判例コラム

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第369号 特許法70条2項による明細書の利用  

―トイレットロール事件知財高裁判決について―
~知財高裁令和7年10月8日判決※1


文献番号 2026WLJCC007
弁護士法人苗村法律事務所※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子


Ⅰ はじめに
 本件の原審※3については、令和6年のこのコラム欄でご紹介させていただいた※4。控訴審でも、裁判所は控訴人(原告)の主張を理由がないとして控訴を棄却している。今回のコラムも、前回同様トイレットロールに関する特許についてのコメントだけに限定させていただくことをお許しいただきたい。


Ⅱ 本件の争点、数値の測定方法
 本件控訴審では、控訴人が補充の主張を行い、それに対して裁判所が判断を行っている。この補充主張でも問題として提起されたのは、原審の最大の争点であった、トイレットペーパーに付されたエンボス(凹凸)の深さについての明細書に記載された測定方法であった。
 本件の原審について述べたコラムで引用した、原被告が反対のティシュペーパー事件※5判決では、数値限定特許の測定方法が、特許の請求項、明細書に記載されておらず、また、JIS規格にもその測定方法に関する一定の事項が記載されていなかったことから、複数の測定方法が考えられる場合には、そのすべての測定方法によって、請求項の数値の要件を満たす必要があるとされたことを前コラムで述べた。一点訂正させていただきたいが、同事件の特許の明細書には、JIS規格に準じた方法が、記載されていた。同判決の争点は、ティシュペーパーの静摩擦係数の測定方法に関するものであったが、判決は、明細書に引用されていたJIS規格やこれに準じた明細書の測定方法中、定められていない様々な点について、どうするのかについて言及し、「本件第2明細書及びJIS規格のいずれにも記載されていない事項は、構成要件yの静摩擦係数の測定方法において規定されていないというべきであり、そのような事項については、技術常識を参酌し、異なる測定方法が複数あり得る場合には、いずれの方法を採用した場合であっても構成要件yの数値範囲内にあるときでなければ、構成要件yを充足するとはいえない。」とした。
 本件特許は、この事件とは異なり、明細書に、争点であるトイレットロールのエンボスの測定方法が一義的に明確に述べられていたと判決は指摘していると思われる。控訴人は、本件明細書には、「『エンボス深さDは、形状測定レーザマイクロスコープを用いてエンボスの高低差を測定して求める。』・・・・・・としか記載がなく、・・・・・・したがって、『エンボス深さ』を測定するにあたっては、『(形状測定レーザ)マイクロスコープ』を用いてエンボスの高低差を測定すれば足り、それを超えて、原判決がいうような特定の方法によらなければならない理由はない。」と主張した。明細書部分には、「X-Y平面上の高さプロファイルからエンボスの最長部aを見分け、この最長部aを横切る線分ABを引くことで、エンボス高さプロファイル(断面曲線)を得ることができ、当該断面曲線からP1、P2を認定することでエンボス深さを測定し、さらに最長部aに垂直な方向での最長部bについても同様にエンボス深さを算出し、大きい方の値を採用するという測定方法が記載されている。」と述べるものの、明細書部分の「冒頭に『まず、図4に示すように、』との文言があることからも明らかなように、上記測定方法は、あくまで、エンボスの典型例として、図4に示されるような円又は楕円形状のエンボスにおけるエンボス深さを測定する場合を想定した例示的な記述であり、他の形状のエンボスについてまで、断面曲線からP1、P2を認定する方法によりエンボス深さを測定しなければならないとするものではない。」として、明細書に示す測定方法は、エンボスが円又は楕円の場合にのみ妥当するが、エンボスの形が、正方形やそれに似た形の場合は、「必ずしも最長部上に最も深い地点が存在するわけではないから、最長部において断面曲線を取得し、当該断面曲線上で深さを測定する合理性はない」として、明細書の測定方法は、円又は楕円以外のエンボス形状の場合にまで、妥当するものではないと主張した。そして、エンボス深さは、課題である、「シートの柔らかさを向上させ、風合い(使用感)に優れるシートにするために規定される特性である。」から、「消費者が体感する実際の数値を基に算出されなければ技術的に意味がない」として、「エンボス深さ」の測定には、エンボスの最深部と最高部を特定した上で、その差分をエンボス深さとするべきであるとし、原判決が測定方法を限定したことは許されないと主張した。
 そして、マイクロスコープを用いて、新たに被控訴人製品のエンボス深さを測定し、エンボス深さは、本件特許の構成要件の範囲内にあるとの主張を行った。


Ⅲ 裁判所の判断
 それに対して裁判所は、「エンボス深さ」については、本件特許の請求の範囲の記載には、その定義に関する記載はなく、トイレットペーパーの表面の微細な凹凸を含むのか否かなど、「エンボス深さ」がどの部分の寸法を意味するのか、特許請求の範囲の記載からは一義的に明らかであるとはいえないとし、「したがって、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載にある『エンボス深さ』の用語の意義は、明細書の記載を考慮して解釈すべきである(特許法70条2項)」とした。
 そのうえで、明細書を引用して、測定方法は、明細書に記載されているとして、エンボス深さの用語の意義は、本件明細書に記載された測定方法によって測定される数値と解すべきとした。
 そして、被控訴人製品は、ダブルエンボスのトイレットロールであり、表面と裏面にそれぞれ付されたエンボスが規則性をもって互い違いに重なるとは限らないから、エンボスの凹凸の位置がずれることにより干渉し、その形状が明瞭でないエンボスが生じ得るとして、明細書がいう「エンボスの周縁frの最長部aを求める」、「変曲点P1、P2のX-Y平面上の距離(長さ)を最長部aの長さと規定する」との記載に照らすと被控訴人製品はエンボスの位置や、エンボスの周縁をトイレットペーパーの平面上の位置に基づいて特定できないから、「実際の輪郭曲線の凹凸の状況を見た上で、隣り合った上に凸となる2つの曲率極大点をエンボスの周縁と認定し、その間の低いところをエンボスと認定」することになるとして、その中にさらに凸部があれば、これを挟んでP1、P2とすることになるが、これでは、明細書に記載されたとおりにP1、P2点を認定したことにはならないとした。そして、再確認するように「明細書・・・・・・に『エンボス深さ』の測定方法が記載されているのであるから、測定方法は、それによるべきである」とし、明細書の記載や発明の解決課題等から導かれるエンボス深さの技術的意義を根拠として、本件発明のエンボス深さの測定法について、本件明細書に記載された方法と異なる方法を用いるべきと解することはできないとした。


Ⅳ 本件判決が測定方法を明細書に記載された方法に限定した趣旨
 本件判決は、本件特許の技術的範囲にエンボス深さについての記述がないため、特許法70条2項により、明細書に記載された測定方法がいわば、唯一の測定方法であると認定し、控訴人が、控訴審で新たに提出した測定方法に基づく、エンボス深さは、明細書のエンボス深さとは異なるものを測定しているとして、この方法によっては、被控訴人製品のエンボス深さを測定したことにはならないとした。上述のとおり、本件判決は、被控訴人製品がダブルエンボスであることから干渉が生じるため、実際の輪郭曲線の凹凸の状況を見た上で、上に凸となる2つの曲線極大点をエンボスの周縁と認定し、その間の低いところをエンボスと認定することになること等を認定しており、「凹凸の状況を見た上で」などとしている点では、判決自ら、明細書の測定方法を解釈しているように思え、これでもって明細書の測定方法が、一義的に定まっているといえるのかは、疑問にも思える。なぜ本件判決は、このような判断をしたのであろうか?


Ⅴ 数値限定特許と特許法70条2項
 特許法70条2項は、1項の特許請求の範囲に、用語等の詳細が記載されていない場合、明細書の記載や図面を考慮して、用語の意義を解釈するものとするとしているが、その文言からは、明細書に「例えば」として、測定方法が記載されていたとしても、その測定方法によらなければならないとしているわけではない。上述のティシュペーパー事件その他、明細書の測定方法が多義的であるとされ※6、一義的に特定されているとした判決は、数値限定特許に関する様々な論文でも紹介されておらず、むしろその数値の測定方法が多義的に解釈される場合に、どのような測定方法を用いるのかについて紹介されている。本件判決は、「例えば」の部分には関心を払わず、明細書に一義的に測定可能な測定方法が記載されているとして、これによる測定以外の測定方法を認めなかった。特許法70条2項は、明細書を「考慮」してもよいとするだけであるにも関わらず、明細書に記載された測定方法が一義的である場合には、明細書の記載を「考慮」するだけでなく、この測定方法による「べき」というのは、本件で打ち出された規範といってもよいかもしれない※7
 これまでの判例や論文で議論されてきていた、多義的に測定方法が記載されている、又は明細書に記載されている測定方法だけでは、測定が可能でない場合には、「『従来より知られた方法』により測定すべき場合において、従来より知られた方法が複数あって、通常いずれの方法を用いるかが当業者に明らかとはいえず、しかも測定方法によって数値に有意の差が生じるときには、数値限定の意味がなくなる結果となりかねず、このような明細書の記載は、十分なものとはいえない。このような場合に、対象製品の構成要件充足性との関係では、通常いずれの方法を用いるかが当業者に明らかとはいえないにもかかわらず、特許権者において特定の測定方法によるべきことを明細書中に明らかにしなかった以上、従来より知られたいずれの方法によって測定しても、特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り、特許権侵害にはならないというべきである」と判断されてしまう※8。これは数値限定特許の測定方法が多義的である場合のリーディングケースといわれるマルチトール含蜜結晶事件の判示である。測定方法が多義的であるにも関わらず、また明細書に記載がないにも関わらず、特許権者の測定方法だけでよいとすると当業者に不測の事態を生じさせることになるからだとされている。


Ⅵ 本件で明細書の測定方法が一義的であるとされたことから導かれること
 Ⅳで述べたように、本件判決が、明細書が測定方法について、一義的に記載されているとしたのは、控訴人の意図とは別に、明細書自体は、解釈に当たって権利範囲を確定できていたものとして、特許の有効性については認めたことになるのかと思われる。控訴人は、明細書と異なる測定方法を控訴審では主張したが、そうであれば、上述のマルチトール含蜜結晶事件やティシュペーパー事件のように、いずれの方法によっても、権利範囲に入る数値が出せていなければ、やはり、非侵害とされたと考えられる。特許権者が、明細書に測定方法を記載しながら、他の測定方法によるべきとするのは、明細書の測定方法が多義的である場合と同様、特許権者の恣意的な測定方法の選定を許すことになるからである。
 控訴審での補充主張の方法では、裁判所の判断を覆すことは難しかったといわざるを得ない。原審のコラムで述べた、明細書の記載にある測定方法自体は認めて、均等侵害論を展開することができなかったとすれば、本件判決の結論は妥当といわざるを得ないと考える。



(掲載日 2026年3月24日)

Westlaw Japan製品の関連文献・法令リンクについてはページ上部からダウンロードいただけるPDF内でご確認いただけます。

  • WestlawJapan文献番号2025WLJPCA10089004。
  • https://www.namura-law.jp/
  • 東京地判令和6年8月21日WestlawJapan文献番号2024WLJPCA08219001。
  • 拙稿「数値限定特許の明細書の測定方法の記載の仕方?―トイレットロール事件―~東京地裁令和6年8月21日判決~」WLJ判例コラム第331号(文献番号2024WLJCC025)(2024年)。
  • 知財高判平成28年9月28日WestlawJapan文献番号2016WLJPCA09289001「ティシュペーパー事件」。
  • 例えば山口健司「裁判例から読み解く、数値限定クレームに対して複数の測定方法があり得る場合の帰趨」知財管理64巻7号(2014年)986頁。
  • 知財高判令和5年11月30日特許ニュース16082号1頁WestlawJapan文献番号2023WLJPCA11309006は、輝度分布の標準偏差の測定条件が一義的に定まると判断し、異議取消決定をした事件で、特許成立を認めている。
  • 東京地判平成15年6月17日判タ1148号271頁WestlawJapan文献番号2003WLJPCA06170002「マルチトール含蜜結晶事件」。




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