日EU経済連携協定の原産地規則

今回も、トムソン・ロイター ソリューション コンサルタントの箱田が、外務省で昨年夏まで弁護士兼外交官として2年5か月にわたりTPP協定や日EU・EPAの原産地規則章等を担当されていた畠山氏にお話を伺いました。 (以下、敬称略)

近時のアップデート:署名に向けた動き

畠山:欧州委員会(European Commission)は4月18日に、日EU経済連携協定(「日EU・EPA」)の交渉結果を欧州理事会(European Council)に報告し、本年6月8日及び9日に開催されるG7サミットの際に予定されている日EU首脳会談における日EU・EPAの署名を提案しました 。[1]また、欧州委員会は、現在の欧州委員会の任期満了日である2019年10月31日よりも前の時点での発効を想定しているとのことです。

箱田:前回 は、日EU・EPAに基づいて関税上の特恵待遇を受けるための原産地証明手続等についてお伺いしました。今回は、譲許表等との関係性にも簡単に触れていただいた上で、産品が日EU・EPA上の原産品と認められるための要件等を中心にお話しいただければと思います。

畠山:はい。前回も冒頭でお断りしましたが、現時点では日本政府側からは条文案が公表されていませんので、EU側が昨年12月8日以降に公表している暫定版の条文案(「暫定条文案」)に基づいてご説明させていただきます。暫定条文案に対する法的精査(リーガル・スクラビング)の結果、規定内容は大きく変わらないと想定されますが、表現の変更等はあるものと考えられます。

箱田:ご指摘の暫定条文案とは、欧州委員会(European Commission)のサイトに掲載されているものですね。今回のお話に関係ありそうなものを抜き出してみました。

編集者注:暫定条文のウェブサイトは現在表示されないため、リンクを無効化しています。2019年2月1日から有効となった実際の協定文をこちらからご参照下さい。Japan-EU Economic Partnership Agreement (EPA)

条文の関係性

畠山:ありがとうございます。挙げていただいた条文案の関係性について、日EU・EPAの実際の活用の場面を想定しつつ最初に簡単にまとめておきます。まず、輸出又は輸入の対象として検討している産品の日EU・EPA上の特恵関税率を譲許表で確認し、物品の貿易章の関連規定も検討します。その上で、対象となる産品が当該関税率が適用されるための要件を満たす原産品に該当するか否かを原産地規則及び原産地手続章及びその附属書である品目別原産地規則(PSR)を基に検討することになります。以下で、具体的にご説明します。

(1)譲許表
畠山: まず、特定の産品について日EU・EPAに基づく関税削減・撤廃のメリットがあるのかを確認するために、日本からEUに対する輸出の場合であればEU側の譲許表、EUから日本への輸入の場合には日本側の譲許表を確認します。なお、この際に留意していただきたいのは、従来の日本の経済連携協定(EPA)と異なり、日EU・EPAの譲許表には協定発効日に無税となる品目は記載されていない点にご留意ください。

箱田:日本の従来のEPAでは、各品目を譲許表に記載した上で、協定発効日に関税が即時撤廃される品目についてはその旨を記載する形式を採用してきました。日EU・EPAでは、この仕組みとは異なるということですね。

畠山: そのとおりです。具体的には、従来のEPAでは協定発効日から無税である品目については譲許表の実施区分欄において、「A」(TPP協定以外のEPA)又は「EIF」(TPP協定(署名済み・未発効))という記載がなされ、これに該当する原産品は協定発効時から無税であることを示す形式でした。これに対し、日EU・EPAでは、発効日の時点で無税にならない品目のみを譲許表に記載するネガティブ・リスト方式が採用されています。したがって、譲許表に記載がない品目に該当する原産品については全て発効日に無税となります。

(2) 物品の貿易章の規定
畠山: 譲許表が附属書として付されている物品の貿易章は、譲許表での約束内容(原産品に対する関税の削減・撤廃等)の履行を法的に確保する条文に加えて、内国民待遇、関税上の評価等の物品の輸出入に関する基本的な事項を規定しています。本章には、ワインの貿易に関する規定、自動車に関する附属書や焼酎に関する附属書のように日EU・EPA独自の重要な内容も含まれていますが、これらについては次回以降に解説したいと思います。

箱田: 譲許表を含む物品の貿易章の規定の検討を行った上で、原産地規則に関するルールの検討に移るわけですね。

畠山: ご指摘のとおりです。日EU・EPAに基づく貿易のメリットを確認した結果、わざわざこれを利用するまでもないということであれば複雑な原産地規則の検討を行う必要もありませんので、業務効率の観点からもまずは適用される特恵関税率やその他の物品の輸出入に関する規定を確認すべきです。以下では、原産地規則についての網羅的な説明は行わず、日EU・EPAにおいて特に知っておくべきと考えられる論点のみを解説します。

原産地規則及び原産地手続章
(1) 原産品の概念

箱田: 日EU・EPAにおける原産品の概念とは、どのようなものなのでしょうか。

畠山: 原産品の概念には締約国原産と協定原産という2種類がありますが、日EU・EPAでは、締約国(締約者)原産が採用されています。締約国原産の考え方の下では、原産性を得るための生産が行われる地理的範囲を1つの締約国の領域に限定して考えます。なお、日EU・EPAの場合には、日本とEUが「Party」(締約者)であり、EUの各加盟国がそれぞれ締約国になっているわけではないため、原産品は日本の原産品又はEUの原産品の2種類に分類されます。

箱田: 協定原産を採用している日本のEPAはあるのでしょうか。

畠山: 日・メキシコEPA及びTPP協定では、協定原産が採用されています。協定原産は、自国と他の締約国の領域を一まとめにして考えて、その協定の領域内で原産性を獲得した産品を特定の締約国の原産品としてではなく、当該協定の領域内で生産された原産品と捉える考え方です。

例えば、TPP協定では日本の原産品、米国の原産品といった個別の国における原産品という概念はなく、TPP協定の領域内で生産された原産品については、どの国において原産性を取得したとしても「TPP原産品」として捉えられることになります。ちなみに、仮に日EU・EPAで協定原産が採用されていた場合には、「日EU・EPA原産品」という原産品概念のみが存在していたことになります。

(2) 完全累積

箱田: 日EU・EPAでは、TPP協定と同様にいわゆる完全累積が採用されたことが話題になっています。完全累積とは、具体的にどのような内容なのでしょうか。

畠山: 完全累積とは、原産品(モノ)の累積及び生産行為の累積の双方が利用可能な制度のことを意味します。まず、モノの累積とは、自国での生産において材料として用いる他の締約国の原産品を自国の原産品(原産材料)とみなすという概念です。これに対し、生産行為の累積とは、他の締約国において行われた生産行為を自国において行われたものとみなす概念です。

両者を比較すると、モノの累積は他の締約国において原産品としての資格を得ていない産品には適用できませんが、生産行為の累積は他の締約国で原産性を得ていない産品に対して加えられた生産行為についても自国における生産行為と合わせて原産性の判断に用いることを可能にするものです。つまり、モノの累積と生産行為の累積はそれぞれ適用場面が異なるため、両者の適用が可能な完全累積を実現している日EU・EPAは、より原産性が認められやすい協定であるといえます。

なお、累積規定の適用に際しては適用対象となる原産材料又は相手方締約国における生産行為に関する証明資料を用意しなければならないため、その負担が過度に大きい場合等には適用する実益はありません。したがって、累積規定はあくまでもその適用の有無を自らが決めることができる任意の規定であることを理解しておくことが重要です。

(3) 乗用車及び自動車部品に関する特則

箱田: 乗用車及び一部の自動車部品については、原産性の判定について特別な規定が設けられたとのことですが、どのような内容なのでしょうか。

畠山: 大きく分けて、①乗用車及び一部の自動車部品に関する付加価値基準の暫定的緩和(原産地規則及び原産地手続章附属書II付録1のSection 2)と②一部の自動車部品に関する特別な生産工程による原産性の付与(同付録のSection 3)という2つの規定が設けられています。どちらも対象となる産品について、PSRの表に規定されている要件よりも原産性を満たしやすくするものです。

箱田: それぞれについて、①から順にご説明いただけますか。

畠山: まず、①に関する説明をする前提として乗用車(HS8703)のPSRを確認すると、付加価値基準でMaxNOM(生産に使用される非原産材料の最大割合)45%又はRVC(域内原産割合)60%と規定されています。このように、日EU・EPAではPSRとして付加価値基準が採用されている品目にはそれぞれMaxNOMとRVCの2つの基準が定められていますが、どちらか一方の基準を満たしていることを証明できれば十分です。 

このうちMaxNOMという用語は、日本の従来のEPAでは使用されたことがありませんが、産品の価額全体のうち非原産材料が占める割合を意味しています。MaxNOMに基づいて原産性を証明する場合には、非原産材料の使用がPSRに規定されている割合(乗用車の場合45%)以内であれば当該産品の原産性が認められます。MaxNOMの計算式は以下のとおりです(VNM:産品の生産に使用された非原産材料の価額、EXW:産品の工場渡し価額)。

これに対し、RVCは締約国の域内で加えられた価値が産品に占める割合のことを指します。なお、日EU・EPAでは、RVCは原産性の検討対象となる最終産品の価額から使用された非原産材料の価額を控除する方式で計算されます(乗用車の場合、40%までは非原産材料を使用することができます)。RVCの計算式は以下のとおりです(FOB:産品の本船渡し価額、VNM:産品の生産に使用された非原産材料の価額) 

 

箱田: MaxNOMとRVCにおいて、使用可能な非原産材料の割合が異なるのはなぜでしょうか。

畠山: MaxNOMの計算はEXW(工場渡し価額)に基づいているのに対し、RVCはFOB(本船渡し価額)に基づいているため、その違いを反映していると考えられます。 

(b)①について 
畠山: 前置きが長くなりましたが、以上を前提として①の説明をします。①は、日EU・EPAの発効日から6年目が終了する日までの期間において、自動車関連の特定の産品に対する付加価値基準の緩和措置として機能する規定です。具体的には、発効日から発効後3年目が終了する日までの間はMaxNOM55%又はRVC50%(10%緩和)、発効後4年目の初日から6年目が終了する日まではMaxNOM50%又はRVC55%(5%緩和)というPSRに規定されている要件よりも緩い基準を満たせば原産品になります。 

このように、協定発効からの一定期間のみ非原産材料の使用がより多く許容されるため、日本企業としてはその期間内にサプライチェーンの再構築を行うなどして日EU・EPAのPSRに適応していかなければなりません。また、一部の自動車部品についても同様に、協定発効後3年目が終了する日までの期間について付加価値基準が暫定的に緩和されています。 

なお、技術的な点ですが、①における「年(year)」とは、日EU・EPAの発効日から12か月の期間及びその後の各年の12か月の期間のことを意味します。EU側の譲許表についても「年」は同様の期間を意味しますが、日本の譲許表では「1年目」は発効日から次の3月31日までの期間を指し、2年目以降は4月1日から翌年の3月31日までを指します。このように、同一の文言であっても与えられている意味が異なることがありますので、用語の定義についても注意を払って検討する必要があります。 

(c)②について 
②は、HS8703.21から8703.90に分類される乗用車の生産に用いられる附属書II付録1のSection 3の表に規定されている特定の自動車部品については、PSRに規定されている品目別規則を満たすことだけではなく、当該表に規定されている特定の生産工程を経ることによっても原産性を獲得する旨を定める規定です。なお、TPP協定にも同様の規定があります(Annex 3-D Appendix 1)。 

②の趣旨は、数万点ともいわれる大量の部品から構成される乗用車の生産において重要な位置を占める車体や駆動軸等の中間部品について、関税分類変更基準や付加価値基準による原産性の証明負担を軽減することであると考えられます。すなわち、対象とされている特定の自動車部品の原産性をPSRの通常の基準に基づいて証明する際には、その中間部品の生産に使用されている大量の部品それぞれについて関税分類番号が変更されていることや中間部品に使用されている非原産材料の価額が一定の割合を下回っていることについての補足資料が必要になるため、その準備のために多大な労力を要します。 

これに対し、②を適用すればそのような時間とコストを要する作業を行う必要がなく、単に特定の生産工程を経ていることを証明すれば足りるので、原産性の証明の労力が大幅に削減されると考えられます。このように、②が適用できる場面では積極的な活用が望ましいと思われるため、対象となる部品とそれに対する特定の生産工程について今のうちから検討しておくべきでしょう。

(4) 乗用車の生産における非締約国の産品の考慮

箱田: 乗用車の生産過程の中で組み込まれる日本とEU以外の第三国において生産された一部の自動車部品について、日EU・EPAの下での原産品として認める可能性を秘めた規定が設けられているようですね。これを「拡張累積」と呼ぶ声もあるようです。

畠山: 用語については色々と議論のあるところだと思いますが、附属書II付録1のSection 5に規定されている取扱いのことですね。この規定は、乗用車の生産に際して、HS84.07、85.44及び87.08の産品に限って第三国の原産品(本来は日EU・EPAでは非原産品)を日EU・EPAの下での原産品をみなすことについて日本とEUが決定できる旨を定めています。その条件として、①日本及びEUが共通して自由貿易協定(FTA)を締結している第三国であること、②日本と当該第三国、EUと当該第三国との間でそれぞれ本規定の完全な実施のための適切な行政上の協力について取り決めがなされ、日本及びEUが双方とも相手方締約国(日本・EU)に対してその旨を通知していること、③日本及びEUが本規定の実施に関するその他の条件について別途合意していることの3つを全て満たす必要があります。

箱田: ①の共通のFTAを締結している第三国としては、どのような国があるのでしょうか。

畠山: 現時点では、メキシコ、チリ及びスイスです。また、シンガポール及びベトナムについても、日本側は発効済み、EU側は交渉終結済み・未発効というステータスであるため、近いうちに対象国に加わるかもしれません。なお、シンガポールについては、冒頭にご紹介した欧州委員会による4月18日付けのプレスリリース[2] において、日EU・EPAと同様に2019年10月31日よりも前に発効させることを目指して手続を進めていくことが発表されています。ただし、日本企業の乗用車の生産の観点から現実的に見ると、シンガポールよりもベトナムの方が重要な位置付けにあるものと思われます。

箱田: このような規定が日本の従来のEPAで設けられたことはあるのでしょうか。

畠山: 完全に同様の規定はありませんが、ASEAN加盟国との二国間EPA[3]の中で採用されている、ASEAN第三国産材料の使用の許諾ルール[4]と呼ばれている規定もPSRを特定の第三国(これらの協定においてはASEAN加盟国である第三国)との関係でのみ一部緩和しているという意味では類似の規定といえるかもしれません。ただし、これらの協定では協定の一部として当該ルールの自動的な適用が認められているのに対して、日EU・EPAでは、前述の3要件を満たすだけではなく、その上で改めて日本とEUとが当該取扱いについて合意しなければ適用されない(「The Parties may decide」との規定)という大きな違いがあります。また、3要件のうち②と③については、具体的にどのような内容になるのか不明確であるため、実際の適用可能性については未知数です。

他方、ASEAN第三国材料の使用の許諾ルールについては、適用対象国はASEAN加盟国である第三国に限定されることが協定に明記されているため、協定が改正されない限りその適用対象国が増えることはないのに対し、日EU・EPAでは、協定の改正がなくても適用対象候補国が増大していくことが想定されている未来志向型の規定になっていることを指摘できます。今後、日本とEUがそれぞれEPA/FTAの交渉を進めていく中で本規定の活用に向けた整備がされていけば、乗用車の生産について日EU・EPAをハブにして他国も効率的にサプライチェーンに組み込んでいくことが可能になるという大きな可能性も秘めた規定であることは間違いありません。

お話を伺ったのは
森・濱田松本法律事務所 
弁護士 畠山佑介 氏 
プロファイル: http://www.mhmjapan.com/ja/people/staff/17513.html
本稿のうち、意見にわたる部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する事務所の見解を示すものではありません。

Source

[1] [2]  プレスリリース"Trade: European Commission proposes signature and conclusion of Japan and Singapore agreements" Strasbourg, 18 April 2018

[3]  シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ブルネイ、フィリピン及びベトナムとの各EPA

[4]  財務省関税局・税関「我が国の原産地規則~EPA原産地規則(詳細)~」(2018年2月版) pp.92-98