく(そのことは、後者に関し、「このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、『美術の著作物』が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから」と説く判文にも現れている。)、逆に、仮に両類型に当たらないような創作物が現れたとしても、その「形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである」場合には、意匠権との調整を理由として、前述したように、著作権法2条1項1号後段要件により著作権の保護をへこませる必要はないのであるから、やはり美術の該当性を肯定すべきなのである。
ゆえに、今後の実務は、装飾等付加類型における「表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるもの」であるとか、別個把握可能類型における「その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるもの」という文言に現れたいくつかの修辞句(例えば、「表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されている」とか、「機能と関連せず」、「彫刻等」などの文言)に過度に囚われるべきではない。むしろ、これら二類型はあくまでも例示として理解し、「形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである」か否かという最終的な判断基準への当てはめをなすべきであると考える※163。
(4)美的鑑賞性等の付加的な要件を課さなかったこと
本判決の一般論は、観念的分離可能性を充足すれば、それ以外に、美的鑑賞性等の付加的な要件を課すことなく、美術の範囲該当性を肯定する一般論となっている。
法廷意見はその点に関し何も言及するところがないが、尾島補足意見は、それが意図的なものであったと語っている。とりわけ以下の説示が重要である。
「『美的鑑賞』の語からはあたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねず、また、そもそも美的な芸術としての鑑賞に値するか否かを裁判所が判断するのは不適当と思われるからである。」
前述したように、分離可能性説を文言上、採用する従前の裁判例では、前掲最判[ゴナU]の説示の影響の下、美的鑑賞性にも言及することが多く、その場合、分離可能性を充足すれば、直ちに美的鑑賞性を充足したことになり、美術の範囲に属することになるのか(純粋の分離可能性説)、それとも、分離可能性を充足したとしても、なお美的鑑賞性を満たさないとして美術の範囲該当性が否定されることがあり得るのか(分離可能性+美的鑑賞性説)ということは、判文上も判然としないことがほとんどであった。他方、学説では、純粋の分離可能性説が唱えられている一方で、追加的に美的鑑賞性を要求する見解や、そもそも分離可能性説を採用することなく、美的鑑賞性一本で勝負する見解も存在した。こうした美的鑑賞性を要件の一部あるいは全部に取り込む見解に対しては、予測可能性に乏しく、司法判断に馴染み難いことが指摘されていた※164。尾島補足意見は、そうした反対説を支持するものであり、本判決が前掲最判[ゴナU]を引用しなかったことも相まって、今後の裁判例では、美的鑑賞性の文言は美術の範囲を画する要件論としては姿を消すことになると予想される。
(5)その他
本判決の観念的分離可能性にかかる抽象論は、あくまでも、実用品の形状等から判断し得る基準として提示されており、また、原告製品に関するその当てはめでも、本件の椅子の形状から観察し得る事情を斟酌して結論を導いている。その際、創作者のデザイン創作時における創作目的や、創作後の利用態様等は一切斟酌していないことも本判決の特徴といえる。
前述したように、一部に反対説もあるが、創作者の主観を基準とする場合には、外部からは判然とせず、予測可能性を害することになり、また、創作後の利用態様を斟酌することは、著作物性の判断が時的に安定せず、予測可能性に加えて法的安定性の面でも弊害が大きい※165。本判決はこれらの事情の斟酌を少なくとも肯定はしておらず、形状等の観察に焦点を当てるその一般論と、本件への具体的な当てはめに鑑みれば、むしろ考慮を否定する考え方のほうに親和的である。今後の裁判実務が本判決の趣旨を忖度して、観察対象を形状等に絞ることを期待したい。
6.本判決の射程
(1)序
以上の本判決の意義に対する検討を踏まえて、本判決の射程※166を論じることにしよう。
(2)裁判実務への影響
本判決の射程で特に問題となるのが、従前の裁判例の傾向にどの程度の変化を迫るものなのかということであろう。この点については、以下のように分析している。
第一に、本判決が具体的に美術の範囲該当性を否定した原告製品にかかる子供用椅子は、本稿が説く第三類型(機能的な実用品)に該当するので、第三類型に関して、原則、著作物性を否定するという裁判例の趨勢は、本判決によって確認されたと理解することができる。本件椅子について著作物性を肯定した前掲知財高判[TRIPP TRAPP Ⅱ]は、もはや判例法理としては採用し得なくなった。
ただし、従来、第三類型に属しながらも、例外的に著作物性が認められていた前掲東京地判[照明用シェード]や、前掲神戸地姫路支判[仏壇彫刻]に関しては、前述したように、前者は本判決の掲げる例示中の別個把握可能類型として、後者は同じく例示中の装飾等付加類型として、本判決の射程が及ぶとまでいえないとしても(二つの例示はあくまでも傍論である。)、本判決の法理の下でも、美術の範囲該当性が肯定されることになるのではないかと考えられる。
第二類型(立体的な彫像・ぬいぐるみ・フィギュア)に関しては、事案を異にする以上、本判決の射程の外にある。しかし、本判決が例示として掲げる別個把握可能類型に鑑みると、例えば著作物性を否定した、前掲山形地判[ファービー]、前掲仙台高判[同]についていえば、機能に由来する構成は存在するものの(発話に連動して可動する目と口の構成は機能による制約を受けていると解される)、それは部分的に限られたものに止まっており、全体の形状はなお機能に由来する構成とは別個に創作された表現を把握することができるものであると解される※167。同様の理は、前掲東京地判[プチホルダー]にも妥当する。前掲東京地判[タコの滑り台]、前掲知財高判[同]についても、たしかにタコの足の部分は滑り台として活用されているが、それは足の部分に限定されているうえ、滑り台とは無関係にタコの造詣物を制作したうえで、その一部を削って滑り台としたとしても同様の形状になり得るのであるから機能による制約は大きなものとはいい難く、また全体の形状に関しては機能に由来する構成とは別個にタコの彫像にかかる表現を看取し得るものとなっているといえるように思われる。ゆえに本判決の法理の下では、美術の範囲該当性は否定され得ないのではなかろうか※168。
第一類型(平面的なイラスト・図案)も、本判決の射程の外ではあるが、本判決の一般論を適用すると、少なくとも、第一類型に関しては、本判決の説く法理により、美術の範囲該当性が否定されることはないだろう。この類型で著作物性を否定した判決として、前掲大阪高判[布団の絵柄]があるが、本判決が掲げる装飾等付加類型に属すると思料される事案であり、本判決の基準によると、美術の範囲該当性が否定されることはないと解される。もちろん、判例法理として、本判決とは別個独立なものとして残されている前掲最判[ゴナU]が扱った書体に代表されるように、平面的な図柄等であっても、何らかの制約により表現の選択肢が限定されることはあるが、事案を異にする以上、本判決の射程が及ぶものではなく、アイディアと表現の区別等、それぞれの状況に即した法理により対処されるべきものである※169。
したがって、一部の裁判例にいまだに見られた段階理論的色彩は、本判決の登場によって払拭されることになるのではないかと予想される。
(3)その他の問題
①「量産実用品」の意義
本判決の一般論は、その適用対象を「量産実用品」と特定している。したがって、本判決の射程は、「量産実用品」の形状等の著作物性が問題となる事案に及ぶに止まると解さざるを得ない。
しかし、本判決の一般論の根拠は、前述したように、意匠権との保護の調整に求められているところ、意匠法では、たしかに、意匠法3条1項の工業上利用可能性の要件の解釈として、工業上利用されるというためには、量産されるものであることを要するなどと説かれていた。その根拠として有意なものが示されることは少ないが、量産されるものでなければ、産業に貢献する度合いが低く※170、加えて、フリーライドの規模が大きなものとはならないので、あえて審査制度、登録制度のコストをかけてまで保護を与える必要はないとでも説明するのであろう。しかし、複製技術が発展している現在、量産不可能な意匠を想定することは困難である。量産とは手工業によるものでも足りるとされていることもあって、工業上の利用可能性の要件にはさしたる意義は認められないものとなっている※171。
そして、仮に一品制作された物品のデザインであっても、量産可能であれば意匠登録が許容されるのであって、その場合は、意匠制度との調整の必要性は否定され得ない。ゆえに、本判決にいう「量産実用品」は、現に量産されているか否かではなく、量産可能な実用品のことを指すと理解すべきであろう。このような解釈の下でも、例えば自然物であって再現困難なものは量産可能とはいい難いが、そのようなものはそもそも人が創作をコントロールしていないことを意味するから著作物には該当しないので、美術の範囲の問題とするまでもなく、著作権の保護が否定される※172。そうすると、「量産性」がないことがネックとなって、意匠登録が許されず、ゆえに意匠法の保護と著作権法の保護の調整を根拠とする本判決の趣旨がそのままでは妥当しないかもしれない事例というのは、あまりお目にかかれるものではないのかもしれない※173。
この点に関連して、尾島補足意見は「美術工芸品」を本件の射程の外に置いているように読めることが問題となる。美術工芸品の意味次第というところはあるが、量産不可能な美術工芸品がほとんどないのだとすれば、本判決の射程の限定にはさしたる意義はないということになろうか。
建築物については、かつては、物品性を欠くことを理由に意匠登録の対象にはならないと解されていた※174。筆者ほかの少数説はそのような理解に反対していたが※175、いずれにせよ2019年意匠法改正により、建築物が意匠として保護されることが明文化(意匠法2条1項)された現在、意匠権との調整の必要性があるという状況に関して、他の実用品と変わるところはなくなった。事案を異にするので本判決の射程の外といわざるを得ないが※176、論理的には、本判決にいう「量産実用品」は建築物まで包含し得ると解すべきなのではなかろうか。
なお、メタヴァースにおける「実用品」のデザインに関しては、有体物の世界と状況を違えるところがあり、2019年意匠法改正による画像デザインの保護も、有体物の物品とは様相を異にしているから※177、本判決の射程が直ちに及ぶものではないと解される※178。
②「機能」の意義
本判決は、実用品にかかる「機能」に由来する構成とは別個に創作的表現を把握できることを美術の範囲該当性の要件としているが、ここにいう「機能」が何を意味するのかということについては詳らかにしていない。
この点に関し、従前の裁判例では、「利用者に興味や関心を与えたり、親しみやすさを感じさせたりして、遊びたいという気持ちを生じさせ得る」という性質のような、一般の著作物にも観察し得るような性質までをも「機能」に読み込んでいるのではないかと思われる裁判例も存在した(前掲東京地判[タコの滑り台])※179。しかし、文化の世界に一般的に存在するような機能であれば、そのような機能を著作権や著作者人格権によって制約することは著作権法が予定しているのであるから、実用品の保護が問題となる場合に限ってそれを理由に「文化の範囲」を縮減し、著作権等の保護を否定する理由はない。
そうすると、文化の世界一般に属する機能と、そうではない機能を区別するメルクマールが必要となるが、前述したところの、著作権法が主として規律する文化の世界は多様性の世界であり、意匠法や特許法が主として規律する技術の世界は効率性の世界であると観念するアプローチをここでも応用し、当該機能が多様性の世界に属するか、効率性の世界に属するかということをメルクマールとするべきではないかと考える。後者の効率性の世界に属する機能であれば、その機能が発展していく方向性も限られており、ゆえにその機能に由来する構成の選択肢も相対的に限られているから、規制される行為が広汎であり、保護が長期に及ぶ著作権法の保護を与える場合には、後続の創作者や利用者の自由が過度に阻害されることになる。他方、前者の多様性の世界に属する機能であれば、その機能が発展していく方向も多様であり、それに由来する構成の選択肢も相対的に豊富であるから、著作権法の保護を及ぼしても、後続者の自由を過度に制約するとまではいい難い。もちろん、両者は完全に峻別されるものではなく、スペクトラムの問題となるが、それでも境界線上にあるものはいざ知らず、これは文化の世界、これは効率性の世界と優に分類し得る場合が多いのではないかと推察される。
例えば、前掲東京地判[タコの滑り台]を題材とすれば、興味や関心、親しみやすさを与えることは、一般の著作物にも観察される多様性の世界に属しており、観念的分離可能性で問題とすべき機能には該当しないと解される。他方で、本件椅子で問題となった子供用椅子の脚、座面板及び足置板やそれらの配置による形状等は、そもそも人を安定的に座らせるという特定された目標を持った椅子の構成を実現するために選択肢が限定される形状であって、その中で子供用椅子として安定性を強化し、高さ調節を可能とし、おそらく製造工程の簡略化、部材の削減化等のコスト削減を追求する中で創作されたデザインであって、ゆえに、多様性の世界に属さない機能に由来する構成とは別個のものを把握することは困難であるといえる。
(掲載日 2026年7月14日)
Westlaw Japan製品の関連文献・法令リンクについてはページ上部からダウンロードいただけるPDF内でご確認いただけます。