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文献番号 2026WLJCC001
青山学院大学 教授
山下 典孝
1.はじめに
本件は、人身傷害条項付の任意自動車保険(以下「人身傷害保険」という。)の被保険者が死亡した場合における人身傷害保険金を被保険者の相続人が承継取得すべきとした点と、被保険者の父母、配偶者、子固有の損害を填補する部分の保険金請求権との関係について最高裁が初めて判断を下したものである。被保険者の相続人が承継取得すべきとした点は、後述する通り、保険法施行後の人身傷害保険における下級審裁判例が既に同様な立場を示しており、学説での多数説でもあるが、最高裁がこれを明言した点に意義がある。他方、被保険者の近親者固有の精神的損害との関係については、これまでの下級審裁判例や学説でも詳細な検討がなされておらず、実務上だけでなく理論的にも今後詳細な検討が必要となるものと考えられる。
2.事実の概要
本件は、Aが車両を運転中に自損事故を起こして死亡したところ、Aは配偶者と離婚しており、その第一順位の相続人はAの子であるB、C、及びDの3名(以下この3名を合わせて「Aの子ら」という。)であったが、相続放棄したことから、Aの相続人となったAの母Eが、当該車両に係る自動車保険契約の保険者であるY損害保険株式会社(被告、控訴人、上告人、以下「Y社」という。)に対し、当該保険契約に適用される普通保険約款中の人身傷害条項(以下「本件人身傷害条項」という。)に基づくAの人身傷害保険金の請求権を相続により取得したと主張し、人身傷害保険金の支払を求めて提起した訴訟である(Eが第1審係属中に死亡し、X1及びX2の2名(被上告人、被控訴人、原告、以下2名を「Xら」という。)が相続により本件訴訟を承継した。)。
これに対し、Y社は、本件人身傷害条項の定めによれば、上記請求権は、Aの相続財産に属するものではなく、Aからの相続について相続放棄をしたAの子らが原始的に取得している旨、仮にXらが上記請求権を取得しているとしても、本件人身傷害条項において精神的損害の額として定められている金額の一部は、Aの子らが保険金として取得すべきものであるから、当該金額の全額をXらが取得することを前提として上記人身傷害保険金の額を算定することはできない旨主張し争った。
Aが代表取締役の地位にあった有限会社甲はY社との間で、平成31年2月6日頃、除雪構内専用車を被保険車両として、以下の本件人身傷害条項付の任意自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。本件人身傷害条項には、次の内容の定めが置かれていた。
①Y社は、急激かつ偶然な外来の事故(被保険車両の運行に起因する事故等に限る。)により被保険者が身体に傷害を被ること(以下「人身傷害事故」という。)によって、被保険者又はその父母、配偶者若しくは子が被る損害に対して、保険金請求権者に人身傷害保険金を支払う。
②被保険者は、被保険車両の正規の乗車装置若しくはその装置のある室内に搭乗中の者、被保険車両の保有者又は被保険車両の運転者をいう。
③保険金請求権者は、人身傷害事故によって損害を被った次のいずれかに該当する者とする。
(ア)被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。
(イ)被保険者の父母、配偶者又は子
以下、上記(ア)に該当する者を保険金請求権者とする定めを「本件条項1」と、上記(イ)に該当する者を保険金請求権者とする定めを「本件条項2」といい、本件条項1によって保険金請求権者が定まる人身傷害保険金のうち、被保険者が人身傷害事故により死亡した場合に生ずるものを「死亡保険金」という。
第1審(東京地判令和5年2月27日※2)は、Aが本件事故によって生じた保険金請求権を取得し、その相続人であるXらがこれを相続により承継取得したと認められること、人身傷害条項及び人身傷害条項損害額基準によれば、Y社が人身傷害保険金を支払うべき損害の額は、人身傷害事故によって被保険者に傷害を被った直接の結果として死亡したことによる損害が発生した場合に、人身傷害条項損害額基準により算定された金額の合計額とされ、精神的損害の額は、被保険者が一家の支柱でない場合で65歳以上のときは、1500万円とするとされており、保険金請求権者以外の遺族の有無に応じて、精神的損害に係る死亡保険金について、その請求額を制限した定めは見当たらないのであるから、Xらが、Y社に対し、Aの精神的損害に係る死亡保険金を全額請求できないとするY社の主張は採用できない、とした。
控訴審(東京高判令和5年10月3日※3)においても、第1審判決の内容が維持された。
そこで、Y社が、①本件条項1が、保険金請求権者について、あえて「被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする」と定めていること等からすると、死亡保険金の請求権は、被保険者の第1順位の法定相続人であるAの子らに原始的に帰属し、被保険者の相続財産に属しないと解されるにもかかわらず、当該請求権が被保険者の相続財産に属するとした原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあること、②本件条項2の被保険者の近親者が存在する場合、死亡保険金の額について、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として算定することはできないにもかかわらず、これができるとした原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあること等を理由に上告したのが本件訴訟である。
3.最高裁の判断
「本件人身傷害条項によれば、人身傷害保険金は人身傷害事故により生ずる損害に対して支払われるものとされ、本件条項1の柱書きは、保険金請求権者を『人身傷害事故により損害を被った』者とする旨を定めている。また、本件人身傷害条項では、人身傷害保険金を支払うべき損害の額について、損害項目に応じて、これを実費、あるいは、損害の程度等を踏まえた特定の方法により算定される額としており、人身傷害保険金の額は、人身傷害事故により生ずる具体的な損害額に即して定まるものとされている。そして、損害を填補する性質の金員の支払等がされた場合は、当該金員の額を控除するなどして人身傷害保険金を支払うものとされている。これらの点からすれば、本件人身傷害条項において、人身傷害保険金は、人身傷害事故により損害を被った者に対し、その損害を填補することを目的として支払われるものとされているとみることができる。
そして、本件人身傷害条項では、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合においても、精神的損害につき被保険者『本人』等が受けた精神的苦痛による損害とする旨の文言があり、逸失利益につき被保険者自身に生ずるものであることを前提とした算定方法が定められていることからすれば、死亡保険金により填補されるべき損害が、被保険者自身に生ずるものであることが前提にされているといえる。
以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。
したがって、死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である。」
「本件条項2は、保険金請求権者として、人身傷害事故により損害を被った被保険者の近親者を掲げており、本件損害額基準は、被保険者が死亡した場合の被保険者の近親者の精神的損害について定めているから、被保険者の死亡によって固有の精神的損害を受けた近親者は、本件条項2に基づき、これを填補するための人身傷害保険金の請求権を取得するものと解される。そして、人身傷害保険金を支払うべき損害の額は、本件損害額基準により算定された金額の合計額であるとされているところ、本件損害額基準では、被保険者の死亡により『本人のほか、父母、配偶者、子等の遺族が受けた』精神的損害の額として、被保険者の属性に応じた区分ごとに単一の金額である本件精神的損害額が定められている。そうすると、本件精神的損害額は、被保険者自身及びその近親者の精神的損害の填補として支払われるべき人身傷害保険金の総額を定めたものと解するのが相当である。
その上で死亡保険金の額についてみると、本件人身傷害条項によれば、被保険者の近親者が存在しない場合には、人身傷害事故により死亡した被保険者の精神的損害の額が、本件精神的損害額の全額であることを前提として、死亡保険金の額を算定すべきこととなる。そして、本件条項2により保険金請求権者となる近親者が存在することによって、被保険者が受けた精神的苦痛等が減少するものとはいえず、本件人身傷害条項においても、当該近親者が存在する場合に当該近親者の保険金の額と死亡保険金の額とを調整する旨の定め等は存在しない。加えて、被保険者の近親者が固有の精神的損害について保険金を請求する意思がない場合において、死亡保険金の額が減額されるとすれば、本件精神的損害額の全額に満たない額しか支払われないことになってしまい、本件損害額基準が被保険者の属性ごとに単一の金額である本件精神的損害額を定めていることとそぐわないものといわざるを得ない。これらの点に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件人身傷害条項は、被保険者が人身傷害事故により死亡した場合には、被保険者の近親者が存在するときであっても、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として、死亡保険金の額を算定するものとしていると解すべきである。そして、そのように解したとしても、本件人身傷害条項は、死亡保険金の請求権と、本件条項2に基づく被保険者の近親者の保険金の請求権について、上告人が、後者の請求権の金額の範囲内で、全ての保険金請求権者のために各保険金請求権者に対して履行をすることができる旨定めていると解することができるから、上告人において二重払の負担を負うものではないというべきである。
以上によれば、死亡保険金の額は、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として算定されるべきであって、被保険者の死亡により精神的損害を受けた被保険者の近親者が存在することは死亡保険金の額に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。」
4.検討
(1)人身傷害保険の法的性質
本判決は、人身傷害保険の法的性質に関しては何ら明言をしていない。第1審では、人身傷害事故によって被保険者が傷害を被ったことの直接の結果として死亡したことによる損害が発生した場合に、保険者が死亡保険金として支払うべき損害の額は、人身傷害条項損害額基準により算定された葬儀費、逸失利益、精神的損害及びその他の損害の合計額とされており、一定の上限の範囲内で、人身傷害条項損害額基準に従って算定される損害額に応じて定まるものとされていることから、人身傷害保険のうち上記の死亡保険金に関する部分については、損害保険契約の一類型である傷害疾病損害保険契約(保険法2条7号)に当たる、と判示する。その控訴審判決も原審判旨を引用していることから同様な立場と考える。保険法施行後に締結された人傷保険での被保険者死亡による保険金の帰属が争点とされた福岡高判令和2年5月28日※4も同様な立場を明言する。学説等においても同様な立場が多数説である※5。
他方、保険法の上記3部類には属しない非典型契約(「中間型」傷害保険契約)と解する見解※6、傷害疾病定額保険契約(保険法2条9号)と解する見解※7、被保険者が死亡した場合には被保険者の相続人の扶養損害を填補するもとのと解し※8、通常の損害保険契約(同条6号)と解する見解※9も主張されている。
次に、本件条項2の近親者の精神的損害の填補として支払われる人身傷害保険金に関しては、学説上は、通常の損害保険契約(保険法2条6号)と解する見解※10が示されている。
(2)被保険者死亡における被保険者固有の損害を填補する保険金の帰属
本判決は、①本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきであり、②本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきであるとして、「死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である」と判示した。
人身傷害条項に基づけば、①人身傷害保険金は人身傷害事故により生ずる損害に対して支払われるものとされていること、②本件条項1の柱書きは、保険金請求権者を「人身傷害事故により損害を被った」者とする旨を定めていること、③人身傷害保険金を支払うべき損害の額について、損害項目に応じて、これを実費、あるいは、損害の程度等を踏まえた特定の方法により算定される額としており、人身傷害保険金の額は、人身傷害事故により生ずる具体的な損害額に即して定まるものとされていること、④損害を填補する性質の金員の支払等がされた場合は、当該金員の額を控除するなどして人身傷害保険金を支払うものとされていることを踏まえれば、人身傷害保険金は、人身傷害事故により損害を被った者に対し、その損害を填補することを目的として支払われるものとされているとみることができる点が、理由としてあげられている。そして、人身傷害条項に基づけば、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合においても、精神的損害につき被保険者「本人」等が受けた精神的苦痛による損害とする旨の文言があり、逸失利益につき被保険者自身に生ずるものであることを前提とした算定方法が定められていることからすれば、死亡保険金により填補されるべき損害が、被保険者自身に生ずるものであることが前提にされているといえることが理由としてあげられている。
学説の多数説も本判決と同様に、死亡した被保険者の法定相続人が承継取得すると解する承継取得説※11の立場を採る。他方で、被保険者の相続人が自己固有の権利として承継取得すべきと解する固有権説※12(原始取得説)の立場も唱えられており、保険者の多くは固有権説(原始取得説)の立場で実務を運営していた。
本判決が示した理由はこれまで承継取得説がその根拠として主張してきた理由を示しているものである※13。本判決が理由とする点は約款文言からいっても素直な解釈であり、一般的な保険契約者が当該約款文言に対する通常の理解にもかなうものと考えられる※14。
(3)本件条項1ただし書の意味
本判決は、「本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである」とする。
承継取得説では、本件条項1のただし書は、保険法35条の読替規定と同じ趣旨と解しており、その旨を注意的確認的に定めたものと解する。他方、人傷保険を非典型契約又は傷害疾病定額保険契約と解する見解によれば、被保険者の相続人が死亡保険金受取人となる旨を定めた規定と解することを意図したものと解される※15。被保険者固有の損害部分を填補する人傷保険金は被保険者の相続人が承継取得するという本判決の立場を採る以上は、本件条項1のただし書は保険法35条の読替規定と同趣旨に解することになるものと考える。
(4)近親者の精神的損害
民法711条は近親者の慰謝料請求を認め、その範囲を被害者の父母、配偶者及び子と定める。本判決は、本件条項2は被保険者が死亡した場合の被保険者の近親者の精神的損害について定めるものと解する。学説上も同様な立場を採る見解※16が多数である。
本件では、自損事故のため、民法711条の適用はなく、Aの慰謝料請求権のみが問題となるものと考えられる。不法行為による慰謝料請求権は、被害者が生前に請求の意思を表明しなくても、相続の対象となると解されており※17、自損事故の場合においても同様な取扱いがなされることになる。
本件約款もそうであるが、約款所定の人身傷害条項損害額基準では、被保険者自身と、被保険者の近親者の精神的損害を区別することなく、一定額の定めが置かれている。
本判決は「人身傷害保険金を支払うべき損害の額は、本件損害額基準により算定された金額の合計額であるとされているところ、本件損害額基準では、被保険者の死亡により『本人のほか、父母、配偶者、子等の遺族が受けた』精神的損害の額として、被保険者の属性に応じた区分ごとに単一の金額である本件精神的損害額が定められている。そうすると、本件精神的損害額は、被保険者自身及びその近親者の精神的損害の填補として支払われるべき人身傷害保険金の総額を定めたものと解するのが相当である。」と判示する。この点は、既に、名古屋地判平成27年9月29日※18でも「この金額は、被保険者本人の死亡慰謝料並びに父母であるEら及び子である原告らの各固有の近親者慰謝料の合計額である」と判示するものがある。学説においても総額を前提として、相続放棄に関係なく、被保険者の父母、配偶者又は子固有の損害を填補するために保険金請求できる点を明確にするよう約款改定が必要とする見解※19も示されていた。
次に本判決は、「その上で死亡保険金の額についてみると、本件人身傷害条項によれば、被保険者の近親者が存在しない場合には、人身傷害事故により死亡した被保険者の精神的損害の額が、本件精神的損害額の全額であることを前提として、死亡保険金の額を算定すべきこととなる。」とする。その理由として、①本件条項2により保険金請求権者となる近親者が存在することによって、被保険者が受けた精神的苦痛等が減少するものとはいえず、本件人身傷害条項においても、当該近親者が存在する場合に当該近親者の保険金の額と死亡保険金の額とを調整する旨の定め等は存在しないこと、②被保険者の近親者が固有の精神的損害について保険金を請求する意思がない場合において、死亡保険金の額が減額されるとすれば、本件精神的損害額の全額に満たない額しか支払われないことになってしまい、本件損害額基準が被保険者の属性ごとに単一の金額である本件精神的損害額を定めていることとそぐわないこと、③保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件人身傷害条項は、被保険者が人身傷害事故により死亡した場合には、被保険者の近親者が存在するときであっても、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として、死亡保険金の額を算定するものとしていることがあげられている。
約款上精神的損害の額に関して上限を定めた文言や増減を行う旨の文言はなく、個別の算定基準の定めもないことから、被保険者の近親者固有の精神的損害が認められない場合には、死亡した被保険者の精神的損害の額が全額と解釈するしかなく、被保険者の近親者固有の精神的損害が認められる場合には、被保険者及びその近親者の精神的損害の合計額が全額を意味することになると解釈せざるを得ないことになる。したがって、本件判旨は妥当なものと考える。
(5)保険金請求権者からの個別の請求がなされた場合の取扱い
Y社の約款上は、保険金の請求に関し「人身傷害保険金の請求は、被保険者ごとに、保険金請求権者全員から委任を受けた代表者を経由して行うものとします」とする条項が置かれていた※20。
本判決は、「本件人身傷害条項は、死亡保険金の請求権と、本件条項2に基づく被保険者の近親者の保険金の請求権について、上告人が、後者の請求権の金額の範囲内で、全ての保険金請求権者のために各保険金請求権者に対して履行をすることができる旨定めていると解することができる」とする。
学説において、複数の保険金請求権者らによる個別の保険金請求を許すと、損害額の確定が遅れ、保険金の支払が遅延するなどの不都合が想定されることから、複数の保険金請求権者がいる場合、保険金請求は代表者を経由して行うことが求められていると説明されている※21。
他方、本判決とは異なり固有権説を前提として、被保険者の近親者が複数いた事案である前掲・名古屋地判平成27年9月29日は、「この金額は、被保険者本人の死亡慰謝料並びに父母であるEら及び子である原告らの各固有の近親者慰謝料の合計額であるところ、これをどのように分配すべきかについて、人傷基準は何ら触れるところがない。しかし、これは本件約款が人身傷害保険金の個別請求を想定した規定を欠いているにすぎないからであって、現実に個別請求があったときには、裁判所がその裁量により分配を決定すべきものと解するのが相当である。」とする。学説においても、代表者を定めることができない場合において、個々に自己の保険金請求部分について権利を証明した保険金請求権者に対しては、保険者は保険金の支払を拒絶できないと解されている※22。
本判決と異なり、第三加害者がいる事案で、被保険者の相続人全員が相続放棄をし、相続財産管理人から人身傷害保険金の請求がなされ、他方で、本判決を受けて死亡した被保険者の近親者が自己の精神的損害に関する人身傷害保険金の請求をした場合には、当該条項を根拠に個別請求を拒否できないのではないかと考える。そのことから、この点の本判決の判示部分には疑問がある。
(6)今後の実務上の対応
固有権説(原始取得説)を採る実務においても被保険者死亡における人身傷害保険金の請求の場合には、戸籍等を取り付け、相続権者を確認した上で支払手続を行っているようである。そのため保険金請求手続において実務上大きな影響は特殊な事案を除き大きくないともいえそうである。
他方、現行の約款では被保険者の精神的損害の額と被保険者の近親者の精神的損害の額とを個別に積算する内容となっていないことから、前述の個別請求がなされた場合の対応ができないことになる。そのため約款改定を行い個別の精神的損害の額の算定基準を定める必要がある。また、個別請求がなされた場合、保険金額の範囲を超える損害が発生した際での調整条項を設ける必要性もある。その他、人身傷害条項の中には、傷害疾病定額保険契約(保険法2条9号)である自損事故条項をそのまま踏襲した条項があることから、法的性質の相違を踏まえた上での改正が必要な条項も存在する※23。また、現行の約款では損害賠償請求先行事案と人身傷害保険金請求先行事案で被保険者が填補を受ける総損害額に相違が生じないよう、人身傷害条項損害額基準から裁判基準損害額への読替条項が設けられている。損害賠償請求訴訟が提起され裁判上の和解に至った場合、被保険者の近親者固有の慰謝料が明記されないときには、保険者の代位の範囲の処理や個別請求での処理において困難な問題が生じることがあるので注意が必要となると考える。
加えて、本判決が人傷一括払や自賠責回収の実務にどのような影響を及ぼすかに関しても検討が今後必要となるものと考えている※24。
(掲載日 2026年1月13日)