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文献番号 2026WLJCC022
早稲田大学法学学術院 教授
鈴木 將文
I はじめに
判例コラム第370号では、標準必須特許に係る特許権に基づく差止めを肯定した東京地裁令和7年6月30日判決(パンテック対グーグルⅠ事件)※3を扱った。同判決の前後に、同じパンテック社を原告とする標準必須特許に関する侵害訴訟の判決が出ており、我が国の裁判所による標準必須特許紛争の処理の最近の例として、それらも見ておくことが有益であることから、本コラムでは、判例コラム第370号と関連付けつつ、それらの判決を検討することとしたい※4。
時系列に沿って並べると、関係する判決は以下のとおりである。
①東京地判令和7年4月10日(パンテック対ASUS JAPAN事件東京地裁判決)
②東京地判令和7年6月23日(パンテック対グーグルⅠ事件東京地裁判決)※5
③大阪地判令和7年7月10日(パンテック対グーグルⅡ事件大阪地裁判決)
本コラムが扱うのは①と③であるが、②についても必要な範囲で言及する。以下、まず①及び③の事件の概要と判旨を確認した後、まとめて検討を加える。
Ⅱ パンテック対ASUS JAPAN事件東京地裁判決
1.事案の概要
本件は、LTE規格に係る標準必須特許権※6を有するパンテック社(原告)が、ASUS JAPAN社(被告)に対し、後者がそのグループ会社の通信機器(被告製品)を日本に輸入し、国内で販売する行為が当該特許権を侵害するとして、差止めと損害賠償(一部請求として1000万円及び遅延損害金の支払)を求めた事案である※7。被告製品の構成要件該当性、原告特許の無効理由の有無等も争点となったが(これらの争点につき、東京地裁は原告特許に係る無効理由を否定し、被告による特許権侵害を認めた。)、主たる争点は権利濫用の成否及びFRAND条件によるライセンス料相当額であった。
2.判旨
(1)差止請求
東京地裁※8は、差止請求に係る権利濫用について、次のような「判断基準」を示した。これは、約2か月後のパンテック対グーグルⅠ事件東京地裁判決が述べた「判断基準」とほぼ同一である。
「標準規格に準拠した製品の製造等に実施が必須となる特許(以下『標準必須特許』という。)を有する者が標準必須特許に対しFRAND宣言をした場合(以下、当該者を『必須宣言特許権者』という。)、上記製品の製造等をする者(以下『必須特許実施者』という。)は、標準必須特許についてFRAND条件によるライセンスを受けられることを前提として、上記製造等をすることになる。それにもかかわらず、必須宣言特許権者が、上記ライセンスを受けられるものと信頼している必須特許実施者に対し、標準必須特許に基づく差止めを請求することは、必須特許実施者の合理的な信頼を著しく損なうことになり、正義・公平の理念に反するものといえる。
他方、必須宣言特許権者は、上記ライセンスに係る実施料相当額を取得できることを前提として自らFRAND宣言をしたのであるから、上記実施料相当額を取得することができる場合には、必須特許実施者に対し差止請求をする必要性及び相当性を明らかに欠くものといえる。
そうすると、必須宣言特許権者が必須特許実施者に対し標準必須特許に基づく差止めを請求することは、必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないというべきである。」
そして、本判決は、両当事者(被告のグループ会社の中核会社であるASUS台湾を含む。)の交渉の経緯を確認したうえで、次のように認定した。すなわち、被告側はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を明確に表明していたこと、被告は原告とのライセンス交渉に対しできる限りの対応をしていたことを認めた。具体的には、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を明確に表明していたと認められることに加え、「ASUS台湾は、原告からの秘密保持契約の締結要請後、直ちに同契約締結に至り(認定事実ウ)、その後も直ぐに第1回交渉に応じてクレームチャート等の提示を求め(同エ)、クレームチャートの提示を受けてから約2か月後であって、同クレームチャートの説明を受けた第2回交渉時から約1か月後には、ベンダの意見も踏まえて充足論及び無効論の主張に至っていること(同カ、ク、サ、シ)、原告から具体的なライセンス条件の計算根拠を示された後、直ちに当該計算根拠に係る意見を述べ、約3か月後には対案を提示していること(同セ、ソ、チ)、原告に対して5G規格のクレームチャートを要求し、同クレームチャートを取得してから約3か月後に、5Gの特許について非充足等の意見を述べていること(同ヌ、ネ、ハ)、その後も料率等の根拠等について交渉を続け、特許リストの開示等の交渉状況に応じて複数回ライセンス条件を提示していること(同ヒ、ミ、モ)」という各認定事実を適示して、上記の評価を行っている。
また、当事者間でFRAND料率に係る合意に至らなかったのは、双方が提示したFRAND料率が余りにも大きくかけ離れていたためであり、その原因はFRAND料率の算定方法が日本の実務に定着していないことに帰するとした。そして、これらの事情の下においては、被告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があると認めることはできないとし、原告の差止請求は権利濫用として許されないとした。
本判決は、さらに、被告はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者とはいえない旨の原告の主張につき、判断を示している。そのうち、被告がグローバルなライセンスを求めていなかった点についての判示は、本判決の標準必須特許のライセンスに関する考え方を示すものとして参考になると思われるので、引用しておく。
「FRAND料率は、本来的には必須宣言特許権者と必須特許実施者との間で誠実交渉し可及的速やかにグローバルで合意されるべきものであることは、後記第7の1において説示するとおりである。しかしながら、FRAND料率の算定方法が必ずしも日本の実務に定着していないため、本件において当事者双方提示に係るFRAND料率が余りにも大きくかけ離れていたことは、前記認定のとおりである。これらの事情を踏まえると、グローバルライセンスによる解決が現実的ではなく、まずは本件特許に限った合意を目指すべきとする立場をとることも、少なくとも本件に限っては必ずしも不合理なものとはいえない。そうすると、グローバルライセンスによる解決を拒否することは、標準必須特許のグローバルな性質に鑑みると、一般的には、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないことを推認すべき事情となり得るものの、少なくとも本件に限っては、上記推認の基礎を欠くというべきである。」
(2)損害賠償請求
本判決は、損害賠償に係る権利濫用については、次のような「判断基準」を示した。
「標準必須特許を有する者がこれに対しFRAND宣言をした場合、必須特許実施者は、標準必須特許についてFRAND条件によるライセンスを受けられることを前提として、当該標準規格に準拠した製品の製造等をすることになる。それにもかかわらず、必須宣言特許権者が、上記ライセンスを受けられるものと信頼している必須特許実施者に対し、上記ライセンスに係る実施料相当額を超える損害賠償を請求することは、必須特許実施者の合理的な信頼を著しく損なうことになり、正義・公平の理念に反するものといえる。
他方、必須宣言特許権者は、上記実施料相当額を取得できることを前提として自らFRAND宣言をしたのであるから、上記実施料相当額を取得することができる場合には、必須特許実施者に対し上記実施料相当額を超える損害請求をする必要性及び相当性を明らかに欠くものといえる。
そうすると、必須宣言特許権者が必須特許実施者に対し標準必須特許に基づく上記実施料相当額を超える損害賠償を請求することは、必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないというべきである。」
そして、差止請求に係る部分で認定したとおり、被告はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情を認めることはできないことから、原告が本件特許権に基づくFRAND条件によるライセンスに係る実施料相当額を超える損害賠償を請求することは権利濫用として許されないとした。
そこで、損害額が問題となるところ、被告は、上記実施料相当額の範囲内の損害賠償に関する部分については権利濫用を主張しておらず、かつ、その範囲の損害賠償請求は理由があるとして、本判決は上記実施料相当額の算定をした。具体的には、特許法102条3項によるとし、同項の適用に関する一般的な基準を述べた知財高裁特別部判決(二酸化炭素含有粘性組成物事件)※9を引きつつ、「実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきであり」、「上記の理は、FRAND条件による標準必須特許の実施に対し受けるべき料率(以下『FRAND料率』という。)についても異なるところはない」として、さらにFRAND料率の算定につき、以下のように述べた。
「FRAND料率については、標準規格に準拠した製品の製造等に実施される標準必須特許のグローバルな性質及び膨大な特許数に鑑みると、①当該標準必須特許の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料のグローバルな相場等も考慮に入れつつ、②膨大な特許数の個別価値をそれぞれ認定するのは実務上困難であるから、各標準必須特許の価値が全て同一であるものと推認し、全標準必須特許の価値を全標準必須特許の数で割ることによって一標準必須特許の価値を算定する一方、当該標準必須特許の実施料率を累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるようにすべきであり、③この場合において、全標準必須特許を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献を考慮するほか、④FRAND料率は、文字どおり公正かつ合理的で非差別的な条件をもって、本来的には必須宣言特許権者と必須特許実施者との間で誠実交渉し可及的速やかにグローバルで合意されるべきものであるから、当該合意を後押しする観点から、当事者間の交渉経過、必須特許実施者におけるFRAND条件によるライセンスを受ける意思その他訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。」
そして、本判決は、本件におけるFRAND料率を次のとおり算定した。損害額は、この料率に被告製品売上高を乗じて算出された(ただし、売上高は非開示であり、損害額も開示されていない。)。なお、当該額は原告の日本特許権の侵害による損害額として算定されたものであるから、グローバルベースの金額ではなく、日本特許権に対応する金額である。
FRAND料率=「LTE規格全実施料率」÷「LTE規格全特許数」×本件特許(特許ファミリー)数
・「LTE規格全実施料率」=8%(被告の5G製品について)又は9%(被告のその他の製品について)
・LTE規格全特許数=1,300
・本件特許数(特許ファミリー数)=1
FRAND条件による実施料相当額の算定方法に関し、被告は、知財高判平成26年5月16日※10(アップル対サムスン事件。以下、アップルとサムスンの間の事件に係る知財高裁特別部の判決と決定※11を、それぞれ「知財高裁大合議判決」及び「知財高裁大合議決定」という。また、両者を併せて「知財高裁大合議判決等」という。)が「実施者製品の売上高×UMTS規格に準拠していることの貢献部分の割合×累積ロイヤリティの上限割合(5%)÷必須特許数(529)×本件特許数」という計算式を用いたことを踏まえ、本件事案でも、「被告製品売上高×規格に準拠していることが売上げに寄与したと認められる割合×累積ロイヤリティ料率÷規格の標準必須特許の個数(×原告の特許数=1)」という計算式によって算定すべきであると主張した。しかし、本判決は、近年の外国の判決(Unwired Planet v. Huawei判決等)で用いられる「累積ロイヤリティ料率」は、実施品の売上高全体に乗ずる率であり、本判決の「LTE規格全実施料率」もそのような意味で用いること、もしも被告が主張するように、「LTE規格全実施料率」にさらに「LTE規格寄与率」(規格に準拠していることが売上げに寄与したと認められる割合)を乗ずると、規格の貢献割合を2回重ねて乗ずることになり、不合理であるとした。そして、知財高裁大合議判決との関係について、次のように述べた。
「そもそも、損害額の算定は、当事者の主張立証の限度において裁判所の総合的かつ裁量的な判断で定められるべきところ、アップルサムソン大合議判決においては、当事者双方において『累積ロイヤリティ料率』を5%とすることを前提として主張がされていたのに対し、本件においては、アップルサムソン大合議判決にいう『累積ロイヤリティ料率』なる概念が具体的かつ正確に主張立証されていないのであるから、当該概念を前提とする算定方法は、少なくとも本件に適切なものとはいえず、また、当事者双方の主張立証及び標準規格の内容が異なる以上、アップルサムソン大合議判決が示したFRAND料率と本件FRAND料率を比較するのも、当を得たものとはいえない。
のみならず、アップルサムソン大合議判決の後においては、令和元年大合議判決〔引用者注:前掲・二酸化炭素含有粘性組成物事件判決〕が、特許法102条3項の算定方式全般の重要な指針を改めて示しているのであるから、FRAND料率については、標準必須特許のグローバルな性質に鑑みても、令和元年大合議判決が説示する判断枠組みに基づき、裁判例の国際的な展開をも踏まえ、日本においてもグローバルな変化に対応し、FRAND料率を認定するのが相当である。」
一方、原告は、特許権侵害に当たることが判明した本件においては、いわゆる侵害プレミアムとして、特許法102条4項に基づく考慮をすべきであるから、ライセンス交渉段階における料率よりも、高いFRAND料率が採用されるべきである旨を主張していた。その点について、本判決は、「FRAND料率は、文字どおり公正かつ合理的で非差別的な条件をもって合意されるべきものである」、「そうすると、当事者双方においてFRAND条件の算定方法についての認識の相違はあったものの、被告は同条件によるライセンスを受ける意思を有していたといえるから、原告主張に係る事情は、FRAND条件の性質に照らし、FRAND料率を増額する事情をいうに足りない」とした。
Ⅲ パンテック対グーグルⅡ事件大阪地裁判決
1.事案の概要
本件は、パンテック対グーグルⅠ事件と同一の当事者の間で、同一の特許権(特許番号第6401224号)の侵害を理由とする差止請求がなされた事案である。同事件との相違点は対象製品であり、Ⅰ事件ではPixel 7が、Ⅱ事件ではPixel 7aが問題となった。本判決は、結論として差止請求を棄却したが、2025年12月の当事者間の和解とライセンス契約の締結により、Ⅰ事件と同様、本件も決着したと伝えられている※12。
2.判旨
大阪地裁は、差止請求が権利濫用に当たるか(本判決は、これを「被告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があるか」と言い換えている。)という争点に関する「判断枠組み」として、パンテック対ASUS JAPAN事件とパンテック対グーグルⅠ事件の2つの東京地裁判決が述べた「判断基準」とほぼ同一のものを示した。すなわち、FRAND宣言の効果として、「標準必須特許に基づき実施者に対して差止めを求める特許権者の請求は、実施者がFRAND条件によるライセンスを受け入れる意思を有しないことを示す特段の事情がない限り、権利濫用として許されない」という考え方である。なお、大阪地裁は、この部分で、知財高裁大合議決定を引いている(2つの事件の東京地裁判決は、同決定に言及していない。)。しかし、本判決の「判断枠組み」及び東京地裁の「判断基準」と、知財高裁大合議決定の判断枠組みとの間には、違いがある(後述する。)。
そして、本判決は、当事者間のライセンス交渉※13に関する事実認定に基づき、グーグル(被告)がFRAND条件によるライセンスを受け入れる意思を有していたと認定し、差止請求を棄却した。
具体的な交渉の経緯に関する事実関係については、公表された判決の多くの部分が非開示となっているため詳細は不明であるが、裁判所の評価としては、被告側について、令和5年11月末時点において、「ライセンス契約の締結に向けた交渉において、誠実性を欠く点はなかったものと認められる」とする一方、パンテック(原告)の提案については、「原告第1案で提示したライセンス料率がFRAND条件の範囲内であることにつき、G社〔引用者注:被告のグループ会社であるGoogle LLC〕の抱いた疑問に答えるなどして説明すべきであった」が、説明をしていなかったなどとし、「原告第1案ないし第3案がFRAND条件の範囲内であると理解することは本件口頭弁論終結時〔引用者注:令和7年4月23日〕においてもなお困難と言わざるを得ない」と述べている。
なお、本件事案では、両当事者が、権利濫用に係る争点の審理の対象となるライセンス交渉期間の終期を令和5年11月末とする旨を合意していた(令和6年1月12日の弁論準備手続期日における訴訟上の合意。このような合意をした経緯及び理由は、判決からは不明である。)。ただし、本判決は、「『特段の事情』の有無の判断の基礎となる事実は、令和5年11月末日までの事実を基礎とするものの、必要に応じて、同日以降の事実も参酌する」とも述べている。
そして、本判決は、結論として、「G社及び同社にライセンス交渉を委ねていた被告が、少なくとも令和5年11月末日時点においてFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であったと認めることができ、かつ、本件口頭弁論終結時においても、原告の提案がFRAND条件の範囲内かどうかはなお検討の余地を残していることも考慮すると、本件訴訟における原告の本件請求は、権利濫用として許されない」とした。
大阪地裁判決の注目すべき特徴は、交渉の各段階における原告及び被告双方の行動を、パンテック対グーグルⅠ事件東京地裁判決よりもかなり具体的に評価している点である。
Ⅳ 検討
1.必須宣言特許権者の権利行使の制限
(1)判断枠組み
上に見た2つの判決及びパンテック対グーグルⅠ事件東京地裁判決(以下、これらをまとめて「令和7年3判決」ということがある。)は、FRAND宣言がなされた標準必須特許の権利行使につき、権利濫用法理(民法1条3項)に基づいてこれを制限するという考え方を採用した。これは、知財高裁大合議判決等に従ったものであり、当然といえる。
しかし、令和7年3判決が「判断基準」又は「判断枠組み」として述べた内容は、知財高裁大合議判決等の判示と重要な点で異なっている。
第一に、権利濫用を認める根拠である。知財高裁は、標準必須特許に係る特許権について、通常の特許権と同様に扱う場合の問題点、すなわち、いわゆるホールドアップ問題やロイヤリティスタッキング問題に言及し、その問題への対応措置としてFRAND宣言の仕組みが導入されたことを説明したうえで、FRAND宣言が当事者に与える影響を論じ、必須宣言特許権者の権利行使を制限する必要性を述べていた。それに対し、令和7年3判決は、いずれもFRAND宣言の効果として権利行使制限が必要であることを述べるにとどまる。しかし、そもそも標準必須特許の特殊性(これはFRAND宣言の仕組みが導入された理由でもある。)に触れることなく、その権利行使の制限について論じることは、説明として不十分といわざるを得ない※14。
第二に、差止請求に関する主張立証責任についてである。知財高裁大合議決定は、実施者が、特許権者によるFRAND宣言の事実及び実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であることを主張立証できた場合に、差止請求(厳密には仮処分)は権利の濫用として否定されるとしていた。それに対し、令和7年3判決は、必須宣言特許権者による差止請求は原則として権利濫用に当たることを前提に、特許権者が、特段の事情(実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないこと)を主張立証した場合に、権利行使が認められるという枠組みを示している。知財高裁大合議決定の考え方をあえて変更した理由は不明である。
第三に、損害賠償請求に関し、知財高裁大合議判決は、実施者がFRAND実施料相当額の請求が著しく不公正であると認められるような特段の事情を主張立証した場合には、当該請求もまた権利濫用として許されない旨を述べていた。この部分は、パンテック対ASUS JAPAN事件東京地裁判決では言及されていない。ただし、同判決は、被告がFRAND実施料相当額の範囲内の損害賠償に関する部分については権利濫用を主張していなかった旨を述べていることから、当該事案で必要がなかったため判示しなかったということだと思われる。
(2)具体的な認定
権利濫用の成否に関する具体的な判断については、判例コラム第370号でも指摘した、FRAND条件によるライセンスに向けた、あるべき交渉についての評価基準が不明確であるという問題が、令和7年3判決全てについて認められる。
ただし、パンテック対グーグルⅡ事件大阪地裁判決が、特許権者側の提案のFRAND条件整合性に言及し、そこに疑問の余地があることを、権利濫用を認める理由の1つとして挙げていることは、特徴的である(これに対し、2つの東京地裁判決は、特許権者側の提案内容や交渉上の行為のFRAND条件整合性についての評価を示していない。)。これも判例コラム第370号で述べたとおり、ライセンス交渉における誠実性は両当事者について求められるものであり、原則として、特許権者側の提案や行為についても評価をしたうえで、権利行使の可否が判断されるべきと考えられる。
なお、パンテック対グーグルⅠ事件東京地裁判決とパンテック対グーグルⅡ事件大阪地裁判決は、被告のFRAND条件によるライセンスを受ける意思の有無に関して異なる結論を出した点につき、ほぼ同一の事実関係について反対の解釈を下したとの評価もみられる※15。しかし、同東京地裁判決も、裁判所による和解勧試前の当事者間のライセンス交渉における被告の行動については、上記の意思を有しないとはいえないと述べていた(逆にいえば、裁判所による和解勧試後の被告の態度についての評価として、上記の意思を否定したにとどまる)のであり、必ずしも相反する判断がなされたと捉える必要はないと思われる。
また、パンテック対ASUS JAPAN事件東京地裁判決が、ライセンス交渉は本来グローバルライセンスを目指して行われるべきであることを強調している点も特徴的である。もっとも、同事件では、被告が原告との当事者間の和解交渉においてグローバルベースでのライセンスを拒否したが、同判決は、被告のFRAND条件によるライセンスを受ける意思を肯定した。すなわち、同判決は、FRANDライセンスは原則としてグローバルなものであるべきであるとしつつも、実施者がグローバルライセンスについての交渉を拒否したことが具体的事案において当然にFRANDライセンスに向けた意思の欠如を基礎付けるものではないと認めた。ただし、同判決は、その評価の理由の一つとして、「FRAND料率の算定方法が必ずしも日本の実務に定着していないため」両当事者の提案が余りにも大きくかけ離れていたという事情を挙げつつ、「少なくとも本件に限っては」FRANDライセンスに向けた意思の欠如を推認する基礎を欠くと述べており、いわば日本の実務の未発達という過渡期におけるやむを得ない措置という印象を与える説示となっている。
2.FRAND料率
パンテック対ASUS JAPAN事件東京地裁判決については、FRAND料率を算定している点も注目される。ここでは、2点に触れておきたい※16。
第一に、知財高裁大合議判決の算定方法との違いである。上記の判旨の紹介で言及したように、知財高裁が用いた「累積ロイヤリティ料率」につき、東京地裁は、それが対象製品の売上げのうち規格が売上げに寄与した部分に対するロイヤリティ料率である点で、国際的に一般に通用している「累積ロイヤリティ」(対象製品売上げ全体に対するロイヤリティ料率)と異なるとし、前者の概念を使用することに当事者が合意しているような特別の事情がない限り、後者の概念(同判決では「LTE規格全実施料率」)を用いるべきである旨を述べている。二重の控除を避けるべきことは当然としても、上記の点は、ロイヤリティ料率を乗ずる製品売上高として、どの製品のものを用いるか(最終製品か、規格を利用している部品か)次第という面があり※17、かつ、当事者がいかなる意味で累積ロイヤリティ料率という概念を用いるかによるのであるから、単純に一般論を述べることはできないと思われる※18。現に、国際的にも、トップダウン方式による実施料算定の計算式が確定しているわけではなく※19、一旦「累積ロイヤリティ」(”aggregate royalty”)を算定した後に、調整係数的なものを乗ずることが一切否定されているわけでもない※20。
第二に、原告は、損害賠償としてFRAND実施料相当額が認められる場合には、いわゆる侵害プレミアムを認めるべきである旨を主張したが、東京地裁はこの主張を否定した。知財高裁大合議判決や国際的な動向※21にも沿った判断である。実施者につきFRAND条件によるライセンスを受ける意思が認められる場合、その者に対する侵害訴訟は、いわばライセンス交渉の過程においてやむを得ないプロセスとして行われるものであり、損害賠償額はFRAND実施料相当額で足りると思われる。他方、実施者に上記意思が認められない場合は、侵害プレミアムはもとより、実施料相当額以外の算定方法による損害額を認め得ることは当然である。
3.おわりに
令和7年3判決に関し、2回にわたる判例コラムを通じて検討し、いくつか批判的なことも述べた。しかし、標準必須特許に関する裁判例に乏しかった我が国において、これらの判決が出され、さらには東京地裁知財部において標準必須特許関連の2つの審理要領が出されたことは、疑いなく意義深いことである。今後、標準必須特許に関心を持つ人々が活発に意見を出し合い、我が国における標準必須特許関係の紛争解決の仕組みが適切に整備されていくことを大いに期待したい。
その関連で、最後に2点コメントをする。
第一に、今後ADRの一層の活用が望まれるところ、ADRには原則非公開であるという特徴がある。標準必須特許の処理に関する規範は、国際的にも国内的にも、なお現在進行形で形成されつつあり、我が国の紛争解決制度における規範(判断基準)も、一般に知られ得る形で形成・発展していく必要がある(そもそも規範が不明確である紛争解決制度は、十分に利用されないであろう。)。したがって、ADRの非公開性と、関連規範の透明性をどのように両立させていくかが、重要な課題であると思われる。
第二に、我が国では、知財高裁大合議判決等が、FRAND宣言(ETSIのIPRポリシーに基づくもの)に第三者による契約を成立させる効果を認めなかったことから、FRAND条件に係る交渉につき、契約上の権利義務を正面から前提として議論をすることは控えられてきた。しかし、ETSIのIPRポリシーの準拠法はフランス法であるところ(知財高裁もフランス法に則して上記解釈を行った。)、フランスでは、FRAND宣言による第三者のためにする契約の成立を肯定する見解が有力になっているようである※22。したがって、この点に関する知財高裁大合議判決等の判断は、見直す余地がありそうである。仮に、FRAND宣言に基づき標準必須特許の特許権者と実施者の間に契約関係を認めることとなった場合、我が国における標準必須特許関連紛争のあり方も変わり得る(選択肢が増える)であろう。具体的には、別の機会に論じることとしたい。
(掲載日 2026年10月15日)
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