第351号 僕、ぽんちゃん!

-ご当地ゆるキャラの名前は、誰のもの?-
~知財高裁令和7年3月12日判決※1~
文献番号 2025WLJCC016
金沢大学 教授
大友 信秀
1.本件を紹介する理由
群馬県館林市が観光事業に使用している、ゆるキャラの「ぽんちゃん」と同じ文字からなる商標出願について、特許庁がこれに対して拒絶査定を下し、これを不服として請求された拒絶査定不服審判も拒絶査定を維持する審決を下した。
本稿は、上記審決の取消しを求めた審決取消訴訟を紹介するものであるが、本件では商標法4条1項6号※2該当性が問題となり、とりわけ、館林市の「ぽんちゃん」の「著名性」が問題となった。
本件の審決と審決取消訴訟では、この「著名性」の有無の判断において結論が真逆になった。同判断に現れた「著名性」の判断基準を確認することが、本件を紹介する一つの理由である。しかし、より関心を寄せるのは、なぜ、特許庁が本件において、裁判所よりも「著名性」の程度を低く定めたのか、ということである。
本件で問題となった「ぽんちゃん」という名称を使用していたゆるキャラは、人ではないので、商標法4条1項8号※3を理由に登録を認めないことができない。また、本件では、商標法4条1項7号※4該当性も問題とされたことが判決からわかる。
そのような事情から、特許庁の判断は、商標法4条1項6号該当性の判断に、同7号の趣旨が影響したかのような結論となってしまったように見える。
上記問題意識を持ちながら本件を見ると、特許庁と裁判所のそれぞれの判断の意味がより明瞭になるのではないだろうか。
「著名性」の判断に関する争点に加え、以上のような意味を共有したいというのが、本件を紹介する理由である。
2.本件
(1)本件訴訟に至る経緯
①本件出願の経緯
- X(原告)は、令和3年11月29日、「ぽんちゃん」の文字を標準文字で表わしてなる商標(以下、「本願商標」という。)につき、指定商品を第9類及び第16類に属する願書に記載の商品として、商標登録出願(以下、「本願」という。)をした※5。
- 本願については、令和4年5月27日付けで拒絶理由の通知がされ、同年11月1日付けで拒絶査定(以下、「本件拒絶査定」という。)がされた。Xは、これを不服として、令和5年2月2日、拒絶査定不服審判を請求した。
②Y(特許庁)の判断(審決の理由の要旨)
1)館林市マスコットキャラクター及びその愛称の著名性について
- 「引用キャラクターは、館林市観光協会が使用許可業務及びSNSアカウントの管理運用業務を行い、館林市のウェブサイトで館林市観光大使として紹介されているほか、館林市観光協会のウェブサイトでも紹介や利用申請の受付がされ、館林市公式ツイッター、公式インスタグラム、LINEスタンプ、市の施設及びサービスのウェブサイト、パンフレット、広報誌等において利用されている。
- 引用キャラクターは、「ゆるキャラグランプリ2015」総合ゆるキャラランキングで33位となったほか、平成22年1月から令和4年4月までに発行された各種の全国紙及び地方紙において、館林市のキャラクターであることが、その愛称である「ぽんちゃん」の文字とともに相当数掲載されている。・・・・・・上記事実関係によると、引用キャラクターはもとより、その愛称である「ぽんちゃん」の文字からなる引用標章は、館林市の観光振興に関する事業を表示する標章として著名なものとなっていると判断するのが相当である。」
2)本願商標の商標法4条1項6号該当性について
- 「本願商標は、「ぽんちゃん」の文字を標準文字で表してなる。他方、引用標章は、「ぽんちゃん」の文字からなり、上記のとおり、館林市が行う観光振興に関する事業を表示する標章として著名なものである。館林市は地方公共団体の一つであって、同市が行う観光振興に関する事業は、公益に関する事業であって営利を目的としないものである。そうすると、引用標章は、「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なもの」といえる。
- 本願商標と引用標章は、いずれも「ぽんちゃん」の文字からなり、構成文字を共通にするから、両者は同一又は類似する。
- そうすると、本願商標は、公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なものである引用標章と同一又は類似の商標であるから、商標法4条1項6号に該当する。」
(2)本判決
特許庁の審決を取り消す。
①取消事由1(商標法4条1項6号該当性の判断の誤り)について
1)商標法4条1項6号について
- 「商標法4条1項6号は、商標登録を受けることができない商標として、「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、公益に関する団体であって営利を目的としないもの又は公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なものと同一又は類似の商標」を規定する。その趣旨は、同号に掲げる団体の公益性に鑑み、その権威、信用を尊重するとともに、出所の混同を防いで取引者、需要者の利益を保護することにあると解される。このような趣旨に照らすと、同号にいう「著名なもの」というために、必ずしも、日本全国において広く知られていることを要するものとまでは解されない。すなわち、同号に掲げる団体や事業の地域性を考慮して、著名性の認定に当たり、地理的範囲を限定して考慮する余地があるといえる。
- 他方、同号に掲げる団体や事業を表示する標章は極めて多数にわたるために、同号は、対象となる標章を「著名なもの」と限定しているのであって、商標法上の他の規定(例えば、商標法4条1項8号)と完全に整合的に解すべき必要まではないが、少なくとも「著名」の字義に反するような解釈をすることは相当でない。このことは、著名性の地理的範囲についても同様であって、公益事業等を示す標章として特定の地域でのみ知られている標章と同一又は類似する商標の登録を禁止するとなると、本来であれば一般的に認められるべきはずの、商標権を取得して全国的に当該商標を使用する権利を過度に制約することになりかねない。
- 以上によると、商標法4条1項6号にいう「著名なもの」というためには、同号に掲げる団体や事業の地域性に照らし、必ずしも日本全国にわたって広く認識されている必要はないが、なお相応の規模の地理的範囲において広く認識されていることを要するものと解するのが相当である。」
2)検討
- 「引用標章を付した物品が有償で販売されている事実等を考慮しても、引用標章は、「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章」に当たると認められる。」
- 「本件キャラクターは、・・・・・・館林市内においては知名度を獲得しているものと推認される。」
- 「館林市外に向けて引用キャラクターが使用された実績をみると、埼玉県や東京都で開催された催事への参加は、証拠上、4件にとどまり・・・・・・日本シンガポール国交50周年記念イベント・・・・・・や東武鉄道「りょうもう7市スタンプラリー」・・・・・・への参加は、いずれも、他の多数のマスコットキャラクター等と共に参加しているものである。
- 次に、新聞記事への掲載実績をみると、引用キャラクター又は引用標章は、平成22年1月から令和5年までの13年余の間に、証拠上は90本弱の新聞記事に掲載されているが・・・・・・、これらの新聞記事は、いずれも、群馬県の地方紙である上毛新聞の記事か、全国紙であっても記事の文面からしていわゆる地方版に掲載された記事であると認められる。
- さらに、日本全国に向けた発信等をみると、引用キャラクターのSNS公式アカウントのフォロワー数は、「X」が3186、インスタグラムは1931・・・・・・にとどまる。「全国版」、「関東版」等の種類がある「アサヒ十六茶」のCMに他のキャラクターと共に約1か月間出演したことや・・・・・・、日本全国の「ゆるキャラ」を対象とした「ゆるキャラグランプリ2015」で総合33位を獲得したこと・・・、日本全国に向けて発行された「るるぶ群馬’16」に縦横各約3センチメートルの大きさの紹介記事が掲載されたこと・・・・・・がいずれも認められるが、いずれも平成26年から平成27年にかけて限定的に露出されたものにとどまる。なお、ふるさと納税返礼品としての引用キャラクター及び引用標章の実績は不明である。・・・・・・以上の事情を総合すると、引用キャラクター及びその愛称である「ぽんちゃん」(引用標章)は、館林市民にはなじみのあるキャラクターとして広く認識されていると認められ得るものの、館林市外への露出は散発的かつ限定的であり、群馬県の総人口約197万人に対して館林市の人口が8万人弱にとどまること・・・・・・からしても、群馬県及びその周辺において広く認識されていると認めるには至らない。」
3)被告の主張について
- 「被告は、商標法4条1項6号の趣旨に加えて、同号が、国に限らず地方公共団体等を表示する標章や様々な公益事業を表示する標章を対象としていることからすると、「著名」の地理的範囲は、その団体又は事業が国に係るものか、都道府県に係るものか、市区町村に係るものか、あるいはその事業の目的・内容・範囲等についても考慮して判断すべきであると主張した上、引用標章については、その地域性を考慮し、少なくとも群馬県及びその周辺において広く認識されていれば、同号にいう「著名なもの」に当たると解すべきと主張する。」
- 「しかし、商標法4条1項6号の趣旨及び同号が地方公共団体等や様々な公益事業を表示する標章を対象としているとしても、法文上の規定である「著名なもの」との字義に反するような解釈をすべきでないこと、特定の地域でのみ知られている標章と同一又は類似する商標の登録を禁止すると、商標権を取得して全国的に当該商標を使用する権利を過度に制約することになりかねない・・・・・・。
- したがって、被告の上記主張は採用することができない。」
- 「被告は、原告が審査、審判の各段階で提出した書面によると、原告は、原告が本願商標をその指定商品について独占した場合には、館林市等による観光振興等の事業の妨げになるほか、取引者、需要者の混乱を招くおそれがあることを理解していたと主張する。
- しかし、そのような事情は、本件拒絶査定が挙げた別の拒絶理由である商標法4条1項7号該当性を判断するに当たって参照できる事情といい得るものの、引用標章が「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なもの」に当たるか否かの判断を左右するものではない。」
4)小括
- 「以上によると、引用標章は、「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なもの」に当たらないから、本願商標は、商標法4条1項6号に該当する商標には当たらない。これと異なる本件審決の判断は誤りであり、取消事由1には理由がある。」
②取消事由2(手続違背)について
- 「原告は、刊行物等提出書により提供された情報の内容について、ファイル記録事項の閲覧請求又はファイル記録事項記載書類の交付請求をしても知ることができないから、出願人である原告は、これらの情報の内容に基づく拒絶の理由を遺漏なく通知されていないとして、本件審決には商標法15条の2の規定に違反した違法があると主張する。
- しかし、本件審決は、本件拒絶査定と異なる拒絶の理由を発見したとしてされたものではないから、商標法55条の2第1項が準用する同法15条の2の規定に違反したとはいえない。また、本件全証拠によっても、原告が、令和4年9月16日付け刊行物等提出書・・・・・・により提出された刊行物等を閲読する機会がなかったとは認められない。
- したがって、取消事由2には理由がない。」
3.商標法4条1項6号該当性について
(1)「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、公益に関する団体であって営利を目的としないもの又は公益に関する事業であって営利を目的としないもの」該当性
本判決は、原告が主張・立証した「引用標章を付した物品が有償で販売されている事実」を認めながら、商標法4条1項6号前段該当性を認めた。
本件標章が対象とするものには、地域活性化事業も含まれるであろうが、これについては、たとえば、ふるさと納税事業に関しても、その事務管理をする民間事業者が大きな利益を得ている状況があり、DMO(観光地域づくり法人)である観光協会等が民間事業者に代わり、これらの業務を行う事例も増えつつあるため、営利性の解釈について、本件とは異なる判断が十分可能であることには注意が必要である。また、より広く観光事業ということになれば、公益性を認めることが一定程度可能であっても、同時に営利活動があることを否定できない事例も存在し得ることは容易に予想できる。
(2)「著名なもの」該当性
本判決は、「必ずしも日本全国にわたって広く認識されている必要はないが、なお相応の規模の地理的範囲において広く認識されていることを要する」として、「商標法4条1項6号に掲げる団体や事業の地域性に照らし」、著名性の程度を低く設定した特許庁の判断を否定した。
同じ法律における文言の意味を異なって解釈するために必要な別個の規定や判例がないため、本判決の解釈は正しい。しかし、本判決は、同時に、「著名性」の意味に反しない範囲でそれぞれの条文における「著名性」の一定の違いはあり得ることを認め、「同号に掲げる団体や事業の地域性を考慮して、著名性の認定に当たり、地理的範囲を限定して考慮する余地があるといえる。」とも説示しており、具体的に、「必ずしも日本全国にわたって広く認識されている必要はないが、なお相応の規模の地理的範囲において広く認識されていることを要する」とした。したがって、商標法4条1項6号の判断においては、「同号に掲げる団体や事業の地域性」を明確に示すことが、同基準に合致する「著名性」の立証に有効であることが示された。
なお、本判決は、被告(特許庁)の「原告が本願商標をその指定商品について独占した場合には、館林市等による観光振興等の事業の妨げになるほか、取引者、需要者の混乱を招くおそれがあることを理解していた」という主張に対し、「そのような事情は、本件拒絶査定が挙げた別の拒絶理由である商標法4条1項7号該当性を判断するに当たって参照できる事情といい得るものの、引用標章が「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なもの」に当たるか否かの判断を左右するものではない。」と判示しているが、同じく、商標法6条1項6号の趣旨を「その趣旨は、同号に掲げる団体の公益性に鑑み、その権威、信用を尊重するとともに、出所の混同を防いで取引者、需要者の利益を保護することにあると解される。」としていることからすれば、正確性を欠く判示になっているのではないだろうか。
正確には、「そのような事情は、商標法4条1項6号における「著名」の判断を左右するものではない。」となるのではないだろうか。
4.手続違背について
原告は、本件審決の手続違背を主張したのに対して、本判決は、「本件審決は、本件拒絶査定と異なる拒絶の理由を発見したとしてされたものではないから、商標法55条の2第1項が準用する同法15条の2の規定に違反したとはいえない。」として、本件審決の手続違背の問題と拒絶査定の違法性の問題を明確に区別した。
本判決の判断に異論はない。
5.まとめ
本判決は、商標法4条1項6号の「著名」の解釈において、「同号に掲げる団体や事業の地域性」という同号独自の趣旨の重要性に触れた。より具体的には、「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、公益に関する団体であって営利を目的としないもの」と定められており、公益の要請が強いものである。
この点では、商標法4条1項7号に近い性質を有していると見ることもできる。
また、本件商標が、ゆるキャラの「ぽんちゃん」の名称と同じであることから、人名との関係を規定した商標法4条1項8号との関係も意識してしまう。
本件で問題となった「ぽんちゃん」という名称を使用していたゆるキャラは、人ではないので、商標法4条1項8号を理由に登録を認めないことができないのは当然であるが、著名な競走馬の名称の権利性がパブリシティ権として保護されるかという議論があったように※6、社会的な類似性は否定できない。
相互に類似するように見える条文の関係を正確に理解し、各条文の要件を本判決を参考に正確に整理して、主張・立証することが重要であることが示された本件は、今後の同種の事件への対応法を示唆する好例である※7。
(掲載日 2025年7月1日)