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米国通商拡大法232条について

今回は、トムソン・ロイター ソリューション コンサルタントの箱田より、西村あさひ法律事務所の平家弁護士にお話をうかがいました。平家弁護士は、今年秋まで、経済産業省通商機構部国際紛争対策室で2年2ヶ月にわたり、国際経済紛争及び通商交渉の担当として、新興国の保護主義的な措置や、米国のトランプ政権の通商政策及びそれに端を発する各国の通商政策等への対応をされており、事務所復帰後の現在は、一般企業法務に加え、政府や企業を代理し、アンチダンピング等の貿易救済措置、その他の外国の貿易関連措置への対応、通商交渉への法的アドバイス等、国際通商法に関する分野でも活躍されています。(以下、敬称略)

1. 米国通商拡大法232条の概要

箱田:最近、米国通商拡大法232条がよく話題に上りますが、これはどのような規定であり、日本企業の事業にどのように影響するのでしょうか。

平家:米国通商拡大法232条とは、ある産品の米国への輸入が米国の国家安全保障を損なうおそれがある場合、関税の引き上げ等の是正措置を発動する権限を大統領に付与する規定です。米国のトランプ大統領は、この規定を根拠に、米国の関税を引き上げた又は引き上げを試みています。その結果、米国外で生産した産品を米国に輸出する日系企業や、米国内で輸入品を利用している日系企業にも影響が出ています。

箱田:これまで、どのような品目に対して発動されているのですか。

平家:2017年1月にトランプ政権が成立して以降、米国商務省は、現在まで、鉄鋼製品、アルミ製品、自動車・自動車部品、ウランの4品目に関し、232条に基づく調査を開始しています。実際に追加関税が課されているのは、鉄鋼製品とアルミ製品です。また、日本企業に大きな影響を与えると懸念されている自動車・自動車部品の調査については、つい先日、米国商務省が、ホワイトハウスに報告書の草案を提出したと報告されており、年内から来年初頭にかけて、報告書が出される可能性があります。

箱田:関税を引き上げる措置として、WTO協定は、アンチダンピング税(AD: Antidumping Duty)、補助金相殺関税(CVD: Countervailing Duty)、セーフガード措置(SG: Safeguard)等を認めていると思いますが、232条に基づく追加関税は、これら措置とどのように違うのでしょうか。

平家:鋭い質問ですね。簡単に申し上げると、アンチダンピング税や補助金相殺関税は、特定の輸出国の産品を対象に課されますが、232条に基づく追加関税は、原則として、MFNベースで適用されます。その意味で、効果だけ見るとセーフガード措置に似ているのですが、WTO協定のセーフガード協定は、セーフガード措置の発動期間を原則として4年、延長を行っても最大8年までに限定しています。これに対して、232条に基づく追加関税は、明示的に軽減、変更又は終了されない限り、原則、措置が継続します。

2. 鉄鋼・アルミ製品に対する追加関税

(1) 概要

箱田:冒頭で、実際に232条による追加関税が課されている品目として、鉄鋼製品とアルミ製品をご紹介いただきましたが、どのくらいの税率がかかっているのでしょうか。

平家:2018年3月23日以降、鉄鋼製品には25%、アルミ製品には10%の追加関税が課されています。具体的な適用対象は、JETROのサイト にまとめられています。

箱田:先程少し説明がありましたが、この追加関税は、MFNベースで全輸入品に適用されるのでしょうか。なんらかの適用除外は認められているのでしょうか。

平家:はい、米国に輸入される全対象製品が追加関税の対象となります。もっとも、2018年3月8日付け大統領布告で、トランプ大統領は、例外として①国別除外、②製品別除外を認めています。

箱田:①国別除外とはどのような例外なのでしょうか。

平家:国別除外は、特定国を原産国とする鉄鋼製品・アルミ製品を一律に適用除外とする制度です。

箱田:具体的に現在どのような国が適用除外となっているのでしょうか。

平家:現時点で、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジル、韓国の鉄鋼産品が追加関税の対象から除外されています。オーストラリアとアルゼンチンはアルミ製品も対象から除外されています。但し、これら国からの鉄鋼製品やアルミ製品が、何らの制約なく米国に輸出できるというわけでは必ずしもありません。米国は、追加関税の適用対象から除外する代わりに、相手国が数量制限を受け入れることを求めており、例えば、韓国等は、別途、厳格な輸入数量割当の制限に服しています。つい最近も、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を締結したメキシコ・カナダに対して、米国は、国別除外を認める条件として数量制限を受け入れるよう迫っているとの報道も出ています。

箱田:次に、②製品別除外についておうかがいできますでしょうか。

平家:製品別除外は、米国内に所在する当事者(需要家)が特定の鉄鋼製品又はアルミ製品の除外を求めた場合で、(a)特定の鉄鋼製品又はアルミ製品が米国内で十分かつ合理的に利用可能な数量で又は十分な品質で生産できない場合、又は(b)具体的な国家安全保障上の考慮に基づいて措置の減免を認めるべき場合、除外が認められる制度です。米国商務省は、2018年6月20日に、適用除外となる製品の第1弾を公表し、その後も適用除外を認定したケースを公表しています。日本製品については、今年の10月段階で、数量ベースで2017年実績の約30%が適用除外を認められているとの報道もありましたので、一定程度の日本製品は、適用除外を得ているようです。

箱田:日本企業としては、①国別除外と②製品別除外について、どのように活用していくべきでしょうか。

平家:①国別除外は各国政府が交渉の主体となりますので、残念ながら、個社でアクションしていくことはできません。これに対して、②製品別除外は事業者が交渉の主体となりますので、影響を受ける会社は、米国内の需要家と協力して、製品別除外申請の可否について検討することが重要だと考えられます。但し、製品別適用除外は既に数万件の申請がなされており、政府側の人員不足により、米国商務省による審査期間は長引いている状況ですので、この点も、念頭に置いておく必要があります。

(2) 法的評価

箱田:232条による追加関税は、WTO協定に反するとの指摘もなされていますが、どのように考えればいいのでしょうか。

平家:WTO協定では、原則として、約束(譲許)したレベル以上の関税率を課すことはできず、関税は全ての原産国に等しく適用しなければなりません。仮に約束したレベル以上の関税率を課した場合は譲許義務に、原産国により適用される税率に差別を設けた場合は最恵国待遇義務にそれぞれ抵触します。そして、232条に基づく追加関税は、譲許を上回る関税率を課す点で譲許義務に、一部国を適用対象から除外する点で最恵国待遇義務に抵触します。

但し、WTO協定は、上記のような譲許義務や最恵国待遇義務に抵触する措置も、安全保障を理由として正当化する余地を認めています。そのため、今回の措置が、安全保障を理由とする例外規定、具体的にはGATT21条により正当化されるかが論点となります。米国は、そもそも、GATT21条による正当化が認められるかは、措置国(本件では米国)の判断に従うべきと主張していますが、他国は、そのような解釈に反対しています。

GATT21条について、今まで、WTO紛争解決手続―WTO協定に関する紛争を解決するための裁判制度のようなものーにおいて判断されたことがなく、解釈上不明な部分もあります。EUや中国等の要求に基づき、2018年11月、232条に基づく追加関税のWTO協定整合性について判断するパネルが設置されましたので、今後は、当該手続の中で、米国の措置がGATT21条により正当化されるかが争われることになります。仮に、GATT21条による正当化が認められるかは措置国の判断に従うべきとの判断が出た場合、各国は、安全保障を理由に、様々な貿易制限措置をとることができてしまいます。その意味で、この論点は、今後の世界貿易との関係でも非常に重要になってくると思います。

3. 鉄鋼・アルミ製品に対する追加関税に対する他国の反応

(1) 対抗措置の発動

箱田:米国の232条に基づく追加関税に対し、各国はどのような対応をとっているのでしょうか。

平家:大きく言えば、先程述べたWTO提訴のほかに、①米国に対する対抗措置を発動したり、②セーフガード調査を開始したりしている国があります。

箱田:まず、①米国に対する対抗措置の発動について、ご説明いただけますか。

平家:はい。EU、中国等は、WTOのセーフガード協定8条を根拠に、米国の232条に基づく追加関税に対抗し、自国に輸入される種々の米国産品に対し追加関税を課しています。日本は、対抗措置を発動する権利自体は留保しましたが、対抗措置は未発動です。

箱田:どんな品目にいくらの追加関税を課しているか、私たちも知りえるのでしょうか。

平家:具体的品目は、WTOへの通報や各国の関連法令等を通じて確認できます。例えば、EUは、規則2018年第724号(REGULATION (EU) 2018/724 )を定め、2018年6月20日から25%の追加関税を課す米国産品の品目リストを示すとともに、2021年3月23日(又は米国232条に基づく追加関税がWTO協定違反と判断された時点)以降に追加関税を課す米国産品の品目リストを公表しています。

箱田:これらの対抗措置は、やはり継続する可能性が高いと考えられますか。

平家:米国が追加関税を課している限り、継続する可能性が高いと考えられます。ですので、米国で産品を生産し輸出している日系企業は、自社の製品が、この対抗措置の対象とならないか確認することが重要です。

箱田:各国が発動している対抗措置は、そもそもWTO協定に整合的な措置と言えるのでしょうか。

平家:EU、中国等が対抗措置を発動できるかは、WTO協定上はグレーであるものの、明らかに不整合とまでは言えない可能性があります。WTOのセーフガード協定8条は、セーフガード措置の被害を受けた国は、一定の条件を満たす場合、受けた被害と同程度の対抗措置をとることを認めています。EU、中国等は、232条に基づく追加関税はセーフガード措置であり、セーフガード協定8条に基づいて対抗措置をとれるとの立場である一方、米国は、232条に基づく追加関税はセーフガード措置ではないとの立場です。

米国の要請に基づき、2018年11月、EUや中国等の対抗措置がWTO協定に整合するか判断するためのパネルが設置されましたので、今後は、当該手続の中で、いずれの立場が正しいか争われることとなります。

(2) セーフガード調査の発動

箱田:②セーフガード調査についてはいかがですか。

平家:米国の通商拡大法232条に基づく追加関税を受けて、自らセーフガード調査を開始する国が出てきています。例えば、EU、トルコ及びカナダが鉄鋼製品に関するセーフガード調査を開始し、暫定セーフガードを発動しています。その背景には、米国市場が232条に基づく追加関税により生じる結果として、自国に安価な鉄鋼製品が流れてくるのではないかとの点に懸念があります。

箱田:グローバルセーフガードは、原産国を限定せずに適用されますよね。そうすると、日本にも影響が出てくるのでしょうか。

平家:おっしゃるとおり、WTO協定の規定に基づくセーフガード措置は、原産国を限定せずに適用されるため、日本の鉄鋼製品等も影響を受ける可能性があります。

4.自動車・自動車部品に対する追加関税

箱田:冒頭で、米国商務省は、自動車・自動車部品についても調査を行っているとの話がありましたが、こちらについても、現状を教えていただけないでしょうか。

平家:はい。米国商務省は、2018年5月23日、自動車・自動車部品に対する232条調査を開始しました。プレスリリースでは、調査目的を「スポーツ用多目的車(SUV)、バン、小型トラック等を含む自動車や同部品の輸入が米国の安全保障の脅威となっていないか」としか記載していないため、今のところ具体的な対象産品の範囲は不明です。調査は2019年2月までに完了する必要がありますが、つい先日、米国商務省が、報告書のドラフトをホワイトハウスに提出したとの報道がなされています。当該報告書を受け取ったトランプ大統領が、最終的に、追加関税を課すか判断することとなります。

箱田:2018年9月の日米首脳会談で、物品貿易協定の交渉に入ることを条件に、日本の自動車・自動車部品に対し、232条に基づく追加関税が課されることはないことが確認されたと理解していますが、今後、日本の自動車や自動車部品が追加関税の対象となる可能性はありますか。

平家:日米首脳会談の結果、232条に基づく追加関税が課される可能性は、とりあえずは回避されたかもしれません。しかし、今後行われる物品貿易協定の交渉が、米国の望む形で進行しない場合に、追加関税が課されるリスクがある点は留意する必要があります。少なくても、米国は、追加関税を課すとの脅しを使って、物品貿易協定の交渉を自国に有利に進めようとしてくるのではないかと思います。なお、米国は、EUとも、自動車関係を除く工業製品についての関税や非関税障壁について協議することを前提に、232条に基づく追加関税を課さない旨を合意したとの報道もなされていますので、EUも、日本と似た立場に置かれることとなります。

箱田:先日おうかがいしたUSMCAでも、232条に基づく自動車・自動車部品への追加関税について手当がなされていますね。

平家:はい。詳細は、その記事 を読んでいただきたいのですが、メキシコとカナダは、USMCAのサイドレターで、一定の台数・金額は、232条に基づく追加関税の対象とならないことを認められています。仮に25%の追加関税が課されると、自動車・自動車部品の米国への輸出が非常に困難となりますので、事実上、その枠は数量制限枠として機能することになります。

5. 日本企業への影響及び対策

箱田:最後に、232条に基づく鉄鋼・アルミ製品への追加関税の、日系企業への影響についておうかがいしたいと思います。

平家:232条に基づく追加関税により、米国に輸出を行っている日系企業や、米国で輸入品を利用している日系企業は影響を受ける可能性があります。232条に基づく追加関税については、他国によるWTOへの提訴及び国内憲法訴訟が進行しており、いずれかで米国政府が敗訴した場合、措置が撤廃される可能性がありますが、その時期等は明らかではありません。各社は、措置がある程度長期間に渡って継続することを前提に、自社の事業戦略を考える必要があります。

また、各国は、米国の232条に基づく追加関税に対応するために、対抗措置を発動したり、セーフガード調査を開始したりしています。したがって、各社は、232条に基づく追加関税だけでなく、これを受けた、他国の措置についても、注意を払う必要があります。

箱田:何か取りうる対策はありますか。

平家:これまでにお話したとおり、232条に基づく追加関税については、まずは、米国内の需要家と相談して製品別除外を申請するか検討することが重要です。また、各国の措置についても、情報収集を行った上で、必要に応じて調査に参加して意見を述べる等、自社の事業への影響を最小限に抑えるよう働きかけを行うことが重要です。加えて、今後、事態が継続・エスカレートする場合、各国の追加関税等の適用がないよう、生産拠点の見直しの可能性を検討することも重要になってくるかもしれません。

西村あさひ法律事務所では、WTO協定や経済連携協定といった国際通商法に関連する分野における民間企業や官公庁の代理人としての豊富な経験に加え、日本政府、世界貿易機関等関係官庁・国際機関において通商法実務の経験ある弁護士を多数擁しており、内外の依頼者のために積極的な活動を行っています。

お話をうかがったのは:
弁護士 平家正博氏(プロファイルはこちら )

※ 本稿のうち、意見にわたる部分は話者の個人的見解であり、話者の所属する事務所の見解を示すものではありません。