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文献番号 2025WLJCC011
桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士※2
松尾 剛行
Ⅰ はじめに
ディープフェイク時代において弁護士等の専門職はその業務においてどのような注意を払う必要があるのだろうか。
AI、特に画像生成AIが広く利用されるようになっている。このようなAIをクリエイターとwin-winの関係を形成しながら適切に利活用をすることで※3、社会をより良いものとすることができる。しかし、同時に、虚偽の事実を捏造した上で、フェイク画像や動画等を生成AIを利用して作成してそれがまるで真実であるかのように喧伝する等、極めて問題のある利用方法もあり得る。
そのような中、弁護士等の専門家が払うべき注意の内容も、ディープフェイクが容易に作成され得るということを前提としたものへと、大きく変化するだろう。このようなAI時代の専門家の責任を考える上で重要な裁判例が本判決、すなわち女子プロレスラー(捏造画像)事件である※4。この事案は、まさに結果的に捏造された証拠に基づき訴訟を提起してしまった弁護士等の責任が否定された事案であり、本事案で弁護士等がどのような注意を払うべきだったとされているかは、AI時代・ディープフェイク時代において、目の前の案件で依頼者、又は第三者がまるで本物のような証拠を提供した場合における専門家の払うべき注意義務の内容を理解する上で示唆的だと考える※5。
なお、訴訟提起をしたことが、提訴者自身の不法行為となるかという問題に関しては、最判昭和63年1月26日※6(以下「昭和63年最判」という。)の規範が有名であるところ、これは訴訟代理人弁護士にとっては「依頼者」の責任に関する規範である。よって、必ずしも訴訟代理人に対して直接的に当てはまるものではないことには留意が必要である。
Ⅱ 事案の概要と判決要旨
1.事案の概要
この事案は誹謗中傷により自殺した有名な女子プロレスラーの遺族が、特定のツイッター(当時。現X)アカウントにより行われたとされる投稿が違法であるとして、当該投稿とされるものの画像(以下「本件画像」という。)を根拠に発信者情報開示手続を行い、当該アカウントの保有者(以下「保有者」という。)を突き止めたことから、保有者に対して損害賠償を請求して訴えたところ、保有者は身に覚えがないとした上で、むしろ不当訴訟を理由に遺族やその訴訟代理人弁護士(以下「遺族ら」という。)を訴えた。後に発覚したことには、この事案では遺族が第三者から本件画像を入手し※7、遺族らはそれを本物と信じて提訴したところ、結果的には本件画像が捏造されたものであった。
2.判決要旨
保有者から遺族らに対し、不当訴訟を理由とした損害賠償請求が認められるかについて、裁判所は、昭和63年最判に従い、遺族らとして、通常人であれば保有者が故女子プロレスラーを誹謗中傷した事実がないことを容易に知り得たか否かを基準とするとした。
そして、以下のとおり、遺族らはこれを容易には知り得ないとした。つまり、本件画像については、それがツイートに対する返信の画像のはずであるにもかかわらず、返信であれば表示されるはずの返信先や投稿日時が本件画像には表示されていないといった、捏造画像であったという結果を踏まえて振り返れば怪しいとも思われる事情が確かに存在するとした。しかし、これらの表示が返信投稿の外観上主要な構成要素であるとまではいえないこと等に照らすと、本件画像が一見して明らかに捏造されたものであるとはいい難いとした。そして、当時、スクリーンショットを用いたツイートの捏造が容易であることが指摘されるなどしていたとしても、捏造された画像のために権利侵害を行っていない者が誤って提訴されたといった事案が知られていたとは認められないこと等に鑑みると、直ちに本件画像が捏造されたものであることを疑うべきであったとまではいうことができないとした。
なお、検索エンジン等で検索すれば、本件画像が捏造されたものであることを指摘するツイート等を容易に発見することができたとの保有者の主張については、当該ツイートを容易に発見し得たか否かは必ずしも明らかでない上、仮にこれらを発見したとしても、それ自体も信頼性の明らかでないインターネット上の情報にすぎないことからすれば、これをもって直ちに本件画像が捏造されたものであると断ずることはできないとした。その結果として、訴え提起の時点において、通常人であれば本件画像が捏造されたものであることを容易に知り得たとまでは認められないとした。
その上で、発信者情報開示請求手続において保有者が投稿を否定していたことや、代理人がインターネットの誹謗中傷に詳しく、発信者情報開示請求に関する著作も複数ある弁護士であること等をも踏まえた検討の結果、それでもなお、通常人であれば保有者が故女子プロレスラーを誹謗中傷した事実がないことを容易に知り得たとはいえないとした※8。
そして、遺族らが、権利等が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したとはいえず、ほかに、かかる訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべき事情も認められないため訴えの提起が違法な行為ということはできないとした。
Ⅲ 評釈
1.「ディープフェイク」が紛争解決の現場に登場する中で問われる関与する専門家の責任
AI、特に生成AIの能力の飛躍的発展によって、もちろんAIを利用した効率化・高度化等の成果は生まれており、明るい未来への希望もあるものの、同時に大きな課題も生じている。これらの課題のうち重要なものとしては、ディープフェイクといわれる本物と見紛うような画像、音声、動画等を生成AIがいとも簡単に作成するということである※9。
そして、残念なことに、訴訟の場において、虚偽の証拠や捏造された証拠が提出されるという事態は既に発生している。例えば、名古屋地判令和4年10月5日※10の事案においては、警察のパトカーと貨物自動車の衝突に関する事故に係る損害賠償請求訴訟において、裁判所が「被告(筆者注:警察側)が提出したドライブレコーダーの映像のデータを見ると、音声データ部分のバイナリデータが極めて整っており、論理的に音声が入っていない可能性があること、緊急配備を開始し、捜査上の資料を保全し始めなければならないのに録音をしていなかったという点に疑問が残ることを指摘し」、釈明を求めたところ、被告はパトカーのサイレンが鳴っていたとは認められないことを認め、反訴を取り下げた※11。
女子プロレスラー(捏造画像)事件において提出された本件画像がAIによるディープフェイクか、昔ながらのいわゆる「フォトショップ合成」の事案かは明らかではない。しかし、いずれにせよ、リアルな問題として弁護士は「依頼者がディープフェイクを作成して提供する」「第三者がディープフェイクを作成し、それを弁護士に直接提供したり、依頼者を通じて提供したりする」といった状況を想定すべきである。
本稿では、本判決を題材に、本判決で被告とされた代理人弁護士の責任を踏まえ、訴訟代理人等の専門家としてどのような注意を払うべきかについて検討していきたい。
2.(提訴者本人について)訴訟提起が不法行為になるか
(1)虚偽の証拠に基づく訴訟提起の責任
まず、一般に、虚偽の証拠に基づく訴訟提起を含む不当訴訟を起こした提訴者の行為がいかなる場合に不法行為になるかという、当事者本人の責任については、既に議論が蓄積されている。
(2)最高裁判例
この点につき、昭和63年最判は、一般に訴訟提起が不法行為に当たる場合というのは、提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときであるとしている※12。
昭和63年最判によると、訴訟提起が不法行為に当たるかの判断基準は、「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」かである。そして、著しく相当性を欠くとされる具体的な場合としては、①客観的に原告(提訴者)の主張した権利等が事実的、法律的根拠を欠く場合で、かつ、②主観的に原告(提訴者)が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したときだとされている※13。
(3)裁判例は、最低限の調査を行うべきとしていること
以上を踏まえて下級審裁判例が蓄積しているところ、提訴者に対しても、裁判例は、最低限の調査を行った上で提訴すべきとする。
3.専門家として捏造証拠にどのように対応すべきか
(1)調査義務
弁護士は、依頼の目的又は事件処理の方法が明らかに不当な事件を受任してはならない(弁護士職務基本規程31条)。その典型例として相手の住所が判明しているのに公示送達を申し立てる、強制執行制度の弱点を悪用して不当な執行をする、被告を困らせるだけのために遠方の裁判所に訴えるなどが挙げられている※16。
このような専門家である弁護士としては、訴え提起の依頼を受けた場合には、法の専門家としての立場から事実的、法律的根拠の有無について十分調査・検討をすべきとされる※17。
(2)第三者(相手方)に対する義務
とはいえ、かかる義務は一次的には依頼者に対するものである。その義務に反すると、第三者(相手方)に対しても義務違反として不法行為等になるのだろうか。
ここで、訴訟代理人たる弁護士は、一次的には事件の依頼者に対して善管注意義務ないし誠実義務を負うにすぎないが、同時に、依頼者以外の第三者に対しても一定の義務(責任)を負う場合があるとされる※18。
ここでいう一定の義務というのは、弁護士が専門的知能・技能を活用して依頼者の利益のみならず関わりを生じた第三者の利益をも害することのないようにすべき注意義務(一般的損害発生回避義務)であるとされる※19。そして、この注意義務違反の類型としては、名誉毀損※20等も挙げられるものの、不当訴訟が含まれるとされており、本稿がまさに不当訴訟を主眼とすることから、以下ではこれにフォーカスして検討する。不当訴訟型では、提訴の可否・当否の吟味において①客観的に依頼者が主張する権利・法律関係が事実的・法律的根拠を欠くものであり、かつ、②主観的に、弁護士としてこれを認識し、又は認識し得べきことが責任の発生原因となるとされる※21。
そして、依頼者と対立する第三者に対しても責任を負うことで生じる依頼者との間の信頼関係との兼ね合いを考える必要性等も指摘される※22。
(3)依頼者について不法行為になるとしても、弁護士についてまで直ちに不法行為となるとは限らないこと
そして、このような議論の帰結として、ある訴訟の提起が結果的に依頼者について不法行為になるとしても、弁護士についてまで直ちに不法行為となるとは限らない。
つまり、主観要件は依頼者(提訴者)と代理人弁護士で異なることから、当然の帰結として、例えば、依頼者(提訴者)は主たる証拠が偽造と分かっているが、代理人弁護士は知らないという状況が生じ得る。
このような場合に加えて、第三者への過度な配慮を求めることで、依頼者との関係で訴訟活動が縛られることへの警戒感も示されている※23。高中は、代理人の訴訟提起等が不法行為に当たるかの基準を考える上では、弁護士の正当な訴訟活動を不当に制限することのないようにする配慮が必要であり、訴え等の提起が違法であることを知りながらあえてこれに積極的に関与し、または相手方に対して特別の害意を持ち本人の違法な訴え等の提起に乗じてこれに加担するとか、訴え等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶなど、代理人としての行為それ自体として本人の行為とは別個の不法行為と評価し得るものに限られるとするべきだとする※24。『条解弁護士法』※25も同様に、「(筆者注:訴訟提起が訴訟代理人弁護士について不法行為とされるのは、)代理人としての行動がそれ自体として本人の行為とは別箇の不法行為と評価し得る場合」、例えば、「訴等の提起が違法であることを知りながら敢えてこれに積極的に関与し、又は相手方に対し特別の害意を持ち本人の違法な訴等の提起に乗じてこれに加担するとか、訴等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶなど」の場合に限られるとした東京高判昭和54年7月16日※26を正当とする。
(4)裁判例の流れを踏まえた本判決の読み方
このような依頼者本人と代理人の責任の相違は、裁判例においても反映されている。
古典的な裁判例として、上記の東京高判昭和54年7月16日は「代理人の行為について、これが相手方に対する不法行為となるためには、単に本人の訴等の提起が違法であつて本人について不法行為が成立するというだけでは足りず、訴等の提起が違法であることを知りながら敢えてこれに積極的に関与し、又は相手方に対し特別の害意を持ち本人の違法な訴等の提起に乗じてこれに加担するとか、訴等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶなど、代理人としての行動がそれ自体として本人の行為とは別箇の不法行為と評価し得る場合に限られるものと解すべきである。殊に弁護士である代理人についてそのような不法行為が成立するか否かを判断するに当つては、元来弁護士は社会正義の実現の責務を負つている(弁護士法1条参照)とはいえ、当事者の権利の擁護を図り、本人の意図するところの実現に寄与するようその意を体して行動することもまた重要な職責であることにかんがみ、弁護士の正当な訴訟活動を不当に制限する結果とならないよう慎重な検討を加えねばならない」としている※27。
東京地判平成18年9月25日※28も「弁護士の不法行為の成立については、依頼者(提訴者)の不法行為の成立とは別個にその成立の有無を考えるべきであろう。・・・・・・具体的には、弁護士については、事実的根拠の点では原告本人と異なり原告本人の主張する事柄の正当性を第三者として検証することになるのであるから、この点については原告本人の場合と異なった配慮が必要とされると考えられる」とする(結論として代理人の責任否定)。
東京地判平成25年3月21日※29も、錯誤を主張して請求異議訴訟を提起するに当たっての訴訟代理人の調査内容が問題となった事案において、訴訟代理人であって当事者とは立場を異にし、昭和63年最判がそのまま妥当するとは解されないとした上で、東京高判昭和54年7月16日類似の「専門家たる弁護士が、依頼者から委任されて訴訟を提起するという場合であっても、依頼者の主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであり、弁護士がそのことを知りながら又は弁護士であれば通常容易にそのことを知り得たのにあえて訴訟を提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合には、応訴する相手方に不当な負担を強いることになるから、依頼者とは別に訴訟代理人として行った訴訟の提起が違法と評価されると解される」という規範を提示した上で、弁護士の責任を否定した※30。
なお、やや特異なものとして、名古屋高判平成21年3月19日※31がある。この事件は、前訴において勝訴した当事者及びその代理人弁護士の責任が追及された。裁判所は、代理人弁護士について、法律的アドバイスをし、前訴の構成に関わったことが窺われるが、それ以上に真実と虚偽の事実とを区分けして認識した上、虚偽の主張を構成し、立証を進めたまでの事実を認められないので、不法行為責任は負わないとしたものの、依頼者は控訴審段階では不法行為責任を負うとされた※32。
このように、相当数の裁判例が、依頼者と代理人の責任を区別している。
ここで、事案はやや特殊であるが、最高裁における責任肯定例として、懲戒請求に関する取消訴訟の提起に関する最判平成19年4月24日※33がある。同判決は、懲戒請求者及び代理人弁護士であった被上告人らにつき、「被上告人らは、別件取消訴訟を本件異議の申出を棄却する決定に対する不服申立ての方法と位置付けてこれを提起したものであることが認められる。そして、前記のとおり、本件懲戒請求等が根拠のない懲戒事由に基づくものであるといえる以上、別件取消訴訟の提起も根拠のない懲戒事由に基づくものであり、これによっても上告人の名誉又は信用が毀損されるというべきである。しかも、懲戒請求をした者は、異議の申出を棄却する日弁連の裁決に対して取消訴訟を提起することが法律上認められていないのである※34。そうすると、別件取消訴訟が事実上又は法律上の根拠に欠けるものであり、被上告人らが通常人としての普通の注意を払うことによりそのことを知り得たことは明らかであって、被上告人らは、別件取消訴訟の提起による上告人の名誉又は信用の毀損についても、不法行為責任を負うものというべきである。」としてその責任を認めたものである。この判決は少なくとも明確には本人と代理人の相違を検討していない。しかし、調査官解説は、懲戒請求と「密接に関連している」、つまり、懲戒請求を弁護士会が否定したこと「に対する不服申し立ての方法として位置付け」て行われた取消訴訟の提起であったため、「懲戒請求等について」「不法行為が認められるのであるから、」「取消訴訟の提起についても、不法行為を肯定して差し支えない」としている※35。その意味では、この最高裁判決の取消訴訟提起に関する判断の射程は懲戒請求に密接に関連するものに限定されると解すべきである。
やや特殊なものに、東京地立川支判令和6年5月22日※36がある。この事案は、前訴における代理人に対し、前訴の提起を不法行為として、損害賠償を請求したものである。前訴は、預金者の認定に関する最二小判昭和52年8月9日※37とその射程が供託に及ぶか問題となる事案であった。裁判所は、昭和63年最判の基準をそのまま持ち出して「弁護士である被告ら(筆者注:前訴代理人)が、債権の出捐者に関する見解を持ち出して別件本訴を提起した以上、本件最高裁判決(筆者注:最二小判昭和52年8月9日)の結論を前提としていることは明らかであるが、本件最高裁判決及び供託法を検討すれば、容易に」前訴に事実的、法律的根拠を欠くとの「帰結に達することは可能であった」等として、前訴の提起を不法行為とした。確かに、基準そのものは、他の裁判例と異なっている。しかし、もし、最高裁判例と法律を検討すれば容易に事実的、法律的根拠を欠くとの帰結に達することは可能であったのであれば、結果的には「訴等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶ」という上記の東京高判昭和54年7月16日の要件を満たしているといえる。そこで、判決文において採用された規範は異なるものの、結論においては変わらない事案であると評することができる。
その他、否定例がいくつかあるところ、否定例では、特に本人と代理人の相違に関する明確な規範を立てずに判断したものも多い。とはいえ、例えば、本人に責任がない以上代理人についても当然責任がないとするもの等は、もし本人に責任があるとされれば、別途代理人の責任を検討し、その際には本人との相違を明確にした可能性があるところである。このような否定例として、大阪地判平成22年5月6日※38、東京地判平成27年7月17日※39、東京地判平成28年3月8日※40、東京地判平成30年1月23日※41、東京地判平成31年3月26日※42、東京地判令和5年2月10日※43、等を参照のこと※44。
そして、このような裁判例の流れを踏まえて、本判決を見ると、確かに本判決の文言上は、依頼者(提訴者本人)のみならず訴訟代理人弁護士についても、昭和63年最判の基準という同一の基準を利用しているが、実質的には依頼者についてすら不法行為責任が認められない以上代理人についても当然責任がないとするものと理解すべきである。
(5)注意義務の基準について
ここで、責任が肯定される場合において、比較的多いのが「訴え等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶ」場合であろう。どのような場合、具体的には、どのような調査を怠った場合に、代理人弁護士がこれを「容易に知り得る」にもかかわらず「漫然とこれを看過」したとされるのだろうか。この判断の際には、上記の昭和63年最判の提訴者(依頼者)に関する基準でも通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したときとされていることも併せて検討すべきである。
ここで、弁護士の場合は、一般人と違って高度の専門的な注意義務を負うものであることから、弁護士の訴訟提起行為が不当訴訟となるか否かについては上記の昭和63年最判の通常人の基準ではなく「平均的弁護士としての技能水準」を判断基準とすべきであるという見解もある※45。
確かに、法律上理由がないかは一般人にはなかなか判断できない。そこで、法律上の理由がなく、その結果として「訴え等の提起が違法であることを容易に知り得る」かについては、一般人よりも弁護士の義務が加重されるといわざるを得ない。
問題は事実上理由がないか、とりわけ、証拠が(ディープフェイクである等の理由で)偽造されたものではないかに関する調査である。上記2.(3)のとおり、依頼者についても一定の調査が、求められるところ、弁護士が一般人よりもディープフェイクを見抜くのが得意かという観点、及び、依頼者と代理人の責任を区別することで、「弁護士の正当な訴訟活動を不当に制限する結果とならないよう」にするべきこと(上記の東京高判昭和54年7月16日)からすると、少なくとも通常人や依頼者を上回る調査義務を負わせるべきかを慎重に検討すべきである。また、弁護士というのは筆跡鑑定等の本物かを見抜く能力について専門的な訓練を受けていないのだから、「平均的弁護士としての技能水準」、弁護士の注意義務を通常人と同程度やそれ以下としても、特に「平均的弁護士としての技能水準」論と矛盾するものではない。むしろ、その事件に関与したり、当該類型の業務を行うことで実務慣行等を知っていたりする依頼者よりも「平均的弁護士」の負う偽造を見抜くことに関する義務が軽いと解すべき場合も具体的事案においては十分にあり得ると考える。
そして、本判決は、代理人弁護士がインターネットの誹謗中傷に詳しく、発信者情報開示請求に関する著作も複数ある弁護士であること等をも踏まえても、代理人弁護士は依頼者と同様に責任を負わないとされた。その意味では、本判決は証拠捏造に関して弁護士が尽くすべき注意の水準について、少なくとも通常人や依頼者を上回る調査義務を負わせることには慎重にすべきという考え方と整合的である。
もっとも、これをもってディープフェイク時代において代理人弁護士が「依頼者が本物だとして提供すればそれを鵜呑みにしていい」等と結論付けることはできない。特に、本判決が代理人弁護士の責任を否定するに際して重視した1つの要素を指摘せざるを得ない。すなわち、本判決は「第一事件の訴えが提起された当時、スクリーンショットを用いたツイートの捏造が容易であることが指摘されるなどしていたとしても、捏造された画像のために権利侵害を行っていない者が誤って提訴されたといった事案が知られていたとは認められないこと等に鑑みると、直ちに本件画像が捏造されたものであることを疑うべきであったとまではいうことができない」と判示している。そして、本判決そのものが、「捏造された画像のために権利侵害を行っていない者が誤って提訴されたといった事案」なのであり、本判決以前と以降では注意義務の水準が変わる可能性が十分にあるだろう。
(6)ディープフェイク時代における弁護士等の尽くすべき注意
本判決を参考に、かかる注意義務の水準をAIが生成したディープフェイクの文脈に落とし込んだ場合、①一見してフェイクと分かる、②客観的にみて具体的疑義がある、③(後からそれがディープフェイクといわれればなるほどとなるかもしれないものの、)具体的な疑義まではない、というもののいずれであるかによって専門家として尽くすべき注意義務の内容が変わるだろう。
①であれば決してそのような証拠を本物として提出してはならないし、②であれば、追加的調査を行って、疑問を解消してから提出すべきである(通常は疑問が解消されない限り提出すべきではない)。これに対し、③の場合には提出すること自体はやむを得ないだろう※46。本判決の事案は③だったと判断されたといえる。
何をもって③ではなく②とするかは微妙なところがあるが、その画像そのものの内容(本物であればあるものがない/ないものがある等)に加え、証拠関係に照らしてどのような位置付けを占めるかという観点は、客観的な疑義の有無の観点から重要となるだろう。即ち、他の証拠関係が、特定の事実を否定する方向なのにもかかわらず、突然それを肯定する画像等が提供されたのか、それとも、当該画像は他の証拠とも整合的なのかは重要であろう。また、提出時期や経緯、例えば控訴審段階で突然決定的な画像が出てくるといったものも客観的疑義があると認定されやすい事情であろう。
なお、今後はウォーターマーク(電子透かし)※47が利用されるようになり、機械的にAI生成画像だと判明した場合には、それをもって①として位置付けられるということにはなるだろう。しかし、ウォーターマーク(電子透かし)は技術的には除去が可能である。その結果、ウォーターマーク(電子透かし)がないからといって、直ちに③にはならず、他の事情を総合することで、なお②という場合はあり得ることに留意が必要である。
いずれにせよ、弁護士は、このようなディープフェイク時代において、裁判手続において捏造された資料を証拠として提出しないよう、従来と比べてより高度な注意を払うことが必要である。
(掲載日 2025年4月8日)