判例コラム

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第361号 性別の取扱いの変更の審判のいわゆる外観要件を違憲とした札幌家裁審判に関する一考察  

~札幌家裁令和7年9月19日審判※1


文献番号 2025WLJCC026
大阪経済大学 教授
小林 直三


1.はじめに
 本稿は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、性別変更特例法)3条※21項5号の規定を違憲であるとした札幌家裁審判を紹介し、考察するものである。
 本稿で取り上げる審判の事案は、次のものである。すなわち、生物学的には女性である申立人が、性別変更特例法3条1項の定める要件のうち、1号の「十八歳以上であること」、2号の「現に婚姻をしていないこと」、3号の「現に未成年の子がいないこと」を満たしていることを前提に、主位的には、5号で定める「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」の要件は、少なくとも下着をつけた状態で変更後の性別として違和感がない状態であればよいものと解したうえで、同要件を満たしていると主張し、予備的には、同要件に関して法令違憲または適用違憲で無効であると主張し、性別変更特例法3条1項に基づく性別変更の審判を求めた事案である。
 本審判は、報道でも広く取り上げられ、社会的に注目されたものであり、そうした本審判の内容を紹介し考察することには、一定の意義があるものと思われる。
 なお、本審判以外にも、同年10月31日の東京高裁などの複数の審判で違憲判断(法令違憲でないものも含む)が示されているが、本稿は、執筆段階で筆者が入手できたものとして、本審判を取り上げている。また、申立人が生物学的に男性である点以外は本審判と類似の事案に関する同日の札幌家裁の審判※3も入手できているが、本審判と同様の結論であるため、本稿では、その詳細を取り上げることはせずに、そうした審判があったという事実の指摘に留めておくことにする。


2.判例要旨
 まず、本審判は、「申立人が、性同一性障害者に当たること及び1号規定から3号規定までの各規定をいずれも充足することは明らかであ」り、2023年最高裁大法廷決定※4を踏まえて、「4号規定(生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあることを要件とする規定)は違憲無効であり・・・・・・これを充足する必要がない」としたうえで、「申立人が5号規定に係る要件(外観要件)を充足するか否かについて検討する」とした。
 そして、5号規定について、「申立人は、外観要件について、服を着た状態(少なくとも下着をつけた状態)で変更後の性別として違和感がない状態で足りると解すべきと主張するが、そのような限定解釈は、5号規定が『身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること』と明示している以上、文理に反し、採用できない」とし、申立人の主位的主張を退けた。
 そのうえで、本審判は、予備的請求に係る5号規定の憲法13条※5適合性に関して検討している。
 すなわち、「外観要件を充足するためには、外性器の除去術及び形成術又は外性器の形状に変化が生ずるほどの継続的なホルモン療法(以下、これらの治療を併せて『外性器手術等』という。)を受ける必要があ」り、ホルモン療法であっても、その「効果や副作用等からすると・・・・・・生命又は身体に対する相当な危険又は負担を伴う身体への侵襲」であるとした。それにもかかわらず、5号規定は、「性同一性障害者に対して、性同一性障害の治療としては外性器手術等が必要ではない場合・・・・・・や副作用や疾患による困難があるためにホルモン療法を継続できない場合等であっても、性別変更審判を受けるために外性器手術等の施行を要求するもの」であるとした。その一方で、「性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは・・・・・・個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきであ」るとした。したがって、「5号規定は、この重要な法的利益を実現するために、治療としては外性器手術等を要しない性同一性障害者に対しても、外性器手術等を受けることを余儀なくさせるという点において、憲法13条が保障する身体への侵襲を受けない自由を制約するもの」であり、「このような制約は、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されない」とした。
 そして、「5号規定は、他の性別に係る身体の外性器に係る部分に近い外観がなければ、例えば外性器の形状が他者の目に触れ得る公衆浴場等で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解され、その目的には合理性がある」としつつも、しかしながら、「性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、治療として外性器手術等を受けている者も相当数存在」し、「性同一性障害者は、治療を踏まえた医師2名の診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり(特例法2条)、そのうちの多くが、申立人と同様に、他の利用者の混乱を避けるため、あるいは、違和感を覚えている自己の身体について、他者の目に触れることに抵抗があるために公衆浴場等の利用を控えていると考えられ、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせる行動に出ると想定すること自体現実的ではない」とした。そのため、「5号規定がなかったとしても、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関連して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことである」とした。「加えて、公衆浴場等については、一般に、法律(公衆浴場法及び旅館業法等)に基づく事業者の措置として、男女別に浴室の区分が行われているが、この男女の区分は、風紀の観点から性別に係る身体的な特徴に基づいて行われ」、「このような公衆浴場等の共同浴室における身体的特徴に基づく男女の区分は、法律に基づく事業者の措置という形で社会生活上の規範を構成しているといえ」ることからすれば、「5号規定がなかったとしても、前記社会生活上の規範が当然に変更されるものではない」とした。「また、公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、別途、法令の解釈や立法措置によって前記規範を明確化して提示することで解決を図ることも可能である」とした。そして、「上記混乱の可能性が非常に低いことを考え併せれば、公衆浴場等について、現在と同様に利用者が安心して利用できる状況を維持することは十分に可能と考えられる」とした。さらに、「5号規定がなかったとしても社会的な混乱が生じる可能性が低いことや現在と同様に利用者が安心して利用できる状況を維持できることについては、社会全体にとってその理解が困難なものとはいい難い」とし、「以上の検討によれば、5号規定によって、公衆浴場等における社会生活上の混乱を回避する必要性は、現時点において、相当に低い」とした。
 次に、「制定当時、性別適合手術は段階的治療における最終段階の治療として位置付けられ、ホルモン療法はその前段階の治療として位置付けられていたことからすれば、性別変更審判を求める者について外性器手術等を受けたことを前提とする要件を課すことは、性同一性障害についての必要な治療を受けた者を対象とする点で医学的にも合理的関連性を有するものであった」が、「しかし、特例法の制定後、性同一性障害に対する医学的知見が進展し・・・・・・性同一性障害に対する治療として、身体的治療を必要とするか、あるいは、どのような身体的治療を行うかは患者によって異なるものとされたことにより、必要な治療を受けたか否かは外性器手術等を受けたか否かによって決まるものではなくなっており、外観要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っている」とした。「また、現在の一般的な医学的知見の下において、性同一性障害を有する者の示す症状の多様性を前提にすると、特例法2条の性同一性障害者の定義における『自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思』には多様な意思が含まれるものと解され、治療としては外性器手術等を要しない場合があり、このような定義の解釈に照らしても、外観要件を課すことは、医学的な合理的関連性が認められないものとなっている」とした。しかも、「5号規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、治療としては外性器手術等を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度の若しくは相当な危険や負担を伴う身体的侵襲である外性器手術等を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができ」、「また、前記の5号規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、・・・・・・特例法が治療を踏まえた2人以上の医師の一致した診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象とすることや公衆浴場等の混乱の回避は他の手段によって解決を図ることも可能であることなども考慮すると、制約として過剰なものになっている」とした。
 したがって、「以上を踏まえると、5号規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が相当に低く、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはでき」ず、「5号規定は憲法13条に違反するものというべきである」とした。
 そして、「5号規定に係る要件が、特例法の趣旨及び基本的内容と不可分の関係にあるとはいえ」ず、また、「性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることが、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益であることも併せて考慮すると、5号規定の違憲を理由として特例法全体を無効にすることは、立法の目的に反する」ことから、「5号規定だけが無効になると解するのが相当である」とした。
 以上のことから、本審判は、本件申立てを認容した。


3.検討
 すでに2023年最高裁大法廷決定は、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を定める性別変更特例法3条1項4号規定が、「性同一性障害の治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対しても、性別変更審判を受けるためには、原則として同手術を受けることを要求するもの」であり、「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」を保障する憲法13条違反であることを明らかにしている。この最高裁大法廷決定の多数意見は、5号規定に言及するものではなかったが、しかし、こうした最高裁大法廷決定を前提とすれば、本件で問題となった5号規定も同様に違憲と考えるべきであろう。実際、5号規定にも言及する立場をとった三浦裁判官、草野裁判官、宇賀裁判官の反対意見では、5号規定も憲法13条違反であるとしている※6
 その意味では、2023年最高裁大法廷決定との整合性からして、本審判の判断そのものは妥当なものといえるだろう。
 しかしながら、問題は、いまだ条文上は5号規定が存在していることである。つまり、5号規定が憲法違反として無効である旨の最高裁の判断が示されていない以上、下級審で5号規定の要件を求める判断がなされる可能性もある。そうであれば、同様の事案であっても、裁判所の合議体によって、性別変更の審判が認められたり認められなかったりする事態が生じることになる。2023年最高裁大法廷決定が述べるように、「性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは・・・・・・個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益」であるにもかかわらず、こうした法的不安定性、非統一性があることは、人権論として問題であるだけでなく、司法への信頼という点でも、大きな問題を生じるものと考えられる。
 こうした問題の解消には、本審判を含めた下級審の適切な判断と努力だけでは不十分であり、最高裁の判断、あるいは立法的解決が求められることになる。そして、もし、2023年最高裁大法廷決定で反対意見のように5号規定も違憲である旨の明示的判断が示されていれば、本審判が社会的に注目されることはなかったであろうし、あるいは国会が5号規定を削除する法改正をしていれば、そもそも、5号規定の違憲性は争点にさえならなかったはずである。その意味では、本審判が適切な判断を示し、そのことが社会的に注目されなければならないことは、2023年最高裁大法廷決定の多数意見が5号規定の違憲性に言及しなかったことの問題、そして、同時に、法改正を進めない国会の怠慢を示したものとして評価することもできるのではないだろうか。


4.おわりに
 なお、2023年最高裁大法廷決定に関するWLJ判例コラムでも言及したことであるが、性別変更特例法3条1項の他の号に関しても検討し直さなければならないものと思われる。すなわち、「1号規定では『十八歳以上であること』を定めているが、性自認が問題となる年齢はもっと早い年齢であると考えられるし、未成年には判断能力がないといえないかもしれない。そうであるとすれば、18歳以上という制限は合理性に欠けるものといえる」と考えられる。また、「3号規定では『現に未成年の子がいないこと』を定めているが、性的指向やジェンダーアイデンティティ、そして、性別の変更への理解が社会で深まれば、自らの親が性別を変更したとしても、未成年者にとって大きな問題ではなくなるかもしれない(少なくとも、親の離婚や再婚と同じ程度の問題になるかもしれない)。そうであるとすれば、未成年者がいるからといって性別の取扱いの変更を認めないとする3号規定の要件は、性自認に関する権利を必要以上に制限するものとして、憲法違反の疑いを生じ得るものと思われる」。「そして、2号規定では『現に婚姻をしていないこと』を定めているが・・・・・・司法においても、民法等で同性婚を認める規定を設けていない現状の改革を促す判決が出されていることを踏まえれば・・・・・・2号規定に関しても、性自認に関する権利を必要以上に制限するものとして、憲法違反の疑いを生じ得るものと思われる」※7
 前述したように、「性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは・・・・・・個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益」であるにもかかわらず、5号規定の存在によって、法的不安定性、非統一性といった人権問題が、現に継続しているのである。
 そうである以上、国会は、直ちに5号規定(と最高裁がすでに違憲とした4号規定)の法改正を行うべきであり、また、他の号に関しても、速やかに見直しの検討を進めるべきであろう。


 *本稿の研究は、2025年度大阪経済大学特別研究費の助成を受けたものです。



(掲載日 2025年11月25日)

Westlaw Japan製品の関連文献・法令リンクについてはページ上部からダウンロードいただけるPDF内でご確認いただけます。

  • 詳細は、札幌家審令和7年9月19日 WestlawJapan文献番号2025WLJPCA09196002を参照のこと。
  • 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条。
  • 詳細は、札幌家審令和7年9月19日 WestlawJapan文献番号2025WLJPCA09196001を参照のこと。
  • 最大決令和5年10月25日 WestlawJapan文献番号2023WLJPCA10259001を参照のこと。なお、拙稿「性別の取扱いの変更の審判を受けるにあたっての生殖腺除去手術の実質的強制に関する最高裁大法廷決定に関する一考察~最高裁大法廷令和5年10月25日決定~」WLJ判例コラム第301号(文献番号2023WLJCC023)2023年もあわせて参照のこと。
  • 日本国憲法13条。
  • 2023年最高裁大法廷決定における多数意見と反対意見の大きな違いは、多数意見が5号規定に言及せず、その問題に関しては差戻しとしたのに対して、反対意見は5号規定にまで言及し、その違憲性を明らかとすることで自判すべきであるとした点にある。なお、筆者は、2023年最高裁大法廷決定に関して、「三浦裁判官、草野裁判官、宇賀裁判官の反対意見のように、本件規定だけでなく5号規定も憲法13条違反とした上で、最高裁で破棄自判すべきであった」としている(前掲注4・拙稿、10頁)。
  • 前掲注4・拙稿、10-11頁。


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