判例コラム

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第356号 電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯  

~最高裁第三小法廷令和7年7月11判決※1


文献番号 2025WLJCC021
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英


Ⅰ 本判決のポイント
 被告人が、ネット上の掲示板でいわゆる「闇バイト」を探し、そこに示された電話番号に公衆電話で架電し、電話の相手の指示に従い、コインロッカーから封筒を受け取ると、封筒の中には暗証番号が記載されたキャッシュカードが入っており、そのキャッシュカードを利用して、指示役の指示に従って、「還付金詐欺」の出し子として犯罪行為を、多数件、行ったという事案である。被告人の報酬は、引き出した現金50万円につき1万円であった。
 被告人は、指示役の指示で、午前9時頃からいつでも現金自動預払機から現金を引き出すことができるように、現金自動預払機の近くで待機し、指示役から指示を受けると、指示された口座から現金を引き出したり、別の口座に振込送金をしたりし、被害者らからの振込送金から約1分~16分後には、振込先口座から現金を引き出していた。被告人が引き出した現金は、被告人の報酬を抜いた残額をコインロッカーに入れるなどして受け渡していた。
 ただ、被告人は、指示役から引き出す現金が、どういった経緯に基づくものであるかの詳しい説明を受けたことはなかった。しかし、こういったネット上の求人が、特殊詐欺を含む違法な行為に加担する可能性のあること、闇バイトで募集されている「出し子」が、特殊詐欺を含む犯罪行為で得た現金を引き出すものであることの可能性が高いことは知っており、それでもかまわないと考えて、13回にわたり現金自動預払機で現金を引き出したという事案である。
 特殊詐欺の多発化は、平成の後半以降、未遂概念を変更し、故意概念を変えてきた(後述Ⅳ1.参照 )。本判決の意義は、このような流れの中で、共同正犯概念にも影響を与え、実質化したことにある。現在の財産犯発生状況下で、被告人から掲示板にアクセスし、高額の報酬を得ているのに、「還付金詐欺という電子計算機使用詐欺の中核部分」の説明を受けていない以上、「犯罪の意思の連絡」「共謀」を認定できないとする原審の「形式的共同正犯論」が、却けられたのである。

Ⅱ 電子計算機使用詐欺罪の犯罪事実
1.
第1審判決の青森地八戸支判令和5年3月24日※2 は、覚醒剤取締法違反の罪(使用・所持)及び令和3年11月10日に氏名不詳者らと共謀して現金自動預払機から現金合計約200万円を引き出して窃取した(以下「本件各窃盗」という。)という窃盗罪のほか、電子計算機使用詐欺罪についての下記罪となるべき事実を認定し、被告人を懲役4年に処した。
 本件の主要な争点は、電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯の成否である。被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、令和3年10月25日から同年12月1日までの間、9回にわたり、年金の還付金等を受け取ることができる旨誤信させられていた被害者らに対し、金融機関の従業員になりすました氏名不詳者が電話で指示して、振込送金の操作であると気付かせないまま、現金自動預払機で被告人らの管理する預貯金口座に振込送金する操作を行わせ、同機を管理する金融機関の事務処理に使用する電子計算機に対し、Aら名義の預貯金口座から被告人らが管理する預貯金口座に合計773万1734円を振込送金したとする虚偽の情報を与え、被告人らが管理する口座の残高を、合計773万1734円増加させて財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、同額相当の財産上不法の利益を得たという、電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯事実に関し公訴が提起された(以下「本件各電子計算機使用詐欺」という。)※3
 本件各電子計算機使用詐欺行為は、いずれも「年金の還付等を受けられる」と嘘を言って、年金の還付手続等と誤信させて、被害者らに現金自動預払機を操作させて被告人ら管理の預貯金口座に振込送金させるというものであった。
 争点は、前述のように、被告人が、指示役から、引き出す現金についての説明を受けたことはなかったにもかかわらず、電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯が成立するかという点にある。

2.第1審は、被告人と共犯者らとの間に共謀共同正犯を認めた。
 本件各電子計算機使用詐欺及び本件各窃盗は、電話のかけ子が被害者を欺罔して、実際には送金手続であるのに、年金の還付手続等に必要な操作と誤信させて、被告人らが管理する預貯金口座に送金させ、被告人において速やかに送金された現金を引き出すというものである。そうすると、本件各電子計算機使用詐欺は、振込先口座から現金を引き出すことによって利益が確保されるのに対し、本件各窃盗についても欺罔された被害者らの送金が前提になっているから、本件各電子計算機使用詐欺も本件各窃盗も相互に欠かせない一連一体のものであると認められる。このような態様の特殊詐欺においては、窃盗である現金の引き出しのみに関与した出し子が電子計算機使用詐欺の担当をせず、その具体的な内容を知らない場合であっても、両者の一連一体性から、出し子にも電子計算機使用詐欺についての共謀を認めることができると判示した。
 そして、被告人は、引き出した現金が詐欺の被害金である可能性があることを認識していたのみならず、平日の日中は、指示役の指示にすぐに対応できるよう、千葉県外の現金自動預払機付近で待機し、実際に被害者が送金してから極めて短時間に送金を受けた現金を引き出して確保して、本件各電子計算機使用詐欺において犯罪の利益を確実に確保する上で欠かせない役割を果たしている。そうすると、被告人に本件各電子計算機使用詐欺についての具体的な認識が欠けていたとしても、電子計算機使用詐欺を含む犯罪に関与している可能性を認識しながら指示役の指示に従って、出金のために待機を開始した時点では、すでに本件各電子計算機使用詐欺についても共謀が成立していたというべきであるとした。
 そして、被告人の果たした役割が利益を確保する上で不可欠なものであったこと、被告人も引き出した金額の2%に当たる金額を報酬として受け取っていたことを踏まえると、自己の犯罪として本件各電子計算機使用詐欺に携わったというべきであり、本件各電子計算機使用詐欺についての正犯性も認められると判示したのである。

3.これに対し、被告側弁護人は、①第1審判決は、「電子計算機使用詐欺罪と窃盗罪の一連一体性について説示するのみで、その説示からは、被告人と氏名不詳者らとの間で、電子計算機使用詐欺罪について明示の意思連絡があったと認定した旨読み取ることはできない、②黙示の意思連絡による共謀を認定するに当たっては、遂行しようとする特定の犯罪の構成要件該当事実について、概括的にではあるが確定的に認識していることが必要であると解されるところ(最高裁決定平成15年5月1日・刑集57巻5号507頁参照)」、被告人の第1審公判供述によれば、「被告人は、自身がATMから引き出した現金について、詐欺など何らかの犯罪行為によって振り込まれた金銭であるとの認識にとどまっており、詐欺により振り込まれたものであるとの確定的な認識を有していたとまではいえないから、黙示の意思連絡による共謀を認定することはできない、③被告人は、電子計算機使用詐欺について、いつ振込送金されるかなど犯行の重要な情報を知らされておらず、単にATMから現金引出しを行うことができるよう待機を命ぜられていただけであること、氏名不詳者からの電話での指示を待つのみで、犯行計画の全体について理解していなかったこと、詐欺組織における被告人の地位は低く、組織に対して何ら影響力を持っていないことなどの事情を踏まえると、被告人に正犯意思を認めることはできない」などと主張して控訴した。

4.これに対し、原判決である仙台高判令和6年1月30日※4は、控訴の主張をほぼ認めて第1審の判断を覆した。
 原審は、電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯の成否に関し、第1審検察官は、被告人と指示者らとの間に、いつの時点でいかなる内容の意思連絡があったのかを主張せず、本件各電子計算機使用詐欺に関する共謀を構成する意思連絡があったことを推認させる具体的な事情についても特段主張立証せず、第1審裁判所も、これらについて釈明を求めなかったとし、さらに、第1審検察官は、特殊詐欺の犯行計画実現に必要不可欠な重要な行為を行っており、特殊詐欺の出し子であることを未必的でも認識しながら、本件各電子計算機使用詐欺の各犯行に及んだ以上、詐欺組織の共犯者とあらかじめ電子計算機使用詐欺の犯行の実現に向けて意思を通じ合った上、出し子としての役割を引き受けたといえるので、事前の共謀が認められるし、報酬を得るために自己の犯罪として各犯行に関与しているから正犯性も認められる旨主張し、第1審裁判所も、本件各電子計算機使用詐欺に関する被告人と指示者との意思連絡の有無について特に検討することなく、電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯の成立を認めたとした。
 しかし、特定の犯罪事実について共謀共同正犯が成立するためには、共犯者間にその犯罪事実について意思連絡が存在するとともに、その犯罪事実についての正犯意思が認められることが必要で、本件各電子計算機使用詐欺と本件各窃盗とは、前者が時系列的に先行し、後者を実現するための準備行為や手段と位置付けられるものの、あくまでも併合罪の関係にある別個の犯罪なのであるから、本件各電子計算機使用詐欺について意思連絡が存在するとともに、それについての正犯意思が認められなければ、被告人に電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯を認めることはできないはずである。第1審判決は、本件各電子計算機使用詐欺と本件各窃盗との相互に欠かせない一連一体性を強調するが、意思連絡の存在を説示するところがないとした。
 出し子は、詐欺組織において末端の立場にあるために、犯行計画全体について知らされないまま、現金引き出し行為にのみ関与することが少なくなく、そのような者に対し、電子計算機使用詐欺についての意思連絡の有無を検討することなく、一連一体性という観点から直ちに一律に共謀の成立を認めることは、その処罰範囲を不当に拡大させるものといえ、是認できないとした※5
 被告人は、本件各電子計算機使用詐欺との関係では何ら実行行為を分担していない上、本件各電子計算機使用詐欺がどのように行われていたのかその内容について全く知らなかったと認められるのであるから、こうした本件事案の特質も踏まえながら、被告人に正犯意思が認められるか検討すべきであったといえる。以上のとおり、電子計算機使用詐欺と窃盗との一連一体性を殊更重視して、検討すべき事項について検討せず、あるいは十分な検討を行わないまま、被告人に電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯の成立を認めた第1審判決は、その判断方法自体不合理といわざるを得ないとし、被告人が本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたこと等も踏まえれば、本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めることはできず、第1審判決の結論は是認できないと判示した※6

Ⅲ 判旨
1.
最高裁は、以下のような理由で、原判決を破棄し、控訴を棄却した。
 第1審判決及び原判決の認定並びに記録によると、本件の事実関係は、次のとおりである。
  1.   (1)被告人は、令和3年10月初旬頃、インターネット上の掲示板で知り合った氏名不詳者らから、現金自動預払機から現金を引き出す「仕事」の依頼を受け、暗証番号が記載された他人名義のキャッシュカード複数枚の交付を受けた。被告人は、氏名不詳者らから、平日午前9時頃から前記キャッシュカードを所持して現金自動預払機付近で待機し、電話の指示で直ちに現金を引き出すこと、報酬は引き出した現金50万円につき1万円であること等を伝えられた。被告人は、この「仕事」が特殊詐欺等の犯罪行為によって得られた現金を引き出すものである可能性を認識した上で、これを引き受けた。
  2.   (2)被告人は、前記依頼の翌日以降、平日午前9時頃から午後5時頃までの間、現金自動預払機の設置場所付近で待機し、氏名不詳者らから電話で指示があれば直ちに、前記キャッシュカードのうち指示されたものを用いて現金自動預払機から現金を引き出し、氏名不詳者らの指示に従って、引き出した現金から報酬を差し引き、残りを指定されたコインロッカーに入れるなどして回収役の者に交付した。被告人は、暗証番号が記載された他人名義のキャッシュカードを更に受け取るなどしながら、これと同様の流れで、本件各窃盗に及んだ。

2. 以上の事実関係は、被告人の引き出す現金が詐欺等の犯罪に基づいて被告人の所持するキャッシュカードに係る預貯金口座に振込送金されたものであることを十分に想起させ、本件のような態様の電子計算機使用詐欺も、被告人が想定し得る詐欺等の犯罪の範囲に含まれていたといえるから、被告人は、そのような電子計算機使用詐欺に関与するものである可能性を認識していたと推認できる。被告人は、この認識の下、本件各電子計算機使用詐欺の当日午前9時頃から現金自動預払機の設置場所付近で待機し、氏名不詳者らにおいても、被告人が待機し現金の引き出しを行うことを前提として、本件各電子計算機使用詐欺に及んだといえるから、本件各電子計算機使用詐欺の初回の犯行までには、氏名不詳者らが行い、被告人が現金の引き出しを担う本件各電子計算機使用詐欺について、暗黙のうちに意思を通じ合ったと評価することができる。そして、被告人は、氏名不詳者らから指示を受けて、Aらが振込送金する操作をしてから短時間のうちに現金を引き出しているところ、被告人が果たした役割は、本件各電子計算機使用詐欺による財産上不法の利益を直ちに現金として引き出して確保するという本件各電子計算機使用詐欺の犯行の目的を達成する上で極めて重要なものということができる。したがって、本件の事実関係の下においては、被告人と氏名不詳者らとの間で、本件各電子計算機使用詐欺の共謀が認められる。
 原判決は、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等を全く把握しておらず、氏名不詳者らにおいても被告人の認識の有無について関心を有していなかったことを重視するが、そのような事情は意思連絡を認める妨げとはならない上、被告人の認識内容を具体的に検討することなく、本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡を否定しており、不合理といわざるを得ず、また、原判決は、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないこと、被告人以外にも振込先口座から現金を引き出す役割を果たす者がいた可能性があり、被告人の存在が必要不可欠であるとはいえないこと、被告人が本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたこと等を指摘して、共謀が認められないともいうが、それらの事情は、被告人が氏名不詳者らと意思を通じ合って本件各電子計算機使用詐欺による財産上不法の利益を確保するという極めて重要な役割を担ったことに鑑みれば、共謀を否定する事情となり得ないとした。

3. その上で、最高裁は、原判決を破棄し、本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めた第1審判決の判断は、その結論において是認することができ、第1審判決を維持するのが相当であるとして、控訴を棄却した。

Ⅳ コメント
1.
共同正犯概念の実質的理解
 共同正犯とは、2人以上共同して犯罪を実行した者である。全員すべて正犯とされる(刑法60条※7)。共同実行したとは解されない犯罪関与者は、共犯(教唆・幇助)となる。
 「共同して犯罪を実行した」とは、他者と共同することにより正犯と評価し得るだけの関与をしたことを意味する※8自己の犯罪として関与したと評価し得るような重要な関与者※9といってよいが、より厳密には、「正犯として扱うに値する関与」といわざるを得ない。
 学説上は、「共犯独立性説は少数説である」ということから、かつては、同一罪名の共同正犯しか認めない犯罪共同説が有力とされてきた。原則として、同一犯罪名の共同を要するとされ、この考え方からは、共同正犯の中核的要件である意思の連絡も、共同正犯者間で罪名はもとより、その内容も犯罪類型の認識の共有が求められる。
 しかし、具体的に妥当な結論を重視する判例は、形式的犯罪論の色彩の濃い犯罪共同説を徹底することはできなかった。「共同」とは、実質的観点から「共同して実現したといえるか」という規範的な問題なのである。

2.具体的には、自己の犯罪を行う意思を有していたのか、他人の犯罪を行う意思を有していたのかを中心に判断される。主観面に加えて、客観面も含めて総合して判断する。認定の際に重要なのは、 ①犯行の動機、②関与者相互の関係、③意思疎通行為の態様、④実行行為以外の関与行為の「実行」への寄与の程度等である。
 本件被告人の行為も、電子計算機使用詐欺罪の共同正犯と認定されれば、部分的な関与であるにもかかわらず、共同正犯として、行われた犯行の全体、すなわち全共同正犯者の実行行為・結果が帰責される。「各自犯罪の全部の責任を負う所以は共同正犯が単独正犯と異なり行為者相互間に意思の連絡即共同犯行の認識ありて互いに他の一方の行為を利用し全員協力して犯罪事実を発現」させたといえるからである※10
 共同正犯とは、犯罪の共同が必要で、意思の連絡も犯罪構成要件事実に関する連絡が必要だとされてきた。学説上も共謀共同正犯論が定着し、「共同実行の意思」と「共謀」の境が薄れていく中でも、犯罪の主要部分の相互認識が欠ければ共謀共同正犯は成立し得ないという発想は、存在する。それ自体は、誤りではないが、「犯罪の主要部分」は、「全員協力して犯罪事実を発現したといえるか」という観点から、実質的に理解されなければならない。

3.本判決の意義
 本判決は、「本件電子計算機使用詐欺について意思連絡が存在するとともに、それについての正犯意思が認められなければ、被告人に本件電子計算機使用詐欺の共謀共同正犯を認めることはできない」とした原審判断を覆したものである。その範囲で、共同正犯概念の実質化をより明確化したものといえよう。それは、特殊詐欺事犯の多発化と、それによって生じた国民の規範意識の転換を投影したものであった。特殊詐欺現象が、日常化し、詐欺関連行為、特に闇バイトによる関与が、国民の想定の範囲に入ってしまった。それは、同時に詐欺事犯の構成要件解釈の変容をもたらして来た※11。共犯論において、それが顕在化したのが本判決といってよい。

4.原審の形式的共同正犯論
 最高裁が否定したのは、原判決の、以下の形式的共同正犯論である。
 「特定の犯罪事実について共謀共同正犯が成立するためには、共犯者間にその犯罪事実について意思連絡が存在するとともに、被告人にその犯罪事実についての正犯意思が認められることが必要である。本件における電子計算機使用詐欺と窃盗とは、前者が時系列的に先行し、後者を実現するための準備行為や手段と位置付けられるものの、あくまでも併合罪の関係にある別個の犯罪なのであるから、本件電子計算機使用詐欺について意思連絡が存在するとともに、それについての正犯意思が認められなければ、被告人に本件電子計算機使用詐欺の共謀共同正犯を認めることはできないはずである。」という判旨である。
 この共犯解釈の妥当性のポイントは、電子計算機使用詐欺と窃盗との一連一体性をいかに強調しようとも、「電子計算機使用詐欺がどのように行われていたのかその内容について全く知らなかったと認められる」以上、電子計算機使用詐欺の犯罪意思の連絡は見られないとしてよいのかにある。 別の言い方をすれば、「本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担せず、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等の本質的な部分を含め、その内容を全く把握していない以上」電子計算機使用詐欺罪の共同正犯は成立し得ないとすることの妥当性である。

5.最高裁による共謀概念の実質化
 これに対して、最高裁は、原審判断を、ほぼ全面的に否定した。その論旨は以下のとおりである。
  1.   ①被告人は、この「仕事」が特殊詐欺等の犯罪行為によって得られた現金を引き出すものである可能性を認識した上で、これを引き受けたこと。
  2.   ②被告人の引き出す現金が詐欺等の犯罪に基づいて被告人の所持するキャッシュカードに係る預貯金口座に振込送金されたものであることを十分に想起させ、本件のような態様の電子計算機使用詐欺も、被告人が想定し得る詐欺等の犯罪の範囲に含まれていたといえるから、電子計算機使用詐欺に関与するものである可能性を認識していたと推認できること。
  3.   ③この認識の下、本件各電子計算機使用詐欺行為当日、午前9時頃から現金自動預払機の設置場所付近で待機し、指示者も、被告人の引き出しを行うことを前提として、本件各電子計算機使用詐欺に及んだといえるから、本件各電子計算機使用詐欺の初回の犯行までには、指示者らが行い、被告人が現金の引き出しを担う本件各電子計算機使用詐欺について、暗黙のうちに意思を通じ合ったと評価することができること。
  4.   ④被害者らの振込送金操作後、短時間のうちに現金を引き出しており、被告人の役割は、財産上不法の利益を直ちに現金として引き出して確保するという本件各電子計算機使用詐欺の犯行の目的を達成する上で極めて重要なものということができ、本件の事実関係の下においては、被告人と指示者(氏名不詳者)らとの間で、本件各電子計算機使用詐欺の共謀が認められるとした。

6.最高裁の判示の妥当性
 たしかに原判決のように、「電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担せず、電子計算機使用詐欺罪の構成要件の本質的な部分を含め、その内容を全く把握していない者には共同正犯を認め得ない」とする形式的解釈も、論理的には成り立ち得る。しかし、いわゆる特殊詐欺が社会問題化して久しい。自ら、サイトにアクセスし、高額のバイトに応募した被告人に対し、引き出す金銭の由来について「特殊詐欺等の犯罪行為によって得られた現金を引き出すものである可能性は認識し得なかった」との主張を認めることはできない。
 そして、本件各電子計算機使用詐欺行為全体の中で、引き出す行為は非常に重要な行為であるが、引き出し役に「還付金詐欺の詳細」の認識は、少なくとも共同正犯性を基礎付ける主観的事情としては、必要ではない。「還付金詐欺の詳細」の認識と、電子計算機使用詐欺の実行行為の重要部分を占める引き出し行為を担っていることの認識とは、別個の問題である。還付金詐欺ではないかもしれないが、特殊詐欺の被害金の引き出しであるかも知れないと認識していれば、特殊詐欺(それに類似の詐欺等)の共謀を基礎付け得るのである。少なくとも、本件のような態様の電子計算機使用詐欺も、被告人が想定し得る「詐欺等の犯罪」の範囲に含まれていたといえる。
 本件は「電子計算機使用詐欺罪の共同正犯」の成否が問題となるが、被告人の実行した引き出し行為は本件各電子計算機使用詐欺の犯行の目的を達成する上で、極めて重要 なものといえるのである。

7.共謀の認定を否定する事情
 たしかに原判決が強調するように、被告人は、還付金詐欺に関する具体的行為態様等を全く把握しておらず、被告人に指示した側も、被告人の認識の有無について関心を有していなかったことは認められよう。しかし、5. で述べたようにその点は、本件各電子計算機使用詐欺の共謀の存在を否定する事情とはいえない。
 原判決は、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないとするが、本件共同正犯の重要部分である「引き出し行為」を行っていれば、共同正犯性は認め得る。
 被告人以外に、引き出し役がいた可能性があり、被告人の存在が必要不可欠であるとはいえないとするが、極めて重要な役割を担うことについての共謀の存在は否定しがたく、現に被告人は、引き出し行為を実行しているのである。
 また、原審は、被告人が「窃盗の報酬 」と認識して報酬を受け取っていたことを理由に、本件各電子計算機使用詐欺の共謀が認められないともしている。しかし、被告人らに本件共同正犯の重要部分である「引き出し行為」についての意思の連絡が認定できれば、その連絡内容が、電子計算機使用詐欺の共謀の存在を排除し得るような「特定の具体的な窃取行為」のような場合は別として、共同正犯性は認め得る。
 なお、原審において、被告側弁護人は、最一小決平成15年5月1日※12を援用して、本件のような黙示の意思連絡による共謀を認定するには、遂行しようとする特定の犯罪の構成要件該当事実について、概括的にではあるが確定的に認識していることが必要であるとし、被告人は、詐欺により振り込まれたものであるとの確定的な認識を有していたとまではいえないから、黙示の意思連絡による共謀を認定することはできないと主張した。しかし、6. でも述べたとおり、どのような態様の詐欺行為によって得られたものかについての「確定的認識」までは不要である。そして、最一小決平成15年5月1日と本件は、事案を異にする※13

 以上、本判決は、その内容が妥当であるだけでなく、共犯論に関する理解を、実質化するものとして、積極的に評価すべきである。


(掲載日 2025年9月9日)

  • WestlawJapan文献番号2025WLJPCA07119001
  • WestlawJapan文献番号2023WLJPCA03246029
  • この他、被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、正当な払戻権限がない他人名義のキャッシュカードを使用して現金を窃取しようと考え、令和3年10月25日から同年12月1日までの間、26回にわたり、被告人が、被告人らの管理する前記口座のキャッシュカードを使用して、現金自動預払機から現金合計722万9000円を引き出してこれを窃取したこと等で起訴された。そして、これらの窃盗は、本件各電子計算機使用詐欺の直後に行われており、被告人が本件各窃盗で引き出した現金の額は、本件各電子計算機使用詐欺により増加した残高に対応するものであった。
  • WestlawJapan文献番号2024WLJPCA01306012
  • 原審は、本件では、本件各電子計算機使用詐欺について明示の意思連絡があったとは認められないことが明らかであることからすれば、被告人と氏名不詳者らとの間で、各犯行に至る以前に本件各電子計算機使用詐欺について黙示の意思連絡があったことを基礎付ける事情について検察官に釈明させ、この点に関する検討を経た上で、本件各電子計算機使用詐欺に関する共謀の成否について判断すべきであったといえる。
  • 原審は、第1審は、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担せず、その内容について全く知らなかったという事案の特質を十分に踏まえておらず、このような判断方法自体不合理であり、証拠関係を踏まえて検討しても、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等の本質的な部分を含め、その内容を全く把握しておらず、氏名不詳者らにおいても本件各電子計算機使用詐欺に関する被告人の認識の有無について関心を有していなかったこと等からすれば、被告人と氏名不詳者らとの間に本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡があったとは認められないとし、さらに、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないこと、被告人以外にも振込先口座から現金を引き出す役割を果たす者がいた可能性があり、被告人の存在が必要不可欠であるとはいえないこと、被告人が本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたこと等も踏まえれば、本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めることはできず、第1審判決の結論は是認できないと判示した。
  • 刑法60条
  • 前田雅英『刑法総論講義〔第8版〕』(東京大学出版会、2024年)361頁。
  • 前掲注8・342頁。
  • 大判大正11年2月25日大刑集1巻79頁WestlawJapan文献番号1922WLJPCA02256002、さらに最大判昭和33年5月28日刑集12巻8号1718頁WestlawJapan文献番号1958WLJPCA05280009参照。
  • 故意論について前掲注8・174頁、未遂論について前掲注8・90、115頁参照。
  • 刑集57巻5号507頁WestlawJapan文献番号2003WLJPCA05010001
  • 最一小決平成15年5月1日・前掲注12は、暴力団組長のボディーガードが自発的に警護のため本件けん銃等を所持していることを確定的に認識しながら、それを当然のこととして受け入れて認容し、ボディーガードとの間に黙示的に意思の連絡があったといえるし、実質的には、組長が本件けん銃等を所持させていたと評し得るとして、暴力団組長である被告人にはけん銃等の所持について、共謀共同正犯が成立するとした(さらに、最一小決平成17年11月29日裁判集刑288号543頁WestlawJapan文献番号2005WLJPCA11299009、最二小判平成21年10月19日裁判集刑297号489頁WestlawJapan文献番号2009WLJPCA10197001参照)。そこでは、強い組織的結びつきが前提となっている。


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