判例コラム

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第353号 美容と医薬  
-豊胸術に用いられる物の特許-

~知財高裁令和7年3月19日判決※1

文献番号 2025WLJCC018
弁護士法人苗村法律事務所※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子


1.はじめに
 特許法に、医療行為には特許権は成立しないという条文はない。特許法に詳しい方には当たり前のことだろうが、何となく、条文チェックをせずに、医療行為には特許は及ばないことは、私と同じく条文上定められていると思っている方もいらっしゃるのではないかと思われる。本件は、豊胸のために、施術を受ける女性に、注射器で投与される組成物の特許について、この組成物を生産して、投与した医師の行為が、本件判決で問題となった特許権(以下、「本件特許」という)を侵害したとして、損害賠償請求が認められた事件である。知財高裁は、大合議事件とし、判決をするに当たっては、パブリックコメントも求めて※3判断を下している。それだけ世間に与える影響も大きいとの考えがあったものと思われる。原審※4は、特許の有効性を大きく論じず、そもそも被控訴人(原審被告)である医師の行為が本件特許の対象となる組成物を生産したことに当たらないとし、特許侵害はないとした。知財高裁では、被控訴人は、医師が豊胸を求める被施術者から採血し、組成した物を医師が被施術者へ注射することによる投与は一連の行為であり、組成物の物の発明ではなく、方法の発明であって、医療行為として、「産業上の利用可能性がない」として無効となるか、また無効とはならなくても、かような行為は、医療行為として特許侵害にはならないと主張していた。知財高裁は、この両方の論点について、正面から判断して、特許権侵害を認め、被控訴人に対して損害賠償を命じた。手術、治療、診断といった医療行為にかかわる方法の特許については、医療行為は、「産業上の利用可能性がない」として無効になるのであり、現在では、医療に特許が与えられないということではないことを明らかにしたのである。本件判決の論点は多岐にわたり、医療行為であるがゆえに、損害額の算定についても大きな論点となっていて興味深いが、本コラムでは、医療行為との関係の侵害論に絞って論じることをご容赦願いたい。なぜ知財高裁が本件特許を有効とし、また医師の施術を特許侵害としたかについて読み解いていこう。


2.本件特許とは
 本件特許について、本件判決は、本件特許の明細書等から、従来のインプラント等の豊胸術では、その安全性に不安が残るとして、施術を受ける女性の血液中の約半分を占める血漿に着目し、それに、成長因子として、塩基性繊維芽細胞増殖因子を組み合わせて施術を受ける女性の乳房の皮下に注入し、血漿に脂質が不十分な場合には、人工脂質を補充することで、極めて効果的に乳房皮下に脂肪組織の蓄積、増大を図り、豊胸効果が得られることを確認し、本件発明に至ったものだとし、具体的には、自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする、豊胸のために使用する皮下組織増加促進用組成物という、物の特許であると説明している。
 もう少し具体的に平易な言葉で説明すると、この特許は、豊胸術を受けたい女性から、血液を採取して、これを遠心分離器にかけて、血漿だけを取り出し、これに反凝固剤を加えてゲル状の自己採血の血漿を作り、それに、トラフェルミンという一般薬の名称の塩基性繊維芽細胞増殖因子を混合して調整し、脂質が不十分な場合には、イントラリピッドの名称の静注の脂肪乳剤を合わせて混合した組成物が本件発明の対象物であり、この組成物は、被施術者の女性の乳房に注射にて投与されるものということになる(本件判決中、トラフェルミン、イントラリピッドは異なる名称でも用いられているが、本コラムではこれに統一させていただく。)


3.被控訴人は本件特許の物を生産したのか?
 原審は、被控訴人が、この血漿、トラフェルミンとイントラリピッドの3つを全部混合したものを一回の注射で被施術者に注射していたことが認定できないとして、そもそも3つの成分が混合された本件特許の物の組成物が生産されていたことが立証されていないとした。この点については、知財高裁では、被控訴人や被控訴人の看護師や、准看護師まで証人尋問をして、証拠調べを行って認定している。その結果、それぞれの成分が分けて被施術者に投与されたとは考えられず、むしろ様々な資料の記載方法や被控訴人の証言が信用できない点等を考慮して、被控訴人が、この3つの成分を混合した本件特許の組成物を生産し、一度にこれを被施術者に投与していたと認定した。


4.本件特許は、産業上の利用可能性がないとの理由で無効か?
 本コラムの中心の1つは、この論点である。被控訴人は、医師が、被施術者から採血して作った血漿を用いて本件特許で組成される組成物を作り、医師が、被施術者に注射によって投与するのであるから、これらの一連の行為は、方法の特許と異なるものではないとの主張を前提に、これらの一連の行為は医療行為に該当し、特許法(以下、「法」という)29条1項柱書※5の産業上の利用可能性がなく、本件特許は無効であると主張した。
 これに対して本件判決は、昭和50年の改正前※6には、「『「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明』を、特許を受けることができない発明としていたが(同改正前の法32条2号)、同改正においてこの規定は削除され、人体に投与することが予定されている医薬の発明であっても特許を受け得ることが明確にされたというべきである。」と述べ、かような物の発明は、人体に投与されるということを以て、また医療行為にかかわるというだけで、産業上の利用可能性がないと考えることはできないとした。
 よくいわれる医療行為に関するものについては、特許権が成立しないというのは、実は、医療行為が方法であって、かような医療行為に関する方法の発明については、医療が特許により、委縮してはならない等の観点から、「産業上の利用可能性がない」とされてきたもので、医薬品や医療機器は、特許の対象となるのであって、医療そのものが、産業ではないということではないのである。医療の方法については、もともと医師が医療行為の中で研究してきたとの観点や、人道上の理由から、特許庁は、医療にかかわる方法、すなわち、手術の方法、治療の方法及び診断の方法については、特許を付与しないという、審査基準を設けてきた。この審査基準を元に、特許権を認めなかった審決の取消訴訟で、原告の訴えを棄却した判決もある(東京高判平成14年4月11日※7、知財高判平成21年1月21日※8)。この東京高裁の判決は、医薬品や医療機器には特許権が認められるのに、医療行為にはこれが認められないのはおかしいとする原告の主張に一定の理解を示しながらも、その発明を、人間を診断する方法に関するものだとして、原告の訴えを退けた。また、知財高裁の判決は、微弱磁気を有する衛生品を化膿部に装着使用して細胞を再生する方法であるとして、やはり、方法の発明だとしたうえで、産業上の利用可能性を否定した。
 本件でも被控訴人は、本件特許は物の特許とされているが、この組成物は、医師が被施術者の自己採血から得た血漿を用いており、その組成物をまた医師が被施術者に投与するのであるから、実体は方法の特許であると主張し、これは、医療行為として「産業上の利用可能性」がないとして、特許の無効を抗弁としたのである。しかし、本件判決は、自己由来の人間から採取したものであっても、医師以外でも組成物は作れること、これを再度被施術者に戻すとしても、この組成物を方法の発明に当たるということはできず、物の発明だとして、産業上の利用可能性がないとは認められないとし、本件特許の有効性を認めた。本件判決は、「再生医療や遺伝子治療等の先端医療技術が飛躍的に進歩しつつある近年の状況も踏まえると、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造するなどの技術の発展には、医師のみならず、製薬産業その他の産業における研究開発が寄与するところが大きく、人の生命・健康の維持、回復に利用され得るものでもあるから、技術の発展を促進するために特許による保護を認める必要性が認められる。」と述べた。上述の2つの判決とは考え方が異なっているようにも見え、本件発明を物の特許として認めることで現代の医療に関する技術進歩への期待を込めたものと考えられる。


5.被控訴人の施術は、調剤行為に該当して特許権侵害とならないか?特許権侵害となるとしても権利濫用にならないか?
 あまりなじみのない条文であるが、法69条3項※9は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。」としている。上述の昭和50年改正により、医療行為には特許権が付与されないとの条文が削除されたことに対応する形で、導入されたもので、被控訴人は、本件特許が物の特許であるとしても、この前段に当てはまり、被控訴人の行為は、特許権侵害とならないと主張していた。
 本件判決は、広辞苑等での病気の定義を引用して、「『生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象』(・・・・・・広辞苑(第7版))、『生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態』(・・・・・・大辞泉(第1版・増補・新装版))」等をいうとして、主として審美的な目的でなされる豊胸は、病気の診断、治療、処置又は予防に該当しないとした。したがって、処方箋による調剤行為に当たるかを考えるまでもないとして、この被控訴人の主張を退けている。
 そして、権利濫用の被控訴人の主張に対しても、主として審美目的で行われる豊胸術を要する状態を病気とはいえず、「少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択について、医療行為の円滑な実施という公益を直ちに認めることができない」として権利濫用の主張も認めなかった。この病気とは何か、病気と審美との関係はどうなのかが2つ目の本コラムのトピックである。


6.病気と審美
 この論点は、いろいろな意味でその適用範囲について、注目されるだろう。まずは、何度も使用されている「主として審美を目的とする豊胸手術」という本件判決の記載の仕方からすると、審美目的でない豊胸術に対しても特許侵害になり得るのではないかとの問題があるように思われる。LGBTQの問題への理解が深まった現在では、物理的な身体の性別と心情的な性が異なるため、自身の物理的な性を変えるべく、豊胸術を行う場合もやはり特許侵害になる可能性を含んでいるからである。このような場合の手術は、本件判決のいう病気の治療行為に当たると考えられる可能性が高い。本件特許の組成物がそのような患者にも適用できるのかはわからないが、審美目的でも治療目的でも対応できるような豊胸のための組成物であった場合は、どう判断されるのであろうか?豊胸術が主に審美目的で行われるというだけで、治療目的のための組成物についても特許侵害とされるのであろうか?
 加えて、本件判決は、物理的にも心情的にも女性である被施術者が本件特許の組成物の注入の施術を受ける場合について、審美目的というが、被控訴人が、身体的コンプレックスで精神を病む場合もあるので、豊胸も医療行為といえると主張しているように、麻酔までして、胸に注射針を刺されるという被施術者の心理状態は、単にきれいになりたいという思いだけではないようにも思われる。病気とまではいえないかもしれないが、心身の健康を得るために被施術者にとっては必要な施術であるようにも思われるのである。
 もう1つは、審美的な他の施術、例えば、しわを取るとか、シミを取るといった医師の施術に何らかの物を利用する場合、かような物の使用に関してもすべて法69条3項の適用外となるのであろうかという点である。これらは、豊胸よりさらに、単なる審美目的の場合が多いであろう。審美目的であればすべてが、同項の適用外だとするとその影響は広範に及ぶことになり得る。


7.最後に
 判決は個々の事件に対してのみ既判力を有するのであるから、本件判決を以て、豊胸術や審美医療にかかわる物の発明のすべてが、特許の対象となり、またこれらにかかわる物を生産すれば、特許侵害になるというのは、いい過ぎであろう。しかし、本件判決が、現在の再生医療等の進歩等について言及し、本件で特許侵害を認めたことは、上述の2つの判決や審美医療にかかわるかどうかを離れ、医療行為全般を特許権の対象としていくよう促しているようにも見えなくもない。それにより、さらに医療行為自体の進歩が望めるとの考えがあるようにも思える。医療産業が繁栄することは、人の命や健康の維持にも役立つことでよいことであろう。一方新たな医療行為が物の特許であれ、方法の特許であれ特許化されて、権利侵害にもなり得るまでに範囲が広がると、医療費の高額化をも招きかねない。ただ、本件判決が大合議判決であることに鑑みると、その射程はそれなりに広いものとなるのではないだろうか?


(掲載日 2025年7月29日)