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文献番号 2025WLJCC027
桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士※2
松尾 剛行
Ⅰ はじめに
棋譜の利用が不法行為とならないか、という問題は、近時注目を集めており、例えば、棋譜をリアルタイムで利用した動画に対する削除申告を適法とする棋譜動画削除申告適法判決※3や、逆に、リアルタイムではない形で棋譜を利用した動画に対する削除申告を違法(不正競争防止法(以下「不競法」という。)違反)とした棋譜動画削除申告違法判決※4がある。また、棋譜ではないが、同様に著作物ではないものの利用と不法行為についてバンドスコア事件判決も注目されている※5。
このような中で非常に重要な判断を下したのが本判決である。すなわち、棋譜の無断利用を違法としただけではなく、無断利用者に対して損害賠償の支払いを命じたのである。
Ⅱ 事案の概要と判決要旨
1.事案の概要
本件では、竜王戦主催者である読売新聞社(以下「原告1」という。)と、日本将棋連盟(以下「原告2」といい、原告1と合わせて「原告ら」と総称する。)が、竜王戦の棋譜を利用した動画を公開したYouTuber(以下「被告」という。)に対し、営業上の利益を侵害する不法行為を理由に約1700万円の損害賠償を求めた。
2.判決要旨
原告1の請求一部認容、原告2の請求棄却。
結論として、裁判所は主催者である原告1の請求のみを一部(841万5000円)認め、原告2の請求を棄却した。
裁判所は、北朝鮮映画事件※6を引いた上で、「他人が取得した情報を許可なく無断で当該他人の営業と競合関係にある自己の営業に利用した場合に、そのことをもって直ちに不法行為を構成すると評価するのは相当でなく、当該他人の営業上の利益を保護する必要性、当該利用行為により被利用者が受ける不利益の内容及び程度、利用行為の目的・態様等に鑑みて、当該利用行為が許される自由競争の範囲を逸脱するといえる場合に限り、当該利用行為は当該他人の営業上の利益を侵害するものであり、・・・・・・「特段の事情」があるものとして、不法行為を構成すると解するのが相当である。」という規範を立てた。
その上で、本件における原告らの営業活動において投下された費用が多額で、労力も多大であること、原被告間には、竜王戦の棋譜を知りたい顧客を奪い合う競合関係があること、被告の配信により原告らは営業活動による収益が減少するという不利益を被ること、利用行為・態様については、まさに情報鮮度として最も価値が高い対局当日に棋譜の全てを利用していること等を指摘した。なお、被告は、原告らがガイドラインに基づき利用許諾料を徴収することは「カツアゲ」「悪徳商法」だと公言しており、このような事情も被告の行為を悪質と評価すべき事情の1つとなるとした。
これらを踏まえ、裁判所は、被告の配信は、原告らが多大な費用と労力を投下して行った竜王戦に係る営業活動と競合し、原告らへの営業活動に重大な悪影響を与える行為であり、利用行為の態様も、原告らが多大な労力及び費用を投下した結果にフリーライドしたものである上、竜王戦の当日に全ての棋譜を利用するという棋譜の利用価値を大きく減殺させる極めて悪質なものであること等を併せて考慮すれば、被告の配信は許される自由競争の範囲を逸脱した行為というべきとした。
なお、損害については、主催者たる原告1については少なくともガイドラインに定める棋譜利用許諾料相当額である1本5万円の損害が生じたところ、動画の本数は153本だとして、765万円の損害が発生したとし、その1割の弁護士費用も併せて損害と認めた。これに対し、原告2については、確かに棋譜情報配信アプリの新規有料会員数は減少しているが、それが被告の配信によるものかはさだかではなく、また、原告2は、原告1との契約金によって竜王戦に関する収益を得ているところ、棋譜の無断利用行為で契約金が現に減少したとはいえず、実際の損害は発生していないとしてその請求を棄却した。
Ⅲ 評釈
1.はじめに
本判決については、従来の裁判例における、侵害の対象が著作権法で保護されない場合においてどの範囲で不法行為が成立するかに関する枠組みとの関係が問題となることから、2.で既に述べてきた従来の裁判例の枠組みを確認した上で、3.で本判決と比較する。なお、損害には触れない。
2.従来の裁判例の枠組み
北朝鮮映画事件において、最高裁は、著作権法6条※7各号「所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」と判示し、また、営業上の利益侵害についても検討した上で、「本件放送が、自由競争の範囲を逸脱し、1審原告X1(筆者注:権利者)の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって、1審原告X1(筆者注:権利者)の・・・・・・利益を違法に侵害するとみる余地はない」として、当該事案における不法行為該当性を否定した。つまり、著作権侵害にならないことを前提とすれば、当該行為が不法行為となるためには、著作権「法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情」が必要である。
すでにバンドスコア事件の本コラムにおいて、筆者は、営業の自由が保障され市場競争は原則として自由であることを前提に、その範囲を超え、特段の事情になるためには、単に多大な時間をかけたことへのフリーライドだけでは足りず、抽象的な主張でも足りず、顧客が競合するだけでも足りないため、「プラスアルファ」が必要であるところ、虚偽の比較広告(札幌地判令和6年2月27日※8)、虚偽の後継商品表示等による違法な顧客収奪(大阪高判令和6年5月31日※9)、二重のフリーライドと害意※10(バンドスコア事件)等がこれまでの裁判例で認められてきたプラスアルファだと総括したところである※11。
そして、棋譜をリアルタイムで利用した動画に対する削除申告を適法とする棋譜動画削除申告適法判決においても、そのような動画の配信行為は、まさに客観的にビジネスモデル破壊の現実的危険のある行為であり、しかも主観においても、ビジネスモデルの破壊を招いてもやむを得ないという害意があることから、棋譜の利用が不法行為となり、それに対する削除申告は適法(不競法違反ではない)とされた。また、リアルタイムではない形で棋譜を利用した動画に対する削除申告を違法とした棋譜動画削除申告違法判決においては、不競法上の営業誹謗が成立する事を前提とした損害論の検討等が行われた。
これらを踏まえた違法性判断のポイントとして、結果については、(単なるフリーライドにとどまらず)どの程度需要を代替するなどして営業に対する打撃を与えるかが重要となる、行為についてはその不正性・不当性を基礎づける要素があればより営業妨害的な性質が認められやすくなる、認識については、害意等があることが客観面を補充する事情となるとすでに別稿で述べたところである※12。
なお、山根は、違法性判断のポイントとして、①手段の不正性(組織的・反復的な模倣誘引、ライブ同時提供等)、②市場への影響の高低(需要の代替性、時間価値の即時侵食)、③主観面(予見可能性・故意・害意)及び④損害(売上減少等)を挙げている※13。
3.本判決を従来の裁判例の枠組みに位置づける
(1)従来の考慮要素と類似する考慮要素を考慮していること
本判決は、考慮要素として、当該他人の営業上の利益を保護する必要性、当該利用行為により被利用者が受ける不利益の内容及び程度、利用行為の目的・態様を挙げる。このうちの、不利益の内容・程度は筆者がいう「結果」、山根のいう「市場への影響」と類似する。また、利用行為の目的・態様は筆者のいう「行為」「認識」と類似し、山根のいう手段の不正性や主観面と類似する。
やや興味深いのは、当該他人の営業上の利益を保護する必要性である。ここで示唆されるのは、営業には優劣があり、保護すべき必要性が高い営業と、そこまでではない営業があるということである。とはいえ、職業差別の禁止等の観点を踏まえると、このような基準には疑問がある※14。もっとも、この点に関係すると思われる本判決の認定というのは、原告らが竜王戦の営業活動に多大な費用と労力を投入してきたことである。そして、バンドスコア事件では、採譜にかける時間、労力及び費用並びに採譜という高度かつ特殊な技能の修得に要する時間、労力及び費用が指摘されていた。その意味では、文言上は職業に優劣をつける趣旨とも読み得るものであるが、実際の本判決の認定からすれば、当該フリーライド行為が被害者に与える打撃の程度に関する要素である被害者側の営業のための時間や労力を(別個の)考慮要素としただけと評することも可能なように思われる。
(2)ガイドライン批判を害意としてではなく妨害の悪質性の評価事情としていること
なお、認識については害意等があることが重要な要素となったところ、棋譜動画削除申告適法判決では害意が認められ、これも不法行為の肯定の要素となった。また、バンドスコア事件では、主観的害意そのものを直接認定するのではなく、客観的な模倣行為から害意を認定するという特殊性があるものの、ここでも害意を重視していた。
これに対し、本判決の裁判所の判断には害意は出てこない※15。そうではなく、ガイドラインに基づく利用料の徴収を被告が批判した発言を利用して、被告の行う業務妨害行為を悪質と評価する1事情としている。
この点は、被告として、原告らの営業を潰そうとして配信を行ったというよりは、あくまでも、それを無料で自己の営業に利用しようというフリーライドを意図し、そのフリーライドを禁止するガイドラインを作成した原告らを批判していたというのが被告による「カツアゲ」「悪徳商法」だといった発言の趣旨であるところ、このような具体的事情を踏まえれば、本判決がこれを害意ではなく、業務妨害行為の悪質性の認定要素に利用したことは妥当と思われる。
(3)棋譜以外における相違は存在するものの、両者は棋譜情報に関心を有する視聴者を奪い合う関係にあるとしたこと
被告は、竜王戦の公式配信では、被告の配信とは異なり、棋士の姿態・表情・服装・動作、棋戦の場所の状況、解説者による棋戦の実況解説等が含まれており、視聴の目的が異なるため、競合関係にないと主張した。
裁判所は、結論として競合関係を認定した。その際は、竜王戦を観戦する顧客の主たる関心事項はどのような手が指されたのか、すなわち棋譜の内容そのものであるから、棋士の所作等、竜王戦の棋譜以外の要素に関心を有する者がいるとしても、棋譜の内容に関心を有する視聴者を奪い合う関係にあることは明らかとした。また、実際に、被告も動画タイトルに「盤面あり」と記載しており、被告自身棋譜が強い顧客吸引力を有すると認識していたとうかがえるなどとしている※16。
この点は、将棋ビジネスにおける棋譜の重要性に関する具体的認定として、棋譜情報の利用と不法行為の関係では参考になるだろう。
Ⅳ おわりに
このように、本判決は、概ね従来の裁判例の枠組みと同様の判断との位置づけが可能であるが、棋譜の営業上の重要性に関する認定がなされたこと、(本コラムでは力点を置いていないものの)約800万円以上の損害が認定されたこと等、重要性が高い。
筆者は、生成AI時代において「著作物ではないが著作物に似ているもの」が大量に生み出される中、どの範囲で、どのように保護されるか、という問題は非常に重要であると考えている。そこで、この問題に対して今後も検討を続けていきたい。
(掲載日 2025年12月2日)
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