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文献番号 2016WLJCC013
同志社大学 教授
高杉 直
1.はじめに
平成23年改正民訴法によって国際裁判管轄規定が整備されるまで、我が国には国際裁判管轄に関する明文規定は存在しないと一般に解されていた。そのため、裁判例は、条理に従って判断を行うとし、[1]民訴法の規定する国内管轄の裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、日本の国際裁判管轄が肯定されるが、[2]日本で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する「特段の事情」があると認められる場合には、日本の国際裁判管轄を否定すべきであるとの法理を確立していた(最判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁※2)。
平成23年改正民訴法は、基本的には従来の判例法理に従って財産関係事件の国際裁判管轄規定(民訴法3条の2から3条の12)を新設したものである。立法の準備段階においては、詳細かつ精緻な国際裁判管轄原因を定めることで、「特段の事情」による例外的規律が不要となるとの考え方も有力であったが、最終的には、具体的妥当性を確保するための例外条項が必要と考えられ、従来の「特段の事情」に相当する「特別の事情」の規定(民訴法3条の9)が置かれた。
このような背景から、実務上、「特別の事情」を定める民訴法3条の9をめぐり、従来の「特段の事情」と同様に柔軟な解釈・適用がなされるのか、それとも一層制限的な解釈・適用がなされるのか、また、どのような解釈方法が採られるのかなどが注目されていた。
本判決は、最高裁として初めて民訴法3条の9の解釈を示したものであり、実務上も極めて重要なものと考えられる。
2.事実の概要
X1社(原告・控訴人・上告人)は、パチンコ遊技機の開発、製造、販売等を主たる業務とする日本法人であり、X2(原告・控訴人・上告人)は、X1社の取締役会長である。X1社の子会社であるA社は、ネバダ州法人であり、Y社(被告・被控訴人・被上告人)の発行済株式の総数の約20%を保有していた。
Y社は、カジノの運営を主たる業務とするネバダ州法人であり、ネバダ州でゲーミング(賭博営業)免許を受けている。X2はY社の取締役でもあった。
ネバダ州の法令上、ゲーミング免許の取得者は、関係者が犯罪に関与しているなど不適格であると規制当局に認定されると、当該免許を剥奪されることがある。また、Y社の定款には、取締役会が、ゲーミング免許の維持を脅かす可能性のある者として不適格であると自ら判断した株主の株式を強制的に償還する旨の定めがある。
A社及びXらは、Y社や他の出資者との間で、Y社への出資等に関連する複数の合意(本件株主間合意等)をしている。これらの合意中には、同合意に関して提起される訴訟をネバダ州裁判所の専属管轄とし、ネバダ州法を準拠法とする定めがあり、また、同合意に係る契約書面はいずれも英語で作成されている。
Y社のコンプライアンス委員会は、平成23年、米国の法律事務所に、X2がY社のゲーミング免許の維持を脅かすこととなり得る行為に関与した可能性を示す証拠が存在するかどうかなどの調査をさせた。
上記法律事務所は、平成24年2月18日、X2及びその関係者が、フィリピンや韓国においてゲーミング事業の監督等を行う立場にあった政府職員等に対し賄賂を供与するなど米国の連邦法である海外腐敗行為防止法に違反する行為を繰り返してきたようにみられること等を記載した報告書(本件報告書)を上記委員会に提出した。本件報告書の調査資料となった多数の文書、本件報告書の作成に関与した者、上記調査において事情聴取を受けた者等は、主として米国に所在する。
Y社の取締役会は、平成24年2月18日、X2を除く取締役の全員一致で、本件報告書に基づき、A社及びXらはY社の定款にいう不適格である者と判断し、A社が保有するY社の株式を強制的に償還することを決議した。
Y社は、平成24年2月19日、そのウェブサイトに英語で作成された要旨次のような内容の記事(本件記事)を掲載した。
(ア)X2及びその関係者が、自らの利益を図るために、海外腐敗行為防止法に明白に違反しY社の行動準則を著しく無視するやり方で、3年余りの期間に36回以上にわたって不適切な活動に従事してきたことが、本件報告書によって立証されたこと
(イ)Y社の取締役会は、平成24年2月18日、X2を除く取締役の全員一致で、A社及びXらはY社の定款にいう不適格である者と判断し、A社が保有するY社の株式を強制的に償還する決議をしたこと
Y社は、平成24年2月19日、ネバダ州裁判所に対し、A社及びXらを被告として、Y社が合法的にかつ定款等に忠実に行動したことの確認請求及びX2の信認義務違反に関する損害賠償請求に係る訴訟を提起した。これに対し、A社及びX1社は、同年3月12日、Y社及びその取締役らを被告として、Y社の上記取締役会決議は無効であるとして、その履行の差止めと損害賠償等を求める反訴を提起した(上記の各訴訟を併せて「別件米国訴訟」という)。3.第1審
第1審(東京地判平成25年10月21日:2013WLJPCA10218001※3)は、「Xらの主張する不法行為のうち、Y社による本件プレスリリース掲載行為については、X1社及びX2の名誉・信用毀損結果が直接日本国内において発生しており、『不法行為があった地が日本国内にあるとき』に該当する」と認定しつつも、「特別の事情」(民訴法3条の9)があることにより、我が国の裁判所には国際裁判管轄が認められないとして訴えを却下した。
特別の事情については、(1)事案の性質、(2)応訴による被告の負担の程度、(3)証拠の所在、(4)日本における国際裁判管轄が否定される場合の原告らの不利益の4つの事情に分けて詳細に検討した上で、「本件に関しては、①Y社の事業・経営に関し、日本の裁判所に訴訟が係属することは、双方当事者としても、予定も予想もしていなかったと解するのが相当であること、②本件訴訟に関連する証拠についても、比較的多くの書証・関連証人等が米国内に所在すると考えられ、これらを日本の裁判所において取り調べるには、多数の証拠に関して翻訳や通訳が必要となること、③Y社及びその関係者にとって、日本において本件訴訟への対応をすることは、相当程度の負担となり、他方、X2及びX1社は、関連する別件米国訴訟への対応・反訴提起等の活動を行っていること等の事情があると認められ、これらの事情に照らせば、本件訴訟については、『日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情がある』というべきである」と判示した。
なお、民訴法3条の9の適用に関して、「特別事情の有無については、民訴法3条の9の趣旨に照らして、同条記載の各要素が総合的に判断されるべきであり、安易に特別事情による却下を認めることは原告の裁判を受ける権利を実質的に奪う結果となりかねないため、厳に慎まなければならない」旨も判示した。
4.控訴審
控訴審(東京高判平成26年6月12日:2014WLJPCA06126008※4)も、(1)事案の性質、(2)応訴による被告の負担の程度、(3)証拠の所在地、(4)その他の事情に分けて詳細に検討した上で、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情(民訴法3条の9)があるから、本件訴えを却下するのが相当であるとして、控訴を棄却した。5.最高裁判決
上告棄却。
「本件について、民訴法3条の9にいう『事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情』があるか否かを検討する。上記事実関係等によれば、本件訴訟の提起当時に既に係属していた別件米国訴訟は、米国法人であるY社が、X2及びその関係者が海外腐敗行為防止法に違反する行為を繰り返すなどしていたとして、X2が取締役会長を務めるX1社の子会社であるA社が保有するY社の株式を強制的に償還したこと等に関して、Y社とA社及びXらとの間で争われている訴訟であるところ、本件訴訟は、Xらが、上記の強制的な償還の経緯等について記載する本件記事によって名誉及び信用を毀損されたなどと主張して、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めるものであるから、別件米国訴訟に係る紛争から派生した紛争に係るものといえる。そして、事実関係や法律上の争点について、本件訴訟と共通し又は関連する点が多い別件米国訴訟の状況に照らし、本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点についての証拠方法は、主に米国に所在するものといえる。さらに、XらもY社も、Y社の経営に関して生ずる紛争については米国で交渉、提訴等がされることを想定していたといえる。実際に、Xらは、別件米国訴訟において応訴するのみならず反訴も提起しているのであって、本件訴えに係る請求のために改めて米国において訴訟を提起するとしても、Xらにとって過大な負担を課することになるとはいえない。加えて、上記の証拠の所在等に照らせば、これを日本の裁判所において取り調べることはY社に過大な負担を課することになるといえる。これらの事情を考慮すると、本件については、民訴法3条の9にいう『日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情』があるというべきである。
以上と同旨の見解に立って、本件訴えを却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。」
6.本判決の意義
本判決の第1の意義は、最高裁としてはじめて「特別の事情」(民訴法3条の9)の解釈を示した点にある。
本件で最高裁が考慮した事情は、①本件訴訟が別件米国訴訟に係る紛争から派生した紛争に係るものであること、②本件訴訟の本案審理で必要な証拠方法が主に米国に所在すること、③当事者双方が米国での訴訟を想定していたこと、④Xらが米国で反訴を提起しているから米国での訴訟がXらに過大な負担を課さないこと、⑤証拠の所在等に照らして日本での訴訟がY社に過大な負担を課すこと、である。
第1審および控訴審が、(1)事案の性質、(2)応訴による被告の負担の程度、(3)証拠の所在地、(4)その他の事情の4つの考慮要素に分けた上で検討を加えたのに対して、最高裁は、少なくとも表面的にはこのような検討枠組みを採用していない。もっとも、本判決が原審と同旨の見解に立っていることをも考慮すれば、①は「事案の性質」に、②は「応訴による被告の負担の程度」と「証拠の所在地」に、⑤は「応訴による被告の負担の程度」に、③④は「その他の事情」(米国訴訟の予見可能性と米国訴訟への応訴によるXらの負担の程度)に、それぞれ該当すると見ることが可能かもしれない。
なお、本判決では、第1審とは異なり、「特別の事情」(民訴法3条の9)の例外的・限定的な適用についての判示は見当たらない。おそらくは従来の「特段の事情」と同様、実務上、民訴法3条の2から3条の8までの規定に基づき日本の国際裁判管轄が認められる場合であっても、原則として、さらに「特別の事情」の有無の検討が必要とされることになろう。
本判決の第2の意義は、外国訴訟が先行している国際訴訟競合の事案に対して、外国訴訟の予見可能性や外国訴訟の応訴の負担などを「特別の事情」の枠組みで判断した点にある(①③④)。外国訴訟が先行する国際訴訟競合の法規律については、学説上、承認予測説や訴えの利益説などが有力に主張されているが、本判決は、従来の裁判例の趨勢に従い、国際裁判管轄に関する「特別の事情」の枠組みで処理した。今後の実務も同様の方向で進むものと思われる。
(掲載日 2016年5月24日)
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