第8号 【2025年6月施行(全業種向け)】対応できていますか?~職場での熱中症による死亡事故等防止に係る労働安全衛生規則改正~
文献番号 2025WLJLG004
Westlaw Japan コンテンツ編集部
Ⅰ 概要
1.はじめに
2025年4月15日に、労働安全衛生規則の一部を改正する省令(※)(令和7年厚生労働省令第57号)が公布され、同年6月1日より施行されています(以下、この改正省令による改正後の労働安全衛生規則(※)を「労働安全衛生規則」とします。)。本改正は、企業等に、熱中症による健康障害の疑いがある従業員等の早期発見や重篤化を防ぐために必要な対応を義務付けるものです(労働者安全衛生規則612条の2)。本ガイド掲載時において、本改正はすでに施行済みではありますが、今後、季節柄、さらに気温が上昇し、実際に企業が熱中症の対応を迫られることも増えると考えられることから、本ガイドでは、改めて、本改正の概要及び企業がとるべき対応につき説明していきます。
2.熱中症と労働環境
(1)熱中症とは?
熱中症とは、高温多湿な環境下で、発汗による体温調節等がうまく働かなくなり、体内に熱がこもった状態を指します。屋外だけでなく室内で何もしていないときでも発症し、場合によっては死亡することもあります。
熱中症を疑う症状には、めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、筋肉痛、筋肉のこむら返り等があり、症状が進むと、頭痛や嘔吐、倦怠感、虚脱感のほか、判断力や集中力の低下等も見られます。
これらの症状が出た場合には、エアコンが効いている室内等、涼しい場所へ避難したり、衣服をゆるめ、身体(首の周り等)を冷やしたりするなどの応急処置をとることが推奨されます。また、自力で水が飲めない、呼びかけても応答がおかしいような場合には、ためらわずに、救急車を呼ぶことが、命を救うことにつながります(より詳しくは、「熱中症予防のための情報・資料サイト」(厚生労働省ウェブサイト)等をご参照ください。)。
(2)近年における熱中症と労働環境(本改正の背景)
そもそも、本改正以前から、労働安全衛生法第3章「安全衛生管理体制」や第7章「健康の保持増進のための措置」、また、労働安全衛生規則第3編5章「温度及び湿度」等のように、労働環境における熱中症対策に関係する法令は存在していました。
しかし、職場における熱中症による死亡者数は、2022年から2024年の3年連続で30人レベルに達しています(「2024年(令和6年)職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」(厚生労働省ウェブサイト))。これらの死亡者の約7割は屋外作業をしていた際に熱中症になったものであるため、気候変動の影響により、今後、死亡者数がさらに増加することが懸念されています。
近年見られる熱中症による死亡災害のほとんどが、初期症状の放置・対応の遅れによるものであったことから、現場において、死亡や重篤化に至らせないための適切な対策の実施が必要であるとの趣旨で、従前より具体的な措置を義務付ける本改正がなされました。
3.本改正による熱中症対策の義務化の内容
(1)「熱中症を生ずるおそれのある作業を行うとき」:WBGT値(暑さ指数)28度以上等
本改正により、企業等が熱中症対策等を求められるようになったのは、「熱中症を生ずるおそれのある作業を行うとき」(労働安全衛生規則612条の2)です。そして、この「熱中症を生ずるおそれのある作業」とは、「「WBGT28度以上又は気温31度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間を超えて実施」が見込まれる作業」であるとされています(「職場における熱中症対策の強化について」(厚生労働省ウェブサイト))。
また、作業場所については、必ずしも事業場内外の特定の作業場のみを指すものではなく、出張先で作業を行う場合、労働者が移動して複数の場所で作業を行う場合や、作業場所から作業場所への移動時等も含む趣旨であることも「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について」(厚生労働省ウェブサイト、以下「通達」とします。)に示されています。
なお、このような作業に該当しない場合であっても、作業強度等によっては、熱中症リスクが高まるため、これに準じた対応が推奨されます。また、通達によれば、労働者以外で労働者と同一の場所において熱中症のおそれのある作業に従事する者(ひとり親方や他社の労働者等のことと思われます。)についても、同じ対策を講じることとされています。
(2)WBGT値(暑さ指数)とは?
「熱中症を生ずるおそれのある作業」の基準となる「WBGT値」は、気温と同じく「度(℃)」で示される指数ですが、気温のみならず、湿度、日射、気流の4要素を総合的に評価し、人が受ける熱ストレスを評価することができる指標(暑さ指数)です。WBGT値が28度を超えると熱中症患者発生率が急増するとされます。
WBGT値については、作業場所にJIS規格を満たした指数計を設置等することにより、実測することが望まれますが、「環境省熱中症予防情報サイト 全国の暑さ指数」(環境省ウェブサイト)等でも、全国のWBGT値を確認でき、参考にすることもできます。
(3)熱中症対策義務の内容
労働安全衛生規則612条の2で求められる熱中症対策は、①体制整備、②手順作成、③関係者への周知の3つです。
①体制整備
熱中症を生ずるおそれのある作業を行う際に、従業者が(a)熱中症の自覚症状を有する場合や(b)熱中症のおそれのある他の従業者を発見した場合に、その旨を報告するための体制(連絡先や担当者等)を、あらかじめ整備することが求められます。
②必要な措置や実施手順の作成
熱中症のおそれのある労働者を把握した場合に、迅速かつ的確な判断が可能となるよう、あらかじめ、作業場ごとに、(a)作業からの離脱、(b)身体の冷却、(c)必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせること、(d)その他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及び実施に関する手順を定めることが求められており、その例は、以下の図の通りです。
③関係者への周知
①で整備した体制、並びに②で作成した措置の内容及び手順を、作業に従事する者に対して周知することが求められます。たとえば、熱中症のおそれのある従業者を発見した場合の対応フローや各種連絡先等を明示したポスターをわかりやすい場所に掲示したり、会議やメール等を使ったりして、周知しましょう。
(4)熱中症対策の義務違反のペナルティ
上記で説明してきた労働安全衛生規則612条の2は、労働安全衛生法22条2号により企業等に義務付けられた高温による労働者の健康障害を防止するため講じるべき必要な措置の具体的な内容であると考えられます。そこで、同規則所定の熱中症対策を怠った事業者は、同法22条2号の規定に違反したとして、使用停止命令等を受けるおそれがあり(同法98条)、また、同熱中症対策を怠った者(管理者、経営者等)は6か月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処されるほか(同法119条1号)、法人(企業等)に対しても50万円以下の罰金が科される可能性があります(同法122条)。
4.まとめ
本ガイドでは、2025年6月1日に施行された熱中症対策に係る労働安全衛生規則の改正につき、説明してきました。企業には、あらかじめ、熱中症予防のための体制や手続等を定め、それを関係者に周知することが求められます。また、このような義務に違反した場合、刑事罰を含むペナルティを受ける可能性があります。
また、特に、熱中症により従業員が亡くなるなどした場合、その事実だけでも、企業に与える影響は非常に深刻ですが、さらに、遺族等から高額な損害賠償を求められるなどのリスクもあります(福岡高判令和7年2月18日WestlawJapan2025WLJPCA02186001(※)等参照)。
本改正により新たに負うこととなった義務を確実に履行することは、従業者の尊い生命・身体を守るという観点や、法令遵守の観点のみならず、熱中症による死亡事故等を防ぎ、結果として訴訟リスクや損害賠償リスクを避けることにもつながります。なお、企業が講じるべき熱中症対策の具体例については、通達、「職場における熱中症予防基本対策要綱」(いずれも厚生労働省ウェブサイト。後者はPDF12頁以下参照。)や「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」(厚生労働省ウェブサイト)にも詳しくまとめられており、今回の改正に係る対応に当たっても参考になります。
Ⅱ 職場における熱中症対策対応チェックリスト
1.熱中症リスクの評価
職場の環境が「熱中症を生ずるおそれのある作業」(WBGT28度以上又は気温31度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間超の作業)に該当する、又はそのおそれがありますか?
2.報告体制の整備及び従業者に熱中症が疑われる場合に必要な措置とその実施手順の作成
・・・ 熱中症対策の担当者を決定し、連絡先・連絡方法等も決めておきましょう。
・・・ 作業場ごとに、実効性をともなった熱中症への対応等は異なるため、それぞれの実態に即した対処やその手順を定める必要がありますが、最低限、以下の事項を含めた熱中症対応のためのフローチャートを作成等するとよいでしょう。
3.関係者への周知
熱中症が疑われる従業者が出た場合、実際に、その従業者や周囲の従業者が迷わず行動できるようにする。たとえば、事前に、朝礼や会議等で説明したり、作業場の掲示板等、わかりやすいところに緊急連絡先や熱中症への対処のフローチャートを掲載したポスター等を掲載したりするなどして情報を周知する。
4.職場における熱中症予防対策全般
本改正は、熱中症が発症した疑いが生じてからの報告や対応につき事前の策定と周知を求めるものですが、熱中症による労働災害を予防するためには、そもそも職場において熱中症を予防することが求められます。
具体的な予防方法等については、「職場における熱中症予防基本対策要綱」(12頁以降参照。厚生労働省ウェブサイト)や「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン(職場における熱中症予防対策)」(厚生労働省ウェブサイト)等も参考になるでしょう。特に、後者のサイト内のリーフレット「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」(厚生労働省ウェブサイト)は、4月から7月にかけてすべきことのチェックリストであり、参考になります。
5.最新情報に着目
企業が対応しなければならない法改正等は数多くなされており、労働安全衛生規則だけでも、すでに、本改正以外にも、2026年や2027年に施行予定の改正省令が公布されています。
このような法改正に対応するためには、最新情報に触れることが重要です。最新ニュースや法令の情報等を把握し、折よく対応していくために、Westlaw Japanがおすすめです。特に、今回のようにタイトなスケジュールでの対応が必要な法令改正情報の把握等には、弊社製品法令アラートセンター(弊社ウェブサイト)が有用です。
*この記事のチェックリストは、文中のリンクの他、末尾のリンクを参考に、一部、編集・加工等して作成しています。簡易化のため、適宜省略・加筆等していますので、詳細は下記リンク等をご参照ください。
(掲載日:2025年6月30日)
*この記事は作成・更新時点での情報を基に作成されています。