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文献番号 2025WLJCC019
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之
Ⅰ 序
本稿が扱うのは、米国のサーバから送信され、日本のユーザ端末で受信される動画提供サービスについて、日本の特許権の侵害を肯定した、最判令和7.3.3令和5(受)14等[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム](以下、「第一事件上告審判決」)、最判令和7.3.3令和5(受)2028[コメント配信システム](以下、「第二事件上告審判決」)である。いずれも、インターネットを利用する被疑侵害行為と特許権の属地主義※2との関係を扱った最高裁判決として実務的に重要な意義を有する。他方、両判決とも、原判決、とりわけ知財高裁が大合議事件として第二事件に対して下した知財高大判令和5.5.26令和4(ネ)10046[コメント配信システム]※3の抽象的な一般論を採用することなく、事案に即した事例判決をなすに止めたため、その射程が問題となる。
ところで、この二つの事件は、原告と被告を同じくするとともに、特許権こそ異なるが、同様の特許発明の技術的特徴を有しており※4、問題となった被告の行為も同じくしている。しかも、最高裁判決は同じ第二小法廷によって同日に下されており、その説示も共通するところが多い。そこで、以下では、両事件をともに評釈の対象とする。
Ⅱ 事実
1.特許発明
両事件で原告(株式会社ドワンゴ)が有する特許権にかかる特許発明の技術的特徴は、第一事件の特許権のうち、同事件で請求原因とされた請求項は、所定の態様で動画とともにコメントを表示する表示装置にかかる発明(発明1-1、1-2、1-5、1-6)※5、または、所定の態様のコメント表示手段として機能させるプログラムにかかる発明(発明1-9、1-10)※6表示装置、プログラムとして特定されているのに対し、第二事件の特許権のうち、同事件で請求原因とされた請求項はシステムとして特定されていた※7などの違いがあるが、いずれも、サーバから配信される動画を視聴中のユーザから送信されたコメントを受信し、この動画とコメントを端末装置に送信し、端末装置において動画上にコメントが流れるように表示する際に、複数のコメントが連続しても、それらが重ならないように表示するところにある※8,※9。
2.被疑侵害行為
両事件の被疑侵害行為は、いずれも、インターネット上のコメント付き動画配信サービスである「FC2動画」(以下、「被告サービス1」)、「FC2 SayMove!」(以下、「被告サービス2」)、「FC2 ひまわり動画」(以下、「被告サービス3」)である。裁判所は、過去になされた侵害の成否の判断に関しては、これら三つのサービスを等しく扱っている※11。
3.第一事件第一審判決・第二事件第一審判決
第一事件の第一審判決である東京地判平成30.9.19平成28(ワ)38565[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム]※12は、被疑侵害行為にかかるプログラムや装置は同事件の特許発明の技術的範囲を充足しないとして特許権侵害を否定した。
次いで、第二事件の第一審判決である東京地判令和4.3.24令和元(ワ)25152[コメント配信システム]※13は、最判平成9.7.1[自動車の車輪](BBS事件)※14と最判平成14.9.26[FM信号復調装置](カードリーダー事件)※15を引用したうえで、「『生産』に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。」と判示し、被告各システムの構成要素である被告各サーバが米国内に存在し、日本国内に存在するユーザ端末のみでは本件特許発明の全ての構成要件を充足しないことを理由に被告各システムが日本国内で「生産」されたとはいえないと判断し、侵害を否定した※16。
4.第一事件控訴審判決
潮目が変わったのは、第一事件の控訴審判決である知財高判令和4.7.20平成30(ネ)10077[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム]※17からである。この事件で、知財高裁は、原判決で構成要件の充足が否定された一部の請求項につき、第一審判決を取り消した。
そのうえで、判決は、米国内に存在するサーバから日本国内に所在するユーザに向けて被疑侵害プログラムを配信する被控訴人ら※18の行為に対して、日本の特許法の電気通信回線を通じた提供に該当するといえるのか、という論点に取り組んでいる。そこでは、差止・廃棄請求と損害賠償請求についてともに日本を準拠法とする原判決の判断※19を前提としつつ、前掲最判[自動車の車輪]と前掲最判[FM信号復調装置]を援用し、これらの判決の説く属地主義の原則に照らすと、通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることが問題となると切り出しつつ、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどすれば容易に侵害を潜脱し得ることになってしまうことを理由に、「特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。」と説いた。そして、このように属地主義に反しないとされるか否かの判断に際しては、「問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう『提供』に該当すると解するのが相当である。」との一般論を説いた。そのうえで、当該事件に対する具体的な当てはめとしては、本件配信につき日本国の領域外と領域内で行われる部分を区別することは困難であること、本件配信の制御は日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであること、本件配信は日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものであること、本件発明の効果は日本国の領域内において発現していることを斟酌し、本件配信は、実質的かつ全体的には日本国の領域内で行われたものと評価し、日本特許法の「電気通信回線を通じた提供」に該当すると判断している。その結果、被控訴人らは特許の技術的範囲に属するプログラムの提供、提供の申出を行うことによる直接侵害をなしていると帰結している※20。
さらに、この理は、「形式的にはその一部が日本国の領域外で行われる」その他の被控訴人らの行為にも当てはまる旨が説かれ、被控訴人らのプログラムがインターネットを介して日本国内に所在するユーザの端末装置に配信されユーザの端末装置にインストールされることにより装置が「生産」※21されていることを理由に、被控訴人らは、特許の技術的範囲に属する装置を生産することにのみ用いられるプログラムの提供を行うことによる間接侵害をなしていると帰結している。
その結果、これら特許権の直接・間接侵害行為をなしていることを理由とする損害賠償請求が認容された。差止等請求に関しても、被告サービス1については、プログラムの提供※22・提供の申出の差止め、プログラムの抹消請求※23が認容されている。他方、被告サービス2、被告サービス3については、それらにかかる事業がすでに訴外人に譲渡されていることを理由に、被控訴人らにおいて現時点において侵害をなし、将来において侵害するおそれがないと評価され、差止・廃棄請求が棄却されており、過去の侵害行為に起因する損害賠償請求のみが認容されている。
5.第二事件控訴審判決(大合議判決)
続いて、第二事件を大合議でもって裁いた前掲知財高大判[コメント配信システム]※24も、被告FC2に関して、以下のように論じて、原判決の判断を取り消し、本件における日本の特許権侵害を肯定する判断を示した※25。
(1)準拠法
準拠法について、前掲最判[FM信号復調装置]を参照していた原判決を一部に引用しつつ、差止・除却請求にかかる準拠法につき、「本件特許権が登録された国である我が国の法律が準拠法となる。」のに対し、損害賠償請求につき、「原告の損害賠償請求は、被告らが、被告サービスにおいて日本国内の端末に向けてファイルを配信したこと等によって、我が国の特許である本件特許権を侵害したことを理由とするものであり、その主張が認められる場合には、権利侵害という結果は我が国で発生したということができるから、上記損害賠償請求については、我が国の法律が準拠法となる。」(原判決の引用文を含む)と判示する。
(2)生産該当性
特許法にいう「生産」をして、「発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為」をいうと定義したうえで、「ネットワーク型システム」(=「インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム」)の発明においては、「単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為」がこれに該当する旨を説示した。具体的な当てはめとしては、ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点で、本件発明の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システムが新たに作り出されたものということができるので、この時点で生産がなされていると帰結した。
(3)属地主義と本件における生産の関係
そのうえで、前掲最判[自動車の車輪]と前掲最判[FM信号復調装置]を引用しつつ、「ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の『実施』に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。」と説いたうえで、以下のような一般論が導かれると判示した。
「ネットワーク型システムの発明に係る特許権を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の『生産』に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の『生産』に該当すると解するのが相当である。」
事件に対する具体的な当てはめとしては、送受信が一体として行われ、国内のユーザ端末がファイルを受信することによって被告システムが完成することからすれば送受信は国内で行われたと観念できること、国内のユーザ端末は、本件発明の主要な機能を果たしていること、本件発明の効果は国内で発現しており、特許権者が本件発明にかかるシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響し得ることを指摘して、被疑侵害行為は日本の領域内で行われたものと認められ、特許法2条3項1号の「生産」に該当する旨、判示した。
(4)差止等請求・損害賠償請求の処理
その結果、これらの特許権の侵害行為をなしていることを理由とする損害賠償請求が認容された。差止等請求に関しては、被告サービス1について、現在、特許権侵害は停止しているが、仕様変更により、再び侵害にかかるサービスを提供することが容易であることに鑑み、侵害行為を組成する動画ファイルとコメントファイルの配信に対する差止めが認容された。ただし、侵害しない態様で配信サービスを提供することが可能であることに鑑み、同サービスにかかるプログラムの抹消とサーバの除却請求は棄却されている。他方、被告サービス2、被告サービス3については、それらにかかる事業がすでに訴外人に譲渡されていることを理由に、被控訴人らにおいて現時点において侵害をなし、将来において侵害するおそれがないと評価され、差止・廃棄請求が棄却されている。
Ⅲ 判旨
1.第一事件上告審判決
第一事件上告審判決である、前掲最判[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム]は、以下のように論じて、上告を棄却した。
「1 本件は、被上告人が、上告人らに対し、上告人らの行為が被上告人の有する特許権を侵害すると主張し、上告人らの行為の差止め及び損害賠償等を求める事案であり、我が国の領域外から領域内にインターネットを通じてプログラムを配信する上告人らの行為が、特許法2条3項1号にいう『電気通信回線を通じた提供』及び同法101条1号にいう『譲渡等』に当たり、我が国の特許権を侵害するかが問題となっている。」
「3 所論は、本件配信は、我が国の領域外からするものであるから、特許権についての属地主義の原則に照らし、我が国の特許権の効力が及ぶ行為に当たらないというべきであるのに、これが特許法2条3項1号にいう『電気通信回線を通じた提供』及び同法101条1号にいう『譲渡等』に当たるとした原審の判断に法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
4(1) 我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、プログラム等が、電気通信回線を通じて我が国の領域外から送信されることにより、我が国の領域内に提供されている場合に、我が国の領域外からの送信であることの一事をもって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、上記の提供が『電気通信回線を通じた提供』(特許法2条3項1号)に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における『電気通信回線を通じた提供』に当たると評価されるときは、当該行為に我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。そして、この理は、特許法101条1号にいう『譲渡等』に関しても異なるところはないと解される。
(2) 本件配信は、本件各プログラムに係るファイルを我が国の領域外のサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、その行為の一部が我が国の領域外にあるといえる。しかし、これを全体としてみると、本件配信は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、本件各サービスは、本件配信により当該端末にインストールされた本件各プログラムを利用することにより、ユーザに、我が国所在の端末上で動画の表示範囲とコメントの表示範囲の調整等がされた動画を視聴させるものである。これらのことからすると、本件配信は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程として行われ、我が国所在の端末において、本件各プログラム発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によりされるものである本件配信が、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人らは、本件配信によって、実質的に我が国の領域内において、本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供をしていると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信は、特許法2条3項1号にいう『電気通信回線を通じた提供』に当たるというべきである。
(3) また、本件各サービスは、本件配信及びそれに引き続く本件各プログラムのインストールによって、本件各装置発明の技術的範囲に属する装置が我が国の領域内で生産され、当該装置が使用されるようにするものであるところ、本件配信は、我が国所在の端末において、本件各装置発明の効果を当然に奏させるようにするものといえ、サーバの所在地や経済的な影響に係る事情も前記(2)と同様である。そうすると、上告人らは、本件配信によって、実質的に我が国の領域内において、前記装置の生産にのみ用いる物である本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供としての譲渡等をしていると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信は、特許法101条1号にいう『譲渡等』に当たるというべきである。
5 原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができ、所論引用の前掲平成14年9月26日第一小法廷判決は、本件に適切でない。論旨は採用することができない。」
2.第二事件上告審判決
第二事件上告審判決である、前掲最判[コメント配信システム]は、以下のように論じて、上告を棄却した。
「1 本件は、被上告人が、上告人に対し、上告人の行為が被上告人の有する特許権を侵害すると主張し、上告人の行為の差止め及び損害賠償等を求める事案であり、我が国の領域外から領域内にインターネットを通じてファイルを送信することなどにより、我が国の領域外に所在するサーバと領域内に所在する端末とを含むシステムを構築する上告人の行為が特許法2条3項1号にいう『生産』に当たり、我が国の特許権を侵害するかが問題となっている。」
「3 所論は、上告人は我が国の領域外で本件配信をする行為をしているにすぎず、また、本件システムの一部は我が国の領域外にあることからすると、本件配信が、本件システムを構築するものであるとしても、特許権についての属地主義の原則に照らし、我が国の特許権の効力が及ぶ行為に当たらないというべきであるのに、本件配信により本件システムを構築する行為が特許法2条3項1号にいう『生産』に当たるとした原審の判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
4(1) 我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、サーバと端末とを含むシステムについて、当該システムを構築するための行為の一部が電気通信回線を通じて我が国の領域外からされ、また、当該システムの構成の一部であるサーバが我が国の領域外に所在する場合に、我が国の領域外の行為や構成を含むからといって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、当該システムを構築するための行為が特許法2条3項1号にいう『生産』に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に我が国の領域内における『生産』に当たると評価されるときは、これに我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。
(2) 本件配信は、プログラムを格納したファイル等を我が国の領域外のウェブサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、本件システムを構築するための行為の一部が我が国の領域外にあるといえるものであり、また、本件配信の結果として構築される本件システムの一部であるコメント配信用サーバは我が国の領域外に所在するものである。しかし、本件システムを構築するための行為及び本件システムを全体としてみると、本件配信による本件システムの構築は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、その結果、本件システムにおいて、コメント同士が重ならないように調整するなどの処理がされることとなり、当該処理の結果が、本件システムを構成する我が国所在の端末上に表示されるものである。これらのことからすると、本件配信による本件システムの構築は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、我が国所在の端末を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によるものである本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人は、本件配信及びその結果としての本件システムの構築によって、実質的に我が国の領域内において、本件システムを生産していると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信による本件システムの構築は、特許法2条3項1号にいう『生産』に当たるというべきである。
5 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、所論引用の前掲平成14年9月26日第一小法廷判決は、本件に適切でない。論旨は採用することができない。」
Ⅳ 評釈
1.序
本稿が扱う二つの判決は、日本国外のサーバから送信され、国内のユーザ端末に受信されることにより遂行される被疑侵害行為に対して、日本の特許権侵害に問うことができるのかということが争点となった初めての最高裁判決であり、そのような行為に対して日本の特許権の侵害を肯定したとしても、前掲最判[FM信号復調装置]が説くいわゆる属地主義に必ずしも反するものではないことを明らかにするとともに、侵害の肯定例を示したという意義がある。他方、両判決とも、第二事件の大合議を含む知財高裁の二つの原判決が展開した一般論を採用することなく、事例判断をなすに止めたため、その射程が問題となる。
2.カードリーダー最判の法理の確認※26
特許権に関する属地主義について初めて言及した最上級審判決は、前掲最判[自動車の車輪]※27である。
そこでは、特許法における「属地主義の原則」について、「属地主義の原則とは、特許権についていえば、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである。」との定義が与えられた。もっとも、この事件の事案自体は、同一発明について日本とドイツで特許権を有する原告がドイツで製造販売した当該特許発明の実施品を被告が輸入し日本国内で販売する行為が、原告の日本の特許権を侵害するか否かということが争われた事件である。最高裁は、上記のように属地主義を定義したが、事件への当てはめについては、日本の特許法の下で特許権の行使の可否を判断する際に、国外譲渡という事情を考慮することは国内法の解釈の問題であって、属地主義によって妨げられるものではない旨を判示したに止まる。他方で、事案の解決に必要はなかったために、いかなる場合に属地主義に反するという帰結が導かれるのかということに関しては明らかにされていなかった。
この間隙を埋めたのが、本件の二つの上告審判決も引用する前掲最判[FM信号復調装置]※28である。
事案は、被告が日本国内において製造した製品をアメリカ合衆国の子会社を通じて同国に輸出する行為に対して、原告が、その有するアメリカ合衆国特許権の侵害を誘導する行為(アメリカ合衆国特許法271条(b))に該当するとして、差止めや廃棄、損害賠償が請求されたというものである。最高裁は、「属地主義の原則」の定義については、前掲最判[自動車の車輪]を踏襲している※29。ただ、この「属地主義の原則」と準拠法選択の関係は、前掲最判[自動車の車輪]では明らかにされていなかったところ、前掲最判[FM信号復調装置]の特徴は、「属地主義の原則」は、むしろ、準拠法選択の法理を限界付ける実質法として機能するとされている点に特徴がある。
その論理をより子細に観察すると、まず、アメリカ合衆国特許権に基づく差止・廃棄請求に関しては、法律関係の性質を特許権の効力と決定したうえで、条理に基づき、当該特許権と最も密接な関係がある国である当該特許権が登録された国であるアメリカ合衆国の法律が準拠法となるとしつつ※30、同国の特許権に基づき日本における行為の差止め等を認めることは、アメリカ合衆国特許権の効力をその領域外である日本に及ぼすのと実質的に同一の結果を生じることになり、「属地主義」に反するものとして、法例33条※31にいう公の秩序に反するものと解される※32、と帰結した。また、損害賠償請求については、不法行為と性質決定して、その準拠法は法例11条1項※33によるとしつつ、本件では同項にいう原因事実発生地は直接侵害行為が行われ権利侵害という結果が生じたアメリカ合衆国であるが※34、「属地主義」の原則を採り、アメリカ合衆国特許法271条(b)のように特許権の効力を自国の領域外における積極的誘導行為に及ぼす規定を持たない日本法の下では、これを違法ということはできず、法例11条2項「外国ニ於イテ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」に当たるから、アメリカ合衆国特許法の該当規定を適用することはできない※35、と帰結した。
この前掲最判[FM信号復調装置]により、以下の三点が最高裁のとる立場であることが明らかにされた。
第一に、準拠法に関しては、属地主義とは別に論じる必要があると理解され、特許権に基づく差止・廃棄請求に関しては条理により「登録国法」が、損害賠償請求に関しては当時の法例11条1項により結果発生地の法が準拠法となるとされた。
第二に、属地主義はこうして選択される準拠法に対して、当時の法例33条の公序則や11条2項の国内不法行為法の累積適用条項を通じて、その限界を画する法理として機能し得る法理として位置付けられている。したがって、判文は明言していないものの、属地主義は、準拠法ではなく、実質法の法理であるとの位置付けが与えられたと解するのが素直な理解といえよう※36。
第三に、属地主義の結果、日本の特許権に基づいて、外国でなされていると評価される行為を差し止めたり、違法としたりすることはできない、ということである。
なお、法例は、本判決後、全面改正され、「法の適用に関する通則法」に改められたが、本判決が援用した法例33条、11条1項、11条3項は、それぞれ法の適用に関する通則法42条※37、17条、22条1項※38に引き継がれているから、上記最判の法理は現行法の下でも妥当するものと解される※39。
3.インターネットの特殊性※40
前掲最判[FM信号復調装置]では、国外において製品を製造し国内に輸入しようとする行為が問題となっており、あくまでも有体物に関するものであった。他方、本件では、インターネットを利用した送受信行為が問題となっており、状況を異にする。
もちろん、被疑侵害行為がインターネットを利用するものであるとしても、物理的に日本の領域外で行われているのであれば、それに対して日本の特許権の侵害に問うことは、前掲最判[FM信号復調装置]の説く属地主義に反するという理解もあり得るであろう。第二事件第一審判決も、「生産」に関して、日本国内で全ての構成要件を満たす行為がなされることを要求していることは前述したとおりである。
しかし、インターネットにおいては、たとえば、本件もそうであったように、特許発明の技術的思想が受信地で享受されるものである場合(=特許発明にかかる課題が受信地で解決されるものであるために、特許発明の技術的効果が受信地で発揮されていると評価される場合)には、サーバがいかなる地に存在していたとしても、受信地において特許発明の効果が享受されることに変わりはない。それにもかかわらず、インターネットでの利用に必然的に随伴する送信行為が特許発明の構成要素に含まれているからといって、それを理由に送信地における特許法を適用し、受信地に特許権が存在してもその侵害を否定するという解釈に固執することは、実態に適合しない処理を強いることになりかねない※41。
くわえて、インターネットにおいては分散処理が容易であるために、物理的に一つの場所で全ての処理を完結させる必要はなく、ゆえに一国内で処理を完結することなく、国境を跨いで遂行することも極めて容易であるから、送信地であれ受信地であれ、どこか一国の領域内で特許発明の構成要素の全てが行われなければならないという解釈※42を採用してしまうと、やはり多くの事例で、特許発明の技術的思想は利用されているにもかかわらず、侵害の責任が容易に迂回されてしまうことになりかねない※43。下手をすると、いずれの国の特許権侵害も認められないなど、特許権の保護に完全に悖る事態に陥ることもあり得る。
他方、前掲最判[FM信号復調装置]を前提としたとしても、何をもって外国における行為であって、属地主義の原則からして日本の特許法等を適用してはならないとするかということは規範的な判断のはずである※44。同最判が取り扱った事案において、換言すれば、有体物の製品の製造等の事案において、国外で製造される行為について日本の特許法を適用することが属地主義に反するのだとしても、だからといって、インターネットにおける送信行為に関して、国外に所在するサーバから送信されているという一事をもって、それに日本の特許法等を適用することが属地主義に反すると解することが論理必然的な帰結であるということにはならないと解される。
4.第一事件控訴審判決と第二事件控訴審判決の立場※45
実際、知財高裁は、前述したように、第一事件控訴審と第二事件控訴審(大合議)において、インターネットが絡む文脈で属地主義を柔軟に運用すべきというアプローチを採用した。両判決はともに、インターネットが絡む事案において属地主義を厳格に貫徹してしまい、サーバを国外に設置するだけで容易に侵害の責任を迂回することを許す運用をなすべきではないという価値判断を表明したのである※46。
そのうえで、一般論としても、両判決はともに諸事情の総合衡量を謳っているが、ただ、両判決の掲げる考慮要素には相違がある。
第一事件控訴審判決は、「電気通信回線を通じた提供」に関し、以下の4つの要素を掲げていた。
これに対して、第二事件控訴審判決(大合議)が「生産」に関して掲げた4つの要素は以下のとおりである。
前者のdは、後者の③と共通しているが、そのほかの要素は明示的には完全には一致していない。
まず、前者のaは後者に見当たらないが、大合議判決の①の事案に対する具体的な当てはめを見てみると、「当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ」と説く件があるから(明確かつ容易に区分できるかということは顧慮していないが)、大合議としては、(aそのものであるかはともかく)その類の事情は①の中に吸収し、①において日本法の適用を肯定する方向に働く一事情として斟酌するに止めることにしたのではないかと思われる。そしてそもそも、国内と国外の行為を明確に分割し得る場合であっても、なお、国外に所在する明確に分かたれる構成要素が些細なものでしかなく、当該発明の効果や経済的な効果等に鑑みて、国内の行為であると評価すべき場合があるように思われる※47。そう考えると、大合議が前者のaを明示的な考慮要素として掲げなかったことは穏当な取扱いと解される。
前者のb※48もまた後者には見られない。しかし、インターネットは至るところから制御可能であることに鑑みると、発明の効果が制御側にあるような場合(その場合には後者でも③によってその種の事情を斟酌し得る)を除けば、重視する必要はないのではあるまいか※49。
前者のcもやはり後者には見られない。「提供」という以上、語義的に、相手方として提供先が存在することを必要としているように感じられる反面、他方、後者で明示されていないのは、「生産」は、同じく語義的な感覚として、相手方がいなくとも成り立ち得るものであることに由来する相違であろう(ただ、後者でも④の経済的な利益のところで斟酌されることは否定されないだろう)。
逆に、前者で後者の④に直接対応するものがないのは、cで顧客の所在を斟酌しているところ、顧客がいるということは、そこで当該顧客の所在する場所において特許発明を実施したサービスや製品にかかる需要が満足されているということを意味しており、ゆえにそこで特許権者の経済的な利益に影響が出ていることと同義である、と分析することもできようか。
このように分析していくと、特に前者のaと前者のbを後者が用いていないこと、他方、前者で明示されていなかった後者の③を後者が明示した点において、第一事件控訴審判決よりも第二事件控訴審判決の方が相対的にはより洗練されたものとなっている※50。両判決の関係については、「電気通信回線を通じた提供」については第一事件控訴審判決による前者の四要素が、「生産」については第二事件控訴審判決による後者の四要素が、用いられることになるわけではなく※51、大合議の事実上の権威ともあいまって、(本件の二つの上告審判決が現れなかったのであれば)、今後、下級審においては、後者の四要素が使われることになるだろうというのが筆者の見立てであった※52。
5.両上告審判決の意義
(1)序
以上の考察を前提として、本件二つの上告審判決の意義を考察してみよう。
検討の順序としては、両判決が依って立っていると目される前提を特定し、その結果、両判決が共通して採用していると解される判断基準の分析に移行し、最後に、両判決の射程の画定を試みたい。
(2)前提
第一に、両上告審判決が事例判決であると目される点について。
それぞれの原判決に比した場合の両判決の最大の特徴は、事例判決に止めている点である※53。
たしかに、両判決は、当てはめ用の規範として、「問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における『電気通信回線を通じた提供』に当たると評価されるとき」(第一事件上告審判決)、あるいは、「問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における『電気通信回線を通じた提供』に当たると評価されるとき」(第二事件上告審判決)に、日本の特許権の効力が及ぶというものである。いずれも、前掲最判[FM信号復調装置]の説示を前提としつつ、被疑侵害行為を全体としてみて、「実質的に」日本国内における実施行為に当たると評価される場合には、日本の特許権侵害が肯定されるという規範的な枠組みを用意したものと評価される。しかし、その文言は抽象的であり、いかなる行為が侵害となるのかということに関して具体的な指針を与えるものではない。そうなると、この文言への当てはめの仕方が問題となるわけだが、両上告審判決は、そこにおいては一般論を語らず、本件事案への具体的な当てはめに終始している。事例判決と評すべき所以である。
他方、原判決は、この当てはめの段階でも、既述したように、一般論を語っていた。このうち、とりわけ大合議に関しては、知財高裁の4つの部での判断が分かれる前に判断を出そうとするためか、あるいは、早期に大きな事件に対してプレゼンスを示そうとするためか、その原因はともかく、裁判例の蓄積が全くないか、極めて乏しい論点を取り上げる傾向がある※54。しかも、せっかく大合議を開いたからにはということであろう、事案と関係がない事例についてまで広く射程が及ぶ一般論を展開する傾向にある※55。しかし、裁判例の経験が少ない中でのかかる抽象論の展開は、大合議判決の質を落としているのではないかという疑義を払拭しきれない※56。本来は裁判例の蓄積を待つか、あるいは、大合議といえども当該事案に即した事例判決を下すことを厭わないとすべきなのであるが、第二事件控訴審判決も、事例の蓄積が、地裁レベルを入れても第二事件第一審判決と第一事件控訴審判決しかない状態で下されたものであり、やはりご多分に漏れず、一般論を展開するものであった。しかも、その一般論は、前述したように、諸事情を考慮する総合衡量型の判示であり、考慮事情の最後に「等」を入れている分、考慮事情が限定されておらず、さらには列挙された考慮事情間の関係も「総合考慮」と明言されてしまっているから、極めて予測可能性に乏しいものであった※57。もちろん、総合衡量型であるだけに、後の裁判例には相応の裁量の余地は残されているが、しかし、大合議が用いた文言は、(最高裁以外の)裁判例は、大合議の権威の下、事実上、用いざるを得ず、事例を伴わない文言の理解の問題として判断しなければならない。その結果、要らぬ拘束がかかったり、不要な論点を喚起したりすることで、裁判例の展開を制約することになる。
このような大合議の時期尚早的な抽象論の影響を抑制しようと最高裁が意図した場合、とり得る方策としては、知財高裁の射程の広い一般論を踏襲することなく、事案に即した事例判決を下すという対応があり得る※58。上告審においてそのような判示がなされた場合、大合議判決が破棄されたか否かにかかわらず、知財高裁を含むその後の下級審は、大合議の一般論は最高裁の採用するところとはならなかったという理解の下で、当該最高裁判決の事例判決としての射程に留意しつつ、大合議に囚われることなく、裁判例を蓄積していくことが期待される。そのような将来の裁判例の進展を可能としたというところに、上告を受理し、あえて事例判決を下した本件の二つの上告審判決の意義を見い出すことができよう※59。
第二に、両判決の判断の論旨が共通している点について。
第一事件控訴審判決と第二事件控訴審判決は、前述したように、相当に異なる一般論を展開しており、それが特許発明や実施行為の類型の違いに起因するのか、それとも後に下された第二事件控訴審判決の方が(相対的にはであるが)より洗練された要件論となっているのか、という点については議論があった。これに対して、第一事件上告審判決と第二事件上告審判決は、以下に分析するように、ほぼ同様の論旨を展開しており、事例判決ではあるものの、これら二つの事案、つまり「プログラム」の「電気通信回線を通じた提供」(第一事件)※60か、「システム」の「生産」(第二事件)が、ネットワークを介して国境を跨いで遂行される事案においては判断基準を違えるものではないとの理解が前提となっていると看取できよう。
そのうえで、原判決の判断に対する評価を示す文言が、第一事件上告審判決では、「原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができ」とあるのに対し、第二事件上告審判決では、「以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ」となっており、後者の方がより原審の判断に好意的な評価を示す文章となっている。同一の裁判体が同日に同種の事件に対して下した文言であるだけに、この書き分けは意図的なものであると推察してよいであろう。そうだとすると、本件の裁判体は、第二事件控訴審の大合議判決の方をより「正当な」ものと評価していることになる※61。
(3)判断手法
このように、本件の上告審判決はいずれも事例判決と目されるが、その事案への当てはめの仕方から、いかなる判断手法を採用しているのかを検討してみよう。
ところで、本件の原判決のうち、相対的にはより洗練されたものと評価され、おそらく本件の上告審の裁判体もそのように解していると思われる大合議の判断基準は、前述したように、①当該行為の具体的な態様に照らし、②当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、③当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、④その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮するというものであった。そこで、以下では、二つの上告審判決の説示をこの大合議の説く判断基準と対比することで、両上告審判決の判断手法の特徴をあぶり出すことを試みたい。
さて、第一事件上告審判決の当てはめは以下のとおりである。
「本件配信は、本件各プログラムに係るファイルを我が国の領域外のサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、その行為の一部が我が国の領域外にあるといえる。しかし、これを全体としてみると、本件配信は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、本件各サービスは、本件配信により当該端末にインストールされた本件各プログラムを利用することにより、ユーザに、我が国所在の端末上で動画の表示範囲とコメントの表示範囲の調整等がされた動画を視聴させるものである。これらのことからすると、本件配信は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程として行われ、我が国所在の端末において、本件各プログラム発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によりされるものである本件配信が、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人らは、本件配信によって、実質的に我が国の領域内において、本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供をしていると評価するのが相当である。」
また、第二事件上告審判決のそれは以下のとおりである。
「本件配信は、プログラムを格納したファイル等を我が国の領域外のウェブサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、本件システムを構築するための行為の一部が我が国の領域外にあるといえるものであり、また、本件配信の結果として構築される本件システムの一部であるコメント配信用サーバは我が国の領域外に所在するものである。しかし、本件システムを構築するための行為及び本件システムを全体としてみると、本件配信による本件システムの構築は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、その結果、本件システムにおいて、コメント同士が重ならないように調整するなどの処理がされることとなり、当該処理の結果が、本件システムを構成する我が国所在の端末上に表示されるものである。これらのことからすると、本件配信による本件システムの構築は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、我が国所在の端末を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によるものである本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人は、本件配信及びその結果としての本件システムの構築によって、実質的に我が国の領域内において、本件システムを生産していると評価するのが相当である。」
第一に、大合議の四つの基準のうち、①の具体的な態様に照らし判断するというところは、全体の作業を通じての心構えであり、具体的な行為態様に着目する両上告審判決と、その態度において変わるところはないと目される。
第二に、②の当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割を斟酌するという項目に関しては、両上告審判決にあっては次に述べる技術的効果を斟酌する際に関連する説示がなされていると読めなくもないが、少なくとも技術的効果の項目とは明示的に切り分けた形での検討がなされているわけではない。この点は、大合議が②の考慮要素の前提として、被疑侵害行為中、クレイムに対応する要素の少なくとも一部が国内で実施されていることを要求していると推察されるのに対し、両上告審判決は必ずしもそうではない(ゆえに、②の要素を明示的な考慮項目としていない)ということに関連する。両判決の射程のところで後述するところを参照されたい。
第三に、③の技術的効果に関しては、大合議判決、両上告審判決、さらにいえば第一事件控訴審判決の全ての判決が、特許発明の技術的効果が被疑侵害行為において国内で発揮されていることを斟酌している。特許発明の技術的効果をいかにして特定するかという手法について、両上告審判決の語るところは少ないが、原判決はいずれも明細書の記載に従って特許発明の効果を特定している。
そのうえで、具体的な当てはめとしては、両判決とも、発明の技術的効果が国内に所在するユーザ端末のところで発現するものであり、サーバの所在地が日本の領域外にあることによって左右されるものではないことを斟酌し、技術的効果は日本国内で発揮されるものと帰結している。
第四に、④の経済的影響に関しては、大合議も、両上告審判決もともに考慮要素に掲げているが、その判断手法に関しては、大合議と上告審とでは様相を異にするところがある。
すなわち、大合議は、経済的影響に関して、「その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。」と説いていた。そこでは、具体的に特定されているわけではないものの、「控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る」という文言からして、特許権者が自ら特許発明にかかるシステムを利用したビジネスを展開していることを積極的に考慮していると推察することができる説示であった※62。
これに対して、両上告審判決の経済的影響に関する説示は、「被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によりされるものである本件配信が、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない」(第一事件上告審)、「そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によるものである本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない」(第二事件上告審)というものであり、経済的な影響は、積極的な考慮事情としてではなく、むしろ、経済的な影響がないというべき特段の事情がない限りは原則として肯定されると扱っているように読める※63。
以上、結論として、両上告審判決は、ネットワークを介することにより被疑侵害行為(の少なくとも一部)が国外で実施されているとしても、被疑侵害行為によって奏される特許発明の技術的効果が国内で発揮されているのであれば、特許権者に経済的な影響を及ぼさないというべき特段の事情がない限り、「全体としてみて、実質的に我が国の領域内における」実施行為がなされたと評価することにより、日本の特許権と抵触し得る、という判断手法を採用していると理解することができよう。
(4)射程
①序
以上の検討を踏まえて、両上告審判決の射程について検討してみよう。
具体的な事案に鑑みる場合には、両事件とも、第一に、プログラムの「電気通信回線を通じた提供」も、システムの「生産」も、日本国内に所在するユーザの端末装置において完遂されたという事件で、その生産が日本国内に所在する端末装置において完成すると認定された事案であった。第二に、特許発明の技術的特徴である効果は、端末装置の表示において発現していた。第三に、被疑侵害行為により端末装置の表示に接するユーザが本件特許発明の効果を享受した結果、国内に所在するユーザ向けにインターネットを介した動画提供サービスを展開する特許権者の経済的利益に与えている※64、という事案であった。つまり、特許発明の構成要件という観点からも、特許発明の効果という観点からも、特許権者の経済的影響の観点からも、三拍子揃って、いずれの点においても内国牽連性を認めることができるという事案であった※65。
したがって、本件は、たしかに特許発明の構成要件の一部を構成するサーバが国外に位置しており、そこからの送信行為も国外から行われていたという意味で、属地主義との関係が取り沙汰され、まさにその点が仇となって原判決では侵害が否定されたわけであるが、ひとたびインターネットにおいては属地主義を過度に厳格に解する必要がないという立場に与した以上は、属地主義を緩和し日本法の適用を認めることができるイージー・ケースであったと評することができよう。今後は、三つの要素の一つ以上を欠いた場合に、属地主義はどこまで緩和されるのかということが争われていくものと思われる。
以下では、発明の類型、被疑侵害行為の類型、国境を跨いでいるか否かの見極め、一部国内実施の要否、技術的効果、経済的影響の五点に分けて、両上告審判決の射程を検討する。
②発明の類型
第一に、特許発明の類型が射程に影響するのかという点について。
大合議判決は、その一般論を「ネットワーク型システムの発明」を前提とするものであるかのようにも読める書き出しの下で展開していた※66。しかし、本件の二つの上告審判決は特許発明の類型でその説示の対象を限定する構えを見せていない。むしろ、いずれも、被疑侵害行為に焦点を当て、それがネットワークを介して国境を跨ぐ形で実現されていることを問題視している※67。
たしかに、特許発明が「ネットワーク型システムの発明」でなかったとしても、第一事件がプログラム等の発明であったことが端的に示しているように、被疑侵害行為がネットワークを介して国境を跨いで実現されることはあり、その結果、厳格な属地主義の下では、特許権が容易に潜脱され、その保護に悖る事態を招来しかねない。したがって、大合議のように、一般論を語るうえで「ネットワーク型システムの発明」に限定されるかの如き文言を用いるのは適切とはいいがたい。特許発明の類型に拘泥することなく、被疑侵害行為がインターネットを介して国境を跨いで行われていることに問題の核心があることを指摘する両上告審の事案のとらえ方が正鵠を射ているといえよう。
そのうえで、両上告審判決の射程を検討すると、両判決が直接扱ったのは、「プログラム」(第一事件)と、「システム」(第二事件)であったが、両上告審判決がほぼ同旨の判断を示したことを踏まえれば、両上告審判決は、両者があいまって、「プログラム」と「システム」にかかる発明がネットワークを介して遂行される場合一般にその射程が及ぶと解することができよう。
ところで、「システム」なる用語は、特許法上の発明の分類ではないこともあって、その外延を定義することは困難であるが、第二事件の「システム」発明は、上告審判決自身によって、「動画及び動画に対してユーザが書き込んだコメントを表示する端末装置と当該端末装置に当該動画や当該コメントに係る情報を送信するサーバとをネットワークを介して接続したシステム」であると特定されており、ネットワークにより接続された複数の装置の複合体であった。そうだとすると、クレイム上の表記が「システム」ではなく、「装置」で閉じられていたとしても、ネットワークにより接続された複数の装置がクレイムされている限り、本件の発明とその実質に異なるところはなく、ゆえに、本件の上告審判決の射程が及んでくると理解すべきであろう。
くわえて、「装置」発明のクレイム中にネットワークで接続するという記載がなかったとしても、被疑侵害行為において、物理的な構成要素の全部または一部を国外に置いたうえで、それらをネットワークによって接続することで、「装置」全体として機能させることは可能である。ゆえに、被疑侵害行為に着目して問題設定をなす両上告審判決の射程は、クレイム内にネットワークの表記があるか否かではなく、被疑侵害行為がネットワークを介して国境を越えて遂行される限り、装置発明一般に及んでくると解される。
そして、方法の発明が容易にネットワークを介して国境を跨いで実施し得ることについてはもはや多言を要しないであろう。
結論として、発明の類型は、両上告審判決の射程を限定することにはならないと解される。
③被疑侵害行為の類型
他方、被疑侵害行為に関しては、本件がいずれもインターネットを介する行為が問題となった事件であったこと、そして、説示としても、両上告審判決が、電気通信回線を通じて容易に国境を越えることができることを問題の背景として強調していることに鑑みると、両判決の射程は、被疑侵害行為がネットワークを介して遂行される場合に及び、またそれに止まると解される。
むしろ、問題は、ネットワークを介して遂行される被疑侵害行為全般に両判決の射程が及ぶのかということである。
まず、両上告審判決が直接扱ったのは、「電気通信回線を通じた提供」(第一事件)と、「生産」(第二事件)が、ネットワークを介して国境を跨いで遂行される事案であった。ゆえに、両判決の射程は、ネットワークを介して遂行される「電気通信回線を通じた提供」や「生産」一般に及ぶと解される。
他方、ネットワークを介して遂行される行為が、プログラムやシステムの「使用」「譲渡」「貸渡し」である場合に関しては、これらの行為に触れることがない両上告審判決をして※68、そこまで射程が及んでいると解することは困難であろう。とはいえ、まず、「使用」についていえば、ネットワークを介して遂行される場合、「電気通信回線を通じた提供」とは境を接している。たとえば、本件を例にとると、動画配信サービスにおいてユーザにプログラムを配信したうえで相手方の端末での表示を実現する場合には「電気通信回線を通じた提供」に該当するが、同じく動画配信サービスにおいて相手方に配信することなく、自己のサーバの方でプログラムを利用してユーザの端末で表示がなされるように仕向ける場合には「使用」になるのだろう※69。しかし、いずれの場合でも、技術的効果が端末で発現していることに変わりはなく、ゆえに、行為の特許権者に与える影響も選ぶところがない。技術的効果と経済的影響に着目する両上告審判決は、射程が及ぶとまではいえずとも※70、大いに参考とされることになろう。
「譲渡」、「貸渡し」についていえば、これらの行為が物理的な媒体の占有の移転を伴う場合であれば当該媒体の所在地という別途の考慮も必要となろうが※71、ネットワークを介して遂行される場合には、「電気通信回線を通じた提供」と区別することは困難であり、それがゆえに特許法2条3項1号括弧書きは「プログラム等」についてこれら三つを一括りとして「譲渡等」という表現を用いたと理解できる。むしろ、ネットワークを介してプログラム等が提供される場合には、「譲渡」「貸渡し」という概念を用いることなく、「電気通信回線を通じた提供」に一元化し、特許法2条3項1号が規定する「プログラム等」の「譲渡」、「貸渡し」は媒体の所有権や占有の移転を伴う場合に限る趣旨であると理解してしまった方が、無用の混乱を避けるという意味で望ましいように思われる※72。だとすれば、少なくともネットワークを介してプログラムがユーザに供される行為について、関係者がそれを「譲渡」、「貸渡し」と表現していたとしても、特許法的には「電気通信回線を通じた提供」であり、本件の問題にかかる取扱いに変わるところがないと理解すべきであろう。ただ、このように解するか否かということの判断がなお必要である以上、両上告審判決の射程は及んでいないと解さざるを得ないとしても、これはまた大いに参考にされるべきものと考える。
以上に対して、両判決が示した法理は、あくまでもネットワークに関連する行為を扱うに止まるから、ネットワークを介することのない事案、たとえば有体物が国境を跨いで提供される事案には影響しない※73。その場合には、むしろ(その当否はともかく)、前掲最判[FM信号復調装置]の射程が直接及んでくることになる※74。
④国境を跨いで遂行されているか否かの見極め
第三に、被疑侵害行為(の少なくとも一部)が国外でなされており、ゆえに本判決の判断手法を用いる必要があるか否かの見極めに関して。
第一事件上告審判決は、「プログラム」の「電気通信回線を通じた提供」と属地主義の関係を扱っている※75。他方、装置の「生産」に関しては、間接侵害の起点となる直接侵害行為として言及されているに止まり、それ自体に属地主義との関係を論じるような渉外的な要素があることを前提とする検討はなされていない。これに対して、第二事件上告審判決は、「システム」の「生産」と属地主義との関係を扱っている。同じ「生産」について取扱いが分かれているが、これは第一上告審が受理した上告理由※76が「生産」を問題にしていなかったからと理解することができる。
もっとも、特許発明のクレイムの構成要件に照らすと、第一事件の「装置」クレイムは、クレイムの構成要件中に被疑侵害行為にあっては国外に所在するサーバや方法的な記載がなく、ゆえに「生産」に関する従前の裁判例の基準に鑑みれば、純粋に国内の端末のところだけで装置が「生産」されたと解することができる事案であった※77。他方、第二事件の「システム」クレイムは、その構成要件中にサーバが含まれており、ゆえに被疑侵害行為においてクレイムの一部が国外で実施されていることが明らかな事例であった※78。したがって、少なくとも第二事件に関しては、第一事件の「装置」に関して国内事件として取り扱う上記の法理を用いることはできない。クレイムの「システム」の構成要件の一部が、サーバからの送信が領域外からなされていることを理由に、属地主義や前掲最判[FM信号復調装置]との関係を問題にした第二事件上告審判決は正鵠を射た取扱いをなしていると理解できる。
もちろん、以上の点は、両上告審判決が明示的に取り扱っているものではなく、ゆえに両判決の射程が及ぶ事項ではないが、被疑侵害行為において、国内に所在する端末装置がネットワークにより稼働しているとしても、クレイム内に特定されている装置の構成要素は全て国内に所在しており、またネットワークによる接続を示す方法的な記載もない場合には、両上告審判決の法理を用いる必要がない、純粋の国内事件として扱われる可能性があることに留意する必要がある。
⑤一部国内実施の要否
第四に、被疑侵害行為中、クレイムに対応する部分の少なくとも一部が国内で実施されていることを必要とするか否かについて。
大合議判決は、被疑侵害行為において、どの時点でシステムの「生産」が完成するのかということをパブリックコメントの争点としたうえで、判文中でも長文をもって吟味しており、被告ファイルがユーザの端末装置に受信された時点でシステムの「生産」が完成すると認定したうえで、この②の考慮要素の具体的な当てはめにおいて、「生産」の中で受信が国内で完成しており、その受信が特許発明の各構成要件の中でどのような役割・機能を果たしているのかということに相応の字数を割いていた。これらの事情に照らすと、特許発明の構成要件の一部たりとも日本国内に所在していたり、遂行されていたりしない場合には、属地主義を緩和することはできない、というのが、大合議の立場であったと推察するのが、素直な解釈といえよう※79,※80。
他方、両上告審判決の判文は、いずれも「本件配信は、・・・・・・外形的には、・・・・・・行為の一部が我が国の領域外にあるといえる」こと、つまり、裏を返せば、行為の一部が日本の領域内にあるといえる事案であったということに言及してはいるものの、その前提がなかった場合に、日本の特許権の侵害が認められなくなると説いているわけではない。たしかに、次に述べる技術的効果を吟味する際に、サーバの所在地が国外にあることにはさしたる意味がない反面、それとは裏腹に日本国内の端末で発明の効果を奏していることを指摘しているものの、それはあくまでも技術的効果が日本国内で発揮されているか否かを検討するための説示でしかなく、クレイムの少なくとも一部が国内で実施されていることを積極的に認定しているとまではいいがたい。
このように見てくると、両上告審判決は、一部の実施行為が国内でなされていることは要件と考えていないように読めてくる。もっとも、明言していない以上、将来の裁判例が一部国内実施を要件としたとしても、本判決の射程に反するとまではいいがたい。この点は、本判決が事例判決であることの意義の一つであるといえよう。
⑥技術的効果
第五に、被疑侵害行為において特許発明の技術的効果が発現している地を勘案することについて。
具体的な当てはめにあっては、両事件ともに発明の技術的効果が端末において発揮されるものであり、サーバの所在地がどこであるかということは効果に影響しないというものであったがゆえに、両上告審判決はともに技術的効果は日本国内で発現していると評価している※81。そうすると、本件とは逆に、たとえばサーバの効率性を高める発明等のように、端末ではなくサーバに特徴がある場合には、むしろサーバの所在地をして技術的効果が発現する場であると捉えられることになろう。
⑦経済的な影響
第六に、経済的な影響に関しては、両上告審判決が、特段の事情がない限り、特許権者に経済的な影響があると読める説示をなしており、大合議のような、特許権者が具体的に国内で展開しているビジネスに対する影響を斟酌するかの如き説示を回避した点に鑑みれば、両判決は、本件と異なり、特許権者が日本国内で特許にかかるビジネスを展開していなかったとしても、経済的な影響は充足されると解しているのだと推測される。ゆえに、自らは特許発明を実施する見込みがないとしても、ライセンス料を収受する機会が侵害行為によって奪われているという経済的な影響でも足りる、ということになろう※82。さもないと、個人発明家等において定型的に日本の特許権の保護を否定することになりかねない。
それでは、特段の事情がいかなる場合に満たされ、日本の特許権の侵害が否定されるのかということが問題となるが、たとえば、被疑侵害行為にかかるサービスが専ら国外市場に向けられており、日本にユーザがいないわけではないとしても微々たるものに止まる場合等が考えられよう。
6.考察
最後に、被疑侵害行為※83がネットワークを介して国境を跨いで遂行される場合に関する筆者の立場を示しておこう※84。
第一に、被疑侵害行為において特許発明にかかる技術的思想の効果が日本国内で発現されているのであれば、原則として、日本の特許法を適用すべきであると考える※85。
特許法が特許発明を市場において利用する機会を排他的に特許権者に決定させる仕組みを採用した究極の趣旨は、技術的思想の創作に対するフリー・ライドを過度に放任していた場合には創作に対する過少投資を招来しかねないというところにあるのだから、技術的思想がどこで享受されているのかということが、特許権者に排他権を保障すべき地を決定するに当たって致命的な事項となると解されるからである。そして、本件特許発明のように、表示の仕方等国内のユーザの端末装置が受信した時点で特許発明の技術的特徴を組成する効果が発現する場合には、端末装置や受信がクレイムの構成要素に含められていないとしても、特許発明にかかる技術的思想が国内で実現されている以上、日本の特許権侵害の責任を論じるべきである※86,※87。
ただし、このように第一義的には技術的効果の発現地の法の問題とすべきであるとしても、例外的に経済的影響を考慮して異なる選択をすべき場合がある。
例外のその一は、日本国内で技術的効果が発現していることは否めないものの、被疑侵害行為が主として他国の市場に向けられているために、日本国内における経済的な影響が僅少なものに止まる場合には、被疑侵害行為者の予測可能性と行動の自由を確保するために、日本の特許権侵害は否定すべきである。この種の事例についてまで日本の特許権侵害を肯定してしまうと、結果的に、世界中の国々の特許権をクリアすることを迫られることになりかねず、過大な負担を課されることになる反面、例外的な事例で保護を享受し得なくなったとしても、発明と公開のインセンティヴを過度に削ぐことにはならないと考えるからである。具体的には、被疑侵害行為が日本国内ではごく限られた者しか理解し得ない言語でサービスを提供するものであるなどのために、当該サービスを享受する日本国内のユーザ数が微々たるものに止まる場合であるとか、被疑侵害者がジオ・ブロッキングを用いるなどにより、日本国内へのサービスの提供を回避する合理的な努力をなしているにもかかわらず、一部の国内ユーザがこれを迂回して日本で技術的効果を享受している場合等を想定することができる。
例外のその二は、逆に、技術的効果が日本国内で発現していないとしても、被疑侵害者が日本市場に特化した行為をなしている場合には、日本の特許法を適用してよいと考える。そのような場合には、被疑侵害者の予測可能性を確保する必要がない反面、意図的である分、無視しがたい経済的な影響が特許権者に生じる可能性があり、保護の必要性が高まるからである。たとえば、特許発明はサーバ内部の処理効率を高めるものであるために、日本国内のユーザ端末に送信されているとしても、日本国内で技術的効果が発現しているとはいいがたいが、被疑侵害者が日本語を使用するなど、主たる市場を日本とするサービスを提供しており、主たる市場は日本であると評価し得る場合等を想定できる※88。
なお、以上を通じて、クレイムと抵触する被疑侵害行為の少なくとも一部が国内で実施されていることを、日本の特許権侵害を肯定するための要件とするという見解※89は、採用すべきではないと考える※90。たとえば、システム発明ではあるもののユーザの端末装置が省かれる形のクレイムであったり、方法のクレイムでユーザの受信行為が含まれないクレイムであったりしたからといって※91、特許発明にかかる技術的思想に変わりはなく、その技術的特徴を形成する効果を日本国内のユーザが享受していることに変わりがない以上※92、日本の特許権侵害に問えないとする理由はないように思われる。さもないと、被疑侵害者は、国外のクラウドを利用するなど、クレイムに抵触しないようにサービスを工夫することで、容易に特許権侵害を迂回することが可能となり、特許権者の保護に悖る事態を招来しかねない※93。なるほど、一部国内実施を要求する方策には、侵害回避のためのサーチ・コストを削減することができるというメリットがあることは認められるものの※94、その種のサーチ・コストは技術的効果が日本国内に及んでいる特許権者を適切に保護するためのコストなのであるから、一概に否定的に評価すべきものではない※95。そして、クレイムからユーザの端末装置や受信が省かれるように書かれているとしても、インターネットを利用するものである以上、通例、ユーザがその効果を享受し得ることは明らかであり、これらの要素がクレイムに含まれている場合に比して、予測可能性が有意に低下するとまではいいがたいように思われる。
結論として、被疑侵害行為において特許発明の技術的効果が日本国内で発現している場合には、原則として、日本の特許法が適用される。ただし、例外的に、被疑侵害行為が他国市場に向けられており、日本国内における経済的な影響が僅少なものに止まる場合には、例外的に日本法の適用が否定される。また、技術的効果が日本国内で発現しているわけではない場合にも、被疑侵害行為が日本国内の市場を主たる市場としている場合には、やはり例外的に日本の特許法が適用されると考える。そして、これらの検討の結果、場合によって複数の国の特許法が適用される場合もあり得ることになる。
こうした本稿が志向する取扱いのうち、被疑侵害行為が日本国内において発現している分については、抽象論として、全体としてみて問題の行為が実質的に日本国の領域内における「電気通信回線を通じた提供」や「生産」等に当たると評価されるときは、これに日本の特許権の効力が及ぶとみることができるとの一般論を掲げるに止めて、具体の事案に即した事例判決を下すとともに、第一義的には技術的効果を考察し、経済的な影響については消極的に特段の事情がない限りこれを肯定する構えを見せた本件の両上告審判決に即した判断手法であるといえよう。その反面、本稿が、技術的効果が日本国内で発現していないにもかかわらず、経済的な影響に鑑みて日本の特許権侵害に問うことを許容するところは、経済的影響を消極的に否定する方向の要素としてしか扱っていない両判決から直ちに導き得るものでないことは率直に認めざるを得ないが、両判決が明示的に否定していない以上、これを認めても判例に違反するとまではいえないように思われる。
7.結びに代えて
現在、筆者も委員の一人である産業構造審議会特許制度小委員会ではネットワークを介して国境を跨いで遂行される実施行為が日本の特許権を侵害することになるのはいかなる場合であるかということについて立法化のための議論が進んでおり※96、とりわけ一部国内実施を要件とすべきかなどの検討が行われている。しかし、本件両上告審判決により、ネットワークを介して国境を跨いで遂行される実施行為について属地主義を柔軟に解し得ることが明確化されたうえ、拙速と評すべき大合議判決の一般論はその権威を失い、今後、様々な事例に対して裁判例が展開される素地が備わった。だとすれば、拙速な立法により、裁判例の進展を妨げることは避けるべきなのではなかろうか※97。大合議と異なり、(違憲問題でも起こさない限りは)その影響を払拭してくれる上位機関は立法には存在しないのだから。
本稿を執筆するに際しては、ソフトウェア情報センター「ソフトウェア関連発明の特許保護に関する調査研究委員会」における、片山史英先生、飯田圭先生の御報告からご教示を得た。記して感謝申し上げる。
本研究はJSPS科研費JP24K00209およびJSPS科研費JP24H00131の助成を受けたものである。
(掲載日 2025年8月12日)