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文献番号 2025WLJCC013
桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士※2
松尾 剛行
Ⅰ はじめに
本判決は、棋戦のスポンサーとして、棋戦を有料でリアルタイム中継するビジネスを行う一審被告(被控訴人)が、一審被告が提供した棋譜情報を利用してYouTube等で配信を行っていた一審原告(控訴人)の動画について著作権侵害を理由とした削除の申告(通知)を行い、これらの動画が(一時的に)削除されたため、一審原告が一審被告に対し、不正競争防止法(以下「不競法」という。)違反及び不法行為を理由に損害賠償を求めた第一審において、極めて少額の賠償のみを認める第一審判決※3が下ったことから、より高額な賠償を求めて一審原告が控訴したところ、控訴を棄却したものである※4。
ここで、棋譜の利用による不法行為や、著作物ではないものの利用に関する不法行為については、近時複数の判決が下され、議論が盛り上がっている。筆者も、このような文脈の下において、以下の3本の判決に関するコラムを執筆した。
本判決は、このような議論の盛り上がっている分野において、新たな判断を知財高裁が下したという意味で重要性が高い。
Ⅱ 事案の概要と判決要旨
1.事案の概要
(1)本件の事案
将棋のAI解説動画等を投稿し、動画を収益化している※11YouTuberである一審原告が将棋の王将戦の棋譜を用いて解説や今後の予想等を提供する動画や、将棋の王将戦の全棋譜をAI評価値付きで再生する動画(以下「本件動画」という。)を投稿した。本件動画はいずれもリアルタイムで棋譜情報を配信するものではなく、2日間の対局の1日目終了後に2日目の対局の予想をしたり、対局終了後に対局の解説をしたりする内容であった。これに対し、YouTubeやCSで囲碁及び将棋を中心としたコンテンツを配信、放送する株式会社で、スポンサー料を支払い、王将戦の棋譜に関する権利を有する一審被告は、YouTubeに対して本件動画の著作権侵害を理由とした削除の申告(通知)を行い、本件動画はいずれも削除された。但し、削除後に一審原告が異議を申し立てたことから、本件動画は復活し、再度視聴可能となっている。一審原告は、一審被告の削除申告(通知)行為が、不競法上の虚偽告知行為(不競法2条1項21号※12、営業誹謗とも呼ばれる)※13に該当し、また、民法上の不法行為にも該当する(民法709条※14)ところ、それにより経済的損害及び精神的損害を被ったとして損害賠償等を求めた※15。
2.判決要旨
控訴棄却。第一審判決と同様に、約1万8000円の限度で請求を認容。
(1)経済的損害に関する判断
経済的損害については、基本的に第一審判決の判断を踏襲した上で、損害がより大きいという一審原告の主張及び損害がより少ないという一審被告の主張の双方を否定した。即ち、本件動画が、2日間の対局の1日目終了後に2日目の対局の予想をしたり、対局終了後に対局の解説をしたりする内容であるから、投稿から時間が経過するにつれて視聴者の関心が薄れていくと推認されるとし、それを元に、両当事者の主張を前提としても第一審の判断は正当とした。その他、YouTubeに対する異議申立ての代理費用やYouTubeによって一時的に投稿が不可能とされ、予定していた動画の投稿ができなくなったことによる逸失利益等についても、具体的事案に即して、損害の範囲に入らないとしている。
(2)精神的損害(人格的利益侵害)に関する判断
ここで、不法行為に基づく精神的損害(人格的利益侵害)について、本判決は特徴的な判断をしている。
即ち、Googleのポリシーの中に、投稿された動画に対して第三者が著作権侵害による削除通知(著作権侵害申告)を行った場合、当該申告(通知)が有効である限り、動画の投稿者の意見を求めることなく、当該動画を削除(配信停止)し、動画の投稿者は、当該動画の配信の再開を求めるのであれば異議申立てを行う、という制度が組み込まれているとした。
その上で、一審原告を含むYouTubeの利用者は、著作権侵害への対応について上記のような制度設計をしているYouTubeを自ら選択して、代金の支払をすることなく動画投稿を行い、閲覧数に応じて広告収入の配分を得ているのであって、著作権侵害申告(通知)に対して上記のような対応がとられることを前提として、著作権侵害に関する上記制度を含むものとしてのYouTubeのシステムを利用しているとした。
その結果として、過失により事実と異なる申告(通知)がなされ一定期間動画が削除(配信停止)されたことにより、動画の配信がされていれば得られるはずであった収入を得られなかったという経済的損害について不競法2条1項21号(虚偽表示)、4条※18に基づく損害賠償が認められるとしても、それ以外に動画投稿者の表現の自由その他の権利又は法律上保護される利益が違法に侵害されたとは認められず、不法行為の成立は認められないとした。
とはいえ、著作権侵害がないことを認識しながら、特定の動画投稿者について多数回にわたって著作権侵害申告(通知)を行い、動画の公開を妨げるような場合や、著作権侵害がないことを明確に認識してなくとも、著作権侵害申告(通知)を行う目的やそれに伴う行為の態様等の諸事情に鑑み、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合は、動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたものとして、例外的に不法行為の成立が認められる場合があるというべきであるとした。
本件に対する、具体的当てはめとして、一審被告が著作権侵害のないことを認識しながら意図的に本件著作権侵害申告(通知)を行ったことを認めるに足りる証拠はなく、基本的にYouTubeの制度の範囲内での行動にとどまっていたといえるから、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合に該当せず、動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたとは認められず、不法行為の成立が認められる場合には該当しないと認められるとして、不法行為の成立を否定した。よって、著作権侵害申告(通知)と相当因果関係のある精神的損害の発生は認められないとした。
Ⅲ 評釈
1.はじめに
以下では、棋譜事件控訴審判決との関係(2.)及びどのような場合が不法行為となる営業妨害的場合か(3.)、YouTubeの制度をベースとした不法行為の限定(4.)等について検討したい。
2.棋譜事件控訴審判決と矛盾?
(1)棋譜事件控訴審判決と矛盾しないこと
棋譜を利用するYouTuberに対する著作権侵害申告(通知)を不競法違反とした本判決は、一見、棋譜を利用するYouTuberに対する著作権侵害申告(通知)を不競法違反ではないとしたいわゆる棋譜事件控訴審判決※19と矛盾するようにも思われる。しかし、筆者はそのような矛盾があるとは考えていない。なお、以下の説明に当たっては、筆者の判例コラムを引用することから適宜参照頂きたい。
(2)棋譜事件のポイント
棋譜事件については、YouTuberによるリアルタイムでの棋譜を利用した動画配信が著作権侵害、不法行為その他の違法なものであるかが争われた。つまり、棋譜の利用が不法行為等になる違法行為であれば、当該営業は不競法により保護されないことから、著作権侵害申告(通知)が不競法に違反するかの判断の前提として、YouTuberによる棋譜の利用の違法性が争われた。ある意味では棋譜事件こそが、棋譜をどこまで無断で利用していいのかという点が正面から争われた事案といえる。そして、棋譜事件控訴審判決は、同判決に関するコラムで紹介したとおり、「少なくとも控訴人(筆者注:棋譜に関する権利者)が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされた被控訴人(筆者注:動画配信者)による本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである」と判示した。
そして、同コラムでも紹介したとおり、棋譜事件控訴審判決の射程は必ずしも広いとはいえない。即ち、伊藤が「王将戦・銀河戦などの有償でしか配信されていない棋譜情報を、まさにリアルタイムで配信する行為が不法行為とされたのであって、加えて、当該配信者の過去の言動といった主観的要素も考慮された判断であることに注意が必要です」※20とするように、リアルタイムで棋譜を知りたいという将棋ファンのニーズを無料で満たすことによって、棋譜を含め当該棋戦を独占的に有償でリアルタイム配信をしていた権利者に対する営業妨害になるという状況を踏まえているものであり、無償配信される棋譜情報の利用の場合や、リアルタイムではない棋譜情報の利用の場合について述べるものではないという点を指摘することができる。
(3)本件が射程外と思われること
そして、本判決の事案は、上記棋譜事件控訴審判決の射程の外にあると理解される。
即ち、本判決の認定によれば、本件動画は、いずれも、将棋の王将戦の対局に関し、対局の棋譜を用いて解説や今後の予想等を提供する内容の動画であり、全て1日目の対局の終了後、2日目の対局の開始前に投稿したか、又は、2日目の対局の終了後に投稿した動画であると認定されている。つまりこれはリアルタイム配信ではなく、棋譜事件控訴審判決が射程としていない、非リアルタイム配信である。
そして、棋譜事件控訴審でリアルタイム配信だったからこそ営業妨害的要素が強いと認められたように、本件ではその営業妨害的要素が弱く、だからこそ、一審被告は(財産的損害に関する限り)侵害論において争わなかったものと理解される。
このように、本判決は棋譜事件控訴審判決が射程としていない事案についての判断であって、本判決をもって、棋譜事件控訴審判決と矛盾しているなどということは到底できないだろう。
3.どのような場合が知的財産権で保護されないものの、なお不法行為となる「営業妨害」的な場合となるか
(1)はじめに
棋譜事件控訴審判決においては、YouTuberの行為が不法行為とされ、それに対する侵害申告(通知)が適法(不競法上の営業誹謗等に該当しない)とされた。これに対し、本件では、一審被告は一審原告であるYouTuberの行為が不法行為だとは主張していない。
この2つの判断を踏まえれば、少なくとも高裁レベルでは、棋譜情報といった著作権で保護されない情報であっても、それをリアルタイムで配信することは営業妨害的で不法行為になりやすいが、棋譜情報の事後配信は営業妨害的ではないので不法行為になりにくい、という判断となっていると総括できるだろう。これを踏まえ、YouTuberの棋譜情報利用を念頭に、どのような場合が営業妨害的な不法行為となるのかを再検討したい。
(2)前提となる北朝鮮映画事件
北朝鮮映画事件※21については、既に関連する他のコラムでも再三解説しているとおりである。即ち、著作権法で保護されない北朝鮮の映画の一部をテレビ番組で放映したことが問題となった同判決で最高裁は、著作権法6条※22各号「所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」と判示し、当該事案における不法行為該当性を否定した。
調査官解説によれば、著作権法の規律対象とする利益においては、それを保護する、保護しないを含めて著作権法の制定により決定されており、同利益については、著作権法で保護されないとすれば、原則として、別途不法行為が成立するものではないことを示したとされる※23。
そして、最高裁が、営業上の利益について検討(具体的事案へのあてはめにおいては消極)したように、営業上の利益は、「著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益」である。また、調査官解説は、図書館事件※24を引いて、人格的利益も「著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益」だとした※25。
この点、上野は、著作物かどうかという点の相違を踏まえ、著作物であれば、著作権法があえて著作物であるにもかかわらず保護を否定したり権利に制限を設けているのだから、著作権法以外の保護は原則として否定すべきだが、「著作物でないものについては、著作権法が『保護』を否定しているからといって、その『自由』についてまで積極的に確保しているわけではない」とした上で、北朝鮮映画事件は前者の著作物であるが保護されない場合に関するものであって、「少なくとも『著作物』でないものについては、同判決の直接の射程外」としており、傾聴に値する※26。
(5)更なる裁判例の蓄積が期待されること
以上、ある程度の考慮要素が抽出可能な程度の裁判例の存在が認められるものの、まだ裁判例の数は少ない。今後より多くの裁判例が蓄積され、更に議論が精緻化されることを期待したい。
その観点から「残念」と評さざるを得ないのは本判決において一審被告が正面から「一審原告の行為が不法行為になるから、一審被告のYouTubeに対する通報行為は営業誹謗にならない」という主張を行わなかったことである。この点は、一審被告が控訴審から代理人を変え、本判決と棋譜事件控訴審判決を同じ事務所の代理人(4名中3名共通)としたにもかかわらず、営業誹謗を争わなかったのはなぜかが問題となるところ、上記のとおり、各種要素を総合して具体的事案で一審原告の行為が不法行為になる可能性が低いと判断した、という可能性は十分にある。とはいえ、その結果として知財高裁のこの点についての正面からの判断がされていないのは、純粋なこの分野の議論の進展という意味では、残念なところが残る。
4.YouTubeの制度をベースとした不法行為の限定について
なお、上記3.の「YouTuber(一審原告)の行為が不法行為になるか」とは異なる問題として、一審被告の行ったような、侵害申告(通知)がいかなる場合に不法行為になるかという論点がある。この点について、本判決は上記のとおり、YouTubeが著作権侵害について一定の制度を設け、侵害申告(通知)がされて一度動画が削除されても異議を出すことで動画が復活するといった内容を公表した上で、それを理解してYouTubeをあえて利用している以上、営業誹謗は成立しても、不法行為は原則として成立しないとした。
この点は、YouTubeの制度の存在が一定の考慮要素となるとしても、それによって不法行為のみが限定される反面、不競法違反については何も限定されない、ということが妥当なのか(不競法違反についても限定されるべきではないか)、例外的に不法行為が認められる場合の規範として「特定の動画投稿者について多数回にわたって著作権侵害申告を行い、動画の公開を妨げるような場合や、著作権侵害がないことを明確に認識してなくとも、著作権侵害申告を行う目的やそれに伴う行為の態様等の諸事情に鑑み、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合は、動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたものとして、例外的に不法行為の成立が認められる場合があるというべき」としているところ、その基準が妥当なのかなどについて更に検討がされる必要があると考える。
即ち、YouTubeの制度が存在し、一定の範囲で著作権侵害等と言いがかりをつけられる可能性はあるものの、その言いがかりに対しては異議を申し立てることでいわば「火の粉を払い落とす」ことができるという点は、そのような言いがかりによる著作権侵害等の申告(通知)について、不快であっても、それを違法な権利侵害とまでいえないという方向に傾く要素であることは間違いないだろう。
とはいえ、本判決は、そのような要素が権利侵害成立に及ぼす影響を営業誹謗(不競法)と不法行為で完全に区別し、営業誹謗(不競法)は不当な著作権侵害申告(通知)をした者(一審被告)に過失があれば成立するが、不法行為は「著作権侵害がないことを認識しながら、特定の動画投稿者について多数回にわたって著作権侵害申告(通知)を行い、動画の公開を妨げるような場合や、著作権侵害がないことを明確に認識してなくとも、著作権侵害申告(通知)を行う目的やそれに伴う行為の態様等の諸事情に鑑み、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合」でなければ成立しないという判断をしたものである。
従来、被害者が企業である事案でも、営業誹謗ではなく、名誉・信用毀損の不法行為(民法709条)を利用することは多かった※44。そして、営業誹謗が存在するからといって不法行為のハードルを特に高めるという解釈は行われてこなかった。その意味では、このような不法行為成立のハードルを高めようという本判決の試みは、ある意味では非常にユニークである。
もちろん営業誹謗には「競争関係にある他人」性(不競法2条1項21号)という不法行為には存在しない要素があり、そのような行為が特に悪質だということは事実である。そこで、筆者としては、知財高裁が、この悪質性の相違に着目して、営業誹謗と不法行為を区別したのではないかとは想像するものの、少なくともこの点は判決文から明確ではない。
また、いわゆる編み物系YouTuber事件※45が「YouTubeに投稿する自由は、投稿者の表現の自由という人格的利益に関わるものである」として人格的利益の侵害を認めているところ、単に射程が異なるだけなのか※46、それとも実質的には内容的にも異なる判断をしているのかなども必ずしも明らかではない。
その意味では、この点は更に関連する裁判例が蓄積され、議論が明確になることを期待したいところである。
5.棋譜の著作物性については判断がされていないこと
本件では、棋譜の著作物性は争点ではなく、あくまでも一審被告がYouTubeに対して行なった申告(通知)について営業誹謗が成立することを前提とした損害論の検討及び不法行為が成立するか否かが争われたに過ぎない。その意味で、本判決を「棋譜の著作物性を否定した判決」と理解すべきではない。
なお、棋譜事件第一審判決に関するコラムにおいては当時探すことができた関連する議論をまとめているところ、執筆後の約1年間で、新たに以下の議論が見られた。同コラムとあわせて参照されたい※47。
6.残された課題
本稿で検討できていない課題として、第一審判決がこれまでの判例法理上認められるに至った各種の権利利益からどれか1つ(又はそれ以上)を特定して主張しないと、人格権侵害の主張自体が失当となるようにも思われる判断※52をしている点は気になるところである※53。本判決はこの問題に正面から検討せず、上記4.のようなYouTubeの制度をベースとした不法行為の限定を行うことで解決している。この点は、残された課題として今後検討していきたい。
なお、本稿についてもシティライツ法律事務所伊藤雅浩先生にコメントを頂いた。この点につき感謝している。ただし、本稿の誤りは全て筆者の責任である。
(掲載日 2025年5月13日)